第312話:多分
「なんじゃこの騒ぎは……」
「え、なに? サラちゃんどうしたの?」
盛大に泣き喚くサラの声が聞こえたのか、自室にいたエリザとミーアも居間へと降りてくる。それに気付いたサラは援軍が来たと言わんばかりにエリザとミーアに抱き着いた。
「デヴルズがびどいごどいっだのっ!」
「濁音が多すぎてよくわからぬ……」
「デヴルズ……誰? あっ、レウルス君?」
だが、サラを抱き留めたエリザとミーアはいたって普通に対応する。
何かがあったのは理解できるが、サラの言うことを鵜呑みにしてもなぁ、などとある意味で“信頼感”があった。
そんなサラとミーアの反応が不満だったのか、サラは顔を上げてレウルスを指さす。
「レウルスが……レウルスがっ! わたしからネディに乗り換えるって!」
「乗り換える……どういうことじゃろうな?」
「さあ……」
必死にアピールをするサラだが、エリザとミーアの反応は相変わらず薄い。それでもレウルスに視線を向け、首を傾げてみせた。
「……と、サラは言っておるが?」
とりあえずエリザが尋ねると、レウルスは苦笑しながら首を横に振る。
「なんでサラがそんな反応をしたのか俺もよくわからないんだが……」
そして、ひとまず王都に行くことも含め、ナタリアから聞いた話を伝えることにしたのだった。
「どんな用件で呼ばれたかと思えば……なんじゃな、ナタリアも大変じゃな」
それなりに長くなりそうだからと居間の椅子に座り、レウルスが一通り話し終えると、エリザが腕組みをしながら唸るように言う。
「独立かぁ……ボクはそっちの方が興味があるかな? ボク達ドワーフでも一緒に住んで良いのかな……」
ミーアは王都行きよりもラヴァル廃棄街が独立することに関して興味を抱いたようで、どこかそわそわとした様子だった。
「姐さんの口振りじゃあ、一緒に住むどころかできる限り力を貸してほしいって感じだったからな……ああ、あとこれは当分内緒だからな?」
しゃくりあげるサラを膝の上に乗せ、あやしながらレウルスが捕捉する。先ほどまでは濁音混じりで盛大に泣き喚いていたサラだが、落ち着きを取り戻したのか今は大人しくなっていた。
「それで、だ……サラとネディについて情報が出回り始めているみたいでな。精霊教に入信する必要もありそうなんだ」
「ふむ……それでネディに『契約』を交わせるか確認したら、サラがああなった……と」
話を聞き終えたエリザは、レウルスの膝の上に座っているサラへジト目を向ける。
「迷惑な奴じゃなぁ……あんなに騒いでおったら近所迷惑になるじゃろ」
「でも、どうしてそれでサラちゃんからネディちゃんに“乗り換える”って話になったの?」
騒がしい妹を咎める姉のような口調で話すエリザと、サラに対して疑問をぶつけるミーア。
サラはその問いかけを受け――首を傾げた。
「……なんでだろ?」
「…………」
不思議そうにしているサラに対し、ネディが無言でどことなく冷たい眼差しを向ける。
「サラ……お前、意味もなくあんなに騒いだのか?」
エリザの言う通り近所迷惑になりそうな騒ぎ振りだった。そのためここはしっかりと怒るべきだとレウルスが眉を寄せると、サラは焦ったようにレウルスの膝から飛び降りる。
「ち、違うのよっ!? レウルスの話を聞いたら、“なんとなく”そんな気がしたのっ!」
「……?」
言い訳にもなっていない言葉だったが、レウルスは怒ることはせずに首を傾げた。
(勘……みたいなものが騒いだのか? 俺がネディと『契約』を交わしたら、サラとの『契約』が切れる……とか?)
そんなことを考えながらレウルスはネディに視線を向けてみるが、ネディはサラをじっと見ているだけで何も答えない。
(姐さんも精霊は希少な存在だって言ってたし、複数の精霊に会って、二重に『契約』を交わすような機会は滅多にないんだろうけど……)
そもそも、レウルスは既にエリザとサラの二人を相手に『契約』を交わしているのだ。そこにネディが加わったとして、何か問題が起こるものなのか。
「俺はエリザとサラ、二人と『契約』を交わしているんだが……もしかして『契約』できる数に上限でもあるのか?」
「……あれ? そういえばそう……だよ、ね?」
レウルスが疑問を口にすると、サラは再び不思議そうな顔をしながら首を傾げた。
「うーん……二人と『契約』を交わしているっていっても、吸血種と精霊っていう違いがあるよね? 二人目の精霊と『契約』を交わすとまずいとか?」
話を聞いていたミーアも疑問を覚えた様子で尋ねるが、明確な答えを持っている者はいない。レウルスが自分以外に『契約』を交わしている者を見たことがないというのも理由の一つだが、『契約』という現象自体、そこまで深く気にしたことがなかった。
「エリザ、その辺りはどうなんだ?」
そのため、レウルスは最初に『契約』を交わしたエリザに話を振る。
「どう、と言われても困るのじゃ……ワシもおばあ様から『契約』の交わし方を教わったぐらいで、詳しくは……」
エリザは自身で話した通り、困ったように眉を寄せていた。
「一応、『契約』は魔法の一種で、補助魔法の延長線上に存在する……とは聞いたことがあるのじゃ。ワシはほら、吸血種じゃし……おばあ様からは、その……『契約』を交わす相手は……えっと……」
そう話しつつ、何故かレウルスをチラチラと見ながら顔を赤くするエリザ。
「エリザちゃん?」
「な、なんでもないわいっ!」
「そ、そう?」
一体何事かとミーアが尋ねると、エリザは噛みつくように答えた。そのためミーアは引き下がり、話を戻す。
「魔法の一種っていっても、『契約』を交わせるのって割と少ないよね? ボク……ううん、ドワーフが誰かと『契約』を交わしたなんて話は聞かないし、『契約』を交わせるのは精霊や龍種ぐらいって聞いてたんだけど」
「……こんなことならヴァーニルにでも話を聞いておけば良かったか」
あるいは千年以上生きているユニコーン、アクシスならば何か知っていたかもしれない。
(そういえば、ジルバさんが吸血種について何か言ってたよな……人に近く、魔物に近く、精霊にも近い……だっけ? 精霊に近いから『契約』を交わせたとか……)
そんなことを思考するレウルスだったが、本題から逸れているため思考を正す。
「ネディとも『契約』を交わすかどうかは、もっと情報を集めてからにするか……というか、ネディが俺と『契約』を交わしても良いって思ってくれるかが問題だったな」
色々と疑問が出てきたが、元はネディに『契約』を交わしてもらえるかの確認をしていたのだ。
レウルスは無言で椅子に座るネディへ視線を向けると、真剣な表情を浮かべる。
「ネディ……これは強制じゃないし、少しでも思うところがあるなら断ってくれて構わない。ただ、王都に行ったら『契約』を交わしている振りだけはしてもらう必要がある……わかってくれるか?」
ネディをラヴァル廃棄街に置いていく――などという選択肢はない。
噂が出回っている以上、ネディを残したままでラヴァル廃棄街を旅立てるはずもないのだ。ないと思いたいが、グレイゴ教徒が噂を聞きつけてやってくる可能性もある。
(カンナとローランの口振りじゃあ、ネディは狙われないみたいだが……向こうも一枚岩じゃないみたいだしな)
今回の王都行きではナタリアやジルバ、コルラードも同行するのだ。ナタリアに関しては実際に戦うところを見たことがないが、ナタリアが自身の力量に関して嘘を吐く必要性も見当たらない。
相性にもよるだろうが、ジルバと同じぐらいに腕が立つと見て良いだろう。
「……うん」
そうやって真剣に頼み込むレウルスをどう思ったのか、ネディは小さく頷いた。
「……『契約』、交わす?」
だが、続いて出てきた言葉にレウルスは目を見開く。泣いて騒いだサラと異なり、ネディはごく自然と、普段と変わらない様子で『契約』を交わすか尋ねてきたのだ。
「それは……大丈夫なのか?」
「“レウルスなら”大丈夫だと思う……多分」
「多分?」
「多分」
こくこく、と何度も頷くネディだが、多分という一言がレウルスを迷わせる。
(もしもサラが言っていた通り、『契約』が“乗り換える”ような形になったらまずい……よな?)
サラがレウルスと『契約』を交わした際に言っていたが、レウルスが死ねばサラも死んでしまうのだ。元々サラはレウルスの魔力を使って顕現しており、『契約』が解消された際にどうなるのか不透明である。
「ちなみに、俺なら大丈夫だっていうのは?」
「…………?」
「いや、そこで首を傾げられても困るんだが……」
可愛らしく首を傾げるネディにレウルスがツッコミを入れるが、答えは返ってこない。
初めて会った時と比べれば感情らしきものが垣間見えるようになったネディだが、時折このような反応を見せることがある。
こういう状態で追及しても意味がないことを理解しているレウルスは小さく息を吐き、とりあえずといった様子でサラに視線を向けた。
「そういうわけで、乗り換える云々って話じゃないんだ……わかったな?」
「うんっ! わかった!」
満面の笑顔で頷くサラだが、そんなサラを見てエリザが椅子から立ち上がる。
「騒いだ理由はわかったが、とりあえずお説教じゃな……夜中にあれほど騒げば近所迷惑になるからのう」
「えっ? でも、エリザにも関係あるかもしれないでしょ?」
「ん……何がじゃ?」
説教をしようとするエリザに対し、サラは真顔で言う。
「ほら、エリザが最初に『契約』を交わしていたからわたしってこういう格好で顕現したじゃない? そこにネディが加わったら、『契約』を通してわたしの体が変化するかもしれないし、エリザにも影響があるかもしれないでしょ」
「……具体的には?」
「胸が大きく」
「シャアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!」
サラの言葉を遮って飛び掛かるエリザだが、レウルスもミーアもそれを止めなかった。近所迷惑になるかもしれないが、さすがにサラを擁護することはできなかったのである。
「あ、そういえばさっき父ちゃんが来たよ。剣が形になったから、明日辺り顔を出せって言ってた」
「アレかぁ……王都に『龍斬』を持ち込んで良いかわからなかったし、丁度良いっちゃ丁度良いな」
“姉妹喧嘩”を始めたエリザとサラを他所に、レウルスはカルヴァンからの言伝をミーアから受け取った。
依頼が終わってから顔を出すか、依頼を受ける前に顔を出すか。すぐに使えるのならば、依頼を受ける前に出来上がった剣を受け取ってもいいかもしれない。
「…………」
そうやって話すレウルスとミーア、そして取っ組み合いをしているエリザとサラを見ながら、ネディは無言ながら小さく笑うのだった。




