第303話:旅の終わり
「グレイゴ教徒にユニコーンに上級の魔物の『首狩り』、ねぇ……ある程度の騒動は予想していたけれど、どうしてあなたはいつも“そう”なのかしら?」
「アクシスの爺さんはまだしも、グレイゴ教徒も『首狩り』も俺が原因じゃないと思うんだ」
呆れたようなナタリアの言葉に、レウルスは襲ってくる方が悪いと真顔で言葉を返す。
場所はラヴァル廃棄街の冒険者組合。
時刻はレウルス達がラヴァル廃棄街に帰ってきた翌日――その昼前である。
昨晩ラヴァル廃棄街に戻ってきたレウルス達だが、既に日が沈んでおり、レウルス達も旅の疲れがあるからと報告は翌日で良いとナタリアに言われたのである。
そのためレウルスは宣言通りドミニクの料理店に繰り出し、店にいた客を巻き込んでのどんちゃん騒ぎへと発展させた。
旅の途中で買い求めた香辛料や香草、砂糖などをドミニクに渡し、心行くまでドミニクの料理を堪能したのである。
二ヶ月半にも渡ってラヴァル廃棄街を離れていたものの、レウルス達を忘れている者などおらず、元々店にいた者だけでなく近隣の住民も集まって飲めや歌えやの大騒ぎになった。
そうして日が変わる時間帯まで騒ぎ、“故郷”に帰ってきたのだと心を充足させたレウルスはエリザ達を伴って久しぶりに自宅に帰り、ゆっくりと眠った。
余談ではあるが、今回の旅におけるコロナへの土産は絹を使った織物である。他国の風情が感じられる、マタロイでは中々見かけない色合いの布地をプレゼントしたのだ。
コロナは料理だけでなく手芸も得意なため、しばらくすればコロナ手製の可愛らしい私服が見られるのではないかとレウルスは思っていた。
そうやって一晩を明かしたレウルスは、荷物の整理や知り合いへの挨拶をエリザ達に任せ、単身で冒険者組合に足を運ぶ。そして今回の旅に関する報告を行ったところ、ナタリアからは呆れたような返答をもらってしまったのだ。
「でも、よく無事に戻ってきてくれたわ……お疲れ様、レウルス」
「無事っていっても首が取れかけたけどな。ありゃ爺さんがいなけりゃ死んでたね」
「それでも生きているのだから良しとしなさいな」
レウルスが自分の首筋を撫でると、ナタリアは苦笑を浮かべた。
一連の報告を聞いたナタリアは驚き、レウルス達が無事だったことに安堵し、最後には優しく微笑んだ。ナタリアとしても、町の仲間の無事は喜ばしいのだ。
「これで依頼は達成ね……ああ、余った旅の資金はそのまま懐に入れて構わないわ。今回の一件に関しては、税を取るつもりもないから安心しなさい」
「そりゃありがたいね。苦労した甲斐があったってもんだ」
ナタリアの言葉にレウルスが笑顔を浮かべると、ナタリアは用意していた報酬を受付の机に置く。布で覆われているものの、レウルスが両手で掴まなければいけないほどに大きな布包みだ。
「それと、これが今回の依頼の報酬よ。“色々”あって増えているから確認してちょうだい」
「色々?」
首を傾げながら布包みを解くレウルスだったが、中身を確認して頬を引きつらせた。
レウルスが聞いていた報酬の額は大金貨三十枚である。だが、布包みの中身は大金貨の数が五割増しで多い。
余った旅の資金と合わせれば、大金貨五十枚――日本円で五千万円ほどになるだろう。
(二ヶ月半での仕事って考えると破格だな……いや待て、死にかけたって考えると妥当か?)
そこまで金に執着しているわけではないが、ないよりはあった方が良いのは当然の話である。ただし、シェナ村にいた頃と現在を比べると眩暈がしそうなほど差が大きかった。
(金銭感覚が狂いそう……って、家もあるし、食い物は魔物を狩るかおやっさんのところで食べるだけだし、金の使い道がないんだよな……)
エリザとサラ、ミーアとネディの四人と均等に分けても一人頭大金貨十枚である。ラヴァル廃棄街ではそれほどの大金を得ても、使い道がないという問題もあった。
(カルヴァンのおっちゃんに『首狩り』の素材を渡して、何か作ってもらうか……でも、珍しい素材を持って行くと商売そっちのけになるんだよな)
レウルスの脳裏に浮かんだのは、ミーアの父親にしてレウルスが知る限り随一の鍛冶技術を持つカルヴァンである。
三度の飯より鍛冶が好きで、珍しい素材があれば目の色を変えてしまうのが玉に瑕だった。特に、今回レウルスが手に入れたのは上級の魔物である『首狩り』の素材である。カルヴァンがどんな反応をするかは火を見るよりも明らかだった。
むしろ金を払うから思う存分鍛冶をさせろと言われるか、あるいは無言で襲い掛かってきて素材を強奪されるか。どうなることかとレウルスは少し先の未来を楽しみにする。
「何があったのか気になるところだけど……報酬、たしかに受け取った。これで今回の依頼は完了だな」
そうやって軽く現実逃避していたレウルスだが、報酬を受け取らないわけにもいかない。目線でナタリアの様子を窺うが、踏み込んで良いかもわからない。
「ええ。あとはわたしの……この町の管理官としての仕事だわ」
そう言って視線を受け流したナタリアに、レウルスは潔く退くことにする。
触れない方が良いことは世の中にいくらでもあるのだ。
レウルスが報酬を受け取ったことで、“今回の依頼は”完全に終わりを迎える。
「それで? 貴族のお姫様との旅はどうだったかしら?」
故に、ナタリアがからかうように尋ねてきたのは興味本位のものだろう。それでも瞳に真剣さが覗いているため、レウルスは肩を竦める。
「思ったよりも根性のある子だったし、旅自体はそこまで大変でもなかった……かな」
最初は遠慮がちだったルヴィリアも、壁があるというよりは刺々しかったアネモネも、最終的には打ち解けることができた。
もちろん、打ち解けたといっても依頼者とその護衛として、である。
「ふぅん……」
だが、ナタリアは何が引っかかったのかレウルスの目をじっと見た。そしてジロジロと上から下まで眺め、ぽつりと呟く。
「……もしかして、抱いた?」
「ねえよ」
いきなり飛んできたセクハラまがいな話題に、レウルスは真顔で答える。
「貴族のお姫様に手を出すなんて、どう考えてもこの町の不利益にしかならないだろ?」
突き放すように言葉を述べるレウルスだが、その脳裏にルヴィリアの顔が浮かんだ。
満月の下で、告白をしてきた少女の姿。それを思い返すと、思うところがないわけではない。
彼我の立場や環境が違えば――“状況が違えば”あり得たかもしれない未来。
その存在を認めつつも、ラヴァル廃棄街の冒険者としてレウルスは切って捨てる。
「不利益になるかどうかはあなた次第、といったところね。でも……そうなのね」
「そこで意味深に頷かないでくれるかい?」
何度か頷くナタリアに、レウルスは思わずといった様子でツッコミを入れた。
告白をされたが、ルヴィリアとの間には何もなかった。それは断言できる――はずなのだが。
「抱くことはしなくても、何かがあった……貴方の顔を見ればそう読み取れるのだけど?」
「怖いよ姐さん……」
ポーカーフェイスに自信があるわけではないが、ルヴィリアとの間に何かがあったなど顔を見ただけでわかるものではないはずだ。
少なくとも、エリザ達からは何も言われていない。ルヴィリアに告白された月夜が明けてからも、普段通りを装っていたはずである。
「エリザのお嬢さん達はずっと一緒にいたから逆に気付かないんでしょうね……でも、わたしは二ヶ月以上顔を合わせなかったのよ? 一目見た時点で何かがあったって思ったわ」
「マジかよ姐さん……」
ナタリアの観察眼を前に、レウルスは戦慄する。ルヴィリアも大したものだと思ったが、ナタリアと比べるとそれこそ大人と子供ほどの差があるように感じた。
「でも……まあ、なんだ……何もなかったよ」
ナタリアが相手とはいえ、“あの夜”のことを話すのは憚られた。そのためレウルスが苦笑しながら答えると、ナタリアは数秒瞳を見つめてからため息を吐く。
「そう……それなら良いわ」
追及の矛を収め、ナタリアはレウルスから視線を外す。笑い合いながらも、どこか探り合うような空気があった。
それでもナタリアは空気を緩め、“普段通り”に戻る。
「当分は何もないはずだから、まずはゆっくりと休んでちょうだい。もし余裕があるのなら、町の周囲の魔物を狩ってほしいところだけれど……」
「そっちは今からでも取り掛かるよ。『首狩り』との戦いで消耗した分の魔力が補充できてないしさ」
「そう? 他の子からの報告でもそこまで魔物が戻ってきているわけではないようだし、無理をしては駄目よ?」
そんなナタリアの言葉に笑って頷き、レウルスは冒険者組合を後にする。
「報酬はエリザ達と五等分するとして……何に使うかなぁ」
贅沢な悩みだと思いながら、レウルスはそう呟くのだった。
レウルスが立ち去った後。
ナタリアは一人、冒険者組合の受付で静かに思考を巡らせていた。
(これで条件は揃ったわね。上級の魔物まで倒してきたのは予想外だったけれど、レウルスの名前に“箔がつく”のは悪くない、か)
普段から持ち歩いている煙管を右手で回しながら、ナタリアは心中だけで呟く。
(それにしても……ヴェルグ子爵か長男かはわからないけど、身内相手によくやるものね)
レウルスからの報告を受けたナタリアは、いくつか気になることがあった。
その内の一つがグレイゴ教徒に襲われた件で、問題は捕縛した後の対応である。
(“当家の利益になる”から見逃した……か。あのお嬢さんは自分が狙われることも、家族がそれを利用したことも知っていたようね)
レウルスに任せた依頼に関しては、いくつか隠された情報が潜んでいるようだ。それを一つ一つ紐解きながら、ナタリアは薄く微笑む。
(予定外だったのは『首狩り』ぐらいかしら……さて、どこまで掌の上だったやら……)
その“予定外”も、レウルスが単独で仕留めてきた。それがもたらすものは決して小さくはない。
「……独立、か」
夢が目前に近づいてきている。
それを感じながらも、ナタリアの表情に笑みはない。
ようやく条件が整ったが、今はまだ、足場が覚束ない。“今後”を思えば手を抜くことも気を抜くこともできない。
それでもたしかに、自身の夢が形を伴って眼前に現れようとしている。
「これからね……これからだわ」
喜びごと油断を噛み殺すように口の端を吊り上げ、ナタリアが笑う。
厄介な交渉が山のように控えているが、一つずつ片付けていけばいずれは夢に辿り着く。
ナタリアは自身の――そしてラヴァル廃棄街の未来を思い、薄く微笑むのだった。
どうも、作者の池崎数也です。
毎度ご感想やご指摘、評価ポイントやお気に入り登録をいただきましてありがとうございます。
特に最近は毎回のように誤字脱字の報告をいただくので、申し訳ないやら情けないやら……。
今回の更新にて7章も終了となります。
7章だけで60話使いました。とても長い章でした。元々想定していた物語2~3章分を合体させてしまったのが原因ですが、トータルで見るとあまり変わらなかったかな、と……。
次は8章ですが、いくつか書きたいネタがあるので始める前にいくつか閑話を挟むと思います。
それでは、このような拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。




