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第297話:『魔物喰らい』と『首狩り』 その6

 レウルスは残り僅かな時間で『首狩り』を仕留めるために、『首狩り』はレウルスという脅威を排除するために、真っ向からぶつかり合う。


 “速度は互角”で、レウルスと『首狩り』は互いに踏み込み、『龍斬』と爪を打ち合わせる。『首狩り』が振るう爪はレウルスの首を刎ねる軌道で迫り、レウルスはそれに合わせるように『龍斬』を振るった。

 互いに当たりさえすれば必殺となり得る一撃である。膂力の差でレウルスの方が有利だが、体格では『首狩り』が勝る。


 故に真っ向から打ち合えば互角であり――打ち合った瞬間、『首狩り』の体が浮いた。


『キキッ!?』


 振るった右手の爪ごと弾かれ、勢いに負けて『首狩り』の体が大きく弾かれる。それを認識した『首狩り』の口から驚いたような声が漏れたが、レウルスはそれに構わず振り切った刃を返して叩き込む。

 体が浮いているため回避は不可能である。そのため『首狩り』は咄嗟に左手の爪を斬撃の軌道上に差し込み、肩口から斜めに両断されるのを防ぐ。


『ギィッ!?』


 そして、浮いていた体が地面に叩き付けられた。二メートル近い巨体が地面をバウンドして転がり、困惑の気配を見せながら跳ね起きて体勢を整える。


 跳ねる『首狩り』を追うようにして駆けたレウルスは、『首狩り』の困惑を無視するように『龍斬』を振り下ろす。それを見た『首狩り』は即座に後退して斬撃を回避するが、レウルスはそのまま地面に向かって『龍斬』を叩き込んだ。


 轟音と激しい衝撃。地面に『龍斬』を叩き込んだ衝撃はそのまま土と草を吹き飛ばし、距離を取ろうとした『首狩り』へと押し寄せる。

 それを見た『首狩り』はすぐさま地を蹴って横に転がるが、巻き上げた土砂に構わずレウルスは突っ込んでいく。


 『龍斬』を横薙ぎに振るって宙に浮いた土砂を吹き飛ばし、即席の目潰しにする。ただし剣を振るっている間も足を止めず、感じ取れる『首狩り』の魔力目掛けて飛び掛かった。


「ガアアアアアアアアアアアァッ!」 


 飛ばした土砂ごと両断してやると言わんばかりの剛撃。“普段”の『熱量解放』よりも増しているように感じられる膂力を剣に乗せ、『首狩り』を縦に割らんと剣撃を降らせる。


『キ……キキキキッ!』


 避けるか迎撃するか迷ったのか、『首狩り』の動きが僅かに鈍った。それでもその場で爪を交差させると、レウルスの斬撃を真正面から受け止める。


 ――パキン、と乾いた音が響く。


 それは『首狩り』の爪が折れた音だ。五指に生えた爪、両手合わせて十本。その内半分が一撃で圧し折れて宙を舞う。

 また、真正面から完全に受け止めることはできなかったらしく、『龍斬』の刃が『首狩り』の左肩に食い込んで血しぶきを上げさせた。


『ギギッ……ギイイイイィィィッ!』


 レウルスの一撃に耐えかねたのか、それとも痛みによるものか。『首狩り』は悲鳴染みた鳴き声を上げながら体を捻り、『龍斬』の刃を強引に払い除けた。


 『首狩り』の意識は爪を半分まとめて圧し折った『龍斬』に向いている。左肩に食い込んだ刃を除けることに必死で、意識は刃にのみ向けられている。

 両手の爪で『龍斬』を防ぎ、左肩に食い込んだ刃を払い除けたことでがら空きになった右の脇腹。それを見たレウルスは反射的に回し蹴りを放っていた。


 素手での戦い方は最低限と呼べるほども学んでいないため、力に任せた回し蹴りである。それでも“現在の”身体能力から繰り出す蹴りは尋常な威力ではなく、命中した瞬間『首狩り』の毛皮を通して何本かの肋骨を圧し折る感触が伝わってきた。


 同時に、自分の左足から生木を圧し折るような音が響く。どうやら蹴りの威力に体がついてこなかったらしい。

 レウルスは圧し折れた己の足に対して無感動な感想を抱きつつ、蹴り飛ばしたことでボールのように宙を飛ぶ『首狩り』を見た。


 肩口に食い込ませた『龍斬』によって血が溢れ、宙を飛ぶ『首狩り』から尾を引くようにして飛び散る。

 それを視界に捉えつつも追撃のために地を駆けようとしたレウルスだったが、不意に、『首狩り』の血の香りが鼻に届いた。


 それは甘美で、豊潤な香りだ。その匂いを嗅ぐだけで腹が減る――“喉が渇く”。


 レウルスは追撃を止めて『龍斬』に視線を向けた。そこには『首狩り』の血がべったりと付着しており、レウルスは無意識の内に血を指で拭って口に運ぶ。


「あぁ……美味いなぁ」


 口の中に広がる鉄の味。それがどうしようもなく美味く感じられる。


 僅かな血でもこれほど美味いのだ。傷口に牙を突き立てて血を啜れば、それは極上の甘露になるのではないか。

 レウルスは蹴り飛ばした『首狩り』に視線を向ける。肋骨を蹴り折った影響か『首狩り』の動きは鈍く、未だに体勢を立て直すこともできていない。


 それならば今の内に、と足を踏み出したところで左足から痛みが伝わってきた。


(っ……俺は、何を……)


 その痛みでレウルスは我に返った。それと同時に漏れないよう抑え込んでいた『熱量解放』の魔力が“外”に溢れる。


「ぐっ……」


 右の首筋から血が溢れ出し、痛みが伝わってくる。先ほどまで止まっていたはずの傷から血が流れているのだ。ただし、先ほどまでと比べるとその勢いは弱い。


(集中……集中……)


 レウルスは『首狩り』が体勢を立て直している間に、『熱量解放』によって体外に溢れ出る魔力をもう一度体内に押し込み始めた。


 すると再び出血が止まり――同時に、意識が遠退くのを感じた。


 思考は働いているというのに、理性が急速に溶けていく。それに気付いたレウルスは必死に己を保ち、『龍斬』を構えた。

 気が付けば、先ほど折れたはずの左足も痛みが弱まっている。試しに体重をかけてみるが、しっかりと踏ん張ることもできた。


(自分の体なのに、何が起きてるかわからないってのは怖いもんだが……今は、アイツを……)


 じわじわと理性が溶けていくのを感じながら、レウルスは地を蹴る。狙いは当然ながら『首狩り』で、極力時間をかけずに仕留められるよう意識を保つ。


 本能は“このまま”で良いと叫んでいるが、レウルスの理性は現状が危険なものだと感じ取っていた。


「オ、オ、オオオオオオォッ!」


 腹の底から咆哮することで己を保ち、レウルスは『首狩り』に向かって駆ける。爪を半分圧し折り、肋骨も数本圧し折ったのだ。動きが鈍らないはずもなく、仕留める絶好の機会である。


『ギイイィ……』


 首狩りは呻くような声を漏らしながらも、レウルスから距離を取ろうと駆け出した。痛みが強いのか速度が落ちており、なおかつ走る姿もどこかぎこちない。

 それを追うレウルスも、僅かに速度が落ちていた。左足から違和感が伝わってくるのもあるが、気を抜くと意識が飛びそうになるのだ。


(こいつは……本気でまずい、かも、しれん……)


 『熱量解放』を拙いなりに操った結果、『首狩り』を追い込むことには成功している。死が迫っている状態だからこそ成し得たことだが、レウルスは己の中に“三つの違和感”が生じているのを感じ取っていた。


 その違和感がレウルスという存在を侵食している。それをおぼろげながらレウルスは感じ取る。


 そして“それ”は同時に、レウルスに力をもたらすものでもあり。


「グ、ガ、アアアアアアアァァッ!」


 レウルスは距離を取ろうと駆け回る『首狩り』に向かって左手を向ける。本能の赴くままに咆哮する。


 『首狩り』に向けた左手から、炎が吹き上がった。それはまるでサラの力を借りた時のようで、狙いも甘く火炎を放射する。


『キャカカッ!?』


 それまで『龍斬』だけで戦っていたレウルスが突如として炎を放ったことに驚きつつも、『首狩り』は飛来する火炎を爪で切り裂いていた。


 レウルスはその間に『首狩り』との距離を詰めると、右手だけで握った『龍斬』を振るう。左手は今しがたの炎によって焦げ付きかけており、両手で柄を握る余裕はなかった。


 迫る斬撃を前に、『首狩り』は先ほど爪を叩き折られたことを警戒して回避を選択する。剣の軌道を見切って斬撃を回避すると、再びレウルスから距離を取った。


 不用意に攻撃を仕掛けないのは、それだけレウルスを警戒しているということだろう。何せ、首を深く切り裂いても動き回っているのだ。それどころか首を斬る前よりも速く、力強く、己を顧みずに戦っている。警戒するのも当然だろう。


 そして、距離を取った『首狩り』は爪を構えて動きを止めた。それは『首狩り』なりの迎撃の構えであり、その前面に違和感が――魔力が集中していく。


(……また、ソレ、か)


 空間を断裂させる準備だろう。レウルスはそう考えたが、最早理性は小指の先ほども残っていない。

 このままでは危険だと思いながらも、体は動く。いつの間にか元通りになりつつあった左手を柄に添え、『龍斬』を右肩に担いで前傾姿勢を取った。


 『首狩り』が迎撃の体勢を取っているのならば、望むところである。レウルスとしてもこれ以上時間をかける余裕はなく、『龍斬』の柄を握り潰さんばかりに両手に力を込めた。

 それと同時に、可能な限り魔力を集中させていく。麻痺したように理性が動かない中で、本能が最適を成していく。


 引き絞られた弓のように、あるいは引き金を引けば飛び出す弾丸のように。レウルスは四肢に力を、魔力を込めていく。


「――――」


 そして、無言で駆けた。正確に言えば、音を置き去りにした。


 二十メートル近く開いていた距離を瞬きの間に詰め、地面を蹴り割る勢いで――実際に大きく陥没させながら踏み込む。


 『首狩り』も回避をするつもりはなかったのだろう。あるいはそうするだけの余裕がなかったのか、踏み込んでくるレウルス目掛けて空間の断裂を仕掛ける。


 この時、『首狩り』には二つの選択肢があった


 一つは、初めて“断裂”を見せた時のようにレウルスの首を刎ねる位置に亀裂を生み出すこと。


 そしてもう一つは『龍斬』が振るわれる軌道上に生み出し、その一撃を防ぐことである。


 前者の場合は首を落としてもそのままレウルスの体が動き、殺されそうで――『首狩り』は武器の破壊と防御を優先した。


 ――もしもの話ではあるが。


 もしもこの時、その名の通りレウルスの首を狩って殺すことだけに執着していれば。あるいは違った結末があったのかもしれない。

 だが、レウルスの“変化”と行動に気圧された『首狩り』は、防御に意識を割かれてしまった。


 消えそうになる理性をつなぎとめながら、レウルスは『龍斬』を振り下ろす。


 今ならば斬れると確信を込めながら、真っ向から空間の断裂に向かって刃を振り下ろす。


 踏み込んだ右足から悲鳴が上がる。止まっていたはずの首筋から血が噴き出る。それでもレウルスは構うことなく『龍斬』に力を、魔力を込める。


「――オオオオオオオオオオオォォッ!」 


 歪んだ空間を『龍斬』の刃が両断する。その一閃は決して止まることなく、爪を構えた『首狩り』に到達する。


『――――キキッ』


 避ける暇もなく、受け止めることもできない。そう悟ったのか『首狩り』が小さな鳴き声を零し、二メートル近い体が袈裟懸けに両断される。


 上級の魔物だろうと明らかな致命傷で、“左右に分けられて”生きているのはそれこそスライムぐらいだろう。


 振り下ろした『龍斬』を地面に食い込ませながらも、レウルスは『首狩り』から目を離さなかった。この状況からでも反撃される可能性があると警戒するが、真っ二つにされた『首狩り』が動くことはない。


 レウルスは動かなくなった『首狩り』を数秒間見つめていたが、完全に息絶えていることを確認し――昏倒するようにその場に倒れ伏すのだった。

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