第313話:新たな剣
翌日、普段よりも早めに準備を整えたレウルスは、昨晩ミーアに言われた通りカルヴァンのもとへと向かっていた。
エリザ達は普段通り冒険者組合に向かい、農作業者の護衛依頼を受ける予定である。時間次第だが、レウルスは剣を受け取ってから合流するつもりだった。
レウルスは自宅から冒険者組合へ向かう途中で大通りから外れると、町の南側へと移動する。
カルヴァンが寝泊りしている場所はラヴァル廃棄街でも端の方にあるが、これは鍛冶を行う際の騒音を考慮したためである。元々ラヴァル廃棄街に住んでいた鍛冶師達の工房が存在していたが、今では工房に転がり込んだカルヴァンこそが鍛冶場の主のようになっていた。
工房の広さは冒険者組合と同じ程度に広いが、その違いは建物の壁の厚さだろう。極力周囲に迷惑がかからないよう防音性を意識した造りになっているのだ。
もっとも、元々はその防音性も大したことがなかったらしく、カルヴァン達ドワーフの手によって大部分が改良されている。それにより、日中に作業する程度なら近所から苦情が入ることもなくなったらしい。
工房に到着したレウルスが足を踏み入れると、鍛冶の準備をしていたのか、あるいは待っていたのか、カルヴァンの姿があった。
「おう、レウルスか」
「おはよう、おっちゃん。ミーアから剣を見に来いって聞いたんだけど……」
そう言いながら周囲を見回すが、他の鍛冶師の姿はない。カルヴァンが外させたのか、作業を始める時間よりも早いのか。
「ああ……形にはなったんだが……」
普段は豪快なカルヴァンらしからぬ、どこか迷うような声色である。そんなカルヴァンの様子にレウルスは眉を寄せた。
「だが?」
「……実際に使ってみた方が早いな。コイツだ」
そう言って鞘に収められた剣を手渡してくるカルヴァン。レウルスはカルヴァンの態度に疑問を覚えつつも、剣を受け取る。
『首狩り』の素材を渡して既に二ヶ月近くが経過しているのだ。『龍斬』の時でさえそれほどの時間はかけておらず、一体どのような剣に仕上がったのかと内心ではワクワクとした感情を覚えるレウルスである。
「ん? 気のせいか、軽いような……」
最初に気になったのは、剣の軽さだった。鞘に収められている状態だというのに、予想したよりも軽く感じられたのである。
「細身の剣なのか? それとも鞘の長さより短い?」
「……魔力を通しながら抜いてみてくれ。ただし、気をしっかりと持てよ」
実際に見た方が早いということだろう。だが、カルヴァンの発言が途中からおかしい気もした。
それでもレウルスは剣の柄に手をかけると、『龍斬』を抜く時のように魔力を通しつつ、ゆっくりと引き抜いていく。
「おお……これは……」
剣を引き抜くレウルスの視界の大部分に映ったのは、黒い刀身である。真っ黒というわけではなく、濡羽色とでも評すべき色合いだった。それでいて刃はしっかりと磨かれ、白銀の煌めきが目に眩しい。
剣を鞘から完全に抜いたレウルスは、切っ先から柄頭までじっくりと眺めていく。
刀身の長さは六十センチ程度とやや短いが、希望通り短剣よりは長い。僅かに反りがあって斬りやすそうで、剣の厚みも通常の剣と比べると僅かに薄かった。
柄の長さも短く、辛うじて両手で握れるかどうかという長さである。レウルスはカルヴァンから距離を取り、右手で握って試しに二度、三度と剣を振るってみるが、刀身の短さと軽さから取り回しが容易そうだ。
剣の“重心”もレウルス好みのもので、実際に振るってみても違和感がない。『龍斬』を振るうのとはまた違った手応えがあった。
「レウルス」
名前を呼ばれてレウルスが視線を向けると、カルヴァンが棒状の何かを投げてくる。それを見たレウルスは即座に剣を振るい、飛んできた物体へ刃を叩きつけた。
「……ん?」
想像よりも遥かに少ない手応えに、レウルスは思わず声を漏らす。目測を誤って空振りしてしまったのかと思ったが、カルヴァンが投げてきた物体は真っ二つに切れて床に落ち、甲高い音を立てていた。
「って、おい……これ鉄か? 物騒なもんを投げるなよ……あれ?」
カルヴァンが投げてきたのは、一センチ近い幅がある鉄の棒である。それを容易く両断できたことにレウルスは疑問を抱き、右手の剣に視線を落とした。
「なんだこの剣……今、斬った手応えがおかしかったような……」
鉄を斬ったにしては軽すぎる手応えである。そもそも、固定されていない鉄の棒を空中で両断するなど、並大抵のことではない。
そのことに気付かないレウルスに、カルヴァンは深々とため息を吐いた。
「この二ヶ月で色々と試してみたんだがな……そいつは切れ味に特化した形になった。頑丈さもお前の大剣には劣るだろうが、“それなり”にある。少なくともお前が振り回しても折れることはねえだろ」
そう言いながらも、カルヴァンの表情はどことなく不満そうである。それに気付いたレウルスが不思議そうな顔をすると、カルヴァンはレウルスから少しずつ距離を取り始めた。
「ところで、だ……何か違和感はねえか?」
「違和感?」
距離を取るだけでなく、カルヴァンは何故か戦闘用の巨大な鎚を手に取る。そしてレウルスの動きを警戒するように目を細めた。
「……おっちゃんの態度がおかしい?」
「そういう話じゃねえんだが……その調子なら問題はなさそうだな」
カルヴァンは大きく息を吐くと、少しずつレウルスに近づいてくる。
「問題はなさそうって……何か問題が起こる可能性があったのか?」
疑問を抱きつつも、レウルスはひとまず剣を鞘に収めることにした。すると、カルヴァンが明らかに安堵の息を吐く。
「ふぅ……人を斬りたくなったとか、何でも良いから斬りたくなったとか、そういうことを言い出さなくて良かったぜ……」
「……え? おい、待ってくれ……なんだその不穏な発言は」
思わず真顔で尋ねるレウルス。カルヴァンの発言からは、明らかに危険な匂いがした。そのことを指摘すると、カルヴァンはそっと目を逸らす。
「いや、まあ、なんだ……その剣を研いでいる時、不意に試し切りをしたくなってな……“何でも良いから”斬ってしまいたくなるような、そんな欲が湧いてな……」
「……おっちゃん? それって明らかにヤバいよな?」
レウルスは鞘に収めた剣に視線を向けるが、カルヴァンの言うような欲は湧いてこない。それでも、物騒な代物を作り上げたカルヴァンに対して少しだけ非難するような視線を向けた。
「そうは言うけどよぉ! 切れ味だけは本当にすごいんだぞ!? 使い手を選びすぎるって点じゃあお前の大剣と大差ねえんだよ!」
そして己の主張を展開するカルヴァン。鍛冶師としては良い仕事をできたと断言できるが、完成したのが妖刀魔剣の類では笑えない。
「それならせめて事前に言えよ!? おっちゃんを斬っちまったらどうするんだよ!?」
「俺が自分で作った剣だ! その時は大人しく斬られてやらぁっ! こういう武器はな、“気を張ってない状態”でも使えるか確認しないといけないんだよ!」
「俺におっちゃんを斬らせんなって話だよ! あと、この剣からは何も感じねえよ!」
万が一の際には剣を作った責任としてカルヴァンも素直に斬られるつもりだったようだが、レウルスとしてはそれ以前に渡すなと言いたかった。
レウルスには理解できないが、自分の作った武器になら斬られても良いという職人の矜持でもあるのかもしれない。
レウルスはひとしきりカルヴァンと言い争うと、深々とため息を吐く。
「ええ……これ、持っていて大丈夫か? いきなり人を斬りたくなったりしない?」
「剣に“振るわれる”ようじゃあ剣士として三流も良いところだろ」
「格好良い言葉に聞こえるけど、それって“剣の能力”を考慮してないよな?」
カルヴァンの言葉に再度ため息を吐きつつ、レウルスは剣を抜いてみた。
その切れ味は大したもので、『龍斬』に匹敵するかもしれない。だが、『龍斬』とこの剣では“方向性”が異なるだろう。
『龍斬』も切れ味が凄まじいが、その頑丈さと重量で相手を押し潰す面がある。
そんな『龍斬』と比べ、『首狩り』の素材を使って作られた剣はただ純粋に斬れる。実際に斬ったわけではないが、『首狩り』の爪のように防具ごと敵を両断することも可能だろう。
(でも、それって『龍斬』でもできることなんだよなぁ……)
これまで使っていた短剣よりは頼りになりそうだが、レウルスにとって最高の武器が『龍斬』だという点に変わりはない。
「これって『首狩り』の素材だけで作ったのか?」
「いや、お前の大剣と同じように俺が精錬した鉄を主材に使ってある。ただ、他の金属を混ぜたり、配分を変えたりしたからなぁ……」
火龍のヴァーニルと『首狩り』を比べた場合、明らかに前者の方が強いだろう。それだというのに切れ味だけでも『龍斬』に匹敵する武器が出来上がったのは、カルヴァンの腕の成せる業か。
「いざという時に片手で振れるし、狭いところでも使いやすそうだな……防御用の剣って考えると便利そうだ」
これまで通り主に『龍斬』を使い、この剣は補助として使うことになるだろう。『龍斬』と短剣の中間の間合いを埋めるには丁度良い長さである。
「そいつは攻撃向きの剣だぞ? 『首狩り』の特性なのか、大剣よりも魔力が通りやすくてな……ここで試し斬りをするなよ? あと、試しちゃいねえが大剣と同じように火炎を纏わせても大丈夫なはずだ。これは後で確認しておいてくれ」
「なるほど……『龍斬』を切れ味はそのままに小型化した感じなんだな。ただ、小さくなってる分頑丈さでは劣る……あと、うっかり人を斬りたくなると」
「……剣が小さい分、『魔法文字』も『強化』ぐらいしか刻めなくてな。“盗難防止”の機能はついてないから盗まれるなよ? 一応、鞘の方に小細工はしてるが、抜き身で盗まれるとどうにもならねえぞ」
そう言われて鞘に視線を落とすレウルスだが、『龍斬』と同じように魔力を通さなければ剣が抜けない仕組みに関して言っているのだろう。
うっかり人を斬りたくなる、の部分にはカルヴァンも触れなかった。レウルスの態度には微塵も嘘が見受けられず、剣の“影響”を受けているようには見えなかったのだ。
「とりあえず、今日の依頼で試してみるよ。お代は?」
「初めて『首狩り』の素材を扱えたしな……大金貨一枚でどうだ?」
「さすがに今は手持ちがないな……あとで持ってくるよ」
剣の制作に二ヶ月をかけたカルヴァンだが、技術料や『首狩り』の素材以外の代金を考えると大金貨一枚は安いだろう。
もちろん、その二ヶ月常に剣を鍛えることに時間を割いていたわけではない。他にも仕事があり、レウルスからの依頼は並行で進める形になっていた。
また、『龍斬』の時と違ってレウルスの反応が薄いというのも、カルヴァンの職人としての矜持を刺激していた。
――もしもの話ではあるが。
もしもレウルスが『龍斬』を持っていなければ、今回作られた剣を心の底から気に入ったかもしれない。
しかし、レウルスには『龍斬』という“最高の剣”が存在した。心底から惚れ込み、この剣を振るって勝てないのならば仕方がないと思えるほどの愛剣が存在したのだ。
それでも注文通りの武器が仕上がったことにレウルスは満足し、カルヴァンの工房を後にする。
「おはようございます、レウルスさん。少しお時間をいただいてもよろしいですかな?」
そして、冒険者組合に向かう途中で真剣な表情を浮かべたジルバに声をかけられたのだった。
『龍斬』:切れ味◎、頑丈さ◎、外見◎、思い入れ◎、特殊性○
今回の剣:切れ味◎、頑丈さ○、外見○、思い入れ×、特殊性◎
単純に相手が悪かった……そんなお話。