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第339話:模擬戦 その7

 金属がぶつかり合う音に、炎と雷が弾け合う音が混ざる。


 『契約』を通してサラの力を引き出して炎を『龍斬』に纏わせたレウルスと、槍に雷を纏わせたベルナルド。

 武器と魔法による差はほとんどない。互いに得物を振るい、ぶつけ合い、轟音とも呼べる金属音を鳴らしながら炎と雷を撒き散らす。


「シャアアアアアアアアアアアァッ!」

「ふっ!」


 レウルスが咆哮と共に『龍斬』を振るえば、ベルナルドは鋭く呼気を発しながら槍を振るう。


 柄まで含めれば二メートル近い大剣である『龍斬』と、三メートル近い長さを持つベルナルドの槍。

 構造を考えると間合いの広さも互角に近い。これまで数々の魔物を斬り伏せてきた真紅の大剣が唸りを上げれば、銅褐色の槍が応えるように弧を描いて衝突する。


「ハ――ハアアアアアアアアアアァッ!」


 笑うように、歓喜の声を上げるように、レウルスが大剣を振るう速度を上げていく。模擬戦ということも頭の中から消し飛ばし、紫電を放ちながら迫る槍に向かって次々に斬撃を繰り出していく。


 振り下ろし、薙ぎ払い、突き、切り上げ。その時々の体勢に合わせて最も振るいやすい形で、最も力が込めやすい軌道でレウルスは『龍斬』を振るう。


 ベルナルドほどの強者が相手となると、悪手だろう。それは技量に乏しいレウルスの斬撃がより単調になるということで――“そんな常識”を速度と膂力で捻じ伏せる。


 竜巻のような荒々しさで、手数と威力を同居させながら刃を振るう。並の兵士や魔物が近寄ればそれだけで細切れになりそうな状況だ。


 そんなレウルスと相対するベルナルドは、レウルスの戦い方に合わせるように荒々しく槍を振るう。技術よりも威力に重きを置き、レウルスが繰り出す斬撃に負けない威力で槍をぶつけ合う。


(ああ……くそっ、なんてこった……)


 そうして自身の戦い方に“付き合ってくれる”ベルナルドの姿を見たレウルスは、心中で感動とも感謝とも取れない言葉を零していた。


 『熱量解放』を使い、サラの力を借りても“これ”だ。


 仮に今この場で『首狩り』と戦っても、前回ほど追い詰められることはないだろう。『城崩し』と戦っても数分で膾切りにできるに違いない。『国喰らい』と呼ばれたスライムはさすがに厳しいだろうが、これほどまでに思い通り体が動くことは滅多にない。


 それでも、眼前のベルナルドには届かない。敢えてレウルスと似たような戦い方へと切り替えたというのに、それでも容易く上をいっている。

 一体何を思ったのか、ベルナルドはレウルスに合わせた戦い方を選択しつつも、その上で押し潰すような戦いぶりを披露していた。


 現状は一見互角に近いが、その実、レウルスは着々と敗北に向かって突き進んでいる。


 それは魔力切れというタイムリミットが近づいているということで、このまま戦い続ければ自然と決着がついてしまう。


 魔力という燃料を使って時間制限の全力疾走を仕掛けるレウルスと比べ、ベルナルドには余裕がある。


 そして、レウルスには現状を覆す手立てがない。仮にエリザの力まで引き出せたとしても、ベルナルドに勝ち得る未来が見えない。


 最早敗北は決定的だ。それでもレウルスが『龍斬』を振るい続けているのは、現状が楽しくて仕方がないからだ。


 『龍斬』を振る度に、ベルナルドの槍とぶつけ合う度に、少しずつ自身の力量が引き上げられているように感じられる。技術ではなく、“戦い”という次元でレウルスの中の何かが変化していっている。

 時折合わせ損ねた槍が体の至る所に傷をつけていくが、それすらも気にならなかった。痛みを感じるよりも剣を振るう方が先だと本能が吼え、体が応えて『龍斬』を振るう。


 ベルナルドも先ほどまでのような“小細工”は使わない、足を止めての乱打戦。


 レウルスが竜巻のような荒々しさで大剣を振るっているのも理由の一つだが、戦いの余波が周囲に及ばないように配慮しているのだろう。


 そうしなければ本気で戦えないとはいえ殺すつもりで戦うレウルスと、あくまで模擬戦に徹するベルナルド。

 両者の違いは顕著で、それは実際に刃を交えているレウルスが強く実感している。


 何をしても通じない。己の成長は感じ取れるが、それでもなお届かない。


 ベルナルドが様々な手を打っていた時の方がレウルスも予測を外すことができたが、膠着した状況ではそれも難しい。


 ――故に、敗北は必然だった。


 魔力の消耗もそうだが、サラから力を引き出していたレウルスの集中がふと切れる。数百と斬撃を繰り出して体が疲労したのか、単純に集中が続かなかっただけか。


 動きが鈍り、『龍斬』に纏っていた炎が掻き消える。それまで互角に打ち合っていたというのに、大剣が弾かれてレウルスの体勢が大きく崩れる。


 そうして生じた隙を見逃すほど、ベルナルドも甘くはない。相打ちを狙おうにも、急激に変化した己の状態に意識はともかく体がついてこない。


(あー……くそっ……)


 体勢を崩したのが“誘い”でもないことなど、一目瞭然だったのだろう。瞬時に槍を返して向けられた石突が、レウルスの胴体へと突き出される。


(――負け、か)


 衝撃と同時に体が吹き飛ぶ感覚を覚えながら、レウルスは敗北の悔しさよりも戦いが終わる残念さを感じるのだった。


 






「そこまで!」


 レウルスが倒れるのを見て、ナタリアが終了の宣言を行う。


 石突でレウルスを突いたベルナルドは残心を取っており、さすがに追撃を仕掛ける様子もない。

 そして吹き飛ばされたレウルスも、模擬戦の終了に文句を言うこともなく上体を起こした。仮に石突ではなく穂先で突かれていたら、胴体が泣き別れしていただろう。文句の言い様がない敗北だった。


「ふぅ……参りました」


 『熱量解放』を解きながら、敗者の礼儀として負けを認めるレウルス。


 魔力はまだ残っており、一、二分ぐらいならば全力で戦えただろう。それでも集中力が切れてしまった以上、敗北を認めるしかない。魔力が完全に切れたら一気に戦力が落ちるなど、知られるわけにはいかないのだ。


 槍を構えたまま残心を続けていたベルナルドだが、ナタリアの宣言とレウルスの言葉を聞いてようやく槍を下げる。そして地面に座ったままのレウルスのもとへと向かい、左手を差し出した。


「筋は良い、見込みもある……が、まだまだだな」

「お褒めに預かり光栄ですよ」


 そう言ってレウルスはベルナルドの厚意を受け取り、手を掴んで立ち上がった。


「レウルスはどうでしたか?」


 交戦の意思がないことを示すようにレウルスが『龍斬』を鞘に収めていると、ナタリアが近づいてきてベルナルドへと話しかけた。

 表情を隠してはいるが、どことなく嬉しそうな、誇らしそうな気配を感じるのはレウルスの気のせいか。


「うちの隊に欲しいぐらいだな。だが、それでは今回模擬戦を行った意味もないだろう?」

「ええ、さすがにレウルスを持っていかれるのは困りますわ」

「だろうな。そうなると“予定通り”といったところか」


 そう言ったものの、ベルナルドは首を横に振る。


「いや……これならば多少重荷を背負わせても問題はない、か?」

「では、流す噂を多少変えても?」


 ベルナルドの言葉を聞き、ナタリアも言葉を返す。そんな二人が何を指して話しているのか理解できないレウルスは思わず首を傾げてしまった。


「何か不穏な気配がしますけど、せめて本人がいないところで話してもらえませんか?」


 聞こえないところで話題に出されても困るが、気になることを真横で話されても困ってしまう。一体何事かと思うレウルスだったが、ナタリアが無言で流し目を向けてきたため深くは尋ねず頷きを返すに留めた。


 レウルスはひとまずナタリアとベルナルドの会話から意識を逸らし、エリザ達のもとへと歩み寄る。そして悔しさが滲んでいない、妙に晴れ晴れとした顔で告げた。


「すまん、勝てなかった」


 勝てるとは思っていなかったが、やはり勝てなかった。この場で出せる全力を出したものの、ベルナルドの全力を引き出すことも叶わなかった。


 そんな考えと共に言葉を紡いだレウルスに、エリザとミーアが苦笑を返す。


「いや……あれは仕方ないじゃろ」

「レウルス君もすごかったけど、今回は相手が悪かったよね……軍にはあんなに強い人がいるんだ……」


 エリザもミーアも、ベルナルドの強さに目を見開いている。レウルスとしてもあれほどとは思わなかった。


「ところでサラ、体に変なところはないか?」


 レウルスは心配そうにサラへと尋ねる。『首狩り』の時はエリザもサラも倒れてしまったため、何か悪影響がないかと不安になったのだ。


「んー……そうねぇ……少しだるい?」


 だが、サラは不思議そうに首を傾げている。レウルスも“限界”まで戦わなかったのが功を奏したのか、それとも二度目ということで何か変化したのか。

 理由はわからないが、サラに大きな影響がないのならば安堵するべきだろう。


「…………」


 そうやって安堵するレウルスをネディが無言で見つめていたが、それに気付いたレウルスが視線を向けるとネディはさっと視線を逸らす。一体何事かと目を見開くレウルスだったが、そんなレウルスの服をサラが引っ張った。


「ところで、あの馬車なんなの? レウルスが傷を負う度になんかガタガタいってたんですけど?」

「ん? 馬車?」


 そう言われてレウルスはサラが示した方向へと視線を向ける。ベルナルドとの戦いに集中していたため気付かなかったが、サラが言うには妙に音を立てる馬車がいたらしい。


 レウルスが視線を向けた先に停まっていた馬車は、四人ほど乗れそうな中型の馬車である。家紋や紋章などの身元を示すものは刻まれておらず、御者も外套を被って顔を隠していた。


 馬車の側面には窓がついているものの、外から見えないようカーテンらしきものが垂れている。おそらくは“お忍び”か、暇潰しか。人間が戦うところを見るのが好きな性格なのかもしれない、などとレウルスは思った。


(魔力は……感じないか。単純に血が駄目な人が乗ってたとか……)


 ベルナルドは軽傷だが、レウルスは体のあちらこちらから出血している。荒事に無縁の者が見れば驚くのも当然だろう。


 そうやってレウルスがエリザ達と話していると、ベルナルドと別れたナタリアが近づいてくる。


「お疲れ様、レウルス。あのベルナルド殿を相手によく食い下がったものだわ」

「世辞はよしてくれよ姐さん。相手が本気だったらもっと早くに勝負がついてたよ」


 ナタリアの言葉にレウルスは苦笑と共にそう返すと、ナタリアは何か物言いたげな顔をした。しかし何も言うことはなく、その視線をグリマール侯爵の方へと向ける。


「……どうやら向こうも満足したようね」


 そう話すナタリアの視線の先では、薄く笑いながら馬車に乗り込むグリマール侯爵の姿があった。それに気付いたレウルスは思わず眉を寄せる。


「結局、この場では話すことすらしないんだな」

「“これから”話すから必要がないのよ」


 そう言って、ナタリアは自分達が乗ってきた馬車へと視線を向けた。


「レウルス、治療は?」

「良い具合に手加減されたのか、そこまで酷くないからな……一晩寝れば治るだろ」

「そう……それならわたし達も移動するわよ」


 そんな言葉と共に、馬車に乗るよう仕草で促すナタリア。


「移動って、どこに行くの? 戦ったばかりでレウルスもお腹が空いてると思うんだけど?」


 サラが不思議そうに尋ねると、ナタリアは小さく笑った。


「次の場所へ移動するだけよ――グリマール侯爵の邸宅に、ね」 

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