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第328話:信仰心

 ソフィアと別れたレウルス達は、扉の前に立っていたジルバと合流して精霊教の大教会を後にした。


 その際、大教会にいた精霊教徒達から一心に祈りを向けられながらの退去となったが、ソフィアと対峙した後となっては気になるほどのことでもない。

 むしろ、レウルスとしてはほぼ無言でついてくるジルバの態度の方が気になるぐらいだった。


 さすがに人の往来が多い場所で話すことでもないと判断したレウルス達は、その足で借家へと戻る。ナタリアとコルラードは外出したままで一度も戻った様子がなかったが、借家に戻ったレウルスはようやく人心地ついた気分になった。


 結局ソフィアの執務室では何も口にしなかったため、焼き菓子と白湯を準備してソファーに座るレウルス達。特にレウルスは精神的に疲労した感覚があり、ソファーに深々と体を預けていた。


「あー……疲れた……あれなら魔物と戦ってる方が楽だな」

「同感じゃ……」


 エリザも似たような気分だったのか、レウルスの隣に腰かけて大きなため息を吐いている。そんなレウルスやエリザとは異なり、サラとネディは普段通りに、ミーアは苦笑を浮かべながらそれぞれソファーに腰を下ろす。


「……それで、ジルバさん? さっきから静かですけど、何かあったんですか?」


 レウルスは立ったままで微動だにしないジルバに視線を向け、そう問いかける。するとその問いかけに便乗し、サラが唇を尖らせた。


「そうよそうよー。ついてきてくれたけど、ジルバってば全然役に立たな……にゃにしゅんにょ?」


 さらりと暴言を吐こうとしたサラの頬を軽く引っ張り、言葉を遮るレウルス。サラは不思議そうな顔をしているが、レウルスとしては苦笑することしかできない。


「そういうことを言うのはやめような? ジルバさんにも精霊教徒としての立場があるし、あのソフィアって人が相手だとどうにもならねえよ」


 レウルスとしてもジルバの“援護”が欲しかったところだが、ソフィアと相対してみると仕方がないと思えた。


「いえ、サラ様がそう仰るのも無理はありません。私は何もしていませんからね」


 ジルバは淡々とした様子でそう答えると、その視線をレウルスに向けた。


「向こうの出方次第で動き方を決めようと思っていましたが……ソフィア様からはどんな話を聞きましたか?」

「……ソフィアさんが持つ『加護』と、精霊教での役割……あとは……」


 そこまで話したレウルスは、言葉を続けて良いものかと迷う。精霊を“利用”しようとする者が精霊教徒の中に存在すると聞けば、ジルバがどんな行動に出るかわからないのだ。

 だが、そんなレウルスの懸念はジルバ自身によって払拭される。


「グレイゴ教徒を笑えませんが、以前エステル様が語った通り、精霊教徒も一枚岩というわけではありません。人が多く集まれば、それだけ異なる考えが生まれます。私はそれを否定しません」

「……そう、ですか」


 ため息を吐くように話すジルバに、レウルスは困惑と安堵が混じった言葉を返した。


(精霊様を悪用する奴は粛清だ、なんて言い出されても困るしなぁ……その場合、俺も殺されかねん……)


 ジルバもそこまで狭量ではないらしい。レウルスがその事実に安堵していると、ジルバは真剣な表情で言葉を紡ぐ。


「“他の者”が出てくるのなら私も止めましたが、相手がソフィア様一人だったので話していただきました。周囲の目がない状態なら色々と情報を開示してくれたでしょう?」

「ええ……ジルバさんの態度から危ない人なのかな、と思ったんですがね。実は味方だったりします?」


 ソフィアに対してジルバが物騒なことを言っていたが、もしかするとそういう演技だったのかもしれない。仲が悪いように見せて裏で手を組むなど、貴族のソフィアや経験豊富なジルバからすれば容易いことだろう。

 そう推察したレウルスだったが、ジルバの表情に険しさが混じる。


「レウルスさん、一つ忠告しておきましょう」

「はい、なんですか?」


 教師に教えを乞う生徒のように背筋を伸ばし、レウルスはジルバの言葉を待つ。


「たしかにソフィア様はその職務上、精霊教の管理を行っています。ですが、状況によっては味方ではなく“敵”にもなり得る……それを忘れてはいけません」

「……今回のことも、何か裏があると?」


 精霊教に属しているはずのジルバがここまで言うのだ。その意図が気になったレウルスが尋ねると、ジルバは首を横に振る。


「今回の場合は、サラ様やネディ様のことを放置するよりも正式に精霊だと宣言した方が良いと考えたのでしょう。そちらの方が精霊教にとって良いことで、“手綱を握りやすい”と判断したのではないかと思われます」


 そう言いつつ、ジルバは眉間に皺を寄せる。


「ただし、裏がないとも言えません。今日大教会にいたのは私も知っているような敬虔な方ばかりでした。“それ以外”の除外された方々がどう思い、どう動くのか……その辺りを見極めようとしている可能性もあります」

「その辺は腐っても貴族ってわけですか……本当に面倒な生き物ですよね」


 何を考えて生きているのか、頭の中を覗いてみたいものだ。そんなことを考えるレウルスだったが、レウルスとジルバの話を聞いていたサラが不思議そうに首を傾げる。


「んー? ねえジルバ、その理屈だとジルバも信用できないってことになるの?」


 そして火の精霊らしく、爆弾を炸裂させた。たしかにジルバの言葉を額面通り受け取るならば、状況によってはジルバも敵に回るという意味になる。


 もちろん、それはジルバに限らずどんな人間にも言えることだろう。そして、ジルバに向かってそんな疑問を精霊であるサラがぶつけるのは愚問と言えた。


 ジルバは真剣な表情のままでサラとネディに体ごと向き直ると、胸に右手を当てながら膝を突く。 


「サラ様、ネディ様……私の信仰心には一片の曇りもありません」


 そう言って一礼するジルバの姿は、敬虔な信徒そのものだ。先刻レウルスが見た精霊教徒のように、滂沱の涙を流すことも、咽び泣くようなこともしない。


 それでもその所作と声色は精霊への敬意で溢れており、宗教に関して然程詳しくないレウルスでさえ思わず感嘆しそうになるほどだ。


 万が一にでもジルバが精霊の敵に回るような姿は想像できない。仮にレベッカのような他者を操る『加護』を持つ者に操られようとも、その“操り糸”ごと繰り手へ襲い掛かる姿は容易に想像できるのだが。


「ですが、他ならぬ精霊様に信仰心を疑われるのでしたら是非もありません」

「え? 何する気?」


 故に、表情を崩すことなく言葉を続けるジルバは真剣で。


「――自裁いたします」


 次いで放たれた言葉には、レウルスどころかサラやネディでさえ絶句する他なかった。


 居間に沈黙が下りる。各々がジルバの言葉を理解するのに数秒を要し、真っ先にサラが反応を示す。


「えっ、ちょっ、ちがっ!? 疑ってないからっ! ジルバってばわたしやネディに良くしてくれるし、全然疑ってないからっ! ただちょっと疑問に思っただけなんだからね!?」

「…………」


 普段と異なり、本気で焦った様子でサラが宥めにかかる。ネディもソファーから立ち上がり、ジルバを止めるように無言で袖を引いた。


 レウルスもソファーから腰を浮かし、ジルバが妙な真似をしそうになったら即座に飛び掛かれるように身構える。ジルバが相手では止めきれる自信がないが、止めないという選択肢もない。


 そんなレウルス達の反応をどう思ったのか、ジルバはニコリと笑みを浮かべる。


「ははは、冗談ですよ。さすがにそのような真似をするつもりはありません」


 そう言って立ち上がるジルバだが、数瞬忘我したレウルスは引きつったような笑みを返した。


「は、はは……冗談きついですよ……」


 声が震えていないか不安になりながらも、レウルスはソファーに腰を下ろす。ただし体は適度に緊張させたままであり、何かあればすぐさま動けるよう意識を集中させた。


(今の絶対に本気だっただろ……そんな目をしてたぞ……)


 前世を含めても信仰心というものが乏しいレウルスからすると、ジルバの反応は恐ろしくすらあった。もっとも、裏を返せば絶対にサラやネディを裏切らないと信頼できるということでもあるが。


「二度とあんなことを尋ねるなよ……」

「うん……少し気になっただけだったんだけど……ごめんなさい……」


 レウルスが釘を刺すと、落ち込んだ様子でサラが頭を下げる。しかしジルバは気にした様子を見せず、話題を変えるように視線をレウルスに向けた。


「ところで、複数の精霊様との『契約』に関してですが……」

「え? あー……何かわかりました?」


 ジルバの厚意に乗り、話題の転換を図るレウルス。大教会に顔を出す理由の一つが『契約』に関する情報を得るためだったが、ソフィアにも尋ねていないため何の情報も得られていないのだ。


「信用の置ける方に頼んで大教会にある文献を確認してもらう手はずになっています。ただし、『契約』ではなく過去に存在した精霊様に関する情報が欲しい、と曖昧な形で頼んでいましてね」

「直接尋ねて情報を得たりしないんですか?」


 精霊教徒に尋ねた方が良いと言ったのはジルバだが、何か方針を転換する必要があったのか。そう思ってレウルスが問いかけると、ジルバは思案気に顎を撫でた。


「ソフィア様の統制がどこまで利いているのか、疑問に思うところもありまして……確認しておきますが、サラ様と『契約』していると伝えましたか?」

「いや、精霊教徒に聞いた方が良いって言われたのを思い出したんで伝えてないです。それで良いんですよね?」


 レウルスの返答に、ジルバは満足そうに頷く。


「ええ。今回私が話を持って行った相手も、非常に敬虔な方でしてね……そういった方なら、精霊様のためと知ればソフィア様だけでなく“他の者”に情報が伝わることもないです。ただ、用心するに越したことはないでしょう?」

「だから曖昧な形になった、と……それなら結果を待つだけですね」


 精霊教にサラとネディのことを伝え、『契約』に関する情報を得る。


 レウルスとしては王都を訪れた理由の大部分が片付きつつあった。あとはナタリアの方が上手くいくかどうかだが、ナタリアならば“どうとでもする”だろう。


 だが、レウルスの脳裏にソフィアの顔が過ぎる。ルイスはまだ良いとして、貴族がソフィアのような者達ばかりならばさすがのナタリアといえど苦労するかもしれない。

 そして、そんなソフィアでも手を焼くのが精霊教という看板に集まった者達で、先ほどのジルバの言動と相まって色々と思うところができてしまった。


(さすがにジルバさんぐらい“筋金入り”な精霊教徒は他にいない……少ない……そんなにいないと思いたいけど、そんな考えを持つ人達をまとめて、変なことをしないよう管理しているのか……)


 ジルバには注意を促されたが、現状では敵と呼べない間柄なのだ。


 もちろん素直に味方と呼べる間柄でもないが、次に会う時はもう少し態度に注意しようと思うレウルスだった。

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