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第310話:使者 その3

 ナタリアから告げられたその言葉は、レウルスとしても予想外のものである。そのためレウルスは困惑を顔に張り付けながら首を傾げた。


「王都……か。そりゃまた、どんな理由で?」


 ナタリアが何の意味もなくそのようなことを言い出すとは思えない。しかも、依頼ではなく“お願い”と前置きしてからの発言である。


 そこにどんな意味があるのかと問いかけると、ナタリアはワイングラスを揺らしながら目を細めた。


「一人じゃ心細いから……なんて言ったらどうする?」

「同行者に選ばれて光栄だなって答えるさ……それで、本当のところは?」


 微塵も心細いとは思っていないように見えるナタリアにツッコミを入れ、レウルスは話を促す。すると、ナタリアはワインを一口飲んでから苦笑した。


「あら、わたしだって不安に思うこともあるのよ? あなたはラヴァル廃棄街に来てからとても強くなったわ。傍にいて守ってほしいと思っても不思議ではないでしょう?」

「……距離が開いていればジルバさんに勝てる自信があるって言われてなけりゃ、素直に頷けたんだけどなぁ」


 冗談なのか多少は本気なのか、しおらしく拗ねてみせるナタリアにレウルスは苦笑を返した。普段よりも言葉数が多いのは、それだけナタリアが上機嫌ということか。


「つれないわねぇ……でも、戦力としても頼りにしているというのは本当よ? 上級の魔物を単独で倒すなんて、王都の軍でも何人が同じことをできるかわからないもの」

「単独、ね……アレはなんというか、ズルをしたところもあるんだけどな」


 純粋に自分の実力だけで『首狩り』を倒したかと問われると、答えは否だ。エリザとサラから『契約』を通して力を“引っ張った”からこそ倒せたのであり、レウルス個人の実力とは言い難いだろう。

 ただし、それが傍目にはわからないため、単独で倒したと言われても否定し辛いところがある。


「もっと調子に乗っても良いのよ? なんて、そんな歳でもなかったかしら」

「そういうことさ……それで? そろそろ本音を聞かせてくれよ」


 レウルスはナタリアが折角作ってくれたのだから、と料理に手を付けながら尋ねた。


「そう、ね……気が昂っているのかしら。いつもより無駄口が多いのは自覚してるわ」


 ナタリアも料理に手を付け、僅かに沈黙が下りる。そして数十秒ほど食器が立てる音だけが響いた後、ナタリアが口を開いた。


「最初に聞いておくけれど……独立といっても、何をすればこの町の独立が叶うと思う?」

「そりゃあ……独立を宣言する?」


 細々した部分を全て無視してレウルスが答えると、ナタリアは小さく吹き出した。


「ふふ……それは独立というよりも、マタロイという国に対する反逆ね」

「笑わないでくれよ姐さん。そもそも、俺はこの国がどんな風に政治をしているかも詳しくは知らないんだぜ?」


 そう言いつつも、レウルスは自身の知識を言葉にして並べ始める。


 王都という名前があるということは、当然ながら王様がいるのだろう。そして同時に、貴族も存在する。

 貴族の更に下にはナタリアのような準男爵、コルラードのような騎士といった身分も存在している。あとはマタロイに住まう民草が兵士や商業、工業や農業に従事し、生活を営んでいる。


 そこから更に掘り下げれば、廃棄街の住人やかつてのレウルスのような奴隷、加えてドワーフのような亜人も存在する。

 宗教は精霊教が主流で、グレイゴ教には非常に厳しい。


「興味本位で尋ねるけど、あなたが生きていたという国ではどうだったの?」

「政治は……んー、みん……民主主義? 国民から代表を選出して、選ばれた人達で国全体の舵を取る……みたいな……」


 説明をしながらも自信が持てないレウルス。


 特定の政治思想もなく、信仰する宗教もなかった。それでもなんとか記憶を探り、言葉を紡ぐ。


「あー……そういえば、戦国時代だっけ? この国みたいに領地を治めている貴族みたいな人がいて、王様ってわけじゃないけど更に偉い人がいた……ような?」


 学生の頃に習ったはずなのだが、と眉間を揉み解しながらレウルスが唸る。


「いまいちよくわからないけれど……少しはその手の知識があるのなら理解もしやすいはずよ」


 あーでもないこーでもないと記憶を掘り返すレウルスに苦笑を向け、ナタリアが言葉を続ける。


「簡単に説明すると、この国で一番偉いのは王都ロヴァーマを治めている王様ね。その下にマタロイ各地の領地を治めている貴族がいるの。爵位や職責によって違いもあるけど、その辺りは細かくなるから今は省くわ」


 それぐらいならばレウルスとて理解している。それでも準男爵という立場にあるナタリアの説明ということもあり、レウルスは素直に頷いた。


「誤解を恐れずに言うなら、貴族の治める領地は一つの国よ。マタロイという国を治める国王とは別に、領地ごとに貴族という名の王様がいると思ってちょうだい。そんな各地の王様をまとめて管理しているのが王都に住む“マタロイの王様”よ」

「ふむふむ……つまり、姐さんで例えるとラヴァル廃棄街が姐さんの領地……じゃねえな。管理官だもんな」


 準男爵かつ管理官という立場にあるナタリアだが、言わばラヴァルの領地内にラヴァル廃棄街という形で“間借り”しているような状況である。

 そして、ナタリアはその状況から独立という形で脱却を図ろうとしている。


「ええ……以前話をしたわね。独立には当然ながら町を造るための土地が必要になる。でも、それ以上に必要な物があるの」


 そこでナタリアは言葉を切り、自身を落ち着かせるようにワインを飲んだ。


「国王に認められて初めて土地を持つことができる……今回わたしが王都に行くのはそれが理由よ。国王との謁見だけでなく、領地の割譲に関して何人もの貴族に会う必要があるわ」

「……思ったよりも大事(おおごと)のような」

「大事なのよ。間違いなく、ね……ただ、四代かけて根回しは終わっているし、あなたのおかげで色々と有利に進んでいるわ」


 そう言ってナタリアはワインで唇を湿らせ、唇の端を吊り上げる。


「今日ラヴァルに行ったのも、王都から使者が来たからなのよ。“その辺りの話”を詰める必要があるから、近いうちに王都に来いってね」

「おお……なんというか、繰り返しになるけどおめでとう」


 考えていたよりも本当に大事のようだ。レウルスはそう思いながらもナタリアを祝い――そこで我に返った。


「……って、待ってくれ姐さん。俺が王都に行く理由は聞いてないぞ?」


 色々と話を聞いたが、その部分に関しては触れていなかった。そのためレウルスが問いかけると、ナタリアは真剣な表情を浮かべる。


「良い理由と普通の理由、それと悪い理由が三つほどあるけど、どれから聞きたい?」

「なんだその三択……しかも悪い理由が三つって……とりあえず良い理由からで」


 特に理由はないが、レウルスは良い話から聞くことにした。


「こういう機会でもないと、王都に行くこともないと思ってね……ロヴァーマには様々な物が集まっているわ。それらを実際に見るだけでもあなたのためになるし、美味しい物もたくさんあるわよ?」

「ああ、そりゃ良い理由だな……普通の理由は?」

「さすがに随行する者が一人もいないのでは格好がつかないでしょう? もちろん、あなただけではないわ。能力を考えるとエリザのお嬢さん達にもついてきてほしいの……“悪い理由”にも絡むから、ね」


 ナタリアならば単独でも王都に向かえそうだが、その辺りは体裁もあるのだろう。そう納得したレウルスだが、後半の言葉に眉を寄せる。


「悪い理由は?」

「まず、サラのお嬢さんが精霊だと知られつつあるわ」

「……一年、か……よくもったって思うべきかい?」


 ナタリアから告げられた言葉に、レウルスは思わず苦笑した。


 ラヴァル廃棄街の住民達には伏せており、サラにも自身が精霊だと吹聴しないよう伝えていた。それでも情報が出回っているということは、どこかしらで気付かれる節があったということか。


「次に、ネディのお嬢さんも精霊だと知られつつあるの」

「……サラと合わせて一つの悪い話じゃないのか?」


 思わず首を傾げるレウルスだが、ナタリアは真剣な表情でそれを否定する。


「噂の出処が違うのよ。サラのお嬢さんに関しては、おそらく精霊教の方から漏れているわ。そして、ネディのお嬢さんに関しては貴族方面から噂が流れているみたいでね……」


 眉を寄せながらそう話すナタリアに、レウルスは思わず天井を仰ぎ見た。


「ネディは……まあ、仕方ないとして。サラの情報が精霊教から漏れるって……」


 それで良いのか精霊教、とレウルスは頭を抱えたくなった。


 ネディに関しては浮世離れした雰囲気があり、精霊だと噂されてもおかしくはない。サラがあまりにも人間臭すぎるとも言えるが。


「さすがに詳細が出回っているわけではないみたいよ。ただ、マタロイ南部で精霊を見たという話が出回っているわ」

「……最後の悪い話は?」


 とりあえずは最後まで話を聞こう。そう思ってレウルスが促すと、ナタリアは苦笑を浮かべた。


「『魔物喰らい』という名前が思ったよりも広がっているみたいでね……今回の話に絡んでいる貴族から、顔をつなぎたいって話が出ているの」

「姐さん、王都に行くのって“お願い”じゃなかったのか? 俺のことはどうでもいいけど、サラとネディのことを言われたら断れないんだけど」


 逃げ道が既に塞がっているのはどういうことなのか。声を大にしてそう叫びたいレウルスだが、建設的ではないため自重する。


「……とりあえず、サラとネディを連れて王都に行くっていうのなら、解決方法もあるんだよな?」


 そう言いつつも、レウルスにも解決方法は予想ができていた。精霊のサラとネディに関して“どうにかする”には、相応の力が必要である。


「あなたが正式に精霊教に入る……それぐらいしか解決方法はないわね」

「そうなるよな……」


 何故サラとネディの情報が出回っているのかはわからないが、精霊教に身を寄せればおいそれと手は出せないだろう。


 ヴェルグ子爵家ではグレイゴ教徒を招き入れたからという理由で騒動に発展したことを、レウルスは忘れてはいなかった。


(精霊教か……まあ、グレイゴ教とは敵対してるし、入るのは問題ない……いや、本当に問題がないのか?)


 以前ジルバから聞いたことがあるが、レウルスは精霊と『契約』を交わしているため精霊教師になれるらしい。これはエステルと同じ立場になるが、何をすれば良いかもわからないのだ。


 精霊教に身を寄せて本当に大丈夫か、などと危惧するレウルスだったが、ナタリアから真剣な表情を向けられていることに気付く。


「精霊教に関しては、あなただけでなくサラやネディのお嬢さん達を守るためでもあるの。もちろん、わたしも可能な限り尽力するわ。でも、これだけは覚えていてちょうだい」


 それは表情と同じく、真剣な声色での“忠告”だ。


「わたしは今、“貴族ですらない”の。守れるものにも限りがあって、あなた達を守れるという保証はできない……だからこそのお願いよ」


 そう言って、ナタリアはレウルスをじっと見つめる。


「可能な限り上手く収められるよう動くわ……だから、王都までついてきてちょうだい」


 その言葉にレウルスができたのは、ただ頷くことだけだった。

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