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第344話:精霊使い その1

 レウルス達が王都を訪れ、二週間の時間が過ぎた。


 日に日に冬の足音が近づいているように感じられるが、ラヴァル廃棄街にいた頃と比べて暖かく感じるのは王都が壁で囲われているからか、借家の造りが良いからか。

 そんなことを考えながら朝から外出の準備を整えていたレウルスは、少しだけ重く感じる『龍斬』を背負い、眉を寄せる。


 ベルナルドとの戦いで消耗した魔力はほとんど回復できておらず、王都の中では回復する手段も乏しい。市場に行っても魔物の肉は少なく、あっても角兎のように食用として知られている魔物のものだけしか存在しなかった。

 それらを片っ端から買い集めて食べたものの、角兎の肉では魔力の回復も乏しい。かといって王都から出て魔物を探そうにも、王都周辺は兵士達の手によって安全が保たれている。


 一日探し回っても角兎一匹見つかるかどうか、というところだろう。その上、王都周辺で暴れていては兵士に捕まりかねない。


 そういう危惧から王都を散策したり、借家で暇を潰したりしていたレウルス達だったが、その日は朝から予定があった。


 精霊教の大教会――正確に言えば精霊教師のソフィアから呼び出しがあったのである。


 そして奇しくも、その日はナタリアが王城へと赴く日でもあった。


「それじゃあわたし達は王城に行くけど、何も問題を起こさないようにね?」

「こっちから起こすつもりはないよ。そっちは……あー、頑張って、でいいのか?」


 借家の前で言葉を交わすレウルスとナタリア。レウルスは普段通り冒険者としての装備を身に着けているが、ナタリアはドレスに似た正装である。


「打つべき手は全て打ったわ。あとは“結果”を受け取りに行くだけよ」

「そうか……ま、姐さんがそう言うのなら問題もなさそうだな」


 至極当然と言わんばかりのナタリアの様子に、レウルスは納得すると同時に苦笑を浮かべた。そして苦笑を浮かべたままで視線をずらしてみると、そこには緊張のせいか真顔になっているコルラードの姿があった。


 コルラードは騎士だからか、金属鎧を身に纏っている。前世で考えるならば仕事着(スーツ)が正装といったところだろうか。


「コルラードさん? 大丈夫ですか?」

「そうであるな」

「……コルラードさん?」

「そうであるな」


 心配して声をかけるレウルスだったが、コルラードはロボットのように抑揚のない声色で同じ言葉を繰り返すだけだ。


(本当に大丈夫……か?)


 王城が近づけば正気に戻るのだろうか。あるいはナタリアが叩いて“直す”のか。


 身分が身分だけに、ナタリアとコルラード以外は王城に足を踏み入れることすらできない。

 それでも自分達も大教会に呼ばれているのだからと割り切り、馬車に乗り込んだナタリアと御者台に座って馬車を操るコルラードを見送り、レウルス達も借家を出発するのだった。








 王都に到着して三日と経たずに訪れた大教会への再訪だが、その話を持ち込んだのは例によってジルバである。


 再びソフィアからメッセンジャーとして扱われ、大教会を今日訪れるよう指定してきたのだ。


 そのため大教会へと向かうレウルスだったが、初めて訪れた時ほどは警戒していない。ソフィアの性格が知れたというのもあるが、ベルナルドとの戦いと比べれば大抵のことはマシだと思ったのである。


「身分証と服を用意するという話じゃったが……どんなものじゃろうな?」


 徒歩で大教会に向かう傍ら、エリザがそんな疑問を口にした。


「服って言われてもねー。この前ナタリアが買ってくれた服で十分だわ!」

「……売る?」


 別に服などいらないと言い放つサラと、転売しようかとレウルスに尋ねるネディ。精霊教が用意した物を転売すればどうなるか、いくらの値がつくのかもわからなかったが、さすがに恐ろしくて試す気にもならなかった。


「どんなものかは大教会に着けば嫌でもわかるだろうさ……あとネディ? さすがに売ったら駄目だからな?」

「というかネディちゃん、どうしてそんな考えに至ったのかボクは不思議で仕方ないよ……」


 頭を撫でながらネディを止めるレウルスと、頬を引きつらせながらツッコミを入れるミーア。さすがのミーアでもネディの考えはわからないらしい。 


「ナタリアが買ってくれた服を見て、レウルスが悲しそうだった……から?」


 そして、ネディは不思議そうな顔をしながら首を傾げた。


「生活費……足しにする?」

「それをやったら俺がジルバさんに殺されそうだから、気持ちだけ受け取っておくよ」


 精霊に対して贈られた物を売り払って生活費の足しにするなど、ジルバが笑顔で襲い掛かってきてもおかしくはない。そう思いながらレウルスが先導するジルバを見ると、ジルバは何も言わずに肩越しに振り返り、満面の笑みを浮かべている。


 そうやって雑談をしながら歩くことしばし。一度訪れたため迷うことなく到着した大教会を前に、レウルスは思わずといった様子で眉を寄せる。


「……なんというか、大教会の中からたくさん気配がするような……」


 大教会の扉を挟んで感じる人の気配。魔力ではなく衣擦れや呼吸の音を聞き取ったレウルスだが、扉越しでもわかる程度には多くの人が集まっているように感じられた。


「え? ん、あー……熱が……えーっと……いっぱい?」


 レウルスの言葉を聞いてサラが熱源を探る。王都ではどこに行こうと常に多くの人間が周囲にいるため、サラも熱源の探知を止めていたのだ。


 ――“この状況”で、大教会に大勢の人間がいる。


 それが何を指すのか思考したレウルスは、ジルバに視線を向けた。


「……帰っていいですかね?」

「私も止めませんが……どうやら遅かったようです」


 ジルバがそう呟くなり、大教会の扉が開き始める。おそらくはレウルス達の到着に気付いていたのだろう。タイミングを見計らったように開き始めた扉に、レウルスは心中だけでため息を吐く。


(ソフィアさんの差し金か、ソフィアさんの手から離れている連中が何かしたのか……どっちだろうな)


 扉が開いた先、大教会の中にはレウルスが感じ取った通り多くの人間がいた。さすがに数百人は座れそうな長椅子全てが埋まっているわけではないが、それでも百人近い人間が整然と並んで椅子に腰を下ろしている。


 レウルス達に視線を向けているわけではないものの、彼ら、あるいは彼女らが何者なのかは格好を見ればすぐにわかった。全員が修道服に似た黒服を身に着けるため、精霊教徒だということが一目瞭然だったのだ。


「――ようこそお越しくださいました」


 そして、レウルス達にそんな声をかけてきたのはソフィアである。


 修道服に似た黒い衣装を身に纏い、胸元には大精霊コモナを模した首飾りを下げているのは相変わらずで、その余所行きの笑顔と口調も相変わらずだった。


 扉を開けたのはソフィアらしく、レウルス達を見て柔和な笑みを浮かべている。その笑顔は他者を安心させるような温かみのあるものであり――“以前”会った時のことを思い出すと、レウルスとしてはどんな反応を返せば良いのか迷ってしまう。


(私室の外だと精霊教師として接するって言ってたしな……こっちも合わせるべきか)


 いきなり過ぎて驚いたが、先日の模擬戦のように逃げられないことなのだとレウルスは判断する。


 模擬戦の結果はナタリアも満足できるものだったようだが、“こちら”に関しては自分達でどうにかするしかない。


「え? ちょっと、なにその話し方。変なものでも食べた? 駄目よ? レウルスでもないのに変なもの食べちゃったらお腹壊すわよ?」


 そう意気込むレウルスだったが、ソフィアの態度を見たサラが心配をするようでいて失礼なことを真顔で言い放つ。しかし、そんなサラの言葉をソフィアは笑顔で聞き流した。


「本日は精霊様だと『宣言』したサラ様とネディ様を一目見ようと信徒の方々が詰めかけておりますが……まあ、お気になさらないでください」

(アレを気にするなっていうのは無理があるんじゃねぇかな……)


 そう思いながらレウルスが見たのは、椅子に座った精霊教徒達が一斉に振り返ってサラとネディへ視線を注ぐ光景だった。

 百人近い精霊教徒に一斉に見つめられたサラとネディは、その視線の圧力を感じ取って素早くレウルスの背中へと隠れる。


「うわぁ……わたし、ここから進みたくないんですけど……」

「……レウルス、かえろ?」


 この場に集まった精霊教徒達は、きっと信心深いのだろう。レウルスには理解しにくいことだが、サラとネディの姿を見た者の中には椅子から転げ落ち、床に膝を突いて涙を流している者もいるほどだ。


 サラが引きつった声を零し、ネディがレウルスの腕を引いて借家に帰ろうと促すのも仕方がないことだろう。許されるのならば、レウルスも回れ右をして帰りたい気分だった。


「……なんでこんなに人が集まってるんですか?」


 だからこそ、というべきか、レウルスは進路上に存在する精霊教徒達に聞こえないよう、小声でソフィアに尋ねる。すると、ソフィアは笑顔を浮かべたままで答えた。


「我々精霊教を信仰する者にとって、当然のことですよ。精霊様の存在はそれほどまでにありがたいものなのです」


 ニコニコと、本心が一切見えない笑顔でソフィアが言う。しかし、その言葉に付け足すように小声で呟いた。


「どこかの誰かさんが練兵場で派手に暴れたのも一因よ。大人しくこのまま進んでちょうだい」


 ぼそりと、レウルス達だけに聞こえる声量での呟きである。それを聞いたレウルスは小さく眉を寄せるが、ソフィアはサラとネディに向かって膝を突き、そっと両手を差し出す。


「面倒でしょうけど我慢して……それとレウルス、先に謝っておくわ。ごめんなさい」

「……何?」


 謝罪とは一体何のことか。そう問い質すよりも先に、ソフィアは“今回の趣旨”に関して宣言を行う。


「それでは、これより精霊様への贈り物の奉呈(ほうてい)と――精霊教における新たな位階である『精霊使い』の設立を執り行います」


 事前の相談もなくそんなことを言い出したソフィアに、レウルスは盛大に頬を引きつらせるのだった。

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