第29話:命の味
「っ!?」
その時レウルスが最初に感じたのは、激痛に似た空腹感だった。そのあまりの空腹感に目が覚め、跳ねるようにして飛び起きたのである。
「ごぉっ!? あっ、いだっ!」
かけられていた薄布を跳ね飛ばし、勢い余って木製の寝台から転げ落ちる。それでも寝台から転げ落ちた痛みよりも空腹の方が痛く感じられた。
「ちょっ、な、なん、何? え? ていうかここどこだよ!?」
周囲を見回して思わず声を上げてしまうレウルス。つい先ほどまでキマイラと戦っていたはずだというのに、気が付けば何処とも知れぬ一室で寝台に寝かされていたのだ。
部屋は六畳ほどの広さがあるが、寝台以外に目ぼしい家具が見当たらない。小さなテーブルが置かれているだけで、あとは壁に設けられた木製の窓があるだけだ。
「は? あれ、俺ってキマイラと戦ってた……よな?」
レウルスは思わず自分の体をぺたぺたと触ってしまう。しかし空腹の痛みが酷過ぎるせいかキマイラとの戦いで負った傷も痛まず、目視で確認しても目立つ傷痕はなかった。
もしかするとキマイラとの戦いは夢か何かだったのか。だがそれならばこのような部屋で寝ている理由も理解できず、レウルスの思考は混乱を強める。
とりあえず現状を確認するために部屋から出たかったが、空腹のせいなのか体に力が入らず、レウルスはやっとの思いで寝台によじ登った。
「何なんだよ一体……ここどこだよ……」
少し動いただけでも眩暈がする。キマイラとの戦闘で血を流したことが原因なのか、それとも単純に空腹が酷いからなのかはわからない。これほどの空腹感は、ラヴァル廃棄街へと辿り着いた直後以来覚えたことがなかったほどだ。
この部屋から出て何か食べ物を探したいが、動けるほどの体力と元気が残っていない。胃の中は間違いなく空っぽで、今ならその辺りの土でも食べてしまいそうだ。下手すれば部屋に置かれている小さなテーブルにでも噛み付きかねない。
(いや、さすがに木材はちょっと……)
いくら腹が減ったからと言ってもそれは駄目だろう、とレウルスは踏み止まる。しかしながらこのままでは無意識の内に噛み付いてしまいそうだ。
己の強烈な飢餓感に頭を抱えていると、何やら小さな音が耳に届く。それは何者かが歩く音だったが、その音は徐々に早くなり、レウルスがいる部屋の前で止まった。
「……レウルスさん?」
扉が開けられ、顔を覗かせたのはコロナである。そしてレウルスが寝台に腰かけて座っているのを見ると、驚きから目を見開いた。
「コロナちゃん……あっ、まずは水を」
「お父さんっ、レウルスさんが目を覚ましたよ!」
「飲ませてくれると嬉しかったんだけどなぁ……」
状況が理解できないが、まずは水を飲ませてほしい。そう言おうとしたレウルスを遮るようにコロナが叫び、パタパタと足音を立てて走り去ってしまった。
せめて水だけでも、とコロナの後を追って立ち上がろうとしたレウルスだったが、やはり体が動いてくれなかった。体を動かすためのカロリーが不足しているようで、声を出すだけでも辛いほどである。
このままでは座ったまま餓死しそうだ。そんなことを考えたレウルスは無理を承知で立ち上がろうとするが、再び足音が近づいてくるのが聞こえて動きを止める。
コロナと違い、今度は重量感がある足音である。それに続いてコロナのものと思わしき足音が聞こえ、レウルスは扉に視線を向けた。
「起きたかレウルス」
「おやっさん……」
扉を開けて入ってきたのはドミニクだった。体のいたるところに包帯を巻いており、体が動かし辛そうな様子である。その後ろに続いてお盆を持ったコロナも部屋へと入ってきたが、お盆に乗せられた水差しと陶器のコップが見えてレウルスの視線が吸い込まれてしまう。
空腹もそうだが、意識すると喉の渇きも酷かった。そのためコロナに向かってレウルスが手を伸ばすと、慌てた様子でコロナが駆け寄ってくる。
「レウルスさん、お水です。落ち着いて飲んでくださいね?」
心配そうに眉を寄せ、コップに注いだ水を手渡すコロナ。レウルスは小さく頭を下げながらコップを受け取ると、一口、二口と水を口に含み、十分に口内を湿らせてから一気に飲み干す。そして三杯ほど水を飲むと、大きく息を吐いた。
「あー……生き返るわ。こんなに水が美味く感じるのは初めてだ……」
相変わらず空腹感が酷いが、水で腹を膨らませるとマシになった気がするレウルスである。少なくともまともに思考できるだけの冷静さを取り戻すことができた。
レウルスは改めてドミニクを見る。こうして互いに話せる以上、キマイラを仕留めそこなって“あの世”とやらに行ったわけではないだろう。そう判断したレウルスは現状で一番気になることを尋ねることにした。
「おやっさん、俺はどれぐらい眠ってたんだ?」
キマイラに最後の一撃を叩き込んでからの記憶がまったくない。間違いなくキマイラの首を刎ねたとは思うのだが、と首を傾げるとドミニクは小さく息を吐いた。
「三日だ。町まで運んでも起きなくてな……伝手を頼って治癒魔法で怪我の治療をさせた。あとは安静にしていれば目を覚ますと思ってウチで寝かせてたわけだ」
「てことは、この部屋は……」
キョロキョロと見回すが、間違っても今まで寝床にしていた物置ではない。
当然ではあるが、ドミニクの料理店にはドミニクとコロナが居住するスペースがある。物置で寝泊まりしていたレウルスは足を踏み入れたことがなかったが、料理店の二階にドミニクやコロナの部屋があるのだ。
その他にどんな部屋があるのか、何部屋あるのかもしれない。今自分がいるのはその一室なのだろうとレウルスは納得する。
「亡くなったお母さんの部屋なんです」
「重いってか使うのが申し訳ねえなそれ!?」
コロナの回答に思わずベッドから飛び降りようとしたレウルスだったが、コロナは気にしていないように微笑む。
「レウルスさんはお父さんの命の恩人なんですから、気にしないでください。お母さんが生きてたらお父さんの部屋を空けてでも寝かせてたはずですからっ!」
「おやっさん、奥さんの尻に敷かれたの?」
つい気になってそんなことをレウルスが尋ねると、ドミニクはそっと目を逸らした。どうやら尻に敷かれていたらしい。
「あー……それで、キマイラはどうなった? 片方の頭は潰して、残った頭は斬り落としたと思うんだけど……」
ドミニクとしても触れられたい話題ではないだろう。そう判断して話題を逸らすと、ドミニクが安堵したようにため息を吐いた。
「キマイラのことなら心配するな。俺とバルトロで死んでいることを確認した。死体もバラして素材を取ってある」
「そっか……これで逃げ延びてたら、強くなって復讐しに戻ってきそうだったしな。ちゃんと死んでたか……」
ドミニクとバルトロが確認したのなら間違いはないだろう。その上で死体から素材を剥ぎ取ったと言うのならば完璧だ。
「にしても、いくらあんなに怪我したっていっても三日も寝込むなんてな。シェナ村での疲れが今になって出てきたのかねぇ……」
幼児の頃から十年以上過酷な労働が続いたのだ。いくら食生活と住環境が改善されたとはいえ、体の奥底に疲労が溜まっていてもおかしくはない。その疲労が今回の戦いで表に出たのではないか、とレウルスは思った。
「違う。怪我もあるだろうが、お前が昏倒したのは魔力切れが原因だ」
だが、その考えはドミニクが否定する。
「そっか、魔力切れねぇ……は? 魔力切れ?」
レウルスは一度頷き、数秒経ってから首を傾げた。魔力切れと言われても思い当たる節がない。怪我と出血多量で倒れたと思ったが、違うのだろうかとレウルスは不思議に思う。
「怪我もそれなりに重かったが、問題は『強化』……に似たあの魔法が原因だな。あんな隠し玉があるなら先に言っておけ」
ジロリとドミニクが見てくるが、レウルスとしては困惑することしかできない。魔法と言われても、本当にわからないのだ。
「魔法、魔法……“アレ”って魔法?」
レウルスは魔法のことなどほとんどわからないが、ドミニクが言うのならそうなのだろう。レウルスとしてはいまいち実感が湧かないが、キマイラを倒した火事場の馬鹿力は魔法の一種らしかった。
「おそらくは、だがな。しかし『魔力計測器』で魔力を測っても魔力の反応がない……寝ている間に『魔計石』を握らせてみたが、何の反応もなかった。だが、それでもキマイラと戦っている時は魔力を感じた。そうである以上アレは魔法のはずだ」
「はぁ……」
魔法と言われても、本当に意味が分からないのだ。そのためレウルスは生返事をすることしかできなかった。
「もう、お父さんったら……そんなことはどうでもいいでしょう? 他に言わなきゃいけないことがあるんだから!」
ドミニクに対し、コロナが咎めるように頬を膨らませた。それを聞いたドミニクはバツが悪そうに頭を掻く。
「そうだったな……ああ、そうだった。レウルス」
「……なんですか?」
何かあっただろうか、などと思いながらレウルスは姿勢を正す。すると、ドミニクも姿勢を正してから頭を下げた。
「お前のおかげで生きて戻ることができた……感謝する」
「――――」
頭を下げ、感謝の意を示すドミニク。そんなドミニクの姿に、レウルスは絶句した。
「レウルスさん……お父さんを助けてくれてありがとうございました。本当に……本当に感謝しています」
ドミニクに続き、コロナも頭を下げる。その瞳には涙が滲んでおり、心の底から感謝していることが窺えた。
レウルスは二人の感謝の言葉に対し、何も言葉が出ない。
キマイラに立ち向かうと決断したのは、自分自身だ。そこには危機に陥ったドミニクを助けたい、逃がしたいという心情があったが、実際にそれが叶うとは思っていなかった。
ドミニク達の協力で弱っていたとはいえ、キマイラを圧倒した“あの力”。あれがなければ今頃は屍を晒していただろう。それを思えばレウルスの決断は無謀でしかなく、こうやって改まって感謝されると喜びよりも困惑の方が先に立ってしまった。
「頭を……上げてください」
頭の中が真っ白になったが、なんとかそれだけは絞り出す。自分の声が震えを帯びていたことに、レウルスは気が付かなかった。
「俺は、ドミニクさんとコロナちゃんに命を救われた……その恩を返そうと思っただけです。だから頭を下げられても、その、困ります。キマイラを倒せたのだって、偶然が重なっただけと言いますか……」
受けた恩を返す。そんな綺麗事だけでキマイラに立ち向かった訳ではないが、その感情が大きな部分を占めていたことは否定できない。
レウルスとしては笑い話にもならないが、前世と違って今世では他人の悪意に染まり過ぎた。否、シェナ村では相手に悪意もなかっただろう。彼らはそれを当然のことと思ってレウルスに命令し、危険な仕事を何度も割り振ってきた。
そんな環境で育ったレウルスにとって、ドミニクとコロナから与えられた恩は非常に大きい。故に、当のドミニクやコロナから感謝されることに現実感が伴っていないのだ。
「俺は……恩を返せましたか?」
自分は恩返しができたのだろうか。そんな思いが胸中を占める。
命を救われた恩を、命を救うことで返す。言葉にすればそれだけだが、“そんなこと”を自分が成し遂げたというのか。結果だけを見れば成し遂げたのだろうが、レウルスにはそれを実感することができなかった。
「お前は……いや、そうか」
レウルスの言葉に何を思ったのか。頭を上げたドミニクが僅かに表情を歪めていた。しかしすぐにいつものしかめ面に戻ると、コロナの背を叩いて顔を上げさせる。
「お前がどう思っているのか俺にはわからん……が、俺が救われたのは事実だ。お前は恩を返すことに拘っていたようだが、それはもう十分返してもらった。ああ、十分だ。むしろ釣りが出るぐらいだ」
「そう、ですか……」
実感は湧かないが、ドミニクがそう言うのならばそうなのだろう。レウルスは深々と息を吐くと、言い表せぬ心情を持て余すように頭を掻く。
「そうか……良かった……ああ、良かった……」
無茶をした意味があった。命を賭けた甲斐があった。この世界に生れ落ちてから、初めて誰かの役に立てたのだ。
この世界に生まれて十五年。そのうち十二年はシェナ村で過酷な労働を強いられてきた。いつ死んでも構わらない、むしろ死ねば村の食糧を使わずに済む。そんな言葉を投げかけられたこともある。
それでも成人するまで生き抜いてみれば、今度は鉱山奴隷として売り払われる始末だ。これならば前世の記憶などない方が良かったと思ったこともある。そうであるならば、きっと五歳になる前に死んで楽になっていただろうから。
そんな自分でも、誰かを助けることができた。それが命の恩人ならば、これまで生きてきた意味もあったというものである。
「レウルスさん……」
そんなレウルスの様子に、涙を浮かべたままのコロナが小さくその名を呼んだ。レウルスは小さく笑って表情を繕うと、何でもないと言わんばかりに頭を振る。
「……何か食べたいものはあるか? やっと目を覚ましたんだ。好きなものを食わせてやる」
ドミニクも何か思うところがあったのか、初めて出会った頃と比べれば柔らかい声色でそんな言葉をかけた。それを聞いたレウルスは心からの笑みを浮かべると、食べたい料理をリクエストする。
「――塩スープで」
それは、この街に来て初めて食べた料理だ。自分が命を救われた、思い出の料理だ。
その時は空腹だったことも相まって極上の味だったのである。そして今はとても腹が空いている。気分も最高だ。
きっと、さぞ美味しく感じるだろうとレウルスは笑うのだった。
「実はね、坊やに渡した認識票には『魔法文字』で魔法が刻んであったのよ」
後日、冒険者組合に呼び出されたレウルスは受付のナタリアからそんなことを言われた。受付に置かれた椅子へと腰をかけると、紅茶らしきものを差し出される。至れり尽くせりだとレウルスは思った。
「へえ、そりゃどんな代物で?」
そういえば紅茶を飲むのは今世で初めてだったな、などと思いながら尋ねる。紅茶の良し悪しはわからないが、まあ不味くはないな、とレウルスは思った。すると、ナタリアは紅茶を飲むレウルスに対し、ニコリと微笑んでから告げた。
「風の刃を生み出す魔法でね……発動すれば首から上が吹き飛んでいたわ」
「物騒過ぎる!?」
思わず紅茶を噴き出してしまったが、自分は悪くないとレウルスは思った。そして即座に椅子から立ち上がり、首に提げていた冒険者の認識票を首から外して床に叩きつけてしまったが、これも自分は悪くないとレウルスは思った。
「えっ? な、なんでそんなことを……」
もしかして知らない内にナタリアを怒らせていたのだろうか。そう考えたレウルスに対し、受付から出てきたナタリアが認識票を拾い上げながら苦笑する。
拾い上げる際にナタリアの豊かな胸が大きく揺れたが、今しがた聞いた言葉のインパクトが強すぎてレウルスはそれどころではなかった。
「あなたが色々と怪しいと思ったからよ。農奴だったっていう割に礼儀や言葉遣いがちゃんとしているし、常識は知らなくても頭が悪いわけじゃない。この町の冒険者組合の受付としては、はいそうですかと流せないぐらいに怪しかったわ」
「言いたいことはわかるけど怖ぇよ! くそっ! 道理でニコラ先輩達の認識票と違うって思ったわ!」
ニコラやシャロンの認識票との違いには気付いたものの、深く考えなかった自分に嫌気が差すレウルスである。それでもナタリアがそれを明かしたという点に注目すると、悪いことではないのだろうと思った。
「ごめんなさいね。でも、あなたもこの町の“役割”について知ったでしょう? この町で生まれたのならいざ知らず、他所から来た人を受け入れるとなると……ね? 認識票もそうだけど、シャロンに見張りを頼んでいたのよ」
門番のトニーやドミニクは本気で受け入れるつもりだったのだろうが、冒険者組合を運営するナタリアやバルトロはそれだけで済ませるわけにはいかなかったのだろう。レウルスがそう考えていると、受付の奥の扉からバルトロが出てきた。
「おう、坊主か。ナタリアから説明を受けたか?」
重たい足音を立てながらバルトロが近づいてくるが、初めて出会った時と比べて険が取れている。どうやらキマイラとの一戦で認められたらしい、とレウルスは思った。
「どうも、組合長。その途中だよ。下手すりゃ首から上が吹っ飛んでたってのは聞いた」
バルトロに視線を向けると、ドミニクと同じように全身に包帯を巻いている。治療を最優先したのはキマイラを倒したレウルスと魔法の扱いに長けているシャロンだけだ。ドミニクもバルトロも治療魔法を使わず、自力で治すつもりらしい。
「すまんな。だが、この街を守るためには仕方なかった。それは理解してくれ」
「何を警戒してたのかわかるのが何とも言えねえ……で? それを教えたってことは、疑いが晴れたってことでいいんだよな?」
前世の記憶があるせいか、自分の行動にチグハグな部分があることはレウルスもわかっている。そのためバルトロとナタリアが警戒する理由も納得ができた。それ故にレウルスは水に流し、これからの話をする。
「シェナ村とラヴァルに手の者をやって裏も取れた。坊主を買った商人は死んでたからな、この町で過ごしても横槍が入ることはねえ。これで正真正銘この町の住人ってわけだ」
「あーそう……なんか疲れたよもう……」
首から上を吹き飛ばす危険な物体をずっと持っていたのだ。認められたことは嬉しいが、それ以上に疲労があった。
「“あの時”坊主が見せた魔法については色々と聞きたいが……」
「俺の方が聞きてえ。俺に魔力はないって姐さんが言ってたじゃんか……あれからうんともすんとも言わねえし、どうやれば使えるのか見当もつかねえよ」
恨みがましくナタリアに視線を向けるレウルス。改めて『魔力計測器』で魔力を測ってみても、何の反応もなかったのだ。
「まあ、それはこれから理解していけば良いだろう。これからはこの町の一員として、冒険者として生活するんだ。時間はいくらでもある」
そう言いながらバルトロは懐から何かを取り出し、レウルスへと放り投げる。レウルスは空中でキャッチすると、手の中の物体を見て眉を寄せた。
「認識票か……」
ドッグタグに似た金属板に、首から下げるための細い鎖。それが冒険者の認識票であることを理解したレウルスは、金属板に刻まれている文字が光っていないか確認する。
「これ、『魔法文字』じゃないよな? 首から上を吹っ飛ばしたりしないよな?」
「安心しろ、これが正式な認識票だ。冒険者組合の長として、坊主を下級中位の冒険者として認める証だ」
「それなら安心……って、下級中位?」
キマイラを倒したことで昇進したのだろうか。“あの”キマイラを倒したことが評価されたのかもしれないが、一階級しか上がらなかったと思うべきか、早いと思うべきなのかもわからない。
「いくらキマイラを倒したって言っても、これは異例のことよ? 普通なら一年は下級下位のままだもの。一年経つごとに一階級上がれば良い方で、坊やみたいにこの街に来て一ヶ月も経たずに昇級するのは極めて稀なことなんだから」
レウルスが訝しんでいると、ナタリアが微笑みながら説明してくる。どうやらそれほどまでにキマイラを倒した功績が大きかったらしい。
「……この認識票と一緒についてる金属板は?」
レウルスが渡されたのは、認識票だけではない。認識票よりも簡素で薄い造りだが、表面に何かしらの文字が刻まれた金属板が三枚ほど渡された。
「坊やも見たことがあるでしょう? 推薦状よ」
「推薦状……ああ、トニーさんがくれたやつか」
よくよく見てみると、かつて門番のトニーから渡されたものに似ていた。
「坊やがこの町に受け入れても良いと思った人がいたら渡しなさい。ただし、それだけで受け入れるわけじゃない……それはわかるわね?」
「その後おやっさんのところに行ったっけ……一次審査の合格証みたいなもんか」
推薦状だけでなく、ドミニクのようにラヴァル廃棄街でも有名な人物からの推薦が必要なのだろう。そう理解したレウルスは首から下げると、使う機会があるのかと笑う。
「まあ、誰か良い奴がいたら推薦してみるよ。それで? 今日呼び出した用件はこれで終わりか?」
それならばドミニクの料理店に行って食事をしたかった。キマイラを倒して以来、どうにも腹が空いて仕方がないのである。そんなことをレウルスが考えていると、ナタリアが受付の奥へと引っ込んだ。そして木製のお盆に載せた布袋を差し出してくる。
「……これは?」
「キマイラ討伐の報酬よ。これは坊やの取り分」
そう言われて布袋を手に取ってみると、ずしりと重い。初めて報酬を得た時も重く感じたが、今回は物理的に重たいのだ。恐る恐る布袋の口を紐解いてみると、中には金色の物体が入っていた。
「……金貨じゃねえか!?」
驚きから布袋を放り投げそうになったが、ギリギリのところで踏みとどまる。震える指先で中身を数えてみると、布袋の中には十枚の金貨が入っていた。
「えっと……金貨一枚で銀貨十枚だから、金貨十枚で……」
銀貨に換算すれば百枚になるだろう。10000ユラ――1ユラが100円だと仮定すれば日本円で100万円になる。初めて得た報酬が700ユラだったことも驚きだったが、今回の驚きはそれ以上だ。
ただし、命を賭けた対価としては安いのだろうが。
レウルスが戦慄していると、ナタリアがからかうように微笑む。
「さて、坊やは一体何にお金を使うのかしら?」
「そんなの決まってるよ」
それは、初めて報酬を得た時にかけられた言葉に似ていた。そのため、レウルスも笑って返す。
「――まずはドミニクさんの店で腹いっぱいメシを食うさ」
無料で食べさせてもらえる食事も美味いが、料理屋では金を払って食べるものだ。
命がけで稼いだ金で食べる食事はさぞ美味しいだろう、とレウルスは心の底から笑うのだった。
どうも、作者の池崎数也です。
一章という名のプロローグもこれにて終了となります。
一章だけで20万字超えました……前作で学んだことを活かせてないです。もっと精進したいと思います。
次回の更新からは物語や世界観が色々と広がっていく予定なので、今後も拙作にお付き合いいただけると嬉しく思います。
ただ、ストックが尽きてきているので、毎日更新が途切れるかもしれません。一話五千字ぐらいでコンスタントに更新できれば良いのですが……。
これからは拙作の登録タグであるハーレムやチートが活かせる話にもなるといいなぁ、と思う次第です(ただし作者基準)。ヒロイン関係の話も進めていければと思います。
当然のことではありますが、いきなりすべてが上手く回りだして万事が綺麗に片付くような話にはなりません。一章よりはマシになりますが、これからもどこかしらに世知辛い要素を混ぜていければと思います。
それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。