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第317話:王都へ その2

 王都への旅は順調に進んでいく。


 ほとんど雨が降らない好天に恵まれ、きちんと整備された街道を進み、魔物や野盗の襲撃も起こらない。

 それによってレウルス達は道中で足止めされることもなく、予定よりも早いペースで進むことができていた。


 時折街道を巡回する兵士に出会うものの、ナタリアが名乗ると馬車の荷物を確認することもなく通される。中にはナタリアの顔を知っている兵士も存在し、下にも置かない態度で接してくる者もいるほどだ。


 これは王都への道中に存在する町や村でも変わりはなく、ナタリアが王都に召喚された旨を伝えながらラヴァルに来た使者から渡された手紙を見せると、通行税や身元保証金を取られることなく泊まることができた。

 それは同行しているレウルス達も同様で、これまでにないほど快適な旅だと断言できるほどである。


(これが姐さんの……準男爵の社会的地位の高さか)


 準男爵という地位もそうだが、かつて王都で一軍を率いていた影響はレウルスが想像していたよりも大きかった。


 王都の軍というよりもマタロイの国軍に所属していたナタリアだが、その立場から領主の軍とは反りが合わないと思っていた。しかし現役の頃には国中を駆け回っていたらしく、あちらこちらに知り合いが存在するのである。


 そんなナタリアの存在もあり、一度もレウルスが戦うこともなく旅が進んでいく。あまりにも平穏過ぎて拍子抜けするほどだった。それはエリザ達も同様で、周囲の警戒は欠かしていないがこれまでの旅と比べてリラックスしている。

 ジルバも普段通りという他ない様子で、実に平和だった。


「やっぱり、現役を退くと体が鈍るわね……」


 一週間ほど旅を続けていると、不意にナタリアが呟く。馬車の先を歩いていたレウルスはその呟きを拾い、馬車の傍を歩くナタリアを見るが、疲れた様子は微塵も見受けられない。


「疲れたようには全然見えないけど?」

「歩いているだけですもの。ただ、体力が落ちているのは感じるわ」


 疲れが見えないどころか汗の一つも掻いていないナタリアだが、本人としては体力の低下を感じているらしい。

 だが、ここ一年ほどで旅に慣れているはずのエリザの方が疲れているぐらいで、ナタリアが軍にいた頃はどれほどの体力があったのかと疑問に思うばかりだ。


「コルラードもそう思うでしょう?」


 過去に部下だったコルラードならば比較ができると思ったのか、ナタリアが馬車の御者を務めるコルラードへと話を振る。

 その言葉を受けたコルラードは一瞬手綱の操作を誤り、馬車を左右に揺らしてしまいながらも辛うじて答えた。


「はっ……あ、いえ……管理官としてラヴァル廃棄街を治めていたのなら、それも仕方のないことではないか、と……」

(コルラードさん……姐さんのことをどれだけ恐れてるんだ?)


 ナタリアが歩いているというのに、コルラードは御者台に乗って御者を務めている。その状況が引っかかっているのか、ナタリアの問いかけに答えるコルラードの表情は引きつっていた。


 旅を始めればすぐに慣れるだろうと思っていたレウルスだが、コルラードの反応は一向に変わらない。ナタリアが声をかける度に冷や汗を流すほどだ。

 ナタリアはそんなコルラードの反応にため息を吐くと、優しげに微笑む。


「以前から言おうと思っていたのだけれど、昔は昔、今は今でしょう? あなたもわたしも国王陛下の直臣で、今は上司と部下という関係でもない……何故そこまで固くなるのかしら?」

「そう申されましても……その……」


 馬車を揺らすことはないが、盛大に視線を泳がせるコルラード。ナタリアはそんなコルラードの反応に苦笑を深めた。


「ああ……これはわたしが悪かったわね。昔は昔と言いながら呼び捨てにするなんて、気が抜けていたのかしら。ねえ、コルラード殿?」

「は、はは……お気になさらず、ナタリア殿」


 コルラードは頬を引きつらせながら答えるが、傍目から見ていると今までと大して変わっていないだろう。


(うーん……姐さんとコルラードさんの関係が本当によくわからん……)


 ナタリアとコルラードのやり取りを聞いていたレウルスは内心で不思議がる。


 以前からナタリアに対するコルラードの反応は過剰なところがあったが、“騎士として”行動しているはずだというのに態度がほとんど変わっていないのだ。


「ほう……コルラードさんはナタリアさんの下で働かれていたのですか?」


 どんな関係なのやら、とレウルスが首を傾げていると、興味を惹かれたのかコルラードを挟んで馬車の左側を歩いていたジルバが会話に参加してくる。


 馬車の右側にナタリア、左側にジルバ、そして御者がコルラードである。左右をナタリアとジルバに挟まれたコルラードの顔色が目に見えて変化していることに気付いたレウルスは、馬車の後方で警戒していたミーアに視線を向けた。


「俺としても気になる話題ですけど、御者としてずっと揺られているってのもきつくないですか?」

「う、うむっ! そうであるな! 少しは歩いた方が健康的であるなっ!」

「ですよね……ミーア、悪いけど少し御者を代わってもらえるか?」


 ナタリアとジルバにも何か思惑があるのかもしれないが、日に日に顔色を悪くしているコルラードを見るとさすがのレウルスでも同情する。

 そのためレウルスが話を振ると、馬車の後方を歩いていたミーアだけでなく、サラとネディも駆け寄ってきた。


「うん、ボクは構わないよ?」

「わたしもお馬さんを操るわ!」

「……おうまさん」


 どうやらサラとネディは馬が気に入っているようだ。そんな三人の様子にレウルスが苦笑していると、並んで馬車の先を歩いていたエリザが口を開く。


「レウルスは御者に興味はないのかの?」

「正面から近づく分には大丈夫だけど、俺に背中を見せると馬が怯えてるような気がしてなぁ……」

「……それ、内心で馬が美味しそうとか思っているからじゃろ」

「いやいや、さすがにコルラードさんが用意した馬を食ったりはしないって」


 答えになっているようで答えになっていないことを口走っていると、ミーアが御者を代わって手綱を握る。前回の旅でしっかりと慣れたのか、その手綱捌きは中々堂に入ったものだった。


(そういえば、エリザが近くにいても馬が怯えるような素振りは見せないよな……)


 エリザの言葉を聞いたレウルスは、ふと疑問を覚える。


 下級の魔物程度ならば近づく前にエリザから逃げ出すが、馬は逃げ出すどころか怯える様子もない。むしろレウルスが近づいた時の方が怯えるほどだ。

 馬は魔物ではないからか、などとレウルスが考えていると、御者を代わったコルラードが馬車の後方に下がっていくのが見えた。その顔には安堵の色が広がっている。


(そこまで怖いものなんだろうか……)


 ナタリアとジルバに対するコルラードの態度もまた、軽く疑問を覚えるものだった。理由は聞いたことがあるが、さすがに度が過ぎてはいないだろうか。


「んー……んん?」


 そうしてレウルスが考えごとをしていると、ミーアと一緒に御者台へと登ったサラが声を上げる。その声色から用件を察したレウルスは周囲に視線を向けた。


「敵か?」

「多分……数は一つだから魔物だろうけど、逃げずにこっちに向かってきてる」

「ということは中級以上の魔物か……」


 下級の魔物と比べれば数が少ないはずだが、よく遭遇するものだとレウルスは苦笑する。

 もっとも、下級の魔物が近づいてこない以上、襲ってくるのは中級以上の魔物になるため感想としては間違っているのだろうが。


 警戒のために馬車が減速し、周囲を確認しながらゆっくりと進んでいく。サラの熱源を探知する能力によって魔物がどの方向にいるかもわかるが、探知できる範囲にいないだけで一匹だけとは限らないのだ。


「っと……あれか」


 レウルスはいつでも『龍斬』を抜けるようにしながら、遠目に魔物の姿を捉えた。四本の腕が生えた熊の魔物、オルゾーである。


「今夜は熊肉ね!」


 化け熊の姿を見つけたのだろう、サラが笑顔で言い放つ。

 成体になれば中級下位になる魔物だが、相手が悪いというしかないだろう。敵ではなく“獲物”として認識しているサラの発言も的外れではなく、戦えば負けはないだろう。


「あの大きさなら成体ね……サラのお嬢さんの言う通り、今夜は熊肉かしら」


 微塵も慌てた様子を見せず、ナタリアが呟く。いつの間にかその右手には煙管が握られていたが、それに気付いたレウルスは眉を寄せた。


「姐さん?」

「体力はともかく、感覚はそこまで鈍っているつもりはないのだけど……少しは錆落としを、なんて思ってね。せっかくの機会で“丁度良い”わ」


 そう言って一歩前に出るナタリアだが。“何をするつもりなのか”気付いたレウルスは場所を譲る。

 どうやらナタリアは戦うつもりらしい。


「……そういえば姐さんが戦うところって見たことがないな」


 距離さえ開いているならばジルバに勝てる自信があるとナタリアは言っていたが、実際に戦ったところは見たことがない。そのためレウルスは『龍斬』の柄から手を離し、静観の構えを取った。


「……大丈夫かのう?」

「自信もなく挑むことはないだろ……多分」


 エリザは心配そうな声を上げるが、レウルスはそれを軽く宥める。ジルバもコルラードも何も言わず、ナタリアの動きを見守っていた。


『…………!』


 化け熊はレウルス達を狙っていたわけではないらしく、今になって気付いたのか遠目にも戦意が膨れ上がった。

 エリザを見ても逃げ出さないということは、やはり中級下位の成体なのだろう。そんなことを考えつつも、レウルスはナタリアをじっと見る。


「あら……そんなに熱のこもった目で見られると照れるわね」


 そう言いつつ、ナタリアは何故か煙管を口に咥えた。そして魔法具を使って火を点けると、煙を吹かし始める。


「…………?」


 そんなナタリアの行動に、レウルスは小さく首を傾げた。しかしナタリアはそれに構わず、ゆったりとした動作で歩き出す。


 ナタリアが手に持った煙管から紫煙が立ち昇り、風に揺られて形を変える。


 レウルスはナタリアから僅かに魔力を感じ取り――次の瞬間には遠くにいた化け熊の首が刎ね飛んでいた。


「……は?」


 思わず、といった様子で声を絞り出すレウルス。


 あまりにも唐突に首を刎ねられた化け熊とそれを成したであろうナタリアを交互に見つめ、疑問を抱く。


(魔力が動いたってことは魔法だろうけど……前兆が全然わからなかったぞ……)


 目に見えなかったため、おそらくは風魔法だろうとレウルスは思う。しかし化け熊との距離は百メートル近く開いており、瞬時に首を刎ねるのは困難だと思われた。


「まあ、こんなものね。思ったよりも腕が錆びていなくて良かったわ」


 化け熊の首を刎ねたナタリアは、その結果を見届けてから当然のように言う。首を刎ねられた化け熊は既に絶命しており、音を立てて体が倒れ伏していた。


「――それで、感想は?」


 そう言って微笑むナタリア。レウルスはそんなナタリアに曖昧な笑みを返しながら、思う。


(なるほど……これはおっかない。コルラードさんの気持ちが少しわかったな……)


 微笑むナタリアには妖艶さすら漂っていたが、自身の頬が自然と引きつるのを感じるレウルスだった。

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