第316話:王都へ その1
王都へと旅立つ日。
レウルス達はその日は普段よりも早起きし、日が昇るよりも先に冒険者組合に集合する予定だった。
だが、冒険者組合に向かう前に、レウルスはドミニクの料理店へと足を運んでいた。そしてドミニクとコロナに出立の挨拶を行う。
「それじゃあ行ってくるよ」
「はい……今回も無事に帰ってきてくださいね?」
「ナタリアやジルバが一緒なら大丈夫だろうが、油断はするなよ」
コロナはその瞳に心配の色を宿しながら、ドミニクは腕組みをしながら、レウルス達の身を案じる言葉を口にする。
「魔物を退治しに行くわけでもないし、危険なことはないですって……多分」
レウルスは苦笑しつつ、懐に手を入れた。そして自宅の鍵を取り出すと、コロナに手渡す。
「コロナちゃんにはまた迷惑をかけるけど……」
「好きでやっているから大丈夫ですよ? レウルスさん達がいない間はわたしがお家を綺麗にしておきますね」
「ありがとう。今回は行き先が王都だし、土産には期待していてくれ」
毎度のことで申し訳なく思うレウルスだが、コロナ以外に鍵を託す相手もいない。
エステルに金を渡し、教会の子ども達の仕事として斡旋しても良かったが、“故郷”に帰ってきた時に自宅の鍵を受け取る相手としてはコロナ以上の者はいない。
ドミニクにお願いしても良いが、一度鍵を託そうとした際にコロナに寂しそうな顔をされてしまったのだ。
そのためコロナに鍵を手渡したレウルスだったが、コロナは鍵を胸の前で握り締めながら儚い笑みを浮かべる。
「レウルスさんが……レウルスさん達が無事に帰ってきてくれる以上のお土産はありませんよ?」
「そう言われたら絶対に無事に帰ってこないとな……」
レウルスがそう言うと、コロナは微笑んだままで右手の小指を差し出した。それを見たレウルスは穏やかに笑い、自身の小指を絡める。
「約束、です」
「ああ、約束だ」
そう言って笑い合うレウルスとコロナ。すると、それを見ていたドミニクがわざとらしく咳払いをする。
「ごほんっ! まあ、なんだ……そろそろ組合に行った方がいいんじゃないか?」
「っと、それもそうですね……では、行ってきます」
ドミニクに促され、レウルスは空を見上げた。日が昇るにはまだ時間がかかるが、極力“人目につかないよう”出立する予定なのだ。
レウルスは名残惜しく思いながらも、コロナとドミニクに背を向ける。そして離れたところで待っていたエリザ達と合流した。
エリザ達もコロナやドミニクに挨拶をすれば良いのに、と思うレウルスだったが、何故か遠慮したのである。もっとも、昨晩食事をしに行った際に軽く話をしてあるため、改めて挨拶をする必要がないのかもしれないが。
エリザ達と合流したレウルスは、その足で冒険者組合へと向かう。日が昇れば賑わい出す大通りには人気がなく、民家にも明かりが灯っていない。
秋の涼しさもあり、どことなく寂しい空気が漂っているように感じられるが、レウルスにとっては慣れ親しんだラヴァル廃棄街の町並みがそこにはあった。
そうしてほぼ無人の大通りを進むことしばし。夜間の警戒を担当する冒険者と時折挨拶しながらすれ違いつつ、レウルス達は冒険者組合へと辿り着く。
すると、冒険者組合の前には前回の旅でも世話になった荷車と、三人の人影があった。
一人はジルバで、黒い修道服姿で革製のリュックを背負っている。ジルバにとっては早起きも旅も慣れたものらしく、普段通り笑顔で――それでいて隙の欠片も見えない立ち方でレウルス達を迎えた。
一人は冒険者組合の組合長であるバルトロだ。武装はしておらず、ズボンにシャツという非常にラフな格好だった。
そして最後の一人はナタリアで――。
「おはよう……どうかしたのかしら?」
挨拶の声をかけてきたナタリアだったが、レウルス達は無言でナタリアを注視する。ナタリアはレウルス達の視線が集まっていることに首を傾げたが、レウルス達としても思わず困惑してしまっていた。
「どうかしたって……姐さん、その格好は……」
「……? 旅装だけど、何かおかしいところがあるかしら?」
そう言って視線を自分の体に落とすナタリアだが、たしかにおかしなところはない。
布地の良さが見て取れるものの、ナタリアが着ていたのは女性の冒険者が選ぶような長袖のシャツに長ズボンである。鎧などの防具は身に着けていないが、履き慣れていると思しき革靴を履き、更に厚手の外套を羽織っていた。
普段は真っすぐに垂らしている紫の髪も、レウルス相手に料理を振舞う時のようにポニーテールの形にまとめている。
「おかしくは……ない、よね……うん」
「そう、じゃな……おかしくはない……はずじゃ……」
ナタリアの姿を見たミーアとエリザが顔を見合わせ、自信がなさそうに言葉を交わし合う。
「正直に言うと誰かと思った!」
「……うん」
そんなミーアとエリザとは対照的に、サラは笑顔で直球を投げつけていた。ネディは真顔で頷いている。
レウルスとしても、エリザ達の反応は理解できる。“普段”の格好と違い過ぎて脳が処理しきれていないのだ。
「あのねぇ……旅をするのにいつもみたいな格好をするわけないでしょう?」
「そりゃそうなんだけど……」
ナタリアが呆れたように言うが、レウルスには曖昧に頷くことしかできない。
(姐さんといえばあの黒いドレスっぽい服ってイメージがあったからな……だからこそ料理をする時の格好はギャップがあって良かったんだが……)
これはギャップという範疇を超えている。そう思いながらもレウルスは頭を振り、意識を切り替えた。
「えーっと……組合長がここにいるのは……」
「見送りだ」
バルトロは短く、簡潔に答える。しかしどことなく落ち着きがない様子で、腕組みをしながらも自身の二の腕を指で叩いていた。
「その割には様子がおかしい気がするんですが?」
「……ナタリアが帰るまで、冒険者組合の運営や町の治安維持をしなきゃいけねえんだ。緊張もする」
管理官であるナタリアが留守にする間、バルトロが代理でラヴァル廃棄街の運営を行うようだ。それはたしかに緊張してもおかしくはない、とレウルスも納得する。
「全員揃ったし、出発してコルラードと合流しましょうか……組合長、“あとのこと”はよろしくお願いするわね?」
「任せておけ。最低限、下地は整えておく」
そんな言葉を交わし合い、レウルス達はラヴァル廃棄街の北門へと向かって進み出す。コルラードは馬と一緒に町の外で待機しており、合流するまでは人力で荷車を曳く必要があったため、レウルスが曳いていく。
荷車には食料や旅具などが積み込まれているため相応に重いが、カルヴァンによって改造された荷車は一度動き出せばスムーズに移動させることができた。
「……さっきのは?」
自分達で用意した着替えや旅具を荷車に放り込み、ラヴァル廃棄街の北門へと向かいながらレウルスが尋ねる。それはバルトロとのやり取りに関することだったが、馬車の先を歩くナタリアは事も無げに答えた。
「独立に関して、それとなく話を広めるための準備をお願いしてるのよ。“わたしの立場”を知っている人以外で、ラヴァル廃棄街の中でも影響力がある人達に話を通しておくの」
どうやら王都から戻ってきた後のことに関して手を打っていたらしい。
ラヴァル廃棄街の住民達の間に身分の差は存在しないが、それでも年齢や職場での上下関係は存在する。レウルスの知り合いで言うなら、ラヴァル廃棄街の顔役の一人であるドミニクなどがそれに当たるだろう。
ただし、ドミニクはナタリアの立場を知っており、レウルス達が今回王都に向かうことも知っている。今回ラヴァル廃棄街を離れている間にバルトロが話を通すのは、もう少し“下”の立場の人間になるだろう。
「ただ、この町に長く住んでいる人ならそれとなく察しているでしょうね」
もっとも、それも本当に必要があることかといえば否だとナタリアは言う。ラヴァル廃棄街が独立する前準備として、心構えをしておくよう促す程度に落ち着くだろうと。
「わたし達にできることは、王都まで行って無事に帰ってくること……そうすればようやく“夢の始まり”に手が届くわ」
まずは王都に行き、独立の許可を得る。そして実際に町を興すための土地を確保する。
他にもレウルスが精霊教の教会に顔を出すなど用件はいくつかあるが、それらを大過なく乗り切り、無事にラヴァル廃棄街まで戻ってくる必要があるのだ。
「横で話を聞いてると、無事に帰ってくるのが難しく聞こえるんだけど……」
レウルスとナタリアの会話を聞いていたミーアが不安そうに呟く。すると、ナタリアは苦笑を浮かべながら手を振った。
「王都に近付くにつれて治安も良くなるでしょうし、旅自体に不安はないわ。それに、何かあるとすれば王都で人と会うことぐらいでしょうけど……それはあなた達ではなくわたしが対応することだから安心してちょうだい」
ナタリアがそう言うと、ミーアは安堵したように頷く。
実際のところ、ナタリアが言う通り王都までの旅で不安に思うべき点は何もない。ラヴァル廃棄街の管理官にして準男爵であるナタリアに加え、ジルバまで同行しているのだ。
戦力的な意味でも、身分的な意味でも問題は起こり得ないだろう。
レウルス達はそうやって言葉を交わしつつ、ラヴァル廃棄街を後にする。そしてラヴァルの空堀に沿って進んでいくと、遠くにコルラードの姿が見えた。
今回は行き先が王都だからか、前回の旅と違って金属鎧を身に着けている。おそらくはナタリアに同行する関係上、騎士としての振る舞いが求められているのだろう。
全身を覆う金属鎧と手に持った槍、腰に差した剣。二頭の馬の手綱を握りながら立つ姿は、実に騎士らしい。
「おはよう、コルラード。今回はよろしくお願いするわね?」
「おはようございますコルラードさん。頼りにさせていただきます」
「は……ははっ!」
だが、にこやかに挨拶をするナタリアとジルバを前にしたコルラードは、傍目から見てもすぐにわかるほど顔色を悪くしていた。
コルラードは槍を握って直立不動の体勢を取っているが、もしかすると槍の石突を地面に突き刺して体が崩れ落ちるのを防いでいるのかもしれない。
「おはようございます……大丈夫ですか?」
挨拶ついでにレウルスが声をかけると、コルラードはゼンマイ仕掛けの人形のようなぎこちない動きで視線を向けてくる。
「これも仕事なのだ……だから、大丈夫なのである……」
(……本当に大丈夫かな?)
旅の道程や王都でのことよりも、コルラードの心配が先に立つレウルスだった。




