第322話:王都ロヴァーマ その4
王都ロヴァーマに到着した翌日。
服装を質は良いが“普段”よりも大人しめにしたナタリアがコルラードを連れて外出し、ジルバも前言通り精霊教徒の動向を確認するべく動き出した。
そんな中、現状ではジルバが戻るまで特に用事も目的もないレウルス達は、王都散策に乗り出すべく準備を行う。
城門でも特に止められることはなかったが、さすがに王都の中で抜き身の大剣を持ち歩くのはまずいだろうと判断し、『龍斬』は留守番である。『首狩り』の剣を腰に差し、予備の武器として短剣を身に着けるだけに留めた。
また、レウルスはこれまでの経験から冒険者の姿では衆目を集めてしまうと知っているため、防具の類も外している。長袖のシャツと長ズボン、それに革靴という非常にシンプルな服装で外出しようとした。
これはエリザ達も同様で、防具の類は外して武器も持っていない。仮に防具と言えるものがあるとすれば、外套ぐらいだろう。
何かあれば名前を出して良いと言われているが、さすがにナタリアに迷惑をかけるのは気が咎める。そのため王都を出歩いても問題がなさそうな服装をエリザ主導で選び、外出の準備も整えたのだが――。
「やあ、レウルス君。久しぶりだね」
狙ったのか偶然なのか、借家を出た途端馬車に乗ったルイスに捕まったのだ。そして話があるからと家に引き返し、居間に通すことになったのである。
「先触れの使者も出さずに失礼をしたね。王都にレウルス君達が来ていると聞いて、居ても立っても居られずに押しかけてしまったよ」
そう言って爽やかに笑うルイスだが、嫌味に感じないのはその気安い雰囲気と整った顔立ちが成せる技か。
上質な布地を使い、様々な装飾が施された白いタキシードを相変わらず身に着けているが、貴公子然としているため様になっている。
「思わず家に上げちまったけど、問題ってないよな?」
「外出した後ならともかく、馬車に乗ってきた貴族を門前払いにするわけにもいかんじゃろ。外で話すよりはこちらの方が良いじゃろうし、どこに目や耳があるかわからんしのう。本当ならナタリアかジルバさんが一緒にいてくれた方がいいんじゃろうが……」
レウルスが小声で尋ねると、エリザも小声で答える。さすがにルイスを無視して王都の散策に乗り出すわけにもいかないのだ。
(でも、“歓迎”するにも貴族相手に出せるものがないんだよな……)
何故ルイスが王都にいるのかという疑問はあるが、今はどう応対するべきかと迷うレウルス。借りている家には備え付けの家具や食器が存在するが、さすがに茶葉や菓子などは置いていない。
ネディがいるため水には困らないものの、さすがに顔見知りのルイスが相手とはいえ水やお湯を出すのは失礼に当たるのではないか。
ひとまずソファーに座るようルイスに勧めつつ、頭の中でそんなことを考えるレウルスだったが、それを見透かしたように声をかけてくる者がいた。
「レウルス様、茶葉の用意もありますし、よろしければわたしの方で準備を行いますが?」
そんな言葉をかけてきたのは従者としてルイスについてきたアネモネである。初めて会った時のように侍女服に身を包み、ルイスの背後に控えていたのだが、レウルス達が対応に困っているのを見て助け船を出してきたのだ。
(殿付けで呼んでいたのが様付けになってる……というかアネモネさん、態度が柔らかくなっているような……)
そんなことを考えつつも、レウルスはアネモネに任せることにした。
エリザは知識面では頼れるが、さすがに紅茶の淹れ方や食器の配膳などは従者として教育を受けているであろうアネモネには敵わないのだ。
そのためその辺りの差配を全てアネモネに託すと、レウルスはソファーに座ったルイスと対面する。ただし、同じようにソファーに座って良いかわからないため、立ったままである。
「いきなり過ぎて驚きましたけど……お久しぶりです、ルイスさん。王都に来ていたんですね?」
「“色々と”用があったからね。君達よりも一週間ほど先に来ていたんだよ……ああ、レウルス君達も座ってくれるかい? 借家とはいえ君達の家だし、妹の恩人達に立ったままでいさせるというのも居心地が悪いしね」
そう言われてレウルスはルイスの対面に腰を下ろし、その隣にエリザが腰を下ろす。サラとネディは台所でお湯を沸かし、ミーアは食器の準備を手伝っていた。
「しかし、つれないじゃないか。家を借りずとも、当家の別邸で良ければ喜んで一室貸し出すし歓待するよ?」
「あはは……その辺りは姐さん……じゃない、ナタリアさんにも考えがあるようでして」
紅茶を待つ間の暇潰しのつもりなのか、ルイスが笑いかけてくる。それに対するレウルスは下手なことを言わないよう注意しつつ、愛想笑いを浮かべていた。
レウルスはルイス達が王都に来ていたことを知らなかったが、ナタリアもそうだとは限らない。仮にルイスから事前にそういった提案を受けていても、ナタリアならば断わっていただろう。
「ナタリア殿にもお会いしたかったんだけどね……どうやら間が悪かったようだ」
「都合の良い日時があれば伝えておきますけど?」
「ははは、ありがとう。ただ、こっちも少し忙しくてね。予定の目途が立てば今度こそ先触れの使者を出すよ」
そう言って柔らかく微笑むルイスだが、その言葉を聞いたレウルスは内心で首を傾げた。
(今度こそ、ねぇ……姐さんとジルバさんがいないタイミングを狙ったって思うのは穿ち過ぎか?)
そもそも、どうやってレウルス達が王都に来たことを知ったのか。もしかするとナタリアとの間に何かしらの手段で連絡がついているのかもしれないが、少なくともレウルスは聞いていない。
そんな疑問が態度に出てしまったのか、ルイスは苦笑を浮かべる。
「突然押しかけて警戒させたのは謝罪させてもらうよ。ただ、君達がいることを知ったのは昨日のことでね。王都の南門に三十人近い精霊教徒が……それも“あの”ソフィア殿が押しかけたと聞いたのさ」
そう言ってルイスは肩を竦める。
「部下に調べさせてみると、絡まれた側がどうにもレウルス君達としか思えない風体だったんでね……こうして顔を見に来たわけさ」
どうやら昨日の騒ぎはそれなりに噂になっているようである。ルイスの口振りから察するにソフィアは王都でも有名人なのだろう。
(そこで絡まれた相手の風体を聞いただけで俺達だってわかったのは……まあ、俺達が来るのを知ってたってことだよな)
今回の王都行きも、元々はヴェルグ子爵家からの依頼を達成したからこそ決まったことだ。それならばルイスが知っているのも道理だろう。
そうやってルイスと話していると、準備を終えたのかアネモネがお盆を持って近づいてくる。そしてルイスではなく先にレウルスやエリザへ紅茶が入ったカップを渡し、続いてルイスの分を渡した。
レウルスとエリザは揃って頭を下げると、アネモネは小さく微笑んでから頭を下げる。
「改めまして……お久しぶりですレウルス様、エリザ様。その節はお嬢様共々、大変お世話になりました」
言葉の通り、感謝が伝わってくるような所作で頭を下げるアネモネ。サラ達には紅茶を用意している間に礼を述べたのか、顔を上げたアネモネはルイスの背後に控える。
(うーん……本当に態度が違うな)
二ヶ月を超える長旅を共にした仲で、ルヴィリアの治療に関する依頼を完遂したレウルスだが、ここまで態度が変わると違和感が先に立つ。
「……アネモネさんってルヴィリアさんの侍女でしたよね?」
素直には尋ねず、他に気になったことから尋ねるレウルス。アネモネはルヴィリア付きの侍女で、治療の旅にも同行するほど忠義に篤かったはずだが。
「セバスも王都にいるんだけど、色々と動いてもらってるからね。外出の際の護衛という面もあるけど、本題を切り出すには丁度良いと思ったんだ」
「本題……ですか」
一体何を言い出すのか、と警戒するレウルスだが、ルイスはそんなレウルスの反応に苦笑する。
「おっと、すまない。深い意味はなかったんだ……ただ、妹のことで世話になったからね。直接顔を合わせて礼を言いたかったんだ。アネモネも君達に会いたいと言ったからね」
そう言って姿勢を正すと、ルイスは真っすぐにレウルスを見る。
「妹を……ルヴィリアを助けてくれて本当にありがとう。感謝してもしきれないよ」
「仕事でしたから……ただ、その感謝は受け取っておきます」
断れる話ではなかったとはいえ、依頼を受けて達成し、報酬も受け取ったのだ。レウルスとしては既に済んだ話である。
「ルヴィリアさんは元気ですか?」
それでも、レウルスの口からはルヴィリアの体調を確認するような言葉が零れていた。さすがにこの流れで聞かないわけにもいかないだろう。
「ああ、元気さ。兄としては喜ばしい限りでね……ただ、時折憂いを秘めたような表情をするようになっているんだ。そこだけが気がかりかな?」
そう言われた時、レウルスの表情はまったくといって良いほど動かなかった。目線どころか表情筋すら動かず、僅かな間を置いて心配そうに眉を寄せる。
「長旅でしたからね……まだ疲れが残っているんじゃないですか?」
「そうかな……“そう思う”かい?」
「ええ。こう言っては失礼でしょうけど、貴族のお嬢さんという割にルヴィリアさんは良い根性を持ってましたよ。ただその分、無理をしていたのかな、と」
仮にルヴィリアが我が儘一杯に育っていれば、二ヶ月を超える長旅も『首狩り』の前に立つこともできなかったに違いない。その点に関してはレウルスも素直に称賛できる。
“そういうこと”にして、レウルスは必死に心配そうな表情を作った。
「何もないのならいいんですけどね……」
「まったくさ……ああ、ルヴィリアも王都に来ているんだけど、良かったら顔を見せに来てくれるかい? 塞ぎ込んでいるとしても、君達に会えば気も晴れるだろうしね」
妹を心配する兄の顔を覗かせながら、ルイスがそう言う。しかし、その言葉にレウルスだけでなくエリザが首を傾げた。
「ルヴィリア様も王都にいらっしゃるんですか?」
相手がルイスということもあり、普段とは違う口調で喋るエリザ。それを聞いたサラが目を丸くしながら笑い出そうとしたが、すかさずミーアが口を塞ぐ。
「体が治ったから、王都で社交界に出る予定なんだ」
「へぇ……社交界ですか。無縁の世界なんで想像もできませんが、結婚相手を探したりするためですか?」
「結婚相手を探す側面もないとは言わないけど、一番は顔を売るためだよ。長年表に出ることがなかったから、他家の同年代の女性と比べると無名に近いしね」
どうやらルヴィリアは体が治っても大変な立場にあるらしい。それでも今までと違って“動ける”だけ上等だろう。
レウルスが納得したように頷いていると、ルイスは顔から力を抜いて笑う。
「でも、これまで満足にできなかったことができるようになったんだ……本当に良かったし、君達には感謝しているよ」
その笑顔はヴェルグ子爵家の長男というよりも“ルヴィリアの兄”としてのものだった。
「繰り返しになるけど、君達には本当に感謝しているよ……ナタリア殿の面子もあるだろうけど、もしも王都で何か困ったことがあればヴェルグ子爵家の名前を出してくれて構わないからね」
「……御厚意は嬉しいですが、ルイスさんの立場でそんなことを言って大丈夫ですか?」
当主として準男爵の地位にあるナタリアならばまだしも、長男に過ぎないルイスがそのようなことを言って良いのか。そんな危惧をするレウルスに対し、ルイスは苦笑を浮かべた。
「“これから”問題がなくなるからね。名前を出すのが嫌なら、貸しを作ったとでも思ってくれればいい。可能な限り協力させてもらうよ」
レウルスはルイスの言葉に小さく首を傾げる。
ずいぶんと好意的な態度だが、裏を疑ってしまうのは相手がルイスだからか、あるいは最近のナタリアの“教育”の賜物か。
返答に困っているレウルスを見たルイスは、苦笑を深めながら言う。
「善意から一つ忠告するなら、精霊教のソフィア殿には気を付けた方が良いよ。俺より年下だけど、それでも精霊教師でありながら侯爵家を継いでいるんだ。どんな行動に出るかはわからないけど、会うのなら最低でもジルバ殿に同行してもらった方が良い」
どこまでレウルス達の事情を知っているのか、ルイスはそんなことを言い出す。レウルスは表情に驚きが出ないよう注意するが、ルイスの表情を見て内心だけで眉を寄せた。
(んー……なんというか、本当に善意で言ってくれている……ような?)
もしかすると顔を見るついでにソフィアへの注意喚起を行いにきたのかもしれない。レウルスがそう考えてしまうほどに、ルイスの瞳は真剣だった。
そうしてルイスは世間話とも雑談とも取れる会話を行うと、満足したように去っていく。滞在時間は一時間にも満たず、何をしにきたのかとレウルスも首を傾げるばかりだった。




