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第331話:王都の評価

 レウルス達が王都に来て五日の時間が過ぎた。


 その間にレウルスは予定通り精霊教の大教会に向かい、サラとネディが精霊と認められ、王都における“難所”は乗り切ったと考えていた。

 ソフィアから何やら贈り物があるらしいが、それを受け取ればレウルスも精霊教の人間として認められることになるだろう。


 しかし今のところソフィアからの呼び出しもなく、使者が訪れるようなこともなく、平穏と呼べる時間が過ぎていた。


 ナタリアは相変わらずコルラードを伴って連日出かけているが、レウルス達にできるようなことは今のところ何もない。

 精々見識を深めるべくマタロイにおいて最も栄えているであろう王都を見て回り、その空気に触れるのが仕事と呼べるだろうか。


 王都は広く、端から端まで見て回ろうと思えば一日どころか一週間はかかりそうである。そのため借家の周囲や歓楽街、商店が軒を連ねる区域や人の往来が多い場所を重点的に見て回っていた。


 王都の住民の数は数万人――ナタリアやコルラードが知る限りでは五万人は住んでいるとのことだったが、年単位で王都から離れていた二人には正確な数字がわからないらしい。


 前世の日本では地方の一都市といった規模だが、レウルスが今世で見た限り最も多くの人口が存在する場所である。

 城壁に囲まれているため土地が限られており、建物が密集しているような印象があるが、それでも五万人を超える人間が住んでいるにしては整然とした街並みである。


 さすがに小道は土だが人が多く行き交う道は石畳で舗装され、雨が降った時に水で溢れないよう側溝も整備されている。ラヴァル廃棄街と同様に公衆トイレもあちらこちらに設置されており、不衛生な様子は微塵も見受けられない。

 建ち並ぶ家々は貴族が住むような巨大な邸宅、おそらくは裕福な者が住んでいるであろう大きめの一軒家、それらと比べれば小さいものの家族で住んでいると思われる一軒家、更には二階建てや三階建ての集合住宅も存在していた。


 建材は石材や木材、煉瓦などが使われており、ラヴァル廃棄街の自宅とは雲泥の差である。頻繁に遠出しているため家にいる時間よりも外にいる時間の方が長いが、集合住宅でさえ自宅よりも頑丈そうな造りになっているのを見ると、レウルスとしても感傷を覚えてしまう。


 王都に来た直後、それこそ城門を潜った矢先にソフィア達精霊教徒に取り囲まれたため、日中にじっくりと王都を見て回る機会が少なかった。

 そのためレウルスは良い機会だと思い、周囲の観察に励む。


 共に歩くのはエリザとサラ、ミーアとネディの四人である。ジルバは所用があるため別行動を取っており、レウルス達だけで王都の散策を行っていた。


 もちろん町の中だからといって気は抜かず、魔力が接近してくるなり不審な人物を見かけるなりすれば即座に逃げ出す算段である。


(前世でも海外に行った記憶は……なかった……気がするし、これはこれで新鮮だな)


 道を歩く人々の顔は明るく、活力に満ち溢れている。ラヴァル廃棄街の大通りを歩けば似たような雰囲気に触れることができるが、あくまで“似ている”だけだ。


 王都に住まう人々は、明日も明るい一日が来ると信じて疑っていないような顔付きに見える。もちろん人間である以上、生活や仕事の悩み等を抱えているのだろう。

 それでもレウルスからすれば満ち足りているような、穏やかな顔をしている者が多いように見えた。


「ここ数日、王都を見て回って思ったんじゃが……」


 飽きもせずに周囲の風景や道行く人々を眺めていたレウルスだが、同じように周囲を観察していたエリザがぽつりと呟く。


「なんとも平和な場所じゃな。よほど善政が敷かれているのじゃろう」

「悪政を敷かれるよりはマシだろうさ……まあ、“王都の周囲”まで善政が敷かれてるとは限らないけどな」


 エリザの言葉に頷きつつも、レウルスは肩を竦めるようにして言う。


 王都に入る前に見た、王都周辺の景色。大量の畑とそこで作業をする者達の姿を見ると、善政が敷かれていると素直には断言できなかった。


「うーん……なんというか、退屈な場所ね」

「……うん」


 そんなレウルスやエリザと比べ、曖昧ながらも否定的な意見を口にするのはサラとネディだ。言葉にした通り、退屈そうに周囲を見回している。

 レウルス達と一緒に外出できるのは嬉しいが、見て回るものはつまらない、とでも言いたげな様子だった。


「退屈とは言わないけど、ボクは少し落ち着かないかな? もう少し自然が多い……近い方がいいや」


 そんなサラとネディを宥めるようにしつつも、中立よりはやや否定的な意見を述べたのがミーアである。足元の石畳を靴先で叩きながら、どこか寂しそうに眉を寄せている。


 初めて会った時は地面に穴を掘って村を形成していたミーア――ドワーフからすると、土が少ないのが気に入らないのかもしれない。


 王都の町並みや人々に対して肯定的なのがレウルスで、肯定寄りの中立がエリザ、否定寄りの中立がミーア、否定的なのがサラとネディといったところだろう。

 その辺りはそれぞれ“元々の生活”が関係しているのだろうが、ここまで意見が異なるのも珍しいことだった。


 もっとも、レウルスとて王都とラヴァル廃棄街のどちらに住むのかと言われればラヴァル廃棄街を選択するのだが。


 ナタリアが王都を見せたいと言っていたのも、ラヴァル廃棄街との違いを実感させるためだろう。あちらこちらの城塞都市も訪れたことがあるレウルスだが、ラヴァル廃棄街と比較すれば色々と思うところがある。


(さすがにこの王都みたいにするのは無理だろうけど、独立が叶えばラヴァル廃棄街の皆も落ち着いた生活を送れるのかねぇ……)


 ナタリアからは独立した後に関してそれほど聞いていないが、ラヴァル廃棄街を“普通の町”にしたいと、ラヴァル廃棄街の仲間達が平穏な毎日を送れるようにしたいと、そう聞いている。

 そのために現在奔走しているナタリアのことを考えると、ただ王都の中を見て回るだけでは手持ち無沙汰な気分になってしまう。かといって様々な場所を見たいからと身体能力に物を言わせて走り回っていれば、町中を巡回している兵士に止められかねない。


 『龍斬』と防具は借家に置いているが、用心のために『首狩り』の剣と短剣は身に着けているのだ。武装した人間が妙な動きをしていれば、即座に兵士が飛んでくるだろう。


 それでも可能な限り、時間が許す限り王都を見て回ろう。そう考えたレウルスだったが、遠目に見覚えのある馬車が見えて思わず足を止めた。

 御者台に座るのはコルラードで、向こうもレウルス達に気付いたのか馬車を減速させながら近づいてくる。すると、荷車の部分に乗っていたナタリアが声をかけてきた。


「丁度良いところで会ったわね。みんな、馬車に乗ってちょうだい」


 そんな思わぬ呼びかけに、レウルス達は顔を見合わせるのだった。








 そうして馬車に乗ったレウルス達が連れて行かれたのは、大店が建ち並ぶ区域である。


 食料品や日用品、武器や防具、雑貨や家具、服や装飾品等々、様々な専門店や複合的な商店が建ち並んでいる。

 レウルス達を乗せた馬車が止まったのはそのうちの一つ、服屋だった。


「なんだよ姐さん、まさか服を見繕えなんて言わないよな?」


 服屋といっても、ラヴァル廃棄街のように中古の服ばかりを扱っているというわけではないだろう。他の建物と同様に石造りの店構えは非常に立派で、用がなければ一生足を踏み入れないであろう風格がある。

 そんな場所に連れてこられても、レウルスとしても反応に困るのだ。


「見繕うのはわたしの服じゃないわ……あなた達の服よ」

「……え?」


 ナタリアの言葉に思わず目を丸くするレウルス。いきなり服屋に連れてこられたかと思えば、服を見繕うとナタリアは言う。


「それはまた……なんでだ?」

「さすがに正装とまでは言わないけど、ある程度“見られる”服も必要だからよ。あなたに……『魔物喰らい』に興味があって顔をつなぎたい貴族がいるって言ったでしょう? さすがに普段の私服で出向くわけにはいかないわ」


 そう言われてレウルスは沈黙する。思い返してみれば、王都に向かう理由の一つとしてたしかに挙げられていた。


「そういえばそうだったな……でも、ラヴァル廃棄街で作れば良かったんじゃ……」

「生地の質が全然違うし、その時々で流行があるの。王都に来たのなら王都で作る方が良いわ。そろそろ準備をしておこうと思っていたけど、丁度あなた達が目の前にいたから連れてきたのよ。こっちも手が空いたところだったしね」


 本当はもう少し早く連れてきたかったけどね、とナタリアは呟く。王都に来てからは毎日忙しそうにしていたが、ようやく多少の暇ができたようだ。


「ああ、お金に関してはわたしが払うから気にしなくて良いわ。これも必要な出費よ」

「気にするなって……店構えから考えると高そうなんだけど……」


 王都を見て回るということで金を持ち歩いているが、その額はそこまで大きくない。それでも服を買ってやると言われて素直に頷けないのは、いきなりすぎるからか。


「そうねぇ……上下の一式で大金貨一枚といったところかしら」

「大金貨?」

「大金貨」


 思わず真顔で尋ね返すレウルスに対し、ナタリアも真顔で答える。冗談だと思いたいレウルスだったが、微塵もそういった気配はなかった。


(前世で考えると百万円ぐらい……か? 百万円……百万円かぁ……)


 レウルスが知る限り、この世界ではサイズごとに大量生産した既製品などは存在しない。新品の服は体型に合わせたオーダーメイドで、中古で買う場合は自分の体形に近い服を探し出して買うことになる。

 オーダーメイドで作ると考えると、安いのか、高いのか。レウルスとしてはラヴァル廃棄街の服屋で購入する中古服で十分なのだが、さすがにそういうわけにもいかないのだろう。


「エリザのお嬢さん達の分もあるし……なるべく早く作ってもらったとしても、五着で大金貨五枚なんてことにはならないから安心なさい」


 そう言って苦笑するナタリアだが、レウルスとしては表情の選択に困ってしまう。


(複数注文するから値引きしてもらうってことか。さすがに半額とかにはならないんだろうけど……大金貨三枚ぐらいになったとしても、俺が建てた家と同じぐらいの金額かぁ……そっかぁ……)


 五人分とはいえ、服の金額が自宅の建設費用を上回る可能性に気付いたレウルスは遠い目をする。


(……やっぱり王都は駄目だな、うん)


 レウルスは遠い目をしたまま、王都に対するそれまでの肯定的な評価を放り投げるのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 王都の町並みや人々に対して肯定的なのがレウルスで、肯定寄りの中立がエリザ、否定寄りの中立がミーア、否定的なのがサラとネディといったところだろう の箇所ですが、 話の流れ的に肯定的なの…
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