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第318話:元隊長と元部下

「隊長……いや、ナタリア殿について聞きたいだと?」


 王都へ向かう旅の途中、街道脇に存在する『駅』で野営をしていたレウルスは、共に不寝番をしていたコルラードにナタリアに関して話を振っていた。


 王都に近づいているからか治安も良く、野盗や魔物が夜襲を仕掛けてくることはないのかもしれない。それでも用心として警戒しているレウルス達だったが、周囲を警戒しながら時間を潰すというのは存外暇なものである。

 そのため会話によって時間を潰そうと思ったレウルスが話題に選んだのは、ナタリアのことだった。


 その話題に挙がったナタリアはといえば、馬車に引っ込んで眠りについている。一緒にエリザやミーア、ネディも一緒に馬車で眠っており、不寝番として起きているのはレウルスとサラ、ジルバとコルラードの四人だった。


 索敵および有事の際の戦力としてはやや過剰な面子だったが、サラを除けば男であるレウルス達が馬車で眠るわけにもいかず、かといって外で眠るぐらいならば不寝番をした方が良いということで起きているのである。


「私としても気になるところではありますね……先日見せていただいた魔法の腕も素晴らしかった。噂には聞いたことがありましたが、アレは噂以上の腕前でしたよ」


 レウルスが提示した話題に食いついたのは、焚き火を囲むジルバだった。


「気が付いた時には魔物の首が飛んでたもんねー」


 興味があるのかないのか、サラが相槌を打つ。なお、サラは胡坐をかいて地面に座っているレウルスの足の間に腰を下ろし、レウルスを背もたれにして上機嫌な様子だった。


「……いや、本人がいるのだから本人に聞いてほしいのであるが……」


 火の加減を見ていたコルラードが困ったように呟く。気になるなら本人に聞けというのは至極もっともな話だが、レウルスは苦笑しながら首を振った。


「聞いてもはぐらかされそうですし……部下から見て、姐さんってどんな感じだったんです?」

「む……部下から見て、か……」


 コルラードがナタリアの部下として働いていたことはレウルスも聞いているが、その実態はどんなものだったのか。“そういった形”で尋ねるレウルスに対し、コルラードは深いため息を吐いた。


「ぬう……どうせ王都に行けば耳に入りそうだが……時間を潰すには丁度良い、か」


 そう言ってコルラードは遠くに視線を向ける。過去の記憶を手繰るように目を細め、数秒思考をまとめてから口を開いた。


「前もって断っておくが、当時所属していた第三魔法隊の内情などは話せんからな?」

「もちろんですよ。聞いたら困るような話はさすがにちょっと……」


 いきなり機密を暴露されても困る、とレウルスは苦笑する。


「まあ、そうであるな……レウルスには話したことがあるが、吾輩はナタリア殿の従士として働いていた時期がある。その立場から隊長に関する感想を言わせてもらうなら……」

「もらうなら?」


 コルラードは真剣に、心底からの感情を込めて言う。


「敵じゃなくて……良かった」

「直球ですね」


 拳を握り締め、今にも泣き出しそうな雰囲気があった。そんなコルラードにレウルスは生暖かい視線を向ける。


「おい貴様、なんだその目は。言っておくが冗談ではないのだぞ?」

「冗談には見えないですし、疑いはしませんよ」


 少なくともコルラードの態度からは微塵も嘘の気配が感じられない。ナタリアが敵ではなく味方であったことに対し、心から安堵している様子だった。

 しかしレウルスの態度が気に入らなかったのか、コルラードは自身を指さしながら問う。


「いや、貴様はわかっておらんのだ……比較の対象としては非常に劣るであろうが、レウルスよ。貴様は吾輩をどのように評価している?」

「いきなりですね……剣の技術が凄いですし、剣以外にも色々と武器を使えて器用だな、と。それに戦い方が経験に裏打ちされてて尊敬してますよ? 知識も豊富で世渡りも上手ですし、前回の旅に同行してくれたのも本当に助かりました」

「う、うむ……そうであるか? 自分で話を振っておいてなんだが、妙に評価が高くないか?」

「そうですかね?」


 レウルスが素直に感想を述べると、何故か話を振った側であるコルラードの方が困惑していた。それを不思議に思うレウルスだったが、コルラードは咳払いをしてから話を続ける。


「おほんっ! まあ、なんだ……貴様の評価は嬉しいのだが、騎士階級の者で吾輩を超える者はそれなりに多い。当時は従士だったわけだが、それでも軍に所属して十年は経っていた」


 思ったよりも自己評価が低いのだろうか、などと考えながらレウルスは話に耳を傾ける。


「兵として十年働けば部隊……第三魔法隊の中でもそれなりに古株になる。もちろん、吾輩よりも長く部隊にいる者も多くはないがいた。吾輩よりも強い者も、同じようにいた」


 そこまで言って、コルラードは頭を振る。


「国軍ともなれば、中には爵位を持つ家柄の者もいる。さすがに当主が属することはあまりないが、中には侯爵家や伯爵家の子弟もいた……つまり、だ」


 語るコルラードの口調には苦みが滲んでいた。だが、同時にどこか、誇らしさのようなものも垣間見える。


「ナタリア殿は隊の古参や貴族の子弟を押し退け、隊長になれるだけの腕があったのだ。あの方が第三魔法隊の隊長に任命されたのは、成人して一年経つか経たないか……こう言っては本人の努力を否定することになるかもしれんが、尋常な才ではなかった」


 コルラードの語り口から感じ取れるのは、悔しさと憧憬だろうか。複雑な心境が感じ取れる声色で、絞り出すように言う。


「あの方を見れば己の非才さがよくわかる……英雄とはこういう人物を指すのだと痛感させられたものである」

「……なんというか、想像していたよりも凄かったんですね」


 レウルスからすればコルラードも十分に凄いのだが、そんなコルラードから見ても比較できないほどだと言う。

 レウルスが驚けば良いのか呆れれば良いのか迷っていると、ジルバが口を開いた。


「当時、ナタリアさんの噂話を聞いた覚えがありますよ。その武名はマタロイ国内の隅々にまで広がっていました」

「でしょうな。隊長殿指揮のもと、国中を駆けずり回っていましたし……ポラーシャとの小競り合いで駆り出された時は死ぬかと思いました」


 もっとも、死んだのは敵だけでしたが、とコルラードが付け足す。


 その言葉を聞いたレウルスは、己を背もたれにしているサラと顔を見合わせた。


「聞き間違いですかね……今、“敵だけ”が死んだって聞こえたんですが……」

「そう言ったからな。貴様も見たであろう? 風魔法を使って敵を……いや、何でもないのである」


 何か嫌なことでも思い出したのか、コルラードは顔色を青くしながら話を切る。それでも数回深呼吸をしたかと思うと、再び口を開いた。


「その戦いぶりから『風塵』などとあだ名されていたが、本人はあまり気に入ってはいなかったようでな……」

「……『風塵(ふうじん)』?」

「その風の前ではどんな相手でも塵の如し……隊長殿の魔法の腕を称賛してついたあだ名である」


 実際にどんな戦いぶりだったのかはわからないが、昔のナタリアは中々に“弾けていた”ようである。


(『風塵』……風か……)


 なるほど、と思うと同時に、レウルスは疑問を覚えた。


「そういうあだ名って、敵対する相手に手の内を伝えることにもなりそうですけど……大丈夫なんですかね?」


 レウルスが尋ねると、コルラードは何故か視線を逸らして遠くを見た。


「“その程度”で対策が取れるような技量なら、そういったあだ名がつくこともないのである……ああ、ないのだ……」

「そ、そうですか……」


 妙に実感がこもったコルラードの呟きだったが、レウルスはジルバの存在を思い出して視線を向ける。


「何か?」

「いえ、何でもないです」


 ジルバの顔を見て納得するレウルス。

 精霊教徒からは『膺懲』と、グレイゴ教徒からは『狂犬』とあだ名されるのがジルバである。有名になるのも考え物だな、とレウルスは思った。


「ナタリアって有名人だったのねぇ……あれ? そんなナタリアが隊長? を辞めちゃって大丈夫なの?」


 レウルスという名の背もたれにご満悦な様子のサラだったが、一応は話を聞いていたのか疑問を口にする。


「……その辺りは色々と事情があったのだ。吾輩も騎士になることができて第三魔法隊からは抜けたが、後任を探すのに苦労したり、それに伴う書類仕事や折衝が……うっ」


 当時のことを思い出したのか、コルラードは冷や汗を流しながら胃の辺りを押さえる。どうやら思い出すだけでも辛いようだ。


「薬、飲みますか?」


 レウルスはネディが用意してくれた水が入った水筒をコルラードへと差し出す。その瞳はとても優しげだった。


「だ、大丈夫だ……慣れているのである……」

(姐さん、一体何をやったんだろう……)


 思い出すだけでも胃に痛みが走るなど、並大抵のことではないだろう。レウルスがコルラードを労わっていると、当のコルラードは痛みが引いたのか額に浮いた冷や汗を拭う。


「ま、まあ、吾輩から話せるのはこんなところである。当時は色々と噂が飛び交っていたから、王都に住む者に聞いても似たような話を聞けるであろうよ」


 そう話すコルラードにレウルスは頷きを返す。時間潰しという目的もあったが、思ったよりも興味深い話を聞けた。


 同時に、コルラードがナタリアを恐れている理由についてもおおよそは聞くことができた。


(自分より遥かに若いのに、滅茶苦茶優秀で上司にもなる……か)


 それでも腐ることなく様々な技能を身に着け、実際に役立てることができている分、コルラードも大したものだとレウルスは思う。少なくとも自分にはできないとレウルスは思った。


「あら……面白い話をしているわね?」

「ひいっ!?」


 そして不意に響く、ナタリアの声。いつの間にか馬車の荷台から降りていたナタリアが姿を見せ、コルラードが悲鳴のような声を上げた。


「そろそろ不寝番を代わるわ。コルラード、交代しましょう」

「はい! 寝ます!」


 今までナタリアの話をしていたからか、コルラードは転げるようにして距離を取る。そして就寝用の厚手の布を羽織ると、そのまま地面に転がって動かなくなった。


「まったく……女性の過去を詮索するなんて、悪い子ね」

「……すいません」


 どうやら話を聞かれていたらしい。


 言葉とは裏腹に咎める様子はなく、苦笑を浮かべたナタリアにレウルスは頭を下げる。


 王都への旅は、順調だった。

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