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第327話:大教会 その4

 精霊に似た亜人――エリザをそう評したソフィアに向けるレウルスの視線が鋭くなる。


 ジルバからも聞いたことがあるが、吸血種は“そういった”生き物であり、ソフィアがエリザを視たことで気付かれてしまったようだ。

 エリザはソフィアの言葉を聞いて表情を強張らせたが、それに気付いたソフィアは苦笑を浮かべて緑茶を啜る。


「駄目ねぇ……“こんな生活”をしてると勿体ぶった言い回ししかできなくなるわ。ああ、いやだいやだ……今のは気にしなくていいわよ。別にそちらのお嬢さんの正体がなんであれ、とやかく言うつもりもないから」


 そう話すソフィアだが、どこまで信用して良いかもわからない。レウルスはソフィアの態度にやりにくさを感じ、大きなため息を吐いた。


(ルイスさんが気を付けろって言うのもわかるな……貴族だ精霊教師だっていう前に、掴みどころがなさすぎる……)


 今のソフィアが素の性格なのか、それともレウルス達が話しやすいように演じているのか、それはわからない。それでもわかることがあるとすれば、眼前の相手が本当に厄介な手合いだということだけだ。


「あら、こんな美人を前にしてため息を吐くなんて失礼しちゃうわ。何を思ってそんなため息を吐いたのかしら?」

「いや……掴みどころがない人だなぁ、と……」


 貴族として、精霊教師として生きてきたソフィアが相手では隠しても意味がないだろう。そう思ってレウルスが素直に心情を吐露すると、ソフィアの(まなじり)が吊り上がる。


「アァン? 誰の胸が掴むところがないほど貧しいですって?」

「言ってねぇよ」

「言っておくけど、わたしが普通であって愚妹の方がおかしいんだからね? 同じものを食べて育ったっていうのに何であんなに違いが……はっ、まさかそれこそが大精霊の『加護』?」

「聞いてくれよ」


 胸元に手を当てながら歯軋りをするソフィアに対し、レウルスは疲れたように言う。


(今のはさすがにわざとなんだろうけど……この強引にでも“外してくる”のが厄介だな)


 ラヴァル廃棄街でも中々聞かないような冗句だったが、それをソフィアが口にしていると思うとレウルスとしても反応に困ってしまう。

 雑にツッコミを入れたもののどうすれば良いかわからず、思わず沈黙してしまうレウルスにソフィアは笑いかけた。


「話を戻すけど、わたしとしてはそのお嬢さんが亜人だろうが魔物だろうが別にどうでも良いわ。こうやって言葉を交わせるし、“目”を使わなければ普通の人間にしか見えないし?」


 言葉通り、心底からどうでも良さそうにソフィアが言う。その反応はエリザとしても予想外だったのか目を丸くしていた。


「それともお嬢さん、あなたは人を襲って暴れたいってクチ? それならさすがに見過ごせないんだけど……」


 そんな確認をするソフィアに対し、エリザは無言で首を横に振る。すると、ソフィアはあっけらかんと笑った。


「まあ、愚妹と違って大精霊の力を行使できるわけでもないから、見過ごせないと言いながら何もできないんだけどね? ただ、お嬢さん……んー、多分『吸血種』? だと思うんだけど、吹聴するのは危険だからやめておきなさいね?」


 どこか自信がなさげにエリザの正体を言い当てるソフィアの様子に、レウルスは小さく眉を寄せた。


「……エリザの正体がわかったわけじゃないのか?」


 『吸血種』であることは肯定せずに、ぼかしながらレウルスが尋ねる。その問いを受けたソフィアは苦笑を浮かべながら手を振った。


「だから“目”を借りてるだけなんだってば。精霊ぐらい特徴があれば視ればわかるけど、それ以外となるとねぇ……そういうレウルス君? アンタはこの中で一番物騒な感じがするわ。人間みたいだけど、変な『加護』を持ってない?」


 興味深そうにレウルスを見つめるソフィア。その言葉にどう答えたものかとレウルスが迷っていると、ソフィアは視線を外して再び緑茶を啜り始める。


「ズズズ……んんー、苦みが頭に刺さるわぁ。で、まあ、それは“どうでもいい”から横に置くとして、話をもっと前の部分に戻しましょうか」

(この人本当に掴みどころがないな……)


 真剣なようで、ふざけているようで、やはり真剣で。ソフィアのころころと変わる態度に、レウルスは再度ため息を吐く。


「はぁ……で、どこまで話を戻すって?」

「そこのお嬢さんがわたしを指して管理官、だなんて言ってくれたでしょ? それよそれ。いやぁ、上手いこと言うなーって感心したわ」

「……否定はしないと?」


 これまたあっさりと認めるものだ、と思いながらレウルスが尋ねると、ソフィアは大きく頷いた。


「できないもの。そこのお嬢さんの言う通り、精霊教を管理するのが仕事みたいなものでねぇ……これがまた大変なのよ。胃薬とお友達になりそうなぐらい」


 そう言ってソフィアは真剣な表情を浮かべると、サラとネディに視線を向けた。


「教義的にはグレイゴ教ほど物騒じゃないとは言っても、人が集まれば派閥ができたりするでしょ? わたしとしてはグレイゴ教みたいに禁教にして良いと思うんだけど、それをやって変な宗教が流れ込んできたり、生まれたりすると余計に大変なわけ」


 わかる? と水を向けてくるソフィアに、レウルスは無言で頷きを返す。


「ジルバみたいな精霊教徒ばっかりだったらわたしも楽なんだけどねぇ……さすがにそう上手くもいかないわけで」

「……ジルバさんみたいな精霊教徒ばっかりだったらとんでもないことになるんじゃないか? いや、グレイゴ教みたいな外敵の排除には丁度良いだろうけど……」


 精霊教徒が全員ジルバのようになっている光景を想像し、レウルスは思わず口を挟んでしまった。戦力としてはアリだな、とは思うが。


「ああ、そこはほら、上に立つ者から見ての話よ。有名なのに政治に絡んでこないし、街道を歩けば勝手に野盗や魔物を退治してるし、グレイゴ教徒は排除してくれるし。わたしは毛嫌いされてるけど、わたしからすると評価が高いわよ」

「それは……まあ、そうだな。ジルバさんの場合、政治に首を突っ込むよりも精霊に祈りを捧げてる方が合ってるし」


 ジルバの場合、政治だなんだと暗躍するよりも、レウルスの自宅裏でサラとネディに対して祈りを捧げている方を選ぶだろう。


「でしょう? で、精霊教徒の中には規模の大きさに物を言わせて嘴を突っ込もうとする奴もいるわけ。そんな奴らをそれとなーく誘導したり、時には精霊教師として止めたり、現地の領主に情報を流したりするのがわたしの仕事なの。わかった?」


 そう言われて頷くレウルスだが、その内心は焦りに近い感情で占められている。


(この人……明日の天気でも占うみたいに重要そうなことをぶちまけやがったな……これ、一般人が知ってて良い情報じゃないだろ)


 さすがにレウルスが知らなかっただけで世間一般では知られている、などということはないだろう。レウルスはエリザに視線を送ってみるが、エリザは無言で首を横に振る。


(エリザでも知らない、と……公然の秘密ならまだしも、明らかに知ってたらまずい情報だぞ……)


 とんでもない爆弾を放り投げてきたな、とレウルスは密かに戦慄した。だが、そんな反応も見透かされたのか、ソフィアは頬杖を突きながら笑う。


「で、話をもーっと戻すわよ? そんな立場のわたしからすると、精霊……それも二人の精霊が来て、片方は大精霊と同じように複数の属性を司ってるって知ったら、どう対応すれば良いと思う?」

「……貴女が“職務”に忠実だっていうのはよくわかったよ」

「それは結構。まあ、この辺りの話はジルバも知ってるから、何か困ることがあったら彼に相談してちょうだい。あの人が王都に来てくれれば色々と楽なんだけどねぇ……ま、愚妹を引き受けてもらってるんだし、それは言わないでおきましょうか」


 そう言って、ソフィアは空になったティーカップを机に置く。


 それを見たレウルスは、今更ながらに取っ手がついたティーカップで緑茶を飲んでいたことに物申したい気分になった。


(それが普通なのか、なんてことも気にならないぐらいに“呑まれてた”ってわけか)


 一方的に情報を与えられたレウルスは、その情報が正しいのか、正しいとしてどう行動するべきか考えていた。そのため余裕がなく、普段ならば気が付くようなことにも気付かなかったのだ。


「話をまとめると、精霊を連れて王都に来たのは噂の広がり方や時期的に考えて正解ね。横槍が入る前にわたしの名前で宣言したし、ひとまずは安全だと思っていいでしょ」


 ティーカップやティーポットを片付けながら、ソフィアがそう告げる。しかしレウルスとしては安心して良いように聞こえなかった。


「用心のためにも聞きたいんだけど……どこから横槍が入るんだ?」

「んー? ほら、アンタ達が王都に来た時、ぞろぞろと連れてたでしょ? あの中の……まあ、半分ぐらいかな? どこから情報を掴んできたのか、『精霊様が来られるから迎えに参りましょう』なんて言い出してね」


 そう言われてレウルスは王都に来た直後のことを思い出す。どうやらソフィアもソフィアで面倒な立場に在ったらしい。


「ああいう手合いがわたしの“管理する”対象で、余計なことをしでかすことがあるの。あっ、ちなみに今日呼んだ連中はまた別口よ。わたしと違って信仰心が篤くて、敬虔な信徒達だから」

「精霊教師がそんなことを言っていいのか……」


 レウルスとしては精霊教師に対するイメージが崩壊した気分だった。もしやエステルにもソフィアのような一面があるのかと疑ってしまうが、さすがにそれはない、あり得ないでくれと思う他ない。


「いやほら、精霊教師って精霊の『加護』を受けてるかどうかが重要で、信仰心とか試されるわけじゃないし? もちろん普段は敬虔そうな振りをしてるけどね?」

(これでよく一大宗派を維持できるな……って、そうか、“だからこそ”できるのか)


 信仰心に因るものではなく、徹底的に管理にだけ注力しているのだろう。もちろん敬虔な精霊教師という皮を被ってはいるが、それを周囲に隠し通せることにレウルスは再度戦慄する。


 ソフィアはレウルス達の表情を観察すると、口の端を吊り上げて笑った。


「ま、そういうわけで、“裏側”を教えたのもアンタ達の身の安全につながると思ったからでね。精霊教徒だから全員安全だー、なんて考えで近寄ると危ないわけ。わかった?」

「……ああ」


 そう話すソフィアすらも、信用できるかわからない。それでもレウルスが重々しく頷くと、ソフィアは満足そうに笑った。


「よろしい。ナタリアさんの下にいるんだし、近くにジルバもいるのならなんとかなるでしょ。他に何か聞きたいことはある? 今なら何でも答えてあげるわよ?」

「そう、だな……それなら……」


 ソフィアに促され、レウルスはせっかくの機会だからと精霊との『契約』に関して尋ねようとする。だが、実際に尋ねるよりも先に以前ジルバと交わした言葉が脳裏に過ぎった。


(いや、待て……ジルバさんは精霊教徒に聞けって言ってたな……ソフィアさんに尋ねるとまずいのか?)


 レウルスはソフィアとジルバのどちらが信用に足るか秤にかけ、即座に答えを下す。


「サラとネディが精霊だって認められたわけだけど、これからどうすればいいんだ?」


 その二者ならば、ジルバを信じる。そんな判断を下しながら、レウルスは口では全く別のことを尋ねていた。


「別にどうもしなくて良いわ。精霊教徒に押しかけられても迷惑でしょ? こっちで止めておくし、仮に押しかけるような奴がいてもサラ様が前に出て不機嫌そうな顔をすればいいでしょ」


 それで良いのか、とレウルスが疑問に思っていると、ソフィアは付け足すように言う。


「あと、傍目にも精霊だってわかるよう、贈り物をさせてもらうぐらいかしら? 身分証と服だけど、精霊教が浸透しているマタロイの中なら貴族並に“信用”が得られるでしょうね」

「それは……」


 どう控えめに考えても、目立ち過ぎるのではないだろうか。そんな言葉を口中で噛み殺したレウルスに対し、ソフィアは苦笑を浮かべた。


「邪魔なら身につけなくてもいいわよ。都合の良い時にだけ使う……それでいいじゃない」

「……本当、精霊教師の言葉とは思えないな」


 それで良いのかと念押しして確認したくなるが、ソフィアは堪えた様子もない。


「精霊教師の前に、わたしは貴族だからねぇ……それらの贈り物ができるまでは少し時間がかかるでしょうし、今日のところは帰って大丈夫よ」


 話は終わりだ、と言わんばかりにソフィアが椅子から立ち上がる。そして表情を真剣なものに変えると、胸に右手を当てながら一礼した。


「それでは、皆様に大精霊コモナ様の御加護がありますよう、お祈りいたします」


 そこにあったのは、それまでの表情や口調が嘘のように思える敬虔な精霊教師の姿。


 瞬時に雰囲気すらも切り替えたソフィアに気圧されるようにしながら、レウルス達はソフィアの執務室を後にするのだった。

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