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第347話:叙爵

 レウルス達が大教会で『精霊の証』を受け取っていた頃。


 借家を出発したナタリアとコルラードは王城を訪れ、その内部へと足を踏み入れていた。


 マタロイに数多く存在する町や村の中でも最大規模と言える王都ロヴァーマ。そしてロヴァーマの中でも一番厳重かつ荘厳な建物が王城であり、カルデヴァ大陸を見回しても同様の建物は片手の指で足りる程度しか存在しないだろう。

 周囲を水堀に囲まれたその建物は石材を組んで造られたものであり、空から見下ろせば丸い円を描くように建てられている。


 侵入者を防ぐ十メートル近い幅を持つ水堀に、高さ十メートルを超える石壁。王城へとつながる道は北と南にかけられた跳ね橋だけで、有事の際には橋を引き上げることで外敵の侵入を防ぐ仕組みになっていた。

 水堀の周囲には王城を警護する兵士が目を光らせながら巡回しており、石壁の上にも見張りの兵士が立っている。王都の中であっても彼ら、あるいは彼女らに油断の色は微塵もなく、隙のない身のこなしで周囲を警戒していた。


 そんな兵士達が守る王城は三階建てになっており、高さは優に二十メートルを超えている。王城の壁には『強化』や『無効化』といった『魔法文字』が刻まれており、仮に長距離から魔法を撃ち込まれても被害を最小限化できるようになっている。


 マタロイの周辺国家との境に建てられた砦よりも頑強だと噂されるその王城を訪れたナタリアとコルラードは、兵士達の誰何を受けてから王城内部へと通されていた。


「……そう何度も訪れたことがあるわけではないですが、いつ来ても緊張しますな」


 馬車を下り、兵士の先導に従って進みながらコルラードが小声でナタリアへと話しかける。その言葉通りコルラードの表情には緊張が浮かんでいるが、準男爵になること以上に、“この場”にいること自体が緊張の種だと表情が物語っていた。


「気持ちはわかるけど肩の力を抜きなさい。今からそんなに緊張していては、国王陛下に拝謁した時に卒倒するわよ?」


 コルラードの言葉を聞いたナタリアは苦笑しながらそう宥める。


 王城の周囲もそうだったが、王城の中にも見張りや護衛の兵士が巡回している。王城内部での雑務を担当する女中の姿もあるが、女中でさえも“何かしらの心得”があるのか足運びが流麗だった。


 王都やその周辺のみならず、マタロイ全土の統治機構とも言えるのがこの王城――ハードリィ城と呼ばれる城である。


 王城周辺の貴族の邸宅がいくつも集合してようやく同規模になるかどうか、という広さを誇る王城は、日夜多くの人間が詰めかけている。


 一階部分では食堂や兵士の詰め所、資料室や官吏の中でも下級の者が詰める政務室など、雑多に多くの人々が歩き回っている。


 二階部分では宮廷貴族の政務室や謁見の間などが設けられ、一階と比べるとやや静かな印象があった。


 三階部分では王族が生活しているが、コルラードはおろかナタリアでさえ足を踏み入れることができないためどうなっているかわからない。


 そうやって王族や内政官が集まる王城は国政、内政、政務――言い方は様々あるだろうが、国を運営していくための心臓部や脳とも言える場所なのだ。


 マタロイ各地で領地を治めているのが貴族だとすれば、そんな貴族達を管理しているのが王城である。

 国のあちらこちらから上がってくる税や情報をまとめ、運用し、マタロイという国自体を富ませるよう動く。それが王城に務めている者達の役割なのだ。


 その役割の中には今回のナタリアやコルラードのように、昇進に伴う式典も含まれている。

 王城に詰めかけている宮廷貴族達が手配を行い、国王自ら叙爵を宣言し、“正式に”認める。それを行うのが王城にある謁見の間で、ナタリアとコルラードが兵士に案内されているのも謁見の間へと向かうためだ。


 仮にレウルスがこの場にいれば、その手続きの面倒さ、実際に式典が行われるまでの時間の長さなどに対して文句を言っていただろう。

 昇進という目出度いことなのだから、すぐに済ませた方が良いと考えるに違いない。


 だが、国王もその下で働く者達も、基本的に非常に忙しい。日々の政務を片付けるだけでも大変だというのに、そこに昇進関連の式典が加わると多忙さは嫌でも増す。

 そのため同時期に昇進する者を集め、まとめて式典に放り込んでしまうのだ。ありがたみが薄れそうな話だが、貴族だけでなく準男爵や騎士になる者まで含めて考えると手間と時間がかかってしまう。


 それ故にナタリアとコルラードの昇進に関しても“他の者”と併せて式典が執り行われることになるのだ。


「…………」


 先導の兵士に従って謁見の間――その更に手前の待合室に通され、参加者が集まるまでの時間、ナタリアもコルラードも無言だった。


 待合室はいくつか存在しているためナタリアとコルラード以外はこの場にはいないが、どうせ待つ時間も短いだろうと雑談に興じることもない。

 国王やその臣下が参列する式典において、定められた時間に集まらないような間抜けはいないからだ。


 そうして十分と待つこともなく、ナタリアとコルラードのもとに再び案内の兵士が訪れる。二人は兵士に従って待合室から出ると、謁見の間へと案内された。


 謁見の間は広く、入ろうと思えば数百人は入ることができるだろう。床には赤い絨毯が敷かれ、その絨毯に沿うようにして何人もの人間が整列している。


 絨毯を進むと階段状の段差が存在し、一メートルほど高い位置に国王が座るための玉座が存在していた。


 絨毯に沿って整列している者達は宮廷貴族と呼ばれる者達で、領地は持たないものの国政に携わるだけの能力を備えている。それぞれ笑顔を浮かべてナタリアを始めとした今回の昇進者達を見ているものの、それで安心できるような者はこの場にいないだろう。


 宮廷貴族以外にも王都に在中している貴族ならば式典に立ち会うこともできるが、わざわざ見にくる者は多くない。“事前に”根回しが済んでいるため、確認のためだけに足を伸ばすのが面倒なのだ。


 ナタリアやコルラードだけでなく、今回の式典に参加したのは全員で十人ほど存在する。その中にはヴェルグ子爵家の嫡男であるルイスの姿もあり、ナタリアとコルラードに気付くと小さく微笑みかけてきた。

 式典の参加者と宮廷貴族が整列すると、今度は国王の出番である。その場にいた者達が膝を突き、ゆっくりと近づいてくる国王を待つ。


 国王が玉座に座ると、宮廷貴族の中でも地位が高いと思しき者が今回の式典について説明を行っていく。

 どのような理由でこの場に呼ばれたのか、また、それが正しく間違いではないことを宣言し、式典が始まる。


「ルイス=ヴィス=エル=シン=ヴェルグ。貴殿をヴェルグ子爵家の当主として認める。また、ヴェルグ子爵家の長年の忠勤を鑑み、伯爵へ叙するものとする」


 最初に名前を呼ばれたのは、参加者の中では最も立場が高いルイスである。当主の継承と昇爵を認められた。ルイスは深々と一礼し、これを受け取る。


「ナタリア=バネテス=マレリィ=アメンドーラ。四代に渡るアメンドーラ準男爵家の忠勤を鑑み、貴殿を男爵に叙するものとする」


 続いて呼ばれたのはナタリアで、“予定通り”に男爵として認められる。


「コルラード=ネイト。貴殿を準男爵に叙するものとする」


 そして、ルイスやナタリアと比べればやや簡素な宣言ながらも、コルラードが準男爵に認められた。


 残りの七人は宮廷貴族から名前を呼ばれていき、それを聞いた国王が承認するという形を取る。


 王都に来るまで長い時間をかけ、王都に来ても二週間かけた準備。その集大成ともいえる式典は、ものの数十分で終わる。

 誰がどのような立場になるか、国王が宣言して認めるという形になるため仕方ないだろう。あとは国王が玉座から立ち上がり、退室すれば式典は終了となる。


 ナタリアは晴れて男爵に、コルラードも準男爵になるのだ。


 だが、それに水を差すように声を上げた者がいる。それは式典の場に立ち並んでいた宮廷貴族の男で、その男はナタリアに視線を向けながら口を開いた。


「アメンドーラ男爵。貴殿に尋ねたいことがあるのだが」

「なんでございましょうか?」


 宮廷貴族からかけられた声に、ナタリアが顔を上げて応対する。その背後にいたコルラードは頭を下げたままで話を聞いていたが、宮廷貴族からの声を聞くなり盛大に表情を歪めた。


 国王もいる場で話を切り出すなど、どう考えても厄介事でしかない。問題はその厄介事がどの程度かだが――。


「新たに男爵となり、領地を得ること、実に喜ばしいことだ。だが、国政に携わる身としては一つ確認しておかねばならん。貴殿が得るであろう領地、“どの程度”で軌道に乗る?」


 わざわざこの場で尋ねる宮廷貴族だが、国王も止めることはしない。玉座に腰を掛けたまま、どこか楽しげな様子でナタリアを見ている。


「そうですね……土地を切り拓いて、家を建てて、畑を耕して……わたしが管理官を務めているラヴァル廃棄街から人を移住させるつもりですが、軌道に乗るまで二十年といったところでしょうか?」


 そんなナタリアの返答に、コルラードは思わず吹き出しかけた。


 二十年という数字はコルラードが以前口に出した数字で、この場でナタリアが引っ張り出してくるとは思わなかったのだ。


「二十年か……さすがにそれは……」


 ナタリアに質問を行った宮廷貴族から渋い声が上がる。

 すると、他の宮廷貴族からも待ったの声が上がった。


「アメンドーラ男爵は『風塵』と謳われるほどの才女ですからな。二十年はちと長すぎるのでは?」


 その言葉に、コルラードは下げた頭を床に叩き付けたくなった。魔法使いとしての腕前と内政の腕前は比例するわけではないのである。


「たしかに。下賜される土地は中級の魔物が多く生息していて“前任”の者も開拓が頓挫しましたが、第三魔法隊で隊長を務めた御仁が赴くのです。その半分程度が妥当では?」

「なるほど、十年ですか。南部の貴族家からも支援があるでしょうし、妥当でしょうなぁ」


 そして、他の宮廷貴族がそれに乗っかって各々意見を述べ始める。


 宮廷貴族の中でも出てきた意見に顔をしかめる者、賛同する者、興味なさげに静観する者と、それぞれ反応が分かれていた。

 そうやって騒ぎだす宮廷貴族達だったが、国王が手を挙げると即座に静かになる。


「ナタリアよ」

「――は」

「臣下はこう言っているが、お主はどう思う?」


 苗字ではなく名前で呼んだ国王は、相変わらずどこか楽しげだった。宮廷貴族が口に出した十年という時間を拾い、“それ”でどうかと尋ねてくる。


「それでは十年以内に形にしてみせましょう」


 故に、ナタリアはそう言って一礼した。


 その発言を聞いた者達は一瞬呆気に取られたものの、すぐさま笑顔を浮かべて称賛するような言葉を吐き出した。


「おお、さすがはアメンドーラ男爵!」

「これは頼もしいことですな!」


 宮廷貴族の魂胆はコルラードにも簡単に察することができた。こうして期間を区切って置き、もしも予定通り進まなければ色々と文句をつけて領地を取り上げるなり爵位を剥奪するなり考えているのだろう。


 だが、ナタリアが口にした十年という期間にコルラードは肩を震わせる。


 ナタリアは領地に関して五年で形にするとコルラードに宣言している。そのためナタリアの発言がおかしくて仕方がなかったのだ。


「期待しているぞ、ナタリア」

「はっ!」


 国王の言葉に、ナタリアは深々と頭を下げる。


 ――頭を下げたナタリアの唇が弧を描いていたことに、後ろにいたコルラードだけが気付いたのだった。






じっくり何話か使って話を進めようと思ったものの、盛り上がる部分もないのでサクッと終わりました。

8章もあと少しで終わる予定です。

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