第341話:各々 その2
久しぶりに前書きをお借りいたします。
本日(5/6)、拙作のコミカライズ版の2話目が掲載されます。
よろしければそちらもお読みいただければ幸いに思います。
「それじゃあコルラードさん、取り扱いには注意してくださいね?」
場所は移ってグリマール侯爵家の邸宅前。
馬車から降りたレウルスは布で包んだ『龍斬』と『首狩り』の剣をコルラードへと渡しつつ、そんなことを言う。
貴族の邸宅へと足を踏み入れるにあたり、さすがに武器の類は持ち込めないということで、馬車に待機しておくコルラードに預けようとしているのだ。
ナタリアが言うには邸内の“安全”を保障するのも貴族の役目らしく、以前ヴェルグ子爵家で武装をした状態でルイスと会った時の方が例外らしい。
仮にグリマール侯爵がレウルス達に害意を持っていたとしても、然したる問題にはならないだろう。サラとネディは武器など使わず、その上でナタリアがいるのだ。レウルスも周辺の家具を振り回せば十分武器になる。
防具や短剣は既に外して馬車に積んであるが、『龍斬』と『首狩り』の剣だけは別である。取り扱いには注意が必要で、万が一にも布から解いて触らないようコルラードに言い含めた。
「……大剣の柄を握ると燃えるのだったな?」
「ええ……あっ、あとですね、新しい剣の方は握ると人を斬りたくなるんで気をつけてください」
「なんなのだその物騒な武器は!?」
そのまま地面に叩き付けそうな勢いでツッコミを入れるコルラードだが、剣は二振りとも非常に頼りになるのだ。
『龍斬』は言うまでもないことだが、『首狩り』の剣もベルナルドとの戦いで雷魔法を斬った感触から判断する限り、実戦でも十分に使用できる名剣だ。もちろん、レウルスからすれば名剣というだけで、預かるコルラードからすれば魔剣の類だろうが。
武器をコルラードに預けることに関しては、まったく心配していない。コルラードもわざわざレウルスの武器を盗んで逃げるような真似はしないだろう。
また、コルラードの腕ならば並の賊など返り討ちで、万が一コルラードを出し抜くような手練れが襲ってきたとしても、『龍斬』を握った瞬間大惨事が巻き起こる。
『首狩り』の剣を盗まれると面倒だが、カルヴァンが小細工と称して魔力を通さないと鞘から抜けないようにしているため、レウルス達がいない間に突如として通り魔が出現するような事態にはならないだろう。
そうやって武器を身から離すことに関して少しだけ悩むレウルスだったが、考えても仕方がないと割り切ることにした。それよりも目前に迫ったグリマール侯爵家の邸宅で何が起こるのか思案する方が建設的だろう。
今回グリマール侯爵家の邸宅に足を踏み入れるのは、レウルスとエリザ、サラとミーア、ネディにナタリアの六人である。
ベルナルドと戦った自分はともかく、エリザ達も連れて行くことに関しては疑問を抱くレウルスだが、ナタリアには何か考えがあるのだろう。
レウルスやナタリアと同様にエリザ達も全員が着替えているが、それぞれ似通った意匠のワンピースタイプの服を身に着けている。ドレスと呼べるほど華美ではないが、普段着とは一線を画す質の礼装だ。
飾り気はそれほどないものの、膝丈まで伸びた裾が波打つように広がり華やかな印象を与える。エリザは桃色、サラは赤色、ミーアは薄茶色、ネディは水色と、それぞれが髪の色に合わせた布色を選択していた。
そうして着飾ったエリザ達を見たレウルスは、うんうん、と何度も頷く。
「普段の格好を見慣れてると新鮮だな……似合ってるし可愛いぞ」
王都の流行とやらは理解できないが、似合っているのだからそれで良いだろう。大金貨三枚という額に見合った出来だとレウルスも納得する。
(女の子なんだし、依頼の報酬を渡すだけじゃなくて服とかを買い与えるべきだったか……いや待て、それで服とかアクセサリーを買い漁るようになったら……でも金の失敗はなるべく若いうちにしておいた方が……)
エリザ達の整った外見を思えば、“着飾る”ということを教えても良かったのかもしれない。しかしそれはそれで金銭の浪費につながりそうで、レウルスはエリザ達を褒めながらも内心では苦心する。
依頼の報酬は基本的に等分して渡しているが、エリザ達は浪費するような性格ではない。
ラヴァル廃棄街で購入できる服飾関係の品には限りがあるためどうあっても浪費はしにくいが、もっと年頃の女の子らしく服などを買い与えるべきだったか、それとも買うように促すべきだったか。
「そうか……似合っておるか……そうじゃろうか?」
貴族の邸宅を目の前にして今後の生活に関して思いを馳せるレウルスだったが、そんなレウルスの言葉を聞いたエリザは嬉しそうに頷き――ぐりん、と音が立ちそうな動きで首を捻ってネディを見た。
「……? なに?」
「……なんでもないのじゃ……ない、のじゃ……」
ナタリアのドレス姿を見た時のように、自分の胸元に手を当てながら唇を引き結ぶエリザ。
ナタリアが着ているものと比べると体のラインが出にくい造りになっているが、エリザ達の年齢を考えると仕方のないことだろう、とレウルスは思う。
当のエリザ達――もとい、エリザだけは死んだような目付きでネディを見つめ、次いで、ミーアのことも少しだけ恨めしそうに見つめていた。
「どうせレウルスが励ますでしょうから、じゃれつくのは後にしてちょうだい……時間よ」
エリザの反応に苦笑を浮かべたナタリアが即座に止めに入る。だが、その表情はすぐさま引き締められた。
「グリマール侯爵とはわたしが話すから、あなた達は背後に控えていてちょうだい。ただし、向こうから話を振られたら失礼にならないよう答えること……話を振られるとすればレウルス、あなたでしょうから気を付けてね」
そう話すナタリアの視線の先にあったのは、グリマール侯爵家の邸宅である。
レウルスが見たことがある貴族の邸宅としては、ヴェルグ子爵家のものと比べても小さい。だが、それは王都という場所に建てているからだろう。少なくともレウルス達が借りている借家と比べれば数倍の規模で大きく、同時に数十人が泊まれそうな広さがあった。
煉瓦と石材で作られた二階建ての邸宅と、その周囲を囲う二メートルほどの石壁。グリマール侯爵家の兵士と思しき者が敷地と外部を隔てる門の前に立ち、他の兵士も邸宅の周囲を巡回しているが、その足取りや目付きには油断がない。
邸宅の正面には二十五メートルプールを三つ連結したような大きさの庭も存在し、邸宅の扉に向かって舗装された道の両脇には手入れが行き届いた花壇が設置されていた。
レウルス達が訪れることを知らされていたのか、ナタリアが門衛に向かって名乗ると門を通される。そして邸宅に向かって進むと、それを見計らったように扉が開いた。
「――ようこそおいでくださいました」
そして、扉が開くなり執事と思しき男性が頭を下げる。ヴェルグ子爵家にいたセバスのように、初老に差し掛かった男性だ。やや小柄ながらも、綺麗に整えられた白髪と柔和な笑みが印象的な男性である。
「皆様が到着されましたら、応接室へご案内するよう仰せつかっております」
「そう……ご苦労様。案内をお願いするわ」
丁寧に一礼する男性に対し、ナタリアは慣れた様子で声をかけた。互いに名乗ることもないが、執事に対してはそんなものなのだろうか、とレウルスは疑問に思った。
執事の案内に従い、レウルス達は汚れ一つついていない赤い絨毯の上を歩いていく。掃除が行き届いている廊下は清潔そのもので、ところどころに木の台が設置され、壷や皿が置かれている。
壁には絵画が飾られている場所もあり、風景画や人物画などが飾られていた。
(うーん……さすがは貴族っていうべきか? 金がかかってそうだし、掃除も行き届いているし……って、そうか。王都だから他の貴族が訪れるかもしれないんだよな)
日頃からきちんと手入れを行い、いつ、誰が来ても良いようにしているのだろう。レウルスがそう納得していると、レウルス達を案内していた執事の男性が足を止め、扉をノックした。
「旦那様、お客様をお連れいたしました」
「入れ」
中からの返答を聞き、執事が扉を開ける。そうして導かれるように室内に足を踏み入れたレウルスが見たのは、先ほど練兵場で見た赤毛の男性――グリマール侯爵だった。
案内された応接室は広く、五十畳ほどあるだろう。小規模なパーティぐらいは開けそうで、ソファーやテーブル、個人で座るための椅子などが用意されている。
応接室まで案内していた男性は扉を閉めると、ナタリア達をグリマール侯爵の傍まで先導する。
「ナタリア=バネテス=マレリィ=アメンドーラでございます。お招きに預かり光栄ですわ」
そう言ってドレスの裾を摘んで一礼するナタリア。その所作は非常に洗練されており、ナタリアから一歩引いた場所に控えていたレウルス達は目を丸くした。
「ステファノ=マークス=マルド=グリマールである。今日はよくぞ招待に応じてくれた」
現状では“立場”が上だからか、ソファに座ったままで鷹揚に頷きながらグリマール侯爵が答える。
貴族らしい、というべきか、人によってはその態度は尊大に映るだろう。しかし、それが自然だと思わせる風格がグリマール侯爵にはあった。
そして、そんなグリマール侯爵の視線がレウルスに向けられる。
「貴殿も名乗るが良い」
「レウルスと申します…………?」
視線が向いた時点で予想したため即座に一礼しながら名乗るレウルスだったが、グリマール侯爵の言葉が想像よりも柔らかかったため疑問を覚えた。
思わず頭を下げたままで動きを止めてしまったレウルスだが、そんなレウルスを見たグリマール侯爵の声色が更に和らぐ。
「くくっ……あのベルナルドを相手にあれほどの奮戦を見せてくれたのだ。多少の無礼には目を瞑ろう。顔を上げたまえ」
「は、はい」
言われるがまま顔を上げるレウルス。すると、グリマール侯爵は執事に紅茶を淹れさせながら肩を竦める。
「まったく、王都という場所は面倒なものだ……そうは思わないかね? 人を招くにもこうして服を着替えさせ、ある程度手順を踏まねばならん。私としては血を被ったままで訪れようが気にしないのだがな」
無頓着なのか剛毅なのか、心底面倒そうに話すグリマール侯爵に対し、レウルスは反応に困ってしまう。頷けば良いのか、それはさすがにおかしいのでは、とツッコミを入れれば良いのか。
そんなレウルスの困惑を感じ取ったのか、グリマール侯爵は口の端を吊り上げて笑う。
「これでも以前は領軍を率いて戦いに赴いた身でな。戦場では身分や立場、性別や年齢など関係ない、“強さ”こそが全てだと身をもって体験している。故に、強い者には相応の礼儀を払うとも……宮廷貴族共はその辺りを理解しておらんようだがな」
そう言って笑うグリマール侯爵の顔を見て、レウルスは思わず目を見開いた。
グリマール侯爵の発言があまりにも奔放すぎたから――では、ない。
笑ったグリマール侯爵の顔が、知り合いによく似ていたからだ。
(ニコラ先輩に……似ている……?)
その笑い顔は、冒険者の先輩としてラヴァル廃棄街に来た頃のレウルスの面倒を見てくれた冒険者、ニコラによく似ていた。シャロンに似ていると思わなかったのは、性別の違いがそうさせたのか。
(他人の空似? いや、それにしては……)
グリマール侯爵の顔を見ながら、レウルスは激しく困惑するのだった。