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第324話:大教会 その1

 ――我々精霊教徒はいつ何時(なんどき)でも精霊様のご来訪をお待ちしています。


 ――我々精霊教徒は精霊様の御意思を最優先に尊重いたします。


 ――先日の件を謝罪したいので出来得るならばお会いしたいです。


 ソフィアから届いたやたらと丁寧な手紙の内容を箇条書きにすると、そのような内容だった。


(うーん……こっちに都合が良いように見えて、実は選択肢がなさそうな感じがヒシヒシと……)


 特に最後の部分が、とレウルスはため息を吐いた。


 既に手紙を受け取ってから一晩が明けており、レウルスは困ったものだと頭を捻る。


(教会にはいつでも来て良いし歓迎する。その上で精霊の……サラとネディの意思を尊重する。でも先日の件で謝罪したいからなるべく来てね、なんて言われてもなぁ……)


 元々王都の教会に用があったわけだが、このような前振りをされるとさすがのレウルスでも躊躇してしまう。


 他の精霊教徒を侮るわけではないが、相手(ソフィア)は精霊教師にして侯爵の地位を持つ貴族なのだ。ナタリアはおろか、ヴェルグ子爵家よりも“上”なのである。


 もっとも、ここで行かないという選択肢もない。サラやネディのことを思えば、入信や立場の有無は別として精霊教の力を借りる必要があると考えていたのだから。


(ジルバさんとエステルさんの力だけを借りていれば上手くいく……なんてのは都合が良い話だしなぁ……)


 サラやネディに関して情報が広まりつつある以上、王都まで来て教会に行かないわけにもいかない。

 そのためレウルスは教会に赴くという決断を下す。時間の経過によって事態が好転するとも思えず、問題事は早めに片付けた方が良いと考えたのだ。


 防具は身に着けずに私服のままだが、レウルスは一応の用心として布で包んだ『龍斬』を背負う。さすがに精霊教徒に襲われることはないだろうが、レウルスの気分としては『首狩り』との戦いに赴いた時と大差なかった。

 それはエリザ達も同様で、防具はともかく武器だけはしっかりと身に着けている。王都を巡回している兵士に見咎められる可能性よりも、身の安全を図る方が重要なのだ。


「それでは行きましょうか」


 元々同行するつもりだったジルバもそれを止めることはなかった。普段よりも口数が少なく表情も真剣で、それがレウルスの警戒を嫌でも高める。


 ナタリアやコルラードは今日も朝から外出しており、王都に住む知人達に会うとのことだった。そのためレウルス達は徒歩で教会へと向かっていく。


 王都に存在する精霊教の教会は、全部で五ヵ所。これは王都の人口の多さに合わせた結果であり、王都の東西南北に一ヵ所ずつ、そして王城に程近い場所にもう一ヵ所教会が存在する。

 周囲には貴族の邸宅が建ち並ぶような“一等地”で、国の兵士だけではなく、貴族が抱える私兵も巡回しているような場所である。


 そんな場所を進むレウルス達だが、周囲から向けられる視線はそれほど強くない。周囲と比べて明らかに浮いているものの、先頭をジルバが歩いているからか兵士に止められることもなかった。


(うわ……なんだありゃ……)


 そうして辿り着いた教会を目の当たりにしたレウルスは、思わず内心で呟く。


 塀はなく、庭もそれほど広くないが、周囲に建ち並ぶ貴族の邸宅に勝るとも劣らない風格の建物である。

 建材には切り出した石材が使われ、建物の正面には両開きの重厚な扉。そして扉の上には大精霊コモナを模したと思しき像が飾られており、訪れた者を見下ろしている。


 建物の大きさ自体は周囲の貴族の邸宅よりも小さいが、ラヴァル廃棄街に建っている教会と比べれば雲泥の差があった。

 おそらくは精霊教師や精霊教徒が住んでいるのだろうが、住居部分も含めれば一辺が五十メートル近い大きさの建物である。また、壁を見ると木窓ではなく硝子窓が嵌っており、教会の中に明るい光を届けているようだった。


 二階建てでもないというのに建物の高さは十メートルを軽く超えており、年月の経過によって僅かにくすんだ色合いの石材が威風とも取れる風格を醸し出している。

 強度を確保するためなのか壁のところどころに『魔法文字』が刻まれているが、それが一種の文様にも見える。


(精霊教……いや、宗教って儲かるのかな……)


 一体どれほどの金をかければこれほどの建物が造れるのか、などと考えてしまうのは意地が汚いのか仕方がないことなのか。素人目に見ても、石材の一つ一つに金がかかっていそうである。


 眼前の建物こそが、マタロイにおける精霊教の総本山。大教会とも呼ばれる建物だ。


 そして、その外観に目を取られていたレウルス達を他所に、大教会の扉が開く。


「――お待ちしておりました」


 扉が開いた先には、にこやかな笑顔を浮かべたソフィアが立っていた。








「まさかお手紙を出した翌日にお越しいただけるとは……精霊教徒を代表して感謝申し上げます」


 そう言ってニコニコと微笑みつつ、自ら案内を買って出たソフィア。


 大教会の扉を潜ったレウルス達は下にも置かない態度で中へと通され、その内部に足を踏み入れた。


 大教会の内部は外観から察せられる通りに広く、同時に、とても明るい。壁に嵌められた硝子が光を通しているというのもあるが、壁には魔法具らしきものが設置されて明かりを放っているのだ。

 大教会の内部には絨毯が真っすぐに敷かれ、その左右には木製の長椅子が整然と並べられている。座ろうと思えば数百人が同時に座れるだろう。

 その先へと進むと階段状になっており、長椅子が置かれている場所よりも一メートルほど高くなっている。レウルスから見るとまるで舞台のように感じられたが、そこにはラヴァル廃棄街の教会と同様に大精霊コモナを模したと思しき石像が置かれていた。


 そして、コモナの石像の左右には一様に笑顔を浮かべた精霊教徒達の姿がある。王都を訪れた直後ほど多くはないが、老若男女を問わず十人近い者達が待ち受けていたのだ。


 そんな彼ら、あるいは彼女らは、サラとネディの姿を見ると右手を胸に当てながら片膝を折り、頭を下げる。

 おそらくは精霊であるサラとネディに対して祈りを捧げているのだろうが、一糸乱れぬ動きで膝を突く姿にレウルスは早くも帰りたくなった。


(ジルバさんと似たようなものだと思えば……でも、ジルバさんとはちょっと印象が違う気もするしな……)


 ジルバが十人並んでいると思えば気が安らぐかと考えたレウルスだが、さすがに無理があった。大教会にいるということは敬虔な精霊教徒なのだろうが、レウルスとしてはジルバとは“毛色”が違うように感じられる。


 大教会を訪れたものの、何と話を切り出せば良いか。ソフィアだけに話を通せば良いのか、それとも有力者と思しき者達全員に話をするべきか。


 しかし、である。何か話を切り出そうにも、ソフィア達の視線はサラとネディに向けられている。


 精霊教を信仰する者としては、精霊の実物を目の当たりにした以上それも当然だろう。中にはサラとネディに向かって頭を下げながら涙を流している者もいるほどだ。


 明らかに異質な雰囲気に、さすがのレウルスも会話の端緒を掴めない。『思念通話』を通してサラから何かを言わせるという手段も存在するが、精霊(サラ)からの言葉を聞いてどんな反応が返ってくるかも未知数だ。


(こうして見ると、ジルバさんってすごくまともな宗教家だったんだな……)


 精霊教の教えを信仰してはいても、サラやネディに関してはここまで“過敏”な反応はしない。サラやネディに対して常日頃から祈りを捧げているところを見てはいるが、ジルバの場合は祈り方が真摯なのだ。


「まず最初に」


 レウルス達を先導していたソフィアが足を止めて振り返る。それだけでもレウルスは警戒心を一段階引き上げる。


 エステルによく似た顔立ち――年齢的にはエステルがソフィアによく似ているのだろうが、それだけで親しみを覚えられるような状況ではない。


 ソフィアはサラとネディを交互に見ると、口の端を吊り上げて笑みを深めた。


「お二方が精霊様であると“確認”させていただきたいのですが……よろしいでしょうか?」


 その問いかけに疑問を覚えたのは、レウルスだけではない。エリザやミーアも不思議そうに眉を寄せた。


 確認と言われても何をするつもりなのか、それが見当もつかないのだ。


 そんなレウルス達の疑念が伝わったのだろう、ソフィアは笑顔を浮かべたままで言う。


「誤解を招いてしまいましたね……確認というよりも『認定』と表現した方が正しかったです」

「認定? え? どうしてあんた達に認められないといけないの?」


 そして、先日のようにサラが真っ向から切り込んだ。心底不思議そうにしながら、何故と理由を問う。


「以前、精霊を騙る輩が存在したのですよ……それ以来、『認定』の機会を設けさせていただいております」


 理由になっているようでなっていないことを言いながら、ソフィアは話を進めようとしている。それを聞いたレウルスは軽く手を挙げて注意を引き、口を開いた。


「何をするのかお聞きしても?」

「ただ“視る”だけです。何の危険もありませんよ」


 さすがにサラやネディに向けるものと比べると数段劣るが、それでも敬語で答えるソフィア。レウルスはジルバに視線を向けるが、ジルバは無言で頷きを返す。


(本当に危険はないってことか……)


 仮にサラやネディに危険があるのならば、ジルバが止めないはずがない。むしろソフィアが相手だろうと即座に鎮圧に動きそうだった。


「ふーん……まあ、いいわ」

「…………」


 サラはどこか不満そうにしながらも、ネディは無言のままで承諾を示すように頷く。


 するとソフィアは感謝を示すように一礼し、その目を二人に向けた。


「っ……」


 そして次の瞬間、ソフィアから魔力が放たれる。それを感じ取ったレウルスは反射的に『龍斬』に手を伸ばしかけたが、ソフィアが魔法を放つようなことはなかった。


 ソフィアは魔力を目に集中させ――その瞳が赤く輝く。


(この感覚は……)


 いつか覚えたことがあるような、奇妙な違和感。それはまるでエステルが大精霊コモナの力を借りた時のようで――レウルスは違和感を覚えた。


(大精霊コモナ……じゃ、ない? 似てるけど似てない……いや、弱いのか?)


 その時覚えた感覚を、レウルスは明確に捉えることはできない。それでもソフィアが放つ違和感に気を取られ、サラとネディの表情がますます不機嫌そうなものになっていることには気付けなかった。 


「間違いなく、確認いたしました……サラ様は火の精霊、ネディ様は……“水の精霊”ですね」


 魔力を霧散させながらそう告げるソフィア。


 瞳から放たれていた赤い光は消えているが、その視線は何故かネディに向けられている。


「精霊教師ソフィア=マークス=マレリィ=ファルネスの名において、お二方が精霊様であるとここに宣言いたします」


 そう言ってソフィアは頭を下げる。しかし、そんなソフィアを見ながらレウルスは内心だけで首を傾げていた。


(……ネディが水の精霊?)


 それは正しいようで、正しくない。少なくともレウルスが知る限り、間違っている。


 だが、ソフィアの言葉を問いただすよりも先に、他の精霊教徒達が挙げた咽び泣くような歓声がレウルスの思考を邪魔したのだった。

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