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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
8章:王都と叙爵と精霊使い

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第343話:悲願と絶望

 レウルスがベルナルドと戦い、グリマール侯爵家の邸宅を訪れたその日の夜。


 借家に戻ったレウルス達一行だったが、レウルスはそのままナタリアの私室に招かれていた。


「今日も面倒をかけたわねコルラード」

「は……それは慣れているので構わないのですが……」


 そして、レウルスだけでなくもう一人、コルラードの姿もその場にあった。


 朝から馬車の御者やグリマール侯爵家の邸宅での荷物番など、騎士に任せるには不適当な仕事ばかりである。それでもナタリアからの無茶振りには慣れていると言わんばかりに真顔で返答し、コルラードはその視線をレウルスへと向ける。


「レウルス……何故貴様もここにいるのであるか?」

「なんででしょうね……」


 コルラードに問われても、答えは返せない。レウルスも何故ナタリアに呼ばれたかわかっていないからだ。


「二人が揃っていた方が都合が良かったというのもあるのだけれど……そうね、まずはレウルス、あなたの方から済ませましょうか」


 そう言いつつ、どこからともなく取り出した煙管を右手で弄るナタリア。それを見たコルラードがびくりと体を震わせたが、ナタリアは気にした様子もなくレウルスへ流し目を送る。


「今日の戦い、見事だったわ。強くなったとは思っていたけれど、わたしの予想を超えていた……本当に良くやってくれたわ」


 そう言って珍しく、含みもなく心底から嬉しそうに微笑むナタリア。年齢よりも幼く見えるその笑顔に、レウルスは思わず頬を掻く。


「そうはいってもな……結局ベルナルドさんには勝てなかったし……」

「良いのよ。一人目の騎士はともかく、ベルナルド殿には勝つ方が都合が悪いわ」

「……理由は?」


 負けを望まれていたと聞き、レウルスは僅かに眉を寄せる。不快に思ったのではなく、疑問を覚えたのだ。


 ベルナルドとの戦いを終えた後も、ナタリアは“予定通り”と言っていた。そのため理由の開示を求めたのだ。


「あなたの力量を見るだけなら、向こうはベルナルド殿一人で良かったわ……でも、何故一人で来なかったと思う?」

「んー……」


 いつもの“宿題”か、と思いながらレウルスは首を傾げた。レウルスとしては直截に事実を教えてほしいところだが、こういったことを尋ねる時のナタリアは妙に楽しそうである。そのためレウルスも付き合い、思考を巡らせた。


「騎士のエリオさんに勝つのは良くて、隊長のベルナルドさんに勝つのは駄目……面子……向こうさんの厚意?」


 国の騎士が冒険者に負けたとなると、軍としては面目が丸潰れだろう。それでも、ベルナルドが出た以上負けはない。

 エリオに勝って一定の力を示したが、ベルナルドには叩き潰された。騎士に勝てるぐらい強くとも、マタロイでも屈指の強者であるベルナルドには到底敵わなかった。


「ラヴァル廃棄街……いや、この場合姐さんか。手持ちの兵力にこれぐらい強いのがいますよ、なんて宣伝しつつ、ベルナルドさん達の株も落とさないようにした……みたいな感じか?」


 仮にレウルスがエリオに負けていれば、それどころの話ではなかったのだろう。


 さすがにベルナルドには敵わなかったが、一対一で騎士を倒せる“手札”を持っている。


 そういった形に落ち着くのがナタリアにとっての理想だったのではないか。


「うん、良いわね。あなたもだいぶ“慣れてきた”ようで嬉しい限りだわ。贅沢を言うなら、こうして改めて尋ねる前に全てを推測してほしかったけれど、ね」


 そう言ってウインクをするナタリアに、レウルスは思わず苦笑してしまう。


「そういうのは姐さんやエリザに任せるよ。俺にできるのは敵を斬る……それぐらいさ」

「ふふっ……補足するなら、あのベルナルド殿と戦った結果が惨敗と惜敗では印象も変わるわ。傷も負わせていたし、わたしとしては予想以上の成果ね」

「惜敗って……あれは惨敗だろ?」


 腕の一本でももっていけたのなら惜敗だろうが、とレウルスは眉を寄せる。しかし、そんなレウルスの反応にコルラードが真顔で首を振った。


「模擬戦で相手も全力を出していなかったとはいえ、ベルナルド殿と十分近く戦うことができて、傷まで負わせたのだぞ? 惜敗で通るのである」

「えぇ……こっちは出せる限りの全力で戦ったんですよ? 相手の全力を引き出せてない時点で惨敗だと思うんですけどねぇ」

「貴様のその恐ろしい基準は横に置いておくのである! 傍目からどう見えたかが重要だと言っておるのだ!」


 全力でツッコミを入れるコルラードに、レウルスは首を傾げながらも納得を示す。


「ちなみに、コルラードさんがベルナルドさんと戦っていたらどうなってました? 今日と同じ条件なら勝てます?」


 ついでに興味本位から尋ねるレウルス。加減した状態のベルナルドが相手ならば、どれほどコルラードが奮闘できるか気になったのだ。

 純粋な疑問で瞳を輝かせながら尋ねるレウルスに、コルラードは頬を引きつらせる。


「貴様の吾輩に対する評価の高さはなんなのだ? 何故そこで勝てるかと聞くのか、それがわからないのである……」

「え? 模擬戦って条件なら、コルラードさんに勝てたことがありませんし……勝てない同士で戦ったらどうなるのかなって」


 コルラードから一ヶ月近く訓練をつけてもらったが、どんな武器で相手をされようとも勝つことができなかった。


 もちろん、レウルスも『熱量解放』なしで、殺す気で戦うことはなかったが、コルラードのその器用さは尊敬に値すると思っている。


「武器を打ち合わせた瞬間に痺れて動けなくなるに決まっているであろう!? 十分どころか十秒で終わるわっ!? むしろ何故貴様は雷魔法を浴びながら平然と動いていたのだ!?」

「平然ってわけじゃないですよ。痺れるし痛いし……でも動かないと負けるから動いたってだけです」

「そこで何故動けるのかと聞いたのだが……いや、もういいのである……」


 疲れたようにため息を吐くコルラード。


 常人ならば痺れて動けない状況でレウルスが動いたからこそ、ベルナルドも虚を突かれて傷を負ったのだ。もちろん、相打ち上等と言わんばかりにレウルスが斬りかかったことも一因だろうが。


「うんうん、昔から面倒見が良かったけれど、相変わらずそうで元上司としても嬉しいわね」


 そして、レウルスにツッコミを行っていたコルラードを見てナタリアが優しげに微笑む。


 その笑顔は本当に優しげで――だからこそコルラードの生存本能を刺激した。


「た、隊長殿? 何か良からぬことを考えてはいませぬか?」

「あら……心外ねぇ。そんなことは考えていないわ。昔から苦労性で献身的な可愛い部下に、“吉報”を伝えたいと思ってるだけよ?」

「その吉報……隊長殿と吾輩のどちらにとっての吉報なので?」


 警戒心を露にするコルラードに向けて、ナタリアが小首を傾げながらニコリと微笑む。その微笑みは非常に美しく、仮にここが日中の王都の大通りならば多くの男が振り返っただろう。


 だが、この場にいる男はレウルスとコルラードだけである。


 レウルスはもしかして、と片眉を上げ、コルラードは窓を破って逃げ出そうかと真剣に検討した。


「――コルラード」

「はいっ!」


 そんなコルラードだが、ナタリアが真剣な声をかけると即座に背筋を伸ばして返事をしてしまう。


「王都に来て、グリマール侯爵家やヴェルグ子爵家だけでなく、多くの貴族の推薦を得ることができた……ここまでくれば、わたしの叙爵は何が起ころうと覆らないわ。その上でコルラード、あなたに一つ話しておきたいことがあるの」


 直立不動の体勢を取るコルラードを、ナタリアがじっと見る。レウルスは腕組みをしながら壁に背を預け、場の流れを見ることにした。


「わたしが叙爵して男爵になれば、準男爵という“椅子”が一つ空くわ。もちろん、男爵になったのだからその椅子はそのまま消えることもあり得た……でも、勿体ないと思わない?」


 そう話すナタリアを見つめるコルラードの表情が僅かに動く。


 まさか、と言わんばかりに目が見開かれ、ナタリアの言葉の続きを待った。


「上昇志向があって、相応の能力があって、様々な“頼み事”を引き受けていたから複数の貴族に顔も利く……わたしはあなたのことを高く評価しているつもりよ」


 ゴクリと音を立ててコルラードが唾を飲み込んだ。見開かれた瞳は、コルラードの心情を表すように揺れている。


「そういうわけで――あなたを準男爵に推薦することにしたの」


 そんなコルラードを見ながら、ナタリアは笑顔で告げた。


 よくやったと、元部下を誇るように、そう告げた。


「……おお……おおっ!」


 そのナタリアの言葉に、コルラードは声と体を震わせる。何かを言おうとしても大した言葉にはならず、興奮で顔を赤く染め上げた。


「これも複数の貴族から推薦を受けてのことだから、覆されることはないでしょうね。おめでとう、コルラード“準男爵”」


 そう言って微笑むナタリアを前に、コルラードはその場で両膝を突いた。そして自身の震える両手を見下ろし、感動に打ち震える。


「あー……姐さん? それって事前に伝えて良かったのか?」


 気を遣ってレウルスが小声で尋ねると、ナタリアはコルラードを見ながら苦笑を浮かべた。


「今度登城する際に連れて行っていきなり叙勲の場に放り込んでも良かったのだけど、さすがにそれは酷でしょう?」

「うん……まあ、そうだよな」


 事前に戦うことを知らされてはいたが、相手方にベルナルドが出てきた時ぐらい酷だろうとレウルスは思う。


(しかし、準男爵になれることがそんなに嬉しいんだな……俺としては厄介そうな印象しかないんだけど……)


 感動で身を震わせるコルラードの姿に、レウルスはどんな声をかければ良いかわからない。責任ある立場になることを素直に喜べないのは前世の経験がそうさせるのか、あるいはこの世界で積み重ねた経験の影響か。


「えっと、コルラードさん? 俺にはどれぐらいすごいことかわかりませんけど、おめでとうございます。お祝いにひとっ走りして肉でも取ってきて焼きましょうか? 酒も良いのを買ってきますよ? 肉は頼んだらサラが良い具合に焼いて――」


 それでもめでたいことだと判断し、レウルスは精一杯祝おうと思った。すると、勢いよく顔を上げたコルラードが噛みつくように叫ぶ。 


「何故わからんのだ!? この世に己の生きた証が、その名前が刻まれるのだぞ!? “名を残す”というのはそれほど偉大なことなのだ! 男子一生の本懐だろう!?」

「そ、そうですね……すみません」


 口角泡を飛ばす勢いで力説するコルラードに、レウルスは素直に頭を下げて謝った。


 コルラードにとってはとても重要で、そのために必死に頑張ってきたのだと伝わってきたからだ。


「あ、いや、すまん……つい興奮してしまった……」


 そんなレウルスの反応を見て我に返ったのか、コルラードも頭を下げる。


 そうして気が動転していたコルラードもある程度落ち着いたと見たのか、ナタリアは笑顔を浮かべながら話を続けた。


「もっとも、いくらあなたでも準男爵になりました、あとは自分一人で頑張ってください……なんて放り出されても困るわよね?」

「当然ですぞ! 準男爵という地位を与えられても、それに見合う“役職”がなければただの……ただの……」


 そこで不意に、コルラードの口調が弱々しいものへと変わる。コルラードの視線は笑みを浮かべたナタリアに固定されていた。


「アメンドーラ家のように管理官になるか、あるいは人と金を集めて村でも興すか……あなたの才覚なら管理官だろうと村の開拓だろうと、なんでもこなせそうよね」


 おそらくはコルラードを評価しての言葉だろうが、コルラード本人は顔を引きつらせている。そんなコルラードを見ながら、ナタリアは話を続けた。


「叙爵が済んだらわたしはラヴァル廃棄街の皆を連れて独立するつもりよ。わたし達の町を、わたし達の居場所を作るの。でも、それには人手がいくらあっても足りないわ。いくら他家の支援があるといっても限度があるし、人材にも限りがある」


 そう話すナタリアの眼差しは真剣だった。コルラードをじっと見つめ、偽ることなく本心を伝えていく。


「全てが参考になるとは言えないけれど、一から町を造るその過程……間近で学べば“自分の時”に役に立つと思わない?」

「それは……そう、でしょうな」


 だからこそ、コルラードも躊躇を見せつつも頷いた。同時に、ナタリアが何を求めているのかも察す。


「これまであなたが培ってきた知識、力、その全てが必要だわ。これは“取引”よ、コルラード。あなたの力を貸してちょうだい」

「……取引というからには、見返りがあるのでしょうな?」

「もちろん」


 コルラードの言葉に、ナタリアは鷹揚に頷く。


「当面はわたしの部下という形になるでしょう。色々と仕事を割り振ることもあるでしょう。でも、そうして準男爵として必要なことを学んだら、あなたにも領地を持ってもらうわ」

「領地を……」

「ええ。わたしが拝領する予定の土地、けっこう広いのよ。その規模から考えると、町一つというわけにはいかないわ。現在のラヴァル廃棄街よりも大きい町を一つに、あとは村がいくつかは必要になるでしょう。その内の一つをあなたに任せるわ」


 そう語るナタリアだが、傍で聞いていたレウルスは僅かに眉根を寄せる。


(それって空手形じゃ……いや、そこまで言うってことは姐さんも踏み倒したりはしないだろうけど……)


 利用するだけ利用して放り出すような真似はしないだろう。レウルスはそう考え、長年の部下だったコルラードもまた、同様の結論に至る。


「ありがたい話です……ただ、それが実現されるまでどれほどの時がかかるでしょうか? どう短く見積もっても、二十年はかかると思いますが……」


 その時に自分が生きているかもわからない。そう呟くコルラードだったが、ナタリアの表情は崩れなかった。


「五年ね」

「は?」

「わたしの見立てでは五年……そう言ったのよ」


 ナタリアは自信ありげに断言する。


「いや、それはさすがに……」

「ええ。もちろん“何もなければ”と言わざるを得ないけれどね。でも、もしかすると五年よりも短い可能性もあるわ」


 断言するナタリアに対し、コルラードはまさかという気持ちを拭えなかった。それでもナタリアがそう断言する以上、何かしらの案があるだろうとも思う。


 そうやって迷うコルラードに、ナタリアは表情を真剣なものに変えてから告げる。


「“賭け時”は今よ、コルラード。わたし以上にあなたを高く買っている者はいない……それだけは断言するわ」


 ――その言葉が決め手だった。


 コルラードは迷いを振り切り、大きく頷く。


「……わかり、ました。吾輩で良ければ協力します!」

「ありがとう。その言葉が聞きたかったわ」


 表情を崩し、ナタリアは嬉しそうに微笑む。そして両手を打ち合わせると、事も無げに言った。


「あなたが協力を承諾してくれて良かったわ。どう転んでも新しい準男爵として誰かが指導する必要があったけれど、“自発的に”頑張ってくれるのと嫌々頑張るのでは効率が違うものね」

「……え?」

「いくら見込みがあるといっても、何も教えずに放り出すわけにもいかないのよ。どこかの村みたいに、“下手な運営”をされても困るしね」


 そう言って微笑むナタリアは、コルラードに歩み寄ってその肩を叩く。


「一時的にとはいえ、あなたぐらい優秀な部下を持てるのならわたしも不安が和らぐわ」


 おそらくは本心なのだろう、ナタリアの言葉。しかし、コルラードは頬を引きつらせる。


「だから――“これから”もよろしくお願いするわね?」


 そう言って、ナタリアは輝かんばかりの笑顔をコルラードに向けた。


「……はい」


 コルラードは消え入るような声で呟き、その瞳から一筋の涙が零れ落ちる。


 それはきっと、準男爵になれることに対する感激の涙だろう――レウルスはそう思い、そっと目を逸らすのだった。






・レウルスからコルラードへの評価

知識が豊富で気が利いて、機転も利いて、様々な武器の扱いに精通していて実戦経験も豊富で、金勘定も政治も(はかりごと)もこなせるすごい人


・コルラードからレウルスへの評価

やばい奴

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