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第299話:死闘の後 その2

「……え? ルヴィリアさん、まだ治療を済ませてなかったのか?」


 目を覚ましてから起こった騒動もひと段落した後、『首狩り』の肉を焼いていたレウルスはそんな呟きを零していた。


 『首狩り』を倒したことでルヴィリアを治療するための条件は無事に満たすことができている。それはアクシスからも認めるところで、一日経っても治療が済んでいないと聞いて不思議に思ったのだ。


「さすがに、レウルス様が目を覚ましていない状態で治療を受けるのも不義理だと思いまして……」


 レウルスの疑問を受け止めたルヴィリアは苦笑しながらそう言うが、レウルスとしては別に気にしなくても良いのに、と首を傾げるしかない。


 そんなレウルスの両手は忙しなく動いており、『首狩り』の肉を美味しく焼き上げるのに必死だった。なにせ貴重な上級の魔物の肉なのである。炭化しても食べるつもりだが、美味しく焼けるに越したことはないのだ。


 レウルスが仕留めた『首狩り』に関しては、レウルスが寝ている間にミーアが血抜きした上で丁寧に捌き、なおかつ傷まないようにネディが凍らせていた。

 レウルスが目を覚ました後、必ず食べると思ったらしい。初めて捌く魔物だったためミーアも手こずったようだが、肉と骨、内臓と毛皮、そして『龍斬』と互角に打ち合っていた十本の爪を全て回収することができていた。


 今回は冒険者としてルヴィリアの護衛を請け負ったが、『首狩り』退治に関しては依頼を受けたわけではない。そのため倒しても金銭による報酬は出ず、素材が報酬代わりになる。


 ただし、ナタリアに今回の仕事内容を報告すれば報酬を“もぎ取って”くるだろう。セバスがアクシスと顔見知りだった件といい、笑顔でヴェルグ子爵家から報酬なり慰謝料なりを引き出してくれるとレウルスは信じていた。


「ところでレウルス殿……本当にそれを食べるのですか?」


 レウルスが『首狩り』の肉にしっかりと火を通していると、アネモネが少しだけ引いた様子で尋ねてくる。


「そりゃもちろん食べますけど……それが何か?」

「そうですか……いえ、そうですか……」


 味付けをせずに焼いただけの肉、塩を振った肉、香辛料を振った肉と様々な味で楽しめるよう準備するレウルスを前に、アネモネは反応に困ったらしく曖昧に頷いた。

 ちなみに、焼き肉となると元気になって騒ぎ始めるサラは大人しくしている。レウルスが『首狩り』との戦いで力を“引っ張った”のが尾を引いているらしい。


「自分の手で仕留めた魔物ですし、余さず食べなきゃ失礼ってもんでしょう? その点、コイツは首を狩って飾り物にするだけなんで腹が立ちましたけどね」


 ラヴァル廃棄街に辿り着き、魔物が食べられると知って以来、仕留めた魔物はそのほとんどを平らげてきた。きちんと食べることができなかったのは、倒した後に即座に逃げ出す必要があった『城崩し』の時ぐらいだろう。

 その点、『首狩り』はそういった習性があったのか、首を落として頭を回収し、首から下はその場に放置していた。なんと勿体ないことだろうか、とレウルスとしては憤るしかない。


 なお、『首狩り』が集めていた“首の輪”に関してはサラの炎で荼毘に付し、穴を掘って埋めてある。誰も墓参りをすることはないだろうが、近くの小川で手頃な大きさの岩を見つけて運び、埋葬した場所に墓石の代わりとして置いてきた。


(襲い、襲われた間柄だけど、化けて出ないでくれよ……)


 『首狩り』に殺されたキースは一度戦い、言葉を交わした程度の間柄である。それでも放置して野晒しにしておくのも寝覚めが悪く、一日眠っていた体の調子を確認するためにも埋葬したのだ。


 レウルスがそうやって話している間、何故かルヴィリアがその隣に座っていた。血生臭い会話にもかかわらず、ニコニコと微笑んでいる。


 会話には参加していないが、エリザは地面に座ったレウルスの背中を背もたれにしてどこか辛そうにしており、サラはだらけた様子でレウルスの膝を枕にして寝転んでいた。

 ミーアは『首狩り』との戦いでところどころガタが来ているレウルスの防具の確認をしており、ネディはそんなミーアの仕事をぼんやりとした顔で眺めている。

 コルラードは周囲の警戒を買って出て歩哨に立っており、アクシスは少し用があるといって姿を消していた。


(爺さんが声をかけたから魔物も寄ってこないだろうに、コルラードさんも真面目というかなんというか……)


 『首狩り』を倒したことで弛緩した空気が漂っているが、そんな状況だからこそ気を抜き過ぎるのは危険だとコルラードは思ったのだろう。レウルスはその姿勢は見習わなければ、と思いながら焚き火にかざしていた『首狩り』の肉をひっくり返す。


「……んぁー……こっちに熱がひとつ……」


 そうやって穏やかな時間を過ごしていると、気の抜けた声でサラが呟いた。まさかアクシスの言葉を無視して魔物が寄ってきたのかとレウルスが警戒すると、遠くにアクシスの姿が見えて肩の力を抜く。


「待たせたのう」


 リルの大森林から出てきたアクシスは、片手に蔓で編まれた籠をぶら下げていた。それに気付いたレウルスは眉を寄せる。


「食い物か?」

「違うわい……『首狩り』の肉だけでは足りんのか?」


 アクシスが呆れたように問いかけてくるが、レウルスとしては“足りるはずがない”と答えるしかない。ここ最近溜め込んでいた魔力もそのほとんどを消費してしまったため、その補填のために可能な限り食べたいのだ。


「この肉を全部食べても足りないって」

「嘘じゃろお主……ああいや、そうか、そうじゃったな。儂としたことが馬鹿なことを言ってしまったようじゃのう」


 アクシスは納得したように頷いたが、それ以上触れたい話題ではなかったのだろう。レウルスが焼いた肉を受け取るべく、木の皿を両手に持ったルヴィリアに視線を向ける。


「そちらのお嬢ちゃんも色々と言いたいことがあるが……まあ、いいわい。治療の準備が整ったがどうするんじゃ?」


 そう言ってアクシスは蔓で編まれた籠の中身を見せる。そこには数種類の草花が入っており、それを見たアネモネが首を傾げた。


「それは……薬草の類ですか?」

「お嬢ちゃんの体から毒気を抜くのには治癒魔法を使うがのう。これは毒気を抜いた後、体の調子を整えるための薬……その材料じゃよ」


 どうやらアフターフォローも完璧らしい。レウルスは治癒魔法の使い手というよりも医者のようだと思いつつ、口を開いた。


「ルヴィリアさんの治療ってすぐに終わるのか?」

「体から毒気を抜くのにちと時間がかかるが、今から始めれば日が暮れるまでには全てが終わるわい。あとは一晩ゆっくり眠って……体の調子を確かめながら二、三日様子を見て何もなければ“完治”じゃな」


 そんなアクシスの言葉にレウルスが空を見上げてみると、太陽が中天を過ぎているのが見えた。日暮れまでと考えると、それなりに長い時間がかかることになる。


「痛みがあったり、苦しかったりはしないのか?」

「……それなりに長い年月、体に潜み続けていた毒気を引き剥がすのじゃ。少し辛いかもしれんのう」


 隠すことなく説明するアクシスだが、それを聞いたルヴィリアが怯むことはない。胸に手を当て、数回深呼吸してから頷く。


「わたしはいつでも大丈夫です……あっ、でもレウルス様が食事を終わらせてからの方が……」

「いやいや、そこは気にするところじゃないでしょ。ルヴィリアさんの都合に合わせて治療してもらってくださいよ」


 ユニコーンを探し、治療をしてもらうための条件は命懸けで満たしたのだ。あとはルヴィリアの好きなように――覚悟を決めてから治療を受ければそれで良いのである。


 こっちは気にするな、とレウルスは首を横に振る。すると、ルヴィリアはレウルスの顔をじっと見つめ、頭を下げた。


「レウルス様には本当に――」

「“今は”良いですから。それは体が治ってから聞かせてもらいますよ」


 感謝の言葉を紡ごうとしたルヴィリアを制し、レウルスは肩を竦めて言う。あとは治療を受けるだけだが、まだ治ったわけではないのだ。

 ないとは思うが、アクシスでも治しきれないという可能性もある。それならば、感謝の言葉はきちんと治療を終えてからで良い。


 ルヴィリアはそんなレウルスの言葉に破顔すると、その視線をアクシスに向ける。アクシスはルヴィリアの真剣な、覚悟が決まったような表情を見て口の端を吊り上げた。


「覚悟は決まっているようじゃな」

「……はい」


 ルヴィリアは覚悟を固めたようだが、その分表情と声色が硬い。アクシスはそんなルヴィリアの表情を見て何を思ったのか、負けず劣らず真剣な表情を浮かべる。


「――では、まずは服を脱いでもらおうかの」


 そして、瞬時にアネモネが飛び掛かった。おそらくは反射的なものなのだろうが、これから主人の治療を行う者に対して過剰と思えるほどの殺気をぶつけている。

 アクシスは飛び掛かってきたアネモネから瞬時に距離を取ると、それまでの真剣さが嘘のように飄々とした笑みを浮かべた。


「なんじゃ、おっかないのう。冗談じゃよ冗談。お嬢ちゃんがあまりにも硬くなっておったから、それを解すための冗談じゃ」

「冗談は時と場合を選んでいただけますか?」


 怒りを押し殺したような低い声でアネモネが言うが、アクシスは笑うばかりで取り合わない。そんな二人の漫才を他所に、ルヴィリアは頬を赤らめながら服の裾を握る。


「……ち、治療に必要なら……わたしは……」

「お嬢様!?」


 話を聞いていましたか、とツッコミを入れるアネモネ。そんな周囲のやり取りを聞きながら、レウルスは見た目はきちんと焼けている『首狩り』の肉を齧った。


(……何を食ったらこんな味になるんだ?)


 まずは味付けをしていない肉を齧ってみたが、雑味が酷く、お世辞にも美味しいとは言えない味だった。上級の魔物の肉ということで期待していたが、旨味と苦みがぶつかり合ってお互いに主張を繰り広げている。

 焼く以外の調理法を試せば良かったかと思いながら、レウルスはアクシスに視線を向けた。


「爺さん、緊張を解すどころかルヴィリアさんが墓穴掘ってる感じがするんだが……本当に冗談だよな?」

「冗談じゃよ……もちろん、脱いでくれたらそっちの方がやる気が出るのは否定せんぞ?」

「はっ倒しますよ」


 殺しはしないが本当に殴るぐらいはしそうなアネモネの声。アクシスがいなければルヴィリアの治療が不可能だと理解しているはずだが、それはそれとして主人であるルヴィリアをからかうのは許せないようだ。


「なんじゃいなんじゃい、少しぐらい役得があってもいいじゃろ。ん?」


 そう言ってアクシスがルヴィリアを見るものの、とてもではないが緊張が解れたようには見えない。


「ふぅ……冗談はこれぐらいにしておくかのう。約定は守らねばならんしのう」


 アクシスは何を言ってもルヴィリアの緊張が解れることはないと判断した。そのため覚悟が揺らがない内に治療に取り掛かる。


「横になれる場所……そうじゃな、馬車の中で治療をするかのう。侍女のお嬢ちゃんも横についてよいぞ。治療中の世話は任せるからのう」

「それは……いえ、わかりました」


 どうやら話がまとまったらしい。レウルスは塩焼きにした『首狩り』の肉に手を伸ばし、一齧りしてからルヴィリアに視線を向ける。


「頑張れ、なんて言うのも変な話か。治療中は魔物が近づかないよう見張っておくから、安心して治療を受けてくるといいさ」

「ふふっ……それなら心から安心して治療を受けられますね」


 自然体で送り出すレウルスに、ルヴィリアは笑顔を浮かべていた。そしてアクシスやアネモネと共に幌馬車に乗り込んでいく。


「さて……飯を食ったら最後の一仕事といきますか」


 あとは宣言通り、魔物が寄ってこないよう警戒をするべきだろう。痛みや苦しさがあると聞いた以上、なるべく近くにはいない方が良いはずである。


(これで『首狩り』の肉が美味かったら最高だったんだがなぁ……)


 防具は点検中で、武器として『龍斬』と短剣があるだけだ。それでも『首狩り』の肉で魔力を補充したレウルスはだらけているエリザとサラを抱き上げ、ミーアとネディを連れてその場から離れるのだった。








 結果として、アクシスの言った通り治療は日が暮れるまで続いた。


 ただし、治療が終わった後、気を失うようにして眠るルヴィリアの表情は非常に穏やかなものであり、まるで憑き物が落ちたようである。


 あとは二、三日様子を見る必要があるが、それで問題がなければマタロイへと帰る旅が待っている。


 旅全体で見れば半分を折り返したところであり、無事にマタロイまで辿り着き、ルヴィリアをヴェルグ子爵家に送り帰してようやくお役御免となる。


 そのため、最後まで気を抜けない。家に帰るまでが“遠足”なのだ。


 それでもレウルスはこの日ばかりは無事に生き延びられたこと、そしてルヴィリアの治療が上手くいったことを祝い、喜ぶのだった。

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