第306話:閑話 その11 土産話
レウルス達がラヴァル廃棄街に帰還し、三日の時が過ぎた。
さすがに長旅が続いたため、レウルス達はその時間を休息に充てている。
レウルスだけはラヴァル廃棄街の周辺に出かけて魔物を狩って回っていたが、魔力を補充するという意味では休息なのだと自分に言い聞かせていた。
もちろん、魔物を狩っていただけではない。二ヶ月以上もラヴァル廃棄街を離れていたため、休息を兼ねて知り合いのところに顔を出すことも忘れてはいなかった。
「土産が魔物の素材ってのはどうなんだ?」
「おっちゃんなら喜ぶと思って……あ、ちゃんとした土産もあるぞ? 道中で買った酒だ」
レウルスが顔を出した場所の一つ。ミーアの父親にしてドワーフの中でも指折りの鍛冶職人であるカルヴァンは、レウルスが持ち込んだ物を見て呆れたような顔をしていた。
長旅から帰ってきて久しぶりに顔を合わせたと思えば、土産と称して魔物の素材を持ち込んできたのである。“ちゃんとした土産”として異国の酒を持ってきていなければ、そのまま鍛冶工房から蹴り出していただろう。
「おう、ありがとうよ。しかし……実物は見たことなかったが、これが『首狩り』か」
そのためカルヴァンも納得し、レウルスが持ち込んだ素材に目を向けた。
レウルスが持ち込んだ素材は『首狩り』の毛皮と骨、そして爪である。グレイゴ教徒のキース達が持っていたクロスボウも一緒に持ってきたが、カルヴァンの興味は『首狩り』の素材に対するものの方が大きいようだった。
カルヴァンは『首狩り』の素材を一つ一つ手に取って状態を確認すると、髭面を豪快に笑みの形に変える。
「面白れぇ……面白れぇなぁおい……火龍もそうだったが、上級の魔物を素材にして鍛冶ができる……鍛冶師にとっちゃあたまんねえなぁオイ!」
ガハハ、と盛大な笑い声を上げるカルヴァン。レウルスが持ち込んだ土産の酒を上機嫌そうに呷ると、その目をレウルスに向ける。
「それで? 一体何を作ればいい?」
カルヴァンにとっては『龍斬』こそが渾身の作品だったが、上級の魔物の素材を使えるとなると腕の振るい甲斐もあるというものだ。
『龍斬』とは異なる方向で、『龍斬』を超えたと思える逸品を鍛え上げられたならば、鍛冶師としてこの上ない幸せである。
そんなカルヴァンの問いかけに対し、レウルスはしばらく沈黙してから答えた。
「剣……かな。大物を相手にする時は『龍斬』があれば十分だけど、小回りが利く相手だと辛くてさ」
『龍斬』を使って勝てない相手ならば仕方がない、一緒に心中してやろうと思えるぐらいには惚れ込んでいる。だが、贅沢を言うならば、懐に潜り込まれると『龍斬』では“長すぎる”のだ。
レウルスにもっと高い技量があればどうとでもなるのだろうが、すぐさま問題点を潰せるような才能は存在しない。これから技量を身に着けていくとしても、一体何年かかるかわからない。
それならば技量ではなく武器の長さで戦い方を“調節”するしかないだろう。
ドワーフが作った短剣も悪くはないが、刀身が短い上に『龍斬』と比べてしまうと遥かに劣ってしまう。その上、『熱量解放』を使って全力で振るえば数合で圧し折れるだろう。サラの能力を借りて火炎魔法を行使すれば一発で駄目になる危険性もある。
『龍斬』をこのまま使い続けたいという気持ちはもちろんあるが、鞘に収めた状態でも並の魔物が相手だと過剰な威力になってしまう。だが、『首狩り』のように速度がある相手に奇襲された場合、咄嗟に鞘を抜けないため窮地に追い込まれる可能性があった。
(人間相手に戦う機会も増えてるしな……)
『熱量解放』を使い、高い身体能力によってゴリ押しで仕留めきれるならば良いが、それで片付かない相手だと武器の間合いの広さが逆に不利になることもある。
『龍斬』よりも素早く抜けて、相手の動きが速くても即座に対応できる取り回しの容易さ。加えて、レウルスとしては『龍斬』と短剣の中間、それこそ冒険者に成り立ての頃に使用していた片刃の剣ぐらいの長さがある武器が欲しかった。
「ふむ……他に何か希望はあんのか?」
「俺が全力で振るっても問題ない強度がほしいってぐらいか? あとはおっちゃんに任せるよ。『龍斬』の時もそうだったけど、絶対に満足できる武器に仕上げてくれるだろうし」
「……言ってくれるじゃねえか」
『龍斬』を作る際も、破損したドミニクの大剣に似た形状で、なおかつ破損した大剣の欠片を使うことを希望したぐらいで、他は全てカルヴァンに任せていた。
その結果として生まれたのが『龍斬』で、レウルスとしてはカルヴァンに任せておけば文句が出るような武器にはならないだろうと信頼している。
カルヴァンはそんなレウルスの信頼を感じ取ったのかニヤリと笑うが、鍛冶師として真剣な表情を浮かべ、『首狩り』の爪に視線を落とした。
「ただし、コイツは一度も使ったことがない素材だからなぁ……火龍の素材もそうだったが、亜龍の素材を使ったことがあったからどうとでもなった。コイツを火龍の素材と同じように扱うと、傑作どころか駄作になるかもしれねえ」
「……つまり?」
「時間がかかるってこった。素材の性能を最適に引き出す方法もそうだが、他の素材との相性もある……火龍の爪や鱗は扱いやすかったが、コイツはどうにも曲者の匂いがするしなぁ」
物は試しにと金属の鎚で『首狩り』の爪を軽く叩くカルヴァンだが、返ってくる音を聞いて眉を寄せる。
「硬いことは硬いが、“粘り”が少ないな……素材としては扱いにくい部類だな。その代わり、上手く使えれば面白いモンができそうな気もする……燃えてきたぜ」
どうやら職人魂に火が点いたようだ。『龍斬』を作る時のようにサラの協力が必要かと思ったが、まずは『首狩り』の素材に関する調査から始めるようである。
「毛皮とか骨はどうだ? 何かに使えるのか?」
「そっちはなぁ……上級の魔物っていう割に、強度もそこまでじゃねえし……防具に使うとしても、お前さんが使ってる物より良くなるとは思えねえぞ?」
「そうか……」
どうやら『首狩り』の素材は爪だけが優れていたらしい。それを残念に思いながら、レウルスはクロスボウへ視線を向けた。
「そっちの……あー、クロスボウ? はどうなんだ?」
キース達が奇襲の際に使用したものだが、レウルスが身に着けている手甲を貫通する威力があったのだ。量産が可能ならば、ラヴァル廃棄街の冒険者達に持たせるだけでも戦力の底上げができるだろう。
レウルスが実際に“体験した”感想としては、下級の魔物ならば急所に当てさえすれば仕留められそうな威力があった。中級以上の魔物となると急所に当てても一発では死なず、なおかつミーアが見せたように切り払うことも可能だろう。
「コイツか……」
レウルスの問いかけを受けたカルヴァンは、何故か不機嫌そうに眉を寄せる。そしてクロスボウを手に取ったかと思うと、目を細めて鼻を鳴らした。
「どこのどいつが作ったのかは知らねえが、大したもんだ。コイツで防具を抜かれたんだろ? 威力と射程、あとは狙った場所に命中させる精密性……構造も単純だし、製造も修理も容易だろうさ。それは俺も認める」
不機嫌そうな表情とは裏腹に、カルヴァンの評価は高い。少なくともレウルスにはそう聞こえたが、それならば何故カルヴァンは不機嫌そうな顔をしているのか。
「頑丈さを高めるために『強化』の『魔法文字』が刻んであるが、これがなくても簡単には壊れねえだろう。連射は難しいようだが、この武器の数を揃えるなり改造するなりすればどうとでもなる」
「……その割に不満そうだな」
カルヴァンが何を不満に思っているのかがわからず、レウルスは質問をぶつけた。カルヴァンの口振りでは、運用方法に関しても穴が少ないように聞こえたのだが。
「構造を見た感じ、この引き金を引けばそれで矢が飛ぶんだろう? 誰でも使えて効果が高そうだ……が、“それ”が気に食わねえ」
レウルスの疑問が伝わったのだろう。カルヴァンは荒々しく己の頭を掻き、ため息を吐く。
「職人としての意地っつうのか……コイツは駆け出しでも作ろうと思えば作れるだろうよ。それどころか構造さえ理解してりゃ素人でも作れるような代物だ。で、素人が使っても実用に耐える」
「便利だな……なんて言葉じゃ片付かないか?」
「片付けたくねえってのが本音だな。何が嫌かっていうと、コイツはまだまだ発展性があるってところが嫌だね。ちぃとばかし構造が複雑になるだろうが、弦を増やして撃てる矢の数を増やしたり、連射できるようにしたり……あとは矢以外の物も飛ばせそうだな」
そう言われてレウルスはクロスボウをじっと見つめる。カルヴァンがそう判断したのならば、間違いなくそうなのだろう。
「俺としちゃあ“技術”をないがしろにされそうでどうにも、な……頭が固いって言われそうだがよ」
カルヴァンほどの技術を持つ者からすれば、簡単に作ることができる割には威力が高く、射程もある。それでいて研究を進めれば発展形もすぐに見えてくる代物だ。
弓のように習熟する必要もなく、狙いを定めて引き金を引けばそれだけで矢が飛ぶ。
優れた武器や防具を生み出すことが生きがいのカルヴァンからすると、大量に生産できて効果も高い武器というのは矜持に反するものなのかもしれない。
「……少し見ただけでよくそこまでわかるもんだな」
そのためレウルスは深くは触れず、話題を軽く逸らした。すると、カルヴァンはますます嫌そうな顔をする。
「嫌いだから知ろうとしないってのはただの怠慢だろうが。それに、コイツが通じるのは特定の状況と相手に限られるだろうしなぁ」
優れた点があるのならば、しっかりと理解しようするスタンスらしい。そして、カルヴァンからすれば欠点もあるようだ。
「まず、矢を装填するのが面倒くせえ。それに不用意に引き金を引いて弦で指が落ちる、なんてことも普通にあり得そうだ。あとはそれなりに威力があるとしても、常に“一定”ってところがまずい。通用しない奴にはどう足掻いても勝てない武器だぞ、こいつは」
そう話している間に興味が湧いたのか、カルヴァンはクロスボウの細部を確認し始める。
「人間が相手ならそれなりに活躍しそうだが、魔物が相手だとな……あと、射程はそれなりにありそうだが、長距離から魔法を撃ち込まれたらどうしようもないからな。まあ、これはこの武器に関係なく、どんな状況でも言えることだが」
(それって弱点じゃ……って、そうだよな。極端な話、『首狩り』なら矢より速く動くだろうし、ヴァーニルなら鱗も貫けないし、スライムだと『核』を撃ち抜く前に矢が溶けるか。『城崩し』もあの柔らかい皮膚は貫けないだろうな)
比較の対象に上級の魔物を並べると、大抵の武器が通用しないことになるだろう。
だが、レウルスが生きるこの世界では魔物や魔法のように、理不尽なものが存在するのだ。クロスボウも便利な武器だろうが、レウルスでさえ昼間なら問題なく切り払える程度の速度しか出ない。
仮に十や二十の矢で狙われても、回避するなりまとめて切り払うなりすれば良い。『熱量解放』を使わずともそれが可能な程度にはレウルスも鍛えてある。
それでも、数を揃えて運用すれば“ある程度”までの敵には効くだろう。取り扱いには注意が必要だろうが、ナタリアに相談してみても良いかもしれない。
「威力が一定にしかならないっていうのなら、いっそのこと巨大化させてみるとか? あとは矢を変えてその時々に合わせて使い分けるとか。切り払うのが難しいぐらい巨大な矢を飛ばすとか、避けたと思ったら矢が爆発して吹っ飛ぶとかどうだ?」
「ふむ……高い場所に据え付けておけば、空を飛ぶ魔物も落とせるかもしれねえな。俺の好みからは外れているが、色々と試してみるのもいいかもしれねえな」
気に食わない様子ながらも、改善点や改良案があるとカルヴァンは食いついてくる。
そのためレウルスにしては珍しく、色気どころか食い気もない休息の一日となったのだった。




