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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
7章:貴族令嬢の初恋と一角獣の試練

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第298話:死闘の後 その1

「…………んぁ?」


 不意に意識が覚醒する。寝惚けたような声を漏らしながら、レウルスはゆっくりと目を開けた。


 最初に視界に入ったのは、布で覆われた天井である。金属製の骨組みには雨避け用の布が張られ、太陽の光もほとんどが遮られていた。


 レウルスが眠っていたのはこれまでの旅で使用してきた幌馬車の中で、背中には敷き詰められた藁の感触がある。掛け布団の類はないものの気候的に寒いということもなく、レウルスは瞬きを繰り返すことで寝起きの頭を覚醒させていく。


「…………」


 はて、何故こんな場所で眠っていたのか。そんな疑問をレウルスが覚えていると、両隣から寝息のような音が聞こえてきた。


「……んん?」


 音に釣られて視線を向けると、右側にはエリザの、左側にはサラの姿がある。二人とも眠りが深いのか、レウルスが零した声に反応することなく眠り続けていた。


(なんだこの状況……馬車の中で寝てるのもそうだけど、なんでエリザとサラが一緒に寝てるんだ……)


 寝る前は何をしていたのか、即座には思い出せない。


 農奴の生活が冒険者家業に変わってからも早起きは苦でなく、何かあれば即座に起きられるよう体が“慣れている”はずなのだが。


 そんなことを考えながらレウルスは体を起こす。寝る前に何か、大変なことをやっていた気がするのだが――。


「……あっ」


 眠る前――正確には意識を失う前に何をしていたのかを思い出し、レウルスは間の抜けた声を漏らした。


 そして慌てて自分の体を見下ろし、右手で右の首筋に触れる。


 防具は全て取り外されており、『龍斬』も短剣も身に着けていない。『首狩り』に斬られたはずの首筋は何事もなかったかのように塞がっており、かさぶたすら存在していなかった。

 『首狩り』に頭突きを叩き込んだ際に切った頬も塞がっており、蹴り飛ばした際に圧し折れた左足も痛むことなく動く。試しに両手を開閉してみるが反応が鈍いということもない。


(生きてる……よな? 魔力が少なくなってるのは仕方ないとして、体のどこも痛くないし、ちゃんと動く……)


 『首狩り』を倒したところまではきちんと覚えているが、それから先の記憶がない。前世で一度死んだことがあるレウルスの“感覚”としては、『首狩り』の戦いで負った傷は致命傷だと思ったのだが。

 意味もなく自分の体を叩いて状態を確認していると、その音が聞こえたのか馬車の外から驚いたような声が届く。


「レウルス君!?」

「……起きた?」


 そんな言葉と同時に顔を覗かせたのは、ミーアとネディだった。慌てた様子で馬車に飛び乗ると、レウルスが声をかける暇もなく抱き着いてくる。


「ど、どこも痛くない? ちゃんと意識がある?」

「……よかった」


 抱き着いてきたミーアとネディを受け止めたレウルスだったが、ミーアは心配した様子で体調を確認し、ネディは安堵したような声をかけてくる。

 それを申し訳なく思いながらも、レウルスはその視線を下に向けた。


「心配かけて悪かった……ただ、二人ともそこをどいてやってくれないか? エリザとサラが……」


 そう話すレウルスの視線の先には、ミーアとネディが飛びついてきたことで下敷きになったエリザとサラの姿がある。


「なん、じゃ……いったい……」

「んぎゅ……ちょっと、お腹に乗ってるの、だれよー……」


 声で目覚めたのか、あるいは押し潰されて苦しかったのか、エリザとサラが不満そうな声を漏らしながら目を開いた。


 二人はあくびを零しながら周囲を見回し――レウルスと視線がぶつかる。


「……レウルス!」

「わーい! 起きたのね!」


 そして寝起きとは思えない俊敏さで抱き着いてくるのを受け止め、レウルスは微笑とも苦笑とも取れない笑みを零すのだった。








「俺、丸一日眠ってたのかよ……」


 泣いて騒いで喜んで。それぞれ違った反応を見せるエリザ達をどうにか宥めたレウルスは、現状を確認してため息を吐いた。


 『首狩り』と戦ってから一日が過ぎており、一度も目を覚ますこともなく眠り続けていたらしい。


「ほ、本当に……心配、したんだよ……」


 そう言いながらしゃくり上げるのはミーアである。両目から涙がぽろぽろと零れ、両手で拭っているが一向に止まる気配がない。


 話を聞けば、レウルスが『首狩り』を倒した直後にアネモネがミーア達の元に飛び込んできたらしい。

 レウルスの傷が深すぎたためその場から動かすわけにもいかず、アクシスを呼んで治療を頼んだそうだ。


 そうして慌てて駆けつけてみれば、肩口から両断された『首狩り』の死体と共に倒れるレウルスの姿があった。それを確認したアクシスがすぐさま治療を始め、辛うじて命をつないだらしい。

 まさに九死に一生を得たといったところか。ユニコーンのアクシスが近くにいなければ、そのまま命を落としていただろう。


「なるほどな……エリザとサラが一緒に眠ってたのは?」


 だが、それはそれとして何故エリザとサラが傍で眠っていたのか。それが気になったレウルスが尋ねると、しゃくり上げるミーアではなくネディが答える。


「二人も倒れた……ばたっと」

「ば、ばたっと倒れたのか……大丈夫なのか?」


 真顔で答えるネディに苦笑するレウルスだが、エリザとサラに向ける視線は真剣である。一体何があったのかと疑問をぶつけると、レウルスに抱き着いたままのエリザとサラが顔を上げた。


「大丈夫じゃ……ただ、レウルスの治療を待っている途中、急に体から力が抜けての……」

「なんかねー、魔力と一緒に体力が持っていかれた? みたいな感じはしてたんだけど、気が付いたらばたっと」


 エリザは眉を寄せながら、サラはあっけらかんとした様子で話す。それを聞いたレウルスは記憶を手繰り、視線を彷徨わせた。


「あー……それ、多分俺のせいだ。死にそうな状態だったから記憶が怪しいけど、何か“引っ張った”気がする……すまないな」


 『熱量解放』を操った際に起きた変化。その感覚を思い出しながらレウルスは謝罪した。


 おそらくは『契約』を通してエリザとサラの力なり魔力なりを奪ってしまったのだろう、と推測する。


「だ、大丈夫じゃ! 少し体がだるいぐらいで、痛いところもないからのう!」

「そうそう! レウルスの方が大変だったんだし、気にしないでよ!」


 レウルスが頭を下げると、エリザとサラが慌てたように声を上げた。それをありがたく思いながらも、レウルスは土壇場で博打を打つ羽目になったことに対してため息を吐く。


「……そうだ、思い出した。爺さんはどこだ?」

「ん? 儂に何か用かの?」


 レウルスがアクシスの姿を探すと、本人がひょっこりと顔を覗かせる。相変わらず飄々とした雰囲気だが、その目付きがどこか真剣に見えたのはレウルスの錯覚か。


「治療してくれてありがとうってのと……あの兎、事前に聞いてない攻撃手段……いや、防御手段? を持っていたんだけど」

「どういたしまして、と言えば良いのかのう。それと、『首狩り』のアレは儂としても予想外でな……」


 まずは治療をしてくれたことに感謝するレウルスだが、アクシスから聞いていなかった戦闘方法――それも空間に亀裂を生み出すという離れ業に関しては抗議したかった。


 魔物が予想外の行動をするのは仕方ないとしても、アレはさすがに予想外にも程があるだろう。一発といわず殴れる限り殴ろうと思っていたレウルスだが、死にかけたところを治療してくれたこともあり、確認を取るだけに留める。


「『首狩り』があのような魔法を使うなど初めてのことでな……儂も困惑しておるんじゃ。お主を治したのも、そんな『首狩り』を倒したことと迷惑料の代わりじゃな」


 どうやら“本来なら”死にかけていても治療する気はなかったらしい。ルヴィリアの治療のために『首狩り』に挑んだのであって、その戦いでどんな傷を負ってもそれはレウルスの自己責任として片付けるつもりだったようだ。


(つまり、その前提が崩れるぐらいには危険だったわけだ……)


 最後には叩き切ることができたが、仮に空間の断裂に気付かずに接触していればその時点で死んでいただろう。


 本当に知らなかったのかという疑問は残るが、敢えて伏せる意味も見当がつかない。そのためレウルスは深いため息を一つ吐くだけで切り替え、今も抱き着いたままのエリザ達を優しく引き剥がしていく。


「色々と言いたいことはあるけど……まずはこれを確認しなきゃいけなかったな。爺さんの依頼はこれで達成……それで間違いはないよな?」


 これで『やっぱりなしで』などと言われた日には、レウルスだけでなくアネモネも全力で襲い掛かるだろう。


「うむ。我が名、我が魂に誓って認めよう」


 だが、そんなレウルスの危惧を他所に、アクシスは大きく頷いてみせる。その表情と声色は、普段の助平爺振りが嘘のように真剣なものだった。


 千年を超える永い時を生きてきた者らしく、威厳と貫禄がある表情である。


「よくぞ『首狩り』を倒した。約定通り、あのお嬢ちゃんの体を治そう」


 真摯に、一片の嘘も冗談も感じられない口調だった。その言葉を聞いたレウルスは肩の荷が下りたと言わんばかりに安堵の息を吐く。


「そりゃあ良かった……で、その治療を受けるルヴィリアさんはどこに行ったんだ?」


 傷一つ負わせることなく『首狩り』を倒したはずだが、ルヴィリアやアネモネの姿が見えない。


「侍女のお嬢ちゃんと一緒に薪を拾いに行っておるよ。お主達は目覚めんし、そっちのお嬢ちゃん達は馬車の近くから離れようとしなかったからのう」


 そう言われてレウルスが視線を向けてみると、ようやく泣き止んだミーアが顔を真っ赤にしながら視線を逸らしていた。そんなミーアを真似たのか、ネディも真顔で視線を逸らしている。


「コルラードさんは?」

「男のことは知らん」


 コルラードに関しては毒を吐くアクシスだが、性格と立場を考えればルヴィリアの護衛に就いているのではないか。

 そんな推測をするレウルスだったが、それを裏付けるように遠くから気配が近づいてくる。


「……おおっ! 目が覚めたのであるか!」


 馬車の周囲に誰もいないのを不審に思ったのか、怪訝そうにしながらコルラードが顔を覗かせた。そして驚きと喜びを半々にしたような声を上げる。


「っ!?」


 続いて、息を呑むような声が聞こえた。そして薪が地面にぶつかり、散らばるような音も聞こえてくる。


「――レウルス様っ!」


 コルラードとアクシスを押しのけるようにして姿を見せたのは、ルヴィリアだった。


 身を起こしていたレウルスが軽く手を挙げると、不安そうだった表情が瞬時に霧散し、驚きと喜びをない交ぜにした表情を浮かべる。


 どこにそんな機敏さがあったのかと問いたくなる速度で馬車に飛び乗ってきたルヴィリアの姿に、レウルスは軽く現実を逃避したくなった。


 現実逃避をしたかった理由は単純で、レウルスの顔を見たルヴィリアの瞳に涙が溜まり始めていたからである。加えて言えば、エリザ達と同じように抱き着いてきたからだ。


 貴族として大丈夫なのかとレウルスが視線を向けてみると、アネモネとコルラードが何も見ていないと言わんばかりに背を向けている。


 それでも泣きながら抱き着いてくるルヴィリアを突き放すわけにもいかず、また、そんな元気もなく、レウルスはされるがままになっていた。


(あー……腹、減ったなぁ……『首狩り』の肉、ちゃんと取ってあるかなぁ……) 


 ルヴィリアから意識を逸らしていると、空腹がグゥと存在を主張する。


 だが、空腹を感じるということは生きているということだ。


 その喜びを噛み締めながら、レウルスはあやすようにしてルヴィリアの背中を叩くのだった。

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