第346話:精霊使い その3
『精霊使い』という“爆弾発言”こそあったものの、本来の目的は精霊教からサラとネディに贈り物を渡すことである。
ソフィアから事前に聞いていた贈り物は、身分証と服の二つ。しかし、形状や質などはどのような物を渡されるか聞いていない。
精霊教が信奉する精霊に対して贈るものとなると、相当質の良いものになるだろう。レウルスでもそれぐらいは予想できる。
だが、実物を見たレウルスは先ほどの『精霊使い』という発言を聞いた時以上に、盛大に頬を引きつらせることとなった。
「それではサラ様、ネディ様、こちらをどうぞ」
『精霊使い』と発言してジルバから殺気を向けられたことなど忘れたかのように、穏やかな笑みを浮かべたソフィアが差し出した物。それはレウルスが一見しただけでも逸品だとわかる首飾りと外套だった。
首飾りは手の平サイズで、精霊教徒達が首から下げている物やレウルスが受け取っている『客人の証』と同じように、精霊教との関わりを示す造りになっている。
ただし、精霊教徒達が身に着けている首飾りが大精霊コモナを模したレリーフが刻まれているのに対し、サラとネディに渡された物はそれぞれを模したレリーフが刻まれている。
レリーフはさすがに顔の造形まで細かく表現されているわけではないが、サラとネディの特徴が捉えられていた。
レリーフの土台は銀で作られており、その上で中心部分に丸い宝石が嵌められている。ビー玉と同程度の大きさだが、その宝石に見た覚えがあったからこそレウルスは頬を引きつらせたのだ。
サラに渡された身分証には赤い宝石が、ネディに渡された身分証には青い宝石が嵌められているが――。
(『魔力』が……あれ、宝石じゃなくて『宝玉』じゃないか?)
かつてヴァーニルから渡されたことがある天然の魔法具――『宝玉』。
属性魔法を使いやすくしてくれる効果がある優れものだ。
ヴァーニルから受け取ったのは火の『宝玉』と雷の『宝玉』だったが、火の『宝玉』はスライム相手にサラが全力で火炎魔法を撃ち込んだ影響で砕け散り、雷の『宝玉』はエリザの杖の材料として使われている。
その二つを知るレウルスは、サラとネディに渡された身分証に嵌っているものが『宝玉』だと見抜けた。ヴァーニルから受け取ったものと比べれば小さいが、その特徴的な輝きは偽物とは思えない。
(嘘だろ……ジルバさんの話じゃ数百万ユラはするって……)
以前見たものと比べると大きさが小さいため、値段も下がる可能性はある。それでも、仮に百万ユラだとしても日本円で言えば一億円近い額になるだろう。
銀の土台や首紐、全体の加工代に『宝玉』。しかもそれがサラとネディ二人分となると、一体いくらになるのか。
(ソフィアさんが用意したのか? それとも精霊教の運営資金から? 宗教ってやっぱり儲かるのか?)
以前精霊を騙る輩がいたためソフィアが『認定』を行っているとは聞いたが、このような身分証まで贈られているのでは詐称も難しいだろう。
仮にそこまで金をかけて精霊であると詐称したとして、一体何を目的とするのかレウルスには見当もつかないほどだ。
ただし、ソフィアから渡された首飾りを首から下げたサラとネディは、大した興味もなさそうである。むしろ首元が重たいとでも思ったのか、やや迷惑そうな顔をしていた。
「サラ様、ネディ様、こちらもどうぞ」
続いてソフィアが恭しく差し出したのは赤い外套と青い外套である。
こちらも一見するだけで逸品とわかるほどで、布地や仕立ての良さがレウルスにも見て取れた。使用している布地は絹なのか、それとも別の何かなのか、煌めくように光を反射している。
首飾りほどではないが魔力を感じるため、何かしらの効果がある『魔法具』なのかもしれない。
服と聞いてドレスなどを想像していたレウルスだったが、膝丈まである外套を羽織って腰元を紐で縛るとドレスコートにも見えた。
首飾りと外套、その二つを合わせればいくらになるのか。それが二人分となると、どれほどの値段になるのか。
この状況でレウルスがそんなことを考えてしまう程度にはとんでもない贈り物だった。
レウルスがジルバから贈られた『客人の証』と併せて考えるならば、『精霊の証』とでも呼ぶべき代物である。
レウルスからすれば“そんなもの”よりもサラとネディそのものが大切なわけだが、初めてサラやネディと会った者が今の姿を見れば何かしらの感銘を覚えるだろう。
「おお……」
「なんと素晴らしい……」
『精霊の証』を身に着けたサラとネディの姿を見て、その場にいた精霊教徒達から感嘆の声が漏れる。中にはその場に膝を突き、涙を流しながら二人を拝む者さえ出始めるほどだ。
レウルスの傍にいたジルバも、先ほどのソフィアとの諍いを忘れたようにその場に片膝を突き、右手を胸に当てながら瞑目して祈りを捧げている。
だが、地面につけた左手は拳の形になっており、音が立ちそうなほど握り締められているのをレウルスは見た。
それなりに長い付き合いになりつつあるジルバだが、何を思い、考えているのかはレウルスにもわからない。だが、普段サラやネディと接している時のジルバを知る身としては、二人のことを思い遣ってくれているのだと察することができた。
(本当に……色々と変わっちまったな……)
ラヴァル廃棄街で冒険者になった頃は、こんな未来が訪れるなど考えもしなかった。何をどう間違ったのか、王都の大教会でこうしてサラとネディの姿を眺めているなど、想像できる方がおかしいだろう。
シェナ村で過ごした十五年間と比べれば濃い毎日で、雲泥の差がある。それでも現状に対してはやはり思うところもあり――。
「……『精霊使い』……」
(……ん?)
囁くような小さな声に、レウルスは意識を引かれた。
サラとネディに向けて祈りや感謝の言葉を口にする精霊教徒達に混じって、『精霊使い』という言葉が聞こえた気がしたのだ。
敵意も害意も感じないが、それとなく横目で周囲を窺っても誰が口にしたのかはわからない。傍にいるエリザやミーア、ジルバには聞こえなかったのか、大した反応もしていなかった。
エリザはサラとネディ、そしてソフィアに対して僅かに細めた瞳を向けている。エリザの瞳に宿っている感情は、一言でいえば不信だ。サラとネディはともかく、ソフィアに対して隠そうともしない不信の眼差しを向けている。
ミーアはサラとネディに贈られた『精霊の証』を見て目を輝かせていた。遠目に見ても魔法具だと看破できたのか、サラとネディが戻ってくれば即座に観察を始めそうである。
(気のせい……じゃ、なさそうだな)
そんなエリザ達を観察しながらも、レウルスは自身の聴覚に意識を向けた。
さすがに『熱量解放』を使っている時には到底及ばないが、エリザとサラの『契約』によって『強化』されている身体能力は聴覚にも及ぶ。普段はそれほど意識しないが、集中して音を拾おうと思えば相応に音を聞き分けることができるのだ。
――『精霊使い』。
非常に小さい声量だが、間違いなくそう口にしている者が数人いる。
レウルスが声を聞き取っただけで敵意は向けられていないため、おそらくは会話の最中に漏れ出た言葉なのだろう。視線を向けることはしないが、それらしい単語を口にしている者が複数存在している。
何の意味が、何の目的があって『精霊使い』と口にしているのか。サラとネディに“どうでもいい”と切り捨てられ、ソフィアも取り下げたその言葉を、何故口にするのか。
「わぷっ! な、なんじゃ?」
レウルスは難しい顔をしているエリザの頭を撫でる――その際に不自然にならない程度に周囲へ視線を向けた。
「目が吊り上がってるぞ? 俺も思うところはあるが、今は抑えておいてくれ」
「む……たしかにここで暴れるわけにもいかんしのう……」
そう言って納得したように頷くエリザだが、その視線が瞑目したまま祈りを捧げているジルバへと向けられる。
先ほどの剣幕を思い出せば、真っ先に暴れるのがジルバだと思ったのかもしれない。
「明確に敵だとわかれば斬るんだがな……貴族ってのは本当に厄介だよ」
そう呟きながら周囲を探るレウルスだが、百人近くいる中から『精霊使い』と口にした者を探すのは困難である。
混沌の坩堝とまでは言わないが、敬虔と思しき精霊教徒が多数詰めかけている状況で、サラとネディが『精霊の証』を贈られたのだ。意識して探ってみても、それらしい人物は見当たらなかった。
一方、レウルスの発言を聞いたエリザは先刻のレウルスのように頬を引きつらせていた。
日常的な会話のような気軽さで、明確に敵とわかれば斬るとレウルスは言ったのだ。
今のところ“直接”危害を加えられたわけではないが、ソフィアの行動次第ではジルバよりも先にレウルスが動いていたかもしれない。
エリザから見たレウルスという人間は酷く歪だ。敵と味方の線引きが異常なほどはっきりとしており、敵ならば容赦なく斬りかかる。
以前、ヴェルグ子爵家の邸宅でグレイゴ教の司教レベッカが襲ってきたが、その際は心を操られながらもレベッカの首を刎ねてみせた。
結果としてレベッカ本人ではなく『魔法人形』だったわけだが、仮にあの場にいたのがレベッカ本人だったとしてもレウルスの行動は変わらないだろう。
『魅了』という『加護』に魅入られながらも、敵だからと首を刎ねたに違いない。
その点で言えば、ソフィアの行動は危ういところだったのではないか。
(……いや、さすがに侯爵で精霊教師のあの女を早々斬ったりはせんじゃろう)
そう思いつつも、エリザは自身の頭に乗せられたレウルスの手を両手で掴んだ。何故か鋭い眼差しで周囲を窺っているが、ソフィアに斬りかかる隙を探しているのかもしれない。
サラとネディが精霊として“認められてしまった”ことに関しては、エリザとしても思うところはある。
それでも今はレウルスが飛び出していかないよう、しっかりとその手を握るのだった。
どうも、作者の池崎数也です。
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それでは、このような拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。




