第332話:構想
レウルス達が王都での生活を始めて一週間の時間が過ぎた。
その日、日も暮れて夕食を終えたレウルス達一行は、借家の居間に集まって思い思いに時間を過ごしていた。
借家はそれなりに広く、それぞれが寝泊りできるだけの個室も存在する。それでも居間に集まっているのは、この世界においては個室に籠って時間を潰すような娯楽が少ないからだ。
ナタリアのような準貴族に属する者が借りるような家のため、小さいながら浴室も存在する。サラとネディがいるため風呂に入ることは可能で、王都に来てからは毎日のように風呂に入っていた。
あとは風呂に入って寝るか、夜が更けるまで喋って時間を潰すか。そんなまったりとした緩い空気が居間に満ちており、食後のワインを楽しんでいたナタリアが雑談がてら口を開く。
「それで? 王都で過ごしてみた感想は?」
「物価が高いから住みたくない」
注文した服が自宅と同等以上の金額と知り、レウルスは真顔で答える。
「人が多いのが少し気になるが……まあ、平穏で良い場所じゃな」
「お肉を焼く機会が少ないから早く帰りたいわ!」
エリザは感じたままに答え、サラはある意味普段通りに答える。
「うーん……ボクはラヴァル廃棄街の方が住みやすいかな?」
「……ネディも」
ミーアはどこか言い難そうに答え、ネディはそんなミーアに便乗して呟く。
そんなレウルス達の返答を聞いたナタリアは、納得を込めて苦笑を零す。
この場にいるのはレウルス達とナタリアだけである。ジルバやコルラードは外出しており、今夜は帰らないとのことだった。
ジルバは王都にも知り合いが多く、ナタリアとコルラードほどではないがよく出歩いている。コルラードも所用があると言って外出していた。
(ジルバさんは魔力を隠して家の周囲に潜んでたりしそうで怖いけど……コルラードさんはなぁ……)
“癒し”を求めて外泊したのではないか、とレウルスは軽く疑う。しかしコルラードの行動に文句をつけるつもりは微塵もなく、むしろ羽根を伸ばしてきてほしいと思うばかりだ。
「色々と感じ取れたみたいでなによりだわ……サラのお嬢さんには何も言わないけど、ね」
折角の王都だが、レウルス達はそれほど積極的に出歩くことはしていない。周囲を警戒しながら散策するぐらいで、観光地を訪れた旅行者のようにはしゃぎまわるということはなかった。
食事も買い込んだ食材を調理し、なるべく借家で取るようにしている。何かあればナタリアやルイスの名前を出して良いと言われているが、長時間外を出歩いているとその“何か”が起きそうで怖いのだ。
なお、主に料理を作るのはミーアである。家庭的な料理が得意なミーアが作る料理に文句を言う者はいないのだ。
ただし、肉を焼く時はサラが担当している。妙な拘りができたのか、それだけは譲らなかった。
「ところで姐さん、この前注文した服はどうするんだ?」
食後の団欒だからとレウルスも話を振る。するとナタリアはワインを飲む手を止め、その視線を宙に向けた。
「遅くとも明後日には出来上がるでしょうね……明後日になったらもう一度店に行くわ。そして一度着てみて、問題がなければ受け取れるわね」
「受け取ったら顔合わせをしたいって言ってる貴族に会うんだよな?」
それも王都に来た目的の一つである。ただし、ソフィアとの面会を終えた今となってはレウルスとしてもそれほど緊張もしない。ソフィア以上の難物は早々いないだろうと考えていたのだ。
そう考えていたレウルスを、何故かナタリアがじっと見る。そして数秒レウルスの顔を見ると、僅かに視線を逸らした。
「あまり気負わせたくないから言わなかったけれど、レウルスには一つ頼みたいことがあるのよ」
「……この状況での頼みごとって良い予感がしないな」
ナタリアの態度から、何か厄介事があるのかとレウルスは眉を寄せる。
それでも可能な限りは応えるつもりだが、などと考えていると、ナタリアは小さくため息を吐いた。
「元々は注文した服を着せて会わせるつもりだったのだけれど、先方が一つ提案をしてきたの。『魔物喰らい』の腕前が見たい、とね」
「え? そりゃまた……なんでだ?」
思わぬナタリアの言葉に、レウルスは疑問を表情に出しながら首を傾げる。そんなものを知ってどうするのかと不思議がっていると、ナタリアは再度ため息を吐いた。
「独立するにあたって必要なものは揃いつつあるわ。あと一週間もすればわたしは国王陛下に拝謁する予定よ。根回しもほとんど終わっているから、“今後”を見据えて動く必要があるの」
そう言われても、ナタリアが何を言いたいのかレウルスにはわからない。その話と自身の腕を見せることに何のつながりがあるのかと首を傾げる。
「わたしの爵位、四代に渡って貯めてきた資金、下賜される土地、独立に賛成する貴族の支援。それらがあれば独立は確実で、領地に住む民もラヴァル廃棄街のみんながいる……その上で必要になるものがあるのだけれど、わかるかしら?」
試すような口振りで話すナタリア。それを聞いたレウルスは心中で呟きを漏らす。
(住人、物、金、土地があるけど、追加で必要な物……住居とか人手じゃないよな……食べ物や水みたいな最低条件を姐さんが考慮してないはずもないし……)
そこまで思考したレウルスは、自身の腕を見たいと言われていることに着目した。独立後に必要となるもので、レウルスに関係がありそうなものは――。
「なるほど……“兵力”を確認したいというわけじゃな」
レウルスと同じ思考を辿ったのか、エリザが納得したように呟く。しかしその視線は鋭く、腕組みをしながら睨むようにしてナタリアを見ていた。
「その場合、追加で疑問が浮かぶんじゃが……今後レウルスの扱いはどうなるんじゃ? 爵位がどうと言っておったが、男爵になるんじゃろ? レウルスを騎士にでも任命するつもりではないのか?」
態度だけではなく声色にも不満の色を混ぜながらエリザが尋ねる。そんなエリザの視線と言葉を向けられたナタリアは小さく苦笑を浮かべた。
「相手が見たいものについては正解よ。独立しました、でも強い魔物や大規模な野盗に襲われて壊滅しました、ではお話にならないもの」
「ナタリアが居るじゃろ?」
「領主が全部解決するわけにもいかないし、わたしが常に領地にいられると思う? 今回のように王都に来ることもあれば、近隣の領地に赴くこともあるわ。つまり、わたし抜きでもある程度の戦力が存在するかを確認したいのよ」
噛みつくようなエリザの言葉を、苦笑しながら受け止めるナタリア。レウルスはそんな二人の会話を聞きながら、ふとした疑問を覚える。
(領地を守るための戦力が必要っていうのは……まあ、当然といえば当然だよな。でも、俺達がいなかった場合はどうなんだ?)
王都までの道中で見た魔法やコルラードの反応から、ナタリアが凄腕の魔法使いだというのはレウルスも理解している。だが、元々独立を目指していたナタリアの下に、レウルス達が存在しなければどうなっていたのか。
(戦力……兵力……ラヴァル廃棄街でいえば冒険者がそれに当たりそうだけど……って、ああ……“そういうこと”か……)
ラヴァル廃棄街だけに留まらず、他の廃棄街でも冒険者という形で武装した集団が存在している理由。それに思い至ったレウルスは形容しがたい感覚を覚えた。
独立した際に、“最低限”戦うことができる戦力。それが冒険者の役割でもあるのだろう。
正規の訓練は受けておらず、装備も領軍や国軍と比べれば貧相だが、魔物相手とはいえ実戦経験を積んでいるのが冒険者だ。今回のように独立を迎えたとしても、一から兵士として鍛え上げるよりは戦力になる。
(管理官である姐さんが冒険者組合の受付をやってたのも、その辺りの兼ね合いからか……ラヴァル廃棄街だけでなく、武装した兵力の管理もやってたわけだ)
それならば我流ではなくきちんと鍛えた方が良さそうなものだが、とレウルスは思考するものの、おそらくは反乱の防止も兼ねていたのだろうと思う。
本当に最低限の戦力として運用し、万が一反乱が起きても領軍や国軍が簡単に制圧できるようにしていたのではないか。
もちろんレウルスの勘違いという可能性もある。ナタリアに確認を取っていない以上、確信には至らない。
それでもレウルスは、大きく外れてはいないだろうと思った。
(最近の姐さん、俺をよく試すからな……これも自力で辿り着けってことか?)
宿題を出す教師のようだ、ともレウルスは思う。しかし同時に、ナタリアがエリザの問いかけを半分しか肯定しなかったことに疑問を覚えた。
「姐さん……腕前を見たいって言われても、それは俺で良いのか? “今後”運用していくには色々とまずいんじゃ……」
現状のラヴァル廃棄街に存在する兵力という点では、レウルスも含まれているだろう。しかし、レウルスはサラやネディに関して精霊教とも関わりがある身である。
他の冒険者はそのまま兵力に数えられるのだろうが、という意図を込めながら尋ねるレウルスに対し、ナタリアはどこか嬉しそうに笑った。
「疑問はもっともね。精霊教への兼ね合いもあるから、騎士や従士として“わたしの部下”という形にするのは色々まずいわ。それに、他の子と比べて実力が突出しているから軍隊として動かすのも難しい」
ナタリアはよく気付いた、と言わんばかりの笑顔である。
「元々、わたしとしてもレウルスを騎士に任命するつもりはなかったわ。そういった立場に縛り付けると自由に動けなくなるでしょう? かといって他の冒険者……兵を率いる将になれるかというと、これも無理でしょうし」
「……まあ、無理だよな」
先頭に立って突撃することはできるだろうが、兵士を率いて軍として戦うなど不可能だろう。他者を統率するための知識を学び、経験を積めばどうにか目があるかもしれないが、どう考えても年単位で時間がかかりそうである。
そうやって頷くレウルスだったが、ナタリアの笑みが消えて真剣な表情を浮かべていることに気付く。
ナタリアはとても真剣に、真っすぐにレウルスを見つめていた。
「でも――わたしの夢を応援してくれるのでしょう?」
その問いかけに込められていたのは、深い信頼である。あるいは、初めてナタリアの夢を聞いた際に応諾したレウルスへの無自覚な“甘え”か。
「もちろん……なんて断言できたら格好良いんだろうけど、それで大丈夫なのか?」
レウルス達の力は借りたいが、騎士等の立場に縛り付けるつもりはないとナタリアは言う。それで相手の要求を満たせられるのかと疑問に思っていると、ナタリアは表情を崩して微笑んだ。
「その辺りはわたしがどうとでもするわ。食客なり客将なり言い繕う方法はあるもの」
「……そうかい。それなら俺は何も言わねえよ」
腕前を見せろというのなら、好きなだけ見せてやろう。レウルスがそう決意していると、不機嫌そうなエリザが口を開く。
「……少し気になったんじゃが、今の話をワシらに聞かせたのは何故じゃ? “これまで”ならばレウルスだけに聞かせて、レウルスからワシらに伝わるようにしていたじゃろ?」
それはエリザなりに抱いた疑問だった。同時に、何やら通じ合っている様子を見せるレウルスとナタリアに対し、形容し難い感情を覚えてもいたが。
「逆に聞くけれど、この状況でわたしがレウルスを連れて個室に籠るなり、あなた達を追い出して一対一の状況を作るなりしたらどう思う?」
「…………」
納得はしていないが、理解はしたといわんばかりに頷くエリザ。こうしてエリザ達の前で“今後”に関する話をしたのも、一つの信頼なのだろう。
「よくわかんないけど、レウルスの腕前を見せるって何をするの? 魔物と戦うなら倒した後にお肉もらえる?」
話を聞いてはいたが、理解する気は毛頭なかったと言わんばかりのサラ。そんなサラの言葉にナタリアは苦笑したが、すぐさま真剣な表情を浮かべた。
「さすがに王都で魔物と戦うのは難しいわね……相手は向こうが選ぶそうよ。おそらくだけど、相応に腕が立つ者が相手でしょう」
さすがに魔物と戦うことはないようだが、それでも兵士か何かと戦う必要があるらしい。
ナタリアが言うからには腕の立つ者が選ばれるのだろう。それ自体はレウルスとしても構わないのだが――。
(全力で戦った方が良いんだろうけど……うっかり斬ったりしたらどうなるんだろう?)
コルラードとの訓練を除くと、基本的に殺し合いばかり経験してきたレウルスである。相手の技量はわからないが、寸止めなどと器用な真似ができるとは思えず、ナタリアの言う通り今から少しだけ気負うレウルスだった。




