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第342話:各々 その3

 人の顔を見て、誰かに似ていると感じることは珍しくないだろう。

 顔の形、髪型、雰囲気など、“誰か”に似ていると連想することは決して珍しくはない。


 レウルスがグリマール侯爵を見て――正確に言えば笑った顔を見て連想したのが先輩冒険者のニコラだった。


 エリザ達を除けば、冒険者の中では一番仲が良いといえる相手である。グリマール侯爵の顔を見て誰かに似ていると考えていたレウルスとしては、一度思い当たるとそれが間違いではないように思えてしまった。


(え? でも相手はグリマール侯爵だぞ? ニコラ先輩に似てる? いや、“ニコラ先輩が”似てるのか? シャロン先輩にはそこまで似てないけど……えっ?)


 困惑しつつも、それが表情に出ないよう必死に取り繕うレウルス。さすがに今日初めて顔を合わせた貴族を相手にして、『あなた知り合いの冒険者に似てますね』などと言えるはずがない。

 グリマール侯爵は好意的に接してきているが、世間的に立場が悪い冒険者に似ていると発言すればどう取られるか。


「ん? どうかしたのかね?」

「あ、いえ……」


 だが、貴族であるグリマール侯爵からすれば、レウルスが表情を取り繕っていることなど容易に見抜けるらしい。

 訝しげに尋ねるグリマール侯爵の言葉に、どう答えたものかとレウルスは言い淀む。


「貴族の当主とお会いするのが初めてで、緊張しているのでしょう」


 すると、そんなレウルスに助け船を出すようにナタリアが言う。その言葉に釣られて視線を向けてみると、ナタリアは片目を瞑ってレウルスにウインクを向けた。


「ほう……あの戦いぶりを見たところ、緊張とは無縁そうに思えたが……」

「ははは……これでも一応、目上の方を敬うぐらいの礼儀は持ち合わせていまして。ただ、侯爵様に直接声をかけていただけるとは思わず、どういった言葉遣いをすれば良いのかと迷った次第で……」


 ナタリアの言葉に乗り、レウルスはそれらしい理由をでっち上げて口走る。

 実際のところ緊張はしておらず、目上の相手を敬う気持ちがないわけではないが、ニコラに似ていると考えてしまった驚きから気にしている余裕などなかった。


「ふむ……多少ぎこちないが、ある程度の教養はありそうだな。どうかねナタリア殿、君さえ良ければ彼を私のところに預けてみないか? 徹底的にしごいて……いや、騎士にもなれるよう便宜を図るが」


 本気なのか冗談なのか、軽い調子でレウルスを勧誘するグリマール侯爵。それにレウルスが驚くより早く、ナタリアが口元に手を当てながら嫋やかに微笑む。


「ふふっ、ありがたいお話ですが、レウルスには色々とやってもらいたいことがありますの」

「そうか……当家の軍に放り込めば良い刺激を与えてくれそうなのだがな」


 残念そうに肩を竦めるグリマール侯爵に、レウルスはどう反応を返せば良いかわからない。下手なことを言えば言質を与えてしまうことになりそうだった。

 だが、グリマール侯爵なりの冗談だったのか、負けたとはいえベルナルドと“戦うこと”ができたレウルスへの称賛なのか、評価が高いようにレウルスには感じられた。


 レウルスが想像していたよりも明るく、堅苦しさがない会話である。あるいは意識してそういう雰囲気を出しているのかもしれないが、グリマール侯爵の興味はレウルスだけでなくエリザ達にも向けられた。


「それで? そちらの可愛らしいお嬢さん達は?」

「俺の家族です」

「ほう……家族、か」


 そう言って不躾にならない程度にエリザ達を流し見るグリマール侯爵だが、その眉根が不可解そうに寄せられる。


「君ぐらいの年齢の男ならば仕方ないのかもしれないが、多くの女性と“縁を持ちすぎる”のは危険だぞ? これは男として、先達としての忠告だ」

「その認識には多分に誤解が含まれていると思います侯爵様」

「うむ、冗談だ」


 真顔でツッコミを入れるレウルスに対し、グリマール侯爵は重々しく頷く。


(この人、思ったより“良い性格”してるな……)


 貴族――それも侯爵というからにはもっと尊大な性格なのかと考えていたレウルスだったが、その想像を粉砕する程度にはフランクである。


(下民が舐めた口を利くな、とかキレられても困るけど、これはこれで困る……)


 かつては領軍を率いていたという言葉から推察する限り、ただの兵士などにも分け隔てなく接する性格なのではないか、とレウルスは思った。


(……いかんな。そういうところもニコラ先輩に似てるって思ったら、余計に似ているように思えてきたぞ)


 疑問が湧くものの、先ほどのナタリアからの合図を見た限り言及しない方が良いのだろう。


 レウルスがそう思っていると、不意にサラが声を上げた。


「あっ! ニコ――うびゅっ」


 そして、即座にエリザがサラの口を手で塞いだ。


「うん? どうかしたかね?」

「申し訳ございません。この者は礼儀を知らぬ粗忽者でして」


 続いて、エリザは普段と違って“余所行き”の口調で謝罪しつつ、グリマール侯爵に向かって一礼した。その所作はナタリアほどではないが洗練されており、グリマール侯爵は柔和に目を細める。


「なに、公式の場ならばともかく、このような場で年若い娘の非礼をいちいち咎めるような真似はせんよ。それに、精霊様とあれば人間社会の礼儀に疎いのも仕方ないだろう」

「はっ……っ!?」


 ごく自然と付け足された言葉にエリザは再度一礼したが、すぐさま顔を上げて驚愕の表情を浮かべた。そんなエリザの反応に、グリマール侯爵の目尻がますます下がる。


「きちんと“教育”を受けているようだが、経験が不足しているようだ。注意するといい」

「…………はい」


 エリザは顔を真っ赤にしながら引き下がる。そしてレウルスに申し訳なさそうな視線を向けるが、レウルスは苦笑しながら肩を竦めた。


「侯爵様もお人が悪いですね。一体どこから聞きつけたのですか?」

「情報を集めるのも統治者の仕事のうち……と言いたいところだが、さすがに君達は目立ち過ぎだ。いや、精霊教徒が目立ち過ぎというべきか……」


 グリマール侯爵は顎を撫でつつ、何でもないことのように言葉を続ける。


「城門近くに多くの精霊教徒が押しかけ、先日は君達の方から大教会へ向かい、その後も慌ただしく精霊教徒が動き回っている……これは何かがあったと見るべきで、精霊教徒が“そうなる”時は大抵精霊絡みだ」


 違うかね、と当然のことを尋ねるように言い放つグリマール侯爵。どうやらグリマール侯爵からすると、その辺りは容易に推測できる程度には目立っていたらしい。


「それに、当家の領地にも君達の噂は届いていた……なるほど、この方が火の精霊様か」


 気が付けば、先ほどまでの柔和な雰囲気が消えていた。グリマール侯爵は観察するような視線をサラに向けていたが、その視線がネディにも向けられる。


「そしてそちらの方が水の精霊様か。まさか直に精霊様と接する機会があるとは……長生きはするものだな」

(ネディを水の精霊って呼んだ……ってことは、情報の出処は大教会か?)


 ソフィアが広めたのか、それとも大教会にいた誰かが広めたのか。

 グリマール侯爵の言葉からそうアタリをつけるレウルスだったが、この状況では何の意味もないだろう。何を言うつもりかとレウルスは警戒するが、グリマール侯爵はその視線をナタリアへと移して苦笑を浮かべる。


「ベルナルドとの一戦に、二人の精霊様か。なるほど、よくもここまで札を揃えたものだ。叙爵にあたってこれほどの条件を揃えた者は皆無だろう。最年少で国軍の将になったことといい、君には毎回驚かされるな」

「恐れ入りますわ」


 グリマール侯爵の言葉に微笑みながら答えるナタリアだが、その表情が心からのものなのか、“仮面”を被っているだけなのかはレウルスにもわからない。

 グリマール侯爵は目を細めると、思考を巡らせるように視線を遠くに向けた。


「君自身の武名に、四代に渡る国への貢献、そして集めた戦力……あとは細々したところに気がつく補佐官でもいれば良さそうだが」

「ご心配なく。それにも“当て”がありますので」

「そうか……準備は万端というわけだ」


 ナタリアの言葉を聞き、二度、三度と頷くグリマール侯爵。レウルス達はそれを黙って見守っていたが、やがてグリマール侯爵は小さく微笑みながら頷いた。


「……まあ、君には“借り”もある。独立しても早々に潰れるようなことはないだろうし、その際は当家としても協力を惜しまないとも」

「そのお言葉を聞けて肩の荷が下りる思いです」


 その返答こそが目的だったのか、ナタリアはグリマール侯爵に向かって一礼をする。そんなナタリアに釣られるようにして、レウルス達も慌てて一礼をするのだった。








「ふふっ、上々といったところね」


 グリマール侯爵家の邸宅から外へと出たナタリアは、上機嫌な様子でそんな言葉を口にする。その言葉が示すようにナタリア自身も上機嫌で、普段と比べて表情には柔らかい笑みが浮かんでいた。

 グリマール侯爵から得られた返答が余程嬉しいらしい。それを感じ取ったレウルスだが、外に出たということで戸惑いがちに口を開く。


「ところで姐さん……あー、なんだ……」


 だが、直截に尋ねて良いものか、それとも個人のことだからと口を閉ざすべきか悩む。グリマール侯爵とニコラに接点があるのか、尋ねて良いことなのか。


「尋ねたいことはわかるわ。あなたが疑問に思っていることは、おおよそ理解できる……でも、それはこの場でわたしの口から聞くべきことかしら?」

「……本人に聞けってことか。わかったよ」


 レウルスの疑問に答えないようでいて、暗に肯定する返答。それがこの場でナタリアに言える最大限の情報なのだろうと判断し、レウルスは引き下がる。


(てっきり先輩達はラヴァル廃棄街の出身かと思ってたんだけどな……でも仮に“そう”だったら……って、待てよ?)


 レウルスはニコラとシャロンの顔を思い浮かべる。そして、これまで交わした言葉の数々も思い出せる限り思い出していく。


(そういえば……先輩達って俺と同じでおやっさんに推薦されて冒険者になったって言ってたな。つまり、ラヴァル廃棄街の外から来たってことか?)


 元々ラヴァル廃棄街に住んでいた者ならば、ドミニクのような有力者からの推薦は必要にならない。その事実に思い至ったレウルスは、思わず唸るような声を零した。


(ニコラ先輩は二十……何歳だっけ? 冒険者になってからの年数から逆算すると、冒険者になったのは十五歳前後ってところか? シャロン先輩は十歳前後で冒険者になったって言ってたっけ……)


 頭の中で散らばっていたピースを当てはめていくレウルス。出会った当初から、色々と疑問に思うことがあった。それがグリマール侯爵と会ったことで急速に一枚の絵を描き始める。


(シャロン先輩は風呂好きだけど、どこで風呂に入ったのかも不思議だったしな……そりゃ貴族の家になら風呂もあるわな)


 ニコラ達に確認しなければ確証は持てないが、外れてはいないだろうとレウルスは思う。


 だが、そうなると問題は――。


(先輩達、なんでラヴァル廃棄街で冒険者をやってるんだろうな……)


 仮にグリマール侯爵の身内だとすれば、もっと良い生活を送れたはずである。それが何故ラヴァル廃棄街で冒険者をしているのか、レウルスとしても疑問に思う他ない。

 そして、先ほどのナタリアの言葉にも納得の感情を覚えた。


(たしかにこれは他人から聞くことじゃない、か……)


 ラヴァル廃棄街に戻ったら折を見て本人に聞いてみよう。


 レウルスはそう思ったが、それが尋ねて良いことのなのかも現状ではわからないのだった。






300話以上経ってから伏線を回収するスタイル

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