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第325話:大教会 その2

 サラとネディが精霊であることを宣言したソフィアと、その宣言を聞いて咽び泣くような歓声を上げる精霊教徒達。


 レウルスからすれば異様な光景だ。しかし精霊教徒としては信仰対象である精霊が目の前に現れたということであり、反応としては当然と言えたかもしれない。


 ソフィアとジルバを除き、その場にいた精霊教徒達は全員が全員床に膝を突き、滂沱の涙を流しながら喜びと興奮に身を震わせている。それを見たレウルスは、無意識の内に一歩後ろに引いていた。


(姐さんの提案があったとはいえ、早まったかもな……)


 レウルスからすると、どう見ても危険な集団にしか見えない。


 教義こそ牧歌的な印象があったが、精霊教を信仰する者達――それも王都の大教会に属していると思しき者達が“コレ”なのだ。


 このままサラとネディが簀巻きにされて連れ去られ、祭壇に祀られてもレウルスは驚かないだろう。もちろん、その際には全力で抵抗するつもりだが。


「皆さん、お気持ちはわかりますがそこまでにしてください。精霊様が困惑されていますよ?」


 精霊教徒達を宥めたのは、ただ一人冷静だったソフィアだ。精霊教師の立場がそうさせるのか、あるいは侯爵という地位に在ることがそうさせたのか。


「二人が精霊として認められたのなら、このまま帰っても良いですかね?」


 止めないでほしい、と暗に滲ませながらレウルスが尋ねると、ソフィアはニコリと微笑む。


「申し訳ございませんが、もうしばらくお付き合いください。精霊様と認めただけでお帰りになられますと、精霊教を信仰する者として立つ瀬がございません」

「…………」


 ソフィアの返答に、レウルスは思わず沈黙してしまった。『思念通話』を通してサラに断らせても良かったが、相手の反応が読めないためさすがに躊躇してしまう。


「今日は本当に良き日です……それでは皆様はこちらにどうぞ。ここでは落ち着かないご様子ですし、恐縮ではありますが執務室にてお話いたしましょう」


 そんなソフィアの言葉を聞いたレウルスは、無言でジルバにアイコンタクトを送る。するとジルバが無言で頷いたため、エリザ達を連れてソフィアに続いた。


 そうしてソフィアに案内されたのは、先ほどの礼拝の場から更に先へと進んだ場所にある一室である。大教会の中でも一般信徒などは足を踏み入れることができないのか、サラとネディを見ながら咽び泣いていた精霊教徒達がついてくることもない。


「すみませんが、ジルバさんは扉の外で待っていてもらえますか? 誰も来ないとは思いますが、用心のために人払いをお願いしたいのです」

「いや、それは……」


 ソフィアの申し出に、レウルスは思わずといった様子で止めようとした。だが、ソフィアは笑みを浮かべながらジルバに視線を向ける。


「精霊教徒に聞かれると困ることもありますから……叶うのなら、サラ様とネディ様だけにお話をしたいぐらいでして」

「絶対嫌。レウルスが一緒じゃないなら帰るわ」

「……うん、嫌。エリザとミーアも一緒」


 ソフィアの言葉を聞き、サラとネディが即座に反応する。その態度はこれまでよりもあからさまで、ソフィアに対する嫌悪を隠そうともしない。


(ジルバさんを引き離そうとしてるのか? でも、そうだとしてもその理由は……)


 本当にジルバに――精霊教徒に聞かれたくないことがあるのか、それともレウルス達だけならば丸め込む自信があるのか。


 ジルバはソフィアをじっと見ていたが、やがて不満を表すようにため息を吐く。


「一つ、よろしいですかな?」

「お聞きしましょう」


 ジルバにしては珍しい態度にレウルスは驚くが、ソフィアは平然と答える。そんなソフィアを見つめたまま、ジルバは言った。


「私はあくまで精霊教の“教え”と精霊様を信仰しているのであって、精霊教師を信仰しているわけではありません……そのことをお忘れなきよう」

「ええ、心得ておりますとも」


 脅しとも取れるジルバの言葉も、ソフィアの笑顔を崩すには至らない。そんなソフィアの様子にジルバは頭を振ると、特に声を潜めることもなくレウルスに声をかけた。


「何かあれば呼んでください。扉を破壊してでも助けに入ります」

「怖いですね……そんなことを言える精霊教徒は貴方ぐらいですよ」


 ジルバの言葉を聞いたソフィアは、何故か嬉しそうに笑うのだった。


 






「何かお飲みになりますか? わたしのお勧めはジパングから取り寄せた緑茶でして、苦みと共に旨味が感じられますよ」


 執務室に通されるなり、そんなことを言い出すソフィア。レウルス達のことを警戒してないように背中を向け、言葉通り飲み物の準備をしようとしている。


 ソフィアの執務室はそれなりに広く、二十畳近い広さがあった。大教会の外観と同様に壁は石造りになっており、床には赤い絨毯が敷かれ、執務をするためなのか木製の大きな机が窓際に置かれている。

 来客をもてなすためなのか三人で座れるソファーが部屋の中央に二つ、向かい合うようにして置かれていた。ソファーの間には机が置かれており、簡単な会議ぐらいならばできそうである。


 窓はガラス窓になっているが、大教会の内部と同様に照明用の魔法具が壁にかけられていた。そのため薄暗いということもなく、清廉な明るい光で部屋の中が満たされている。

 壁際にはいくつもの木棚が置かれ、本や書類などが並んでいる。そして部屋の隅に向かったソフィアはティーポットやカップを手に取り、振り向きながら尋ねた。


「それとも紅茶がいいですか? 果実を絞った水も用意できますけど」

「いえ、どうぞお構いなく」


 さすがにこの状況で出されるものを飲むほどレウルスも餓えてはいない。そのためレウルスが断ると、ソフィアは傍の木棚を漁り始めた。


「それではお茶菓子だけでも出しましょうか? 王都でも有名な菓子屋で作られた焼き菓子があるんですよ」

「結構です」

「……どうやら嫌われてしまったようですね」


 レウルスだけならば毒を盛られようがどうにかなるが、エリザ達はそうもいかない。さすがにないとは思うが、ルヴィリアが飲まされたような特殊な毒が用意されている可能性もあるのだ。

 そのため飲み物も食べ物も受け取らずにいると、ソフィアは苦笑しながら執務用の机に向かった。


「警戒されるのも仕方がないとはいえ、少し傷つきます……」

「申し訳ないですが、王都に住む“都会の方々”を相手にして通用するような礼儀は持ち合わせていませんで……ご容赦願います」


 警戒を露にしながらレウルスが言うと、ソフィアは苦笑を深めながら椅子に座る。


「では、せめて椅子に座られてください。精霊様を立たせたままで話すというのも気が引けますから」


 ソフィアの言葉に、レウルスはサラとネディを促してソファーに座らせた。相手は精霊教師だが、貴族でもあるのだ。また、ソファーに座ると有事の際に動きが制限されるため、レウルスとエリザ、ミーアはソファーの後ろで立ったままである。

 そんなレウルス達の様子に、ソフィアは苦笑以外の表情を浮かべようがない。


「礼儀に関しては気にされなくとも結構ですよ。一応立場がある身ですけど、今のわたしは精霊教師として皆様と接していますからね」

「そう言っていただけると助かります。ソフィア様もサラとネディの立場を気にされずに接してあげてください」


 一応の社交辞令としてレウルスはそう伝える。侯爵という立場ではなく、精霊教師という立場ではそれが無理だと思っているが、ソフィアから何かしらの反応が得られると思ったのだ。


 だが、レウルスの言葉を聞いたソフィアの表情が変わる。


 それまで浮かべていた苦笑が消え、口の端を吊り上げてニヤリと笑ったのだ。


「あ、そう? それじゃあこっちは楽な話し方をさせてもらうわ。立場上仕方がないとはいっても、肩が凝るから面倒なのよねぇ」

「…………?」


 思わぬソフィアの豹変に、レウルスは目が点になる。


 ソフィアが纏う雰囲気すらも変わっており、どこか気さくさを感じさせる態度へと変わっているのだ。


 ソフィアは行儀をどこに放り投げたのか、椅子のひじ掛けに右肘を置き、頬杖をつく。そして自分用に用意していたカップに緑茶を注ぐと、幸せそうに飲み始めた。


「いらないって言ったし、わたしだけ飲ませてもらうわ。あー、この苦さがたまらないわねぇ」

「……は?」


 ソフィアの行動に対し、呆気に取られるレウルス達。ソフィアに対して嫌悪感を見せていたサラとネディでさえも、目を丸くしている。


「ところで、愚妹は元気にしてる?」

「……え?」


 続いて飛んできた質問に、レウルスは反応が遅れてしまった。するとソフィアはレウルスが理解していないと思ったのか、緑茶を一口飲んでから補足する。


「愚妹よ愚妹。ラヴァル廃棄街にいるでしょ? わたしによく似てるけど、一部がわたしに似てない精霊教師よ」

「……エステルさんのこと……ですか?」

「そう、そのエステルよ。わたしとしては精霊のことよりもそっちを聞きたかったのよねぇ……で、どうなの? 元気にしてるの?」

「え、あ、はい……元気にしてます……よ?」


 完全に意表を突かれたレウルスは、素直に答えを返す。ソフィアはそれで納得したのか、戸惑うレウルス達に何度も頷いてみせた。


「それならいいわ……って、どうしたのよアンタ達。せっかく“そっちに合わせてあげた”っていうのに、その間抜け面はどういうことなの?」


 ソフィアは不満そうに唇を尖らせるが、レウルスは認識が追い付かず反応が遅れてしまう。


(……え? なんだ? 何が起きた?)


 もしもこれが戦闘だったならば、致命的とすら言えるほど隙を晒すレウルス達。しかしソフィアはそんなレウルス達を楽しげに眺め、今度は焼き菓子を齧り始める始末である。


「あら……さっきの喋り方のほうがお好みかしら? 廃棄街の人間なら、これぐらい砕けてる方が喋りやすいでしょう?」

「……それは、まあ……」


 そう答えつつ、レウルスは意識を整えていく。ソフィアはそれを見ながらニヤニヤと笑った。


「礼儀とか態度とか、面倒だし飾らなくても良いわ。このわたし、ソフィア=マークス=マレリィ=ファルネスが、ファルネス家の当主として、精霊教師として、一切の無礼を咎めないと宣言してあげる。あ、もちろんこの場だけの話よ?」

「……いいんですか?」


 あまりにも態度が違い過ぎて、警戒するべきか脱力するべきかレウルスは迷う。


「いいのいいの。いちいち敬語だ礼儀だなんだかんだって言ってたら、そっちも言いたいことが言えないでしょ? なんでジルバを追い出したと思ってんの?」


 そう言って執務室の扉に視線を向けるソフィアだが、それを見たレウルスは内心で首を傾げる。


(これは……演技か? それともこっちが素の性格? 俺達が話しやすいよう演じているのか?)


 貴族というからには、腹芸の一つや二つ鼻歌混じりでこなすだろう。ソフィアの豹変も、その一環でないとは言えない。


 警戒するレウルス達を見てどう思ったのか、ソフィアは椅子に座ったまま足を組み、口の端を吊り上げた。


「相手に合わせて態度を変えるなんて、人間なら普通のことでしょ? そっちが話しやすくて、わたしも気が楽に話せる……それぐらいに思いなさい」


 そう話しながら、ソフィアは焼き菓子を口に放り込む。そこには礼儀の欠片も存在せず、レウルス達は思わず顔を見合わせてしまった。


「わたし達は色々と話し合っておくべきことがある……そうでしょ? それなのに無駄に警戒したり、言葉遣いに注意したり、態度に気を払ったりするなんて無意味にも程があるわ。話しやすい言葉で、伝えたい言葉を伝える。そうすることで認識の齟齬が減るのよ」


 完全になくなることはないけど、と付け足し、緑茶を飲むソフィア。そんなソフィアの態度に、レウルスは表に出さないよう注意しながら心中で唸る。


(一筋縄じゃいかないとは思っていたけど……こいつは予想以上に手強そうだ)


 完全にソフィアのペースに巻き込まれていたことに気付き、レウルスは気を引き締め直すのだった。

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