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第335話:模擬戦 その3

 馬車から距離を取り、周囲に遮蔽物がない練兵場へと歩を進めるレウルス。


 練兵場の地面はしっかりと突き固められており、整備も行き届いているのか砂塵で足が取られることもなさそうである。仮に全力で駆け回っても滑って転ぶということもないだろう。


 そうやって足場の様子を確認していると、槍を携えたエリオがレウルスから十メートルほど離れた場所で足を止める。

 エリオの表情は引き締まっているが、緊張しているというわけではないのだろう。軽く槍を振るって具合を確かめると、鋭利な穂先をレウルスへと向けながら中段に構える。


(槍か……)


 レウルスとしてはあまり馴染みがない武器だ。


 コルラードから剣術を学んだ際、槍が相手でも対処できるようにと槍代わりの棒で“動き方”を見せてもらったが、実際に槍の使い手と戦ったことはない。


 あるとすれば槍というよりも棍――シンという名前の“旅人”と一戦を交えたことがある程度である。


(コルラードさんとどっちが上か……ま、やり合ってみればわかるか)


 殺し合うわけではないが、これも良い機会だろう。そう判断したレウルスは『龍斬』の柄を握り、鞘から抜かないままに右肩に担いだ。


 鞘から抜いてしまえば、加減がどうとは言えなくなる。例えエリオの槍に『強化』の『魔法文字』が刻まれていようが、勢い余って武器ごと両断する可能性もあるのだ。

 折角手に入れたのだからと『首狩り』の剣で戦っても良いが、槍が相手では間合いが違い過ぎる。戦い慣れてない武器を使って負けたのでは、ナタリアの顔に泥を塗ることになってしまうだろう。


 レウルスとエリオの様子を確認したベルナルドは両者の間に立つと、ゆっくりと後ろに下がる。そしてレウルスとエリオの二人を視界に収めつつ、右手を上げた。


「危ない時は止めるが、多少の怪我では止めない……俺からの注意は“それだけ”だ。異存はないな?」

「はいっ!」

「わかりました」


 ベルナルドが口にしたルールはとてもシンプルだ。騎士が相手ということで正々堂々戦うよう促されると思っていたレウルスだが、要は殺さなければ何でもありらしい。

 ベルナルドは左手で槍を握っているが、危ないと思えば割って入るのだろう。寸止めが苦手なレウルスとしてはありがたい配慮だった。


「それでは両者、構え……始め!」


 覚悟を固める暇など必要がないということだろう。ベルナルドはレウルスとエリオの状態を確認し、すぐさま開始の宣言を行う。


「ではいくぞっ!」


 ベルナルドの合図を聞き、エリオは一声かけてから地を蹴る。『強化』を使っているのか十メートル近く離れていたレウルスとの距離を瞬く間に詰め、踏み込みと同時に槍を繰り出す。


 放たれるのは、レウルスの『龍斬』よりも長い間合いを活かした突きである。避けにくいようレウルスの胴体の中心を狙って穂先が迫るが、レウルスはエリオが踏み込んだ時点で後方へと跳んでいた。


 鋭利な切っ先がレウルスの腹部に迫る――が後方に跳んだため僅かに届かない。


 そんなレウルスの避け方に、エリオの体が即座に動く。槍を引き戻すことなく更に一歩踏み込み、レウルスの腹部を穿とうと穂先を繰り出した。

 レウルスは『龍斬』を右肩に担いだままで今度は右へと避ける。エリオと一定の距離を保ちつつ、反時計回りにエリオの周囲を移動していく。


 攻撃を仕掛けることはない。エリオの動きを見ながら回避に徹し、一定以上近づこうとしない。


 『龍斬』を振ることなく回避に徹するなど、“普段”のレウルスを知る者からすれば驚くような行動だろう。

 開始の合図と同時に全力で斬りかかるのではないかと思っていたエリザ達も、驚いたように目を丸くしている。


「この……逃げ回るだけかっ!?」


 回避に徹するレウルスを見たエリオは、次々に攻撃を仕掛けていく。


 突き、払い、振り下ろし。槍を手足の延長のように操って攻撃を繰り出すその姿は、たしかな鍛錬の痕が見えた。


(……見られてるな)


 エリオの攻撃を回避しつつ、心中で呟くレウルス。


 エリザ達やナタリア、コルラードやグリマール侯爵、そして審判を務めるベルナルドは当然だが、それ以外――練兵場に停まっている馬車からも視線を感じるのだ。


 レウルスとエリオの戦いを見ているというよりも、“レウルスを”見ている。


 はて、とレウルスは心中だけで首を傾げた。グリマール侯爵は本人の希望だから当然だが、他の馬車の存在がどうにも気にかかる。

 戦闘中に考えることではないが、勘に引っかかって仕方がない。グリマール侯爵以外にも、魔力を感じる馬車が三台ほど在る。


 乗り込んでいるであろう人物が顔を見せることはなく、馬車自体にも家紋等の紋章が刻まれていることはなく、正体は不明だ。


(横槍が入るなんてことはなさそうだが……今は気にしても仕方がない、か)


 ないとは思うが、万が一横槍があったとしてもベルナルドが止めるだろう。そして、現状ではレウルスにできることもほとんどない。目の前のエリオと戦うこと以外に、できることはないのだ。


 レウルスは周囲に向けていた意識を完全に集中させる。次々に放たれる弾丸のような穂先を、鎧に掠らせることもなく回避していく。


 エリオは『強化』を使っているのだろうが、感じ取れる魔力はベルナルドと比べると大きく劣る。エリザやサラとの『契約』によって身体能力が強化されているレウルスとしては、『熱量解放』なしでも十分に対応できる速度だ。膂力でもレウルスの方が勝るだろう。


 ただ、技量では劣っている。


 突いては払い、払ったかと思えば槍が弧を描いて石突が顔面目掛けて飛来し、それすらも回避すれば今度は叩き付けるようにして槍の柄が迫る。

 それらの動作は継ぎ目なく、連続の攻撃となって襲ってくるのだ。


(なるほど……“綺麗な動き”だ)


 おそらくは自分の腕前を試すためなのだろう、とレウルスは思う。エリオの動きは流麗なものだが、以前コルラードが見せたものと比べれば“真っすぐ”過ぎた。


 それでも、エリオの動きは速い。一方的に、反撃しないレウルスを攻め立てるように、次々と攻撃を繰り出す。


 回避に徹しているレウルスだが、反撃を繰り出すにはエリオの動きが速い。『龍斬』を過不足なく扱えるようになったものの、さすがに十キロを軽く超える金属の塊をエリオの槍より速く振るうのは困難だ。

 反撃しようとした瞬間、隙を突かれて勝負が決まる可能性が高い。


「そらそらそらぁっ!」


 レウルスからの反撃がないと見て、エリオが槍を繰り出す速度が上がっていく。レウルスの動きを制限するよう、回避し辛いよう、少しずつ回避できる場所を削りながら槍を繰り出していく。


 それに気付いたレウルスは少しでも距離を取ろうとするが、エリオはレウルスが距離を取ろうとすれば即座に追い、踏み込もうとすれば退く。その合間にも槍を繰り出し、レウルスが取り得る“選択肢”を少しでも削ろうとする。


「っと!」


 顔面目掛けて飛んできた穂先を回避しようとしたレウルスだが、途中で僅かに軌道が変わって頬を掠め、空中に血が飛ぶ。


『っ!?』


 見物していた馬車の方から、ガタンッ、と乾いた音が上がる。しかし顔のすぐ傍を穂先が掠めていったレウルスはそれに気付かず、地面を強く蹴って大きく距離を取った。


 距離を取ったレウルスを、エリオは追撃しない。槍を手元に引き戻し、どこか落胆したような目でレウルスを見る。


「……正直なところ、今回の話を聞いた時は期待していたんだ」


 戦闘中だからか、落ち着いた口調で話すエリオ。それでいて隙も油断もなく、槍を構えたままだ。


「あのナタリア殿が、独立するにあたって王都にまで連れてきた冒険者……それはさぞ大した手練れなんだろう、なんて思っていたんだがね」


 こんなものか、と冷めた声色でエリオが呟く。


 その呟きが聞こえたレウルスは、特に激昂することもなかった。左頬の傷の痛みと血が頬を伝う感触を感じるだけである。


 ベルナルドを見て気を引き締め、油断したつもりはない。ただ、“雑念”が多かったのは事実だ。


(戦いの最中に気を抜くなんて、どうかしてたな……)


 左頬を伝う血を、レウルスは舌で軽く舐める。鉄錆のような味が舌に乗り、精神が張り詰めていくのを感じた。

 傷自体はそれほど深くなく、エリザの『加護』ですぐに塞がるだろう。血を拭えば出血も収まる程度だ。


「戦う気がないのなら降参したまえ。こちらも無気力な相手に……ん?」


 距離を開けたレウルスが前傾姿勢を取ったのを見て、エリオは僅かに眉を寄せた。


 『龍斬』を右肩に担ぎ、前傾姿勢を取ったその姿はレウルスなりの構え方である。一番しっくりとくる構え方だ。


「……続けるつもりかね?」


 それまで回避に徹していたレウルスが構え方を変えたのを見て、エリオが訝しげに尋ねる。レウルスはそんなエリオの疑問に対し、歯を剥き出しにしながら獰猛な笑みを返した。


「ええ……色々と難しく考えてたんですけど、とりあえずこの場は忘れることにしました」

「……? それは、どういう……」


 訝しげなままで首を傾げるエリオに対し、レウルスは内心だけで苦笑する。


 この場において、寸止めだ何だと気にする必要はないのだ。レウルスがエリオを殺そうとすればベルナルドが止めるだろう。


 周囲の馬車も、気にする必要はない。そんなものは意識するだけ無駄だ。


 王都に来て、様々なことを難しく考えていた。貴族絡みのことで思考を迫られたが、レウルスは元来そこまで難しく考えるのが好きなわけではない。


 ――目の前の“敵”を斬ってから考えよう。


 冒険者として、レウルスという一個の生き物として、そう結論を下した。


「っ…………」


 突如として溢れ出したレウルスの殺気を感じ取り、エリオは槍を構え直す。


 レウルスはそんなエリオの反応を視界に収めつつ、地面を蹴り付けて全力で駆け出すのだった。

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[一言] いけ!!バカに目にもん見せたれ!!
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