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第311話:使者 その4

 ナタリアから聞いた話は、正直なところレウルスとしても全てを理解できたとはいえない。あまりにも話の規模が大きすぎて、全てを理解するには前提となる知識が足りないからだ。


 ナタリアはレウルスが疑問に思ったことにも答えてくれるが、ナタリアが踏み込もうとしている“貴族の世界”に関しては今一つ実感が湧かない。

 それでもナタリアが真剣に、レウルスだけでなくサラやネディのことまで守ろうとしていることは理解できる。


 もちろん、ナタリアにも様々な思惑があるのだろう。

 レウルスだけでなく、精霊であるサラやネディがいれば戦力としても非常に大きい。それに加えて、サラとネディがいれば精霊教の助力を得ることも容易なのだ。


(そういった利点込みでも、厄介さの方が上回りそうな気もするけどな……)


 そう思うレウルスだが、ナタリアがメリットとデメリットの両方を予測していないはずもない。レウルスには判断ができないが、ナタリアからすると十分にメリットの方が勝っている可能性もある。


 そんなことを考えつつも、レウルスはナタリアの手料理を平らげていく。せっかくナタリアが作ってくれたものなのだ。


 話題が話題なだけに食事の味もわからなくなりそうだが、幸いなことにレウルスの舌は正常で、美味い料理であることをしっかりと伝えてくる。


「…………」


 考え事をしながら料理を食べるレウルスだったが、それをナタリアが無言で見つめていた。レウルスと比べればゆっくりと食事を進めつつ、レウルスの反応を窺っているようである。


「……あなたにも、色々と思うところがあるでしょうね」

「ん……ああ、まあ、そうだな」


 そしてぽつりと呟かれた言葉に、レウルスは曖昧な言葉を返した。


 ――思うところは、もちろんある。


 だが、それはおそらく、ナタリアが気にしているものとは異なるだろう。


「姐さんが大変な立場にいるっていうのと……あとは、そうだな。なんというか……」


 ナタリアが作ってくれた料理を端から全て平らげたレウルスは、ワインではなく水で喉を潤す。そして数秒言葉を探し、椅子の背もたれに体を預けて天井を見上げた。


「俺も妙な立場になったなぁ……なんて……」


 自画自賛になるかもしれないが、既に冒険者という枠組みから大きく外れてしまっているとレウルスは思う。


 それが良いことなのか、あるいは悪いことなのか。その判断ができるのは、いつになるか。


 ナタリアが目指しているラヴァル廃棄街の独立に関しては、基本的に賛成である。マタロイ国内だけでなく、他国にまで旅をした身としてレウルスはそう思う。


 廃棄街ではなく、他の町――ナタリアが言うところの貴族が管理している町は、いくらか差があるものの平和だった。

 今でこそラヴァル廃棄街も平和になりつつあるが、それが危ういバランスの上に成り立っていることはレウルスも理解している。


(あまり考えたくないが……俺やエリザ達が死ぬと、この町は以前に逆戻りするかもな。ジルバさんやカルヴァンのおっちゃん達がいるけど、それで全部が上手くいくかは……)


 元々、精霊教徒であるジルバは余所者として扱われていた。今でこそ“ジルバ個人”は受け入れられているが、外部の勢力である精霊教徒が大手を振って助力できるかというと怪しいところである。


 カルヴァン達ドワーフに関しても、レウルス達が死んでからもラヴァル廃棄街に居続けてくれるかわからない。仮に居続けたとしても、戦力として考えた場合は中級の魔物の域を出ないだろう。


 今はラヴァル廃棄街の周辺になるべく近寄らない魔物達も、時間が経てば戻ってくるに違いない。


(そう考えると、思ったよりも重要な立場になっちまったな……)


 ラヴァル廃棄街の全てを守っている、などと寝言を零すつもりはない。それでもある程度は平和に寄与していると断言できる。


「レウルス……あなたの考えていることもわかるわ。戦力としてアテにしているというのは否定できない。独立するにあたって、あなたが紡いできた“縁”が大きな力になることも否定はしないわ」


 あれこれと考えるレウルスだったが、そんな言葉が聞こえて視線を天井からナタリアへと移す。


 そこには、真剣な表情を浮かべたナタリアの姿があった。


「でも、わたしとしてはそれ以前の話よ。この町の仲間は守るし、見捨てることは絶対にしない。さっきも言ったけど、今回王都に同行してほしいのはあなた達を守るため……色々と考えがあるのは否定しないけど、“それ”に勝るものはないわ」


 声色も真剣で、嘘や冗談を言っているようには見えない。


 そのためレウルスは苦笑を浮かべた。


「“そこ”は疑っちゃいないさ。俺達がそうであるように、姐さん……いや、ナタリアもそうだと信じてるしな」


 ラヴァル廃棄街の仲間に対するナタリアの姿勢は、疑いようのないものだ。それ故に断言できるが、今回の一件は話の規模が大きすぎるように思える。


「でも、足りない部分を補うために必要なのが精霊教か……」


 利用できるものは何でも利用するべきだが、当然ながら精霊教側にも思惑があるだろう。その辺りに関して、ナタリアだけでなくレウルスがどこまで力を貸せるか――。


「その辺りに関しては安心して良いわよ。今回の王都行きでは、ジルバさんにも力を貸してもらうから」

「……いきなり最終兵器が出てきた感じがするけど、大丈夫か?」


 ジルバが力を貸してくれると聞いてレウルスが最初に抱いたのは、安心よりも不安だった。


「サラのお嬢さんの情報が精霊教徒から漏れたって聞いて、笑顔で同行を承諾してくれたわ」

「それって大丈夫じゃない気がするんだけど?」

「大丈夫よ……多分ね」


 どうやらさすがのナタリアでもジルバを御せるとは思っていないようだ。


「俺とエリザ達に、姐さんとジルバさんで王都に行くのか……戦力的には申し分ないな」

「道中で賊でも襲ってきてくれれば、現地の領主に貸しができそうねぇ……あと、コルラードも連れて行くわ」

「……そうか」


 さらりと付け足されたコルラードの名前に、レウルスは頷きを返すに留めた。ナタリアにも何か考えがあるのだろうが、レウルスとしてはコルラードの平穏を祈ることしかできない。


「しかし、そんなに連れて行くとなるとこの町の戦力が手薄にならないか? カルヴァンのおっちゃん達がいるっていっても、限度があるだろ?」

「その点に関しては問題ないわ。兵士の巡回を増やしてもらうよう、ラヴァルの領主と交渉してあるから」


 どうやら戦力的な不安に関しても既に手を打っていたらしい。その辺りの用意周到さに驚くべきか、ラヴァル廃棄街の独立を見越して動いていたため当然と思うべきか。


「……そうなると、問題は王都での立ち回りだけか」


 ナタリアを信じるならば、ラヴァル廃棄街は問題ない。


 旅の道中も安全――むしろ戦力が過剰なほどだろう。

 レウルス達に加えてジルバとナタリア、コルラードと、上級の魔物だろうがグレイゴ教の司教だろうが撃退できそうな戦力である。


「もちろん、出発するまでに準備を整える必要があるけどね。今は収穫の時期だし、王都に向かうまでまだ時間があるわ」

「具体的には?」

「短くて一週間、長くて二週間といったところかしら。できれば今の内に行って、冬が本格化する前に帰ってきたいわね」


 どうやらナタリアの中では大まかながら旅の計画も出来上がっているらしい。


「ちなみに、王都までは何日ぐらいかかるんだ?」

「そう、ね……エリザのお嬢さんの力もあるし、全員が『強化』を使って移動もできる。道中で何かあっても二週間、何もなければ十日ってところかしら?」


 王都までの距離はそれほど長くないようだ。もちろん、レウルス達以外が向かおうとすれば、軽く倍以上は日数がかかるのだろうが。


 本当に王都以外では問題がなさそうだ。そう考えて頷くレウルスだったが、ナタリアからじっと見つめられて首を傾げる。


「他に何か問題があるか?」

「……あるといえばあるわ。ただ、これはあなた達の問題だから、わたしがどうにかするのは無理なのよ」


 ナタリアにそう言われ、レウルスは眉を寄せた。すると、そんなレウルスの反応を見てナタリアはため息を吐く。


「ネディのお嬢さんの扱いに関してよ。サラのお嬢さんはあなたと『契約』を結んでいるし、あなたが死ねば彼女も死んでしまうって聞いているわ。でも、あの子はそうじゃない」

「……『契約』を結べと?」

「それを決めるのはわたしではないわ。それに、あなたは既にエリザとサラのお嬢さん達二人と『契約』を結んでいる……そこに追加で精霊と『契約』を結べるのか疑問でもある」


 そんなナタリアの言葉に、レウルスは不思議そうな顔をした。


「『契約』を結んでいる数が二人から三人になったら何かあるのか?」

「それはさすがにわからないわ。吸血種や精霊と同時に『契約』を結んでいるというのも聞いたことがないし、複数の精霊と『契約』を結べるかもわからないの……レウルス? 精霊が希少な存在だということを忘れていない?」

「正直に言うと忘れてた」


 精霊だ何だと言う以前に、サラはサラでネディはネディだ。レウルスにとっては最早家族で、精霊だからと何かを言うつもりもない。


「……精霊教に引き離されないよう、ネディのお嬢さんとも『契約』を結んでいることにしましょうか」

「そういう心配もしないといけないのか……サラは勝手に『契約』を結んできたし、ネディと『契約』を結べるかわからないしな……」


 精霊という存在は非常に希少で、精霊教徒からすれば信仰の対象である。精霊の意思に反することはしないだろうが、何かあった際に“言い逃れ”ができるようにしておけとナタリアは忠告しているのだ。


(ネディと『契約』か……)


 王都に向かう前に、せめて確認だけでもしておくべきか。そもそも、ネディがついてきてくれるか意思を確認した方が良いかもしれない。


 メルセナ湖から連れ出したのはレウルスだが、ネディが今回の騒動に巻き込まれたくないと考える可能性もあるのだ。


「ひとまず、今夜話しておくべきことはこれぐらいかしら。旅の準備はこちらでしておくから、あなたは普段通りに過ごしていてちょうだいな」

「わかった。何かあればすぐに言ってくれよ?」


 そんなやり取りを最後に、レウルスはナタリアの自宅を後にするのだった。








「ネディ、俺と『契約』を交わしてくれって言ったらどう思う?」

「……え?」


 自宅に帰るなり、レウルスはネディを捕まえてそんなことを尋ねていた。


 後回しにするような話ではなく、聞ける時に聞いておいた方が良いと思ったからだ。


「――レウルスッ!? わたしを捨ててネディに乗り換えるの!? うわあああああああぁぁぁんっ!」


 そして、サラに全力で泣かれたのだった。






どうも、作者の池崎数也です。


非常に便利な誤字脱字の報告機能ですが、ここ数日で100件以上の報告を頂いております。

すぐに全てを確認して修正する時間的余裕がないので、少しずつ対応していければと思っています。

ただ、作者の意図する表現とは異なる形になりそうな部分に関してはそのままになるかもしれません。

報告してくださった方のIDは表示されるのですが、お名前は表示されないので、後書きの場を借りて御礼と併せて謝罪いたします。


それでは、このような拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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