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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
7章:貴族令嬢の初恋と一角獣の試練

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第296話:『魔物喰らい』と『首狩り』 その5

 右の首筋から噴き出る血の熱さと、『熱量解放』を使っていても感じる痛み。


 それを自覚したレウルスの体がゆっくりと地面に向かって崩れ落ち――膝を突くことでそれを拒む。


 『首狩り』が取った行動は至極簡単なもので、フェイントを仕掛けて防御を崩そうとするレウルスに対して起死回生となる一撃を叩き込んだのだ。


 持ち前の速度を活かし、空間の断裂を警戒するレウルスにカウンターを仕掛ける。

 言葉にすればそれだけで、魔力の消耗という時間制限に気を取られたレウルスはあっさりと引っかかってしまった。


 その結果として爪で首を斬られ、止めようがないほど血を噴き出す羽目になったのだ。

 咄嗟に体勢をずらして首を刎ねられることは避けたが、それも慰めにはならない。動脈を切断されたのか蛇口が壊れた水道のように血が噴き出し、痛みと共にレウルスの視界を赤く染める。


(これは……致命傷、か……)


 赤く染まった視界の中、レウルスは自分でも驚くほど冷静に心中で呟いた。


 『首狩り』は反撃を警戒しているのか、距離を取ってレウルスの様子をじっと観察している。それまでレウルスが優勢に戦いを進めていたため、油断する気がないのだろう。

 その冷静さが恨めしい、とレウルスは思った。


「レウルス様っ!?」


 遠くからルヴィリアの声が聞こえるが、それに答える余裕はない。ひとまず左手で傷口を押さえて出血の量を減らそうとするが、どれほどの効果があるか。

 首を刎ねられたわけではないため即死は免れたが、出血が続けば当然ながら死ぬだろう。エリザとの『契約』によって多少の傷なら放っておいてもなおるが、さすがに致命傷を治せるほど強力ではない。


 これまで何度も死にかけてきたが、明瞭に死の足音が近づいてきている。このまま動かなくても数分と経たずに死ぬだろう。


(サラの力で傷口を焼けば……ネディに傷口を凍らせてもらって……爺さんに頼んで傷を……)


 脳裏にいくつかの対処案が思い浮かぶ。今すぐ傷口を塞げば助かる可能性はあるが――。


『キキキキッ!』


 それを許すほど『首狩り』も甘くはない。レウルスの負った傷が致命傷であると判断しつつも、攻撃を仕掛けて自らの手で仕留めようと動いてくる。


 敵が生きているのなら、動けるというのなら、確実に息の根を止める。『首狩り』の判断は正しいだろう。レウルスが逆の立場でもそうするに違いない。


 ドクン、ドクン、と心臓が脈を打つのに合わせて、左手で押さえている傷口から血が溢れ出す。血液が流れ出るに伴い、心臓が脈を打つ強さが弱まっているようにも感じる。

 レウルスは自身の血が流れ出る感触を全身で感じつつ、首を刎ねようと踏み込んできた『首狩り』に視線を向けた。


 死が迫っているからか、その動きがやけにゆっくりに見える。振りかぶられた右腕と、その先に伸びる爪が陽光を反射しているのがくっきりと見える。それどころか『首狩り』の毛並みが、それこそ毛の一本一本すら目視できそうだった。


(コイツの毛って、返り血で黒くなってんのか……根元は白いんだな)


 今更ながらに気付いた『首狩り』の毛色に関して思考する傍ら、レウルスの体は勝手に動いていた。


 踏み込んでくる『首狩り』目掛け、右手だけで握る『龍斬』を振るう。ゆるゆると、ゆっくり動く『首狩り』の進路を遮るよう、白刃を置く。


『ッ!?』


 動けるような状況ではないと思っていたのか、『首狩り』が即座に横に跳んだ。その反応、その動きすらもスローモーションに見えて、レウルスの瞳が『首狩り』の動きを追い続ける。

 真っ赤に染まった視界とは裏腹に、思考は真っ白だ。自分の状態を冷静に把握しながらも、思考とは別に体が動く。


(……ああ、そうだ)


 良いことを思いついた。そう思考した時には体が動いており、自然な動作で体が動き出す。


 傷口を押さえていても、動けばその分血が出る。出血量から考えて、動けて一、二分だろう。動けるだけでもおかしい気がしたが、そんなものは“今更”だとレウルスは思った。

 動けて一、二分。多く見積もっても死ぬまで三分。『熱量解放』を使い続けていれば五分はもつかもしれない。


 ――それならば、死ぬ前に『首狩り』を殺す。


 そうすれば傷を治す邪魔もされない。生き延びる目が見えてくる。


『キキッ!?』


 ぬるりと、地面を滑るようにレウルスが移動する。流れ出る血が増えないよう、必要最小限の動きで『首狩り』に向かって踏み込む。

 『首狩り』が驚いたような声を漏らしたが、それに構う余裕もない。レウルスは声一つ出さず、無言で『龍斬』を横薙ぎに振るった。


 右腕だけで振るったため、それまでと比べれば威力も速度もない。だが、それまでよりも速く、無駄のない一閃だった。


『ギイイイイィッ!?』


 『首狩り』は斬撃を回避しようとしたが、僅かに遅い。兎らしく頭部に伸びていた長い耳が、左側だけとはいえ切断される。


「――――」


 悲鳴を上げる『首狩り』を無感情に眺めつつ、レウルスは『龍斬』を振り下ろす。考える余裕もなく、そこに『首狩り』の頭があったから――そんな理由で刃を振るう。


 左耳を斬り飛ばされた影響か、『首狩り』は僅かにバランスを崩しながら背後へと跳んだ。


 距離を開けられ、逃げ回られれば勝ち目がなくなる。そう考えた時にはレウルスの体が動き出していた。


 振り下ろした『龍斬』を膂力に物を言わせて強引に停止させ、『首狩り』を追うように踏み込む。そうして放つのは胴体狙いの突きだ。『龍斬』を無理矢理止めた影響で傷口から盛大に血が噴き出たが、気にしている暇もない。

 『首狩り』は体を捻りながら爪を振るい、『龍斬』を真下から弾く。そして弾いた勢いで右へと転がり、レウルスの間合いから一度距離を取ろうとした。


「――――」


 一歩一歩、死の気配が近づいてくる。それに合わせて感覚がより鋭敏になっていく。


 脈を打つ心臓、傷口から溢れる血、『龍斬』を振るう右腕の感触。肌に降り注ぐ太陽光と微風、『首狩り』の焦ったような息遣い。


 意識を向けてみれば、離れた場所にいるはずのルヴィリアやアネモネの気配もしっかりと感じ取れた。表情を見ているわけでもないというのに、ルヴィリアもアネモネも焦りの感情を抱いているのがわかる。


 更に意識を遠くに飛ばしてみれば、自分の中に“つながり”が二つ存在していることにレウルスは気付いた。

 目で見えるわけではない。普段も意識すれば多少は感じ取れる、エリザやサラと交わした『契約』によるつながりだ。それが今ははっきりと、紐でつながっているのかと錯覚しそうなほどに感じ取れる。


 『契約』を交わした相手のことは、うっすらとだが理解できる。怒りや悲しみを抱けば、それが多少は感じ取れる。魔力によってつながっていると思えば、それも当然だったのかもしれない。


「――――オ」


 そんな思考が高速で駆け抜ける中、距離を取ろうとしている『首狩り』の動きが視界に入った。


「オ――オオオオオオオオオオオォォッ!」


 血が噴き出すのに構わず咆哮する。それは『首狩り』への威嚇であり、殺気の発露であり、徐々に近づいてくる死を否定するための咆哮でもあった。


 『熱量解放』に回していた魔力を、更に振り絞る。死ぬまでに魔力を使い切らなければ勿体ないと、咆哮と共に吐き出そうとする。


 死人の一歩手前とは思えないような気迫を見せながら、レウルスは地を蹴る。それだけで地面が抉れ、足元に生えていた草が飛び散る。


 そんなレウルスを見た『首狩り』は逃げられないと判断したのか、動きを止めた。そしてレウルスを見据え、爪を構える。


 『首狩り』の前面に“違和感”が集中していく。先ほどよりもそれを明確に感じ取ったレウルスは、『首狩り』が生み出す空間の断裂の位置を先読みした。

 だが、先読みできたからといっても大きなアドバンテージにはならない。突っ込めばそのまま死に、相変わらず『龍斬』でも斬れるようには思えない。


 フェイントで『首狩り』の動きを誘導するしかないが、そんな時間は残されていない。


 この局面で殺気を使ったフェイントを仕掛けられれば『首狩り』とて手玉に取れるだろうが、感覚が鋭敏になっている現状でさえ殺気を操るような真似はできそうになかった。


 ――だが、自分の体から出ている魔力ならばどうだろうか?


 『熱量解放』を使うことで体外に放出されている魔力を、ほんの少しでもいいから留める。それができれば、“何か”が変わる気がした。


 殺気ではなく、魔力を使ったフェイント――ではない。


 “今だからこそできる何か”があると、レウルスの勘が訴えかけてくる。死の淵に立っている今だからこそ、成せることがある。


 『首狩り』が生み出す空間の断裂を最小限の動きで回避しながら、レウルスは『龍斬』を振るう。フェイントを仕掛ける余裕もなく、時間もない。

 例え仕留められずとも『首狩り』に向かって大剣を振るう体とは裏腹に、思考は体中の魔力に向けられていた。


 『熱量解放』とレウルスが名付けた、『強化』の魔法に似た何か。その使い方を変えろと本能が訴えてくる。

 殺気ではなく、今も表に放出している魔力の扱い。それならばまだ、どうとでもなる。死が迫る極限の状況ならば、嫌でも集中できる。

 大量に放出している魔力を、少しで良いから“体内に収める”だけだ。拙いながらも魔力を扱うことぐらいはできる。


 それでも、止めるべきだと理性が囁き――知ったことかと本能が叫んだ。


「――――?」


 “何か”を引っ張り出すような感覚と同時に、ドクン、と体が強く脈打つ。体から返ってきた思わぬ反応に、レウルスは『首狩り』への攻撃も忘れたようにその場で足を止めた。


『キャカカッ!?』


 レウルスが動きを止めたのを見て、『首狩り』は即座に動く。レウルスに向かって攻撃するのではなく、何故か大仰なほどに距離を取る。


『キ、キ……キキキ……』


 『首狩り』は両腕を地面に突いて身を伏せたかと思うと、全身の毛を逆立てた。そしてガチガチと牙を噛み鳴らすがそれは威嚇のためか――あるいは“怯えている”のか。


 そんな『首狩り』の反応を、レウルスは訝しく思う。本能と直感が赴くままに『熱量解放』に回している魔力を操ってみたが、大きな変化はない。


 そう、思っていた。


「…………あれ?」


 気が付けば、それまで常に左手に伝わっていた傷口から血が溢れ出る感触がなくなっていた。『熱量解放』を使っていても感じられた痛みもなく、レウルスは眉を寄せる。

 指で触れてみると、首筋には傷口が残ったままだ。それだというのに血が止まっている。


(いきなり血が止まった? 治ったわけでも、ない、よな……)


 傷口から左手を離してみるが、やはりというべきか血が出てくる気配はない。レウルスは『熱量解放』によって体外に溢れ出る魔力を可能な限り抑えながら、自身の体に起こっていることを疑問に思った。


『キ……キャカカカカカカァッ!』


 だが、悠長に考えている暇もない。


 気を取り直したように、あるいは自らを奮い立たせるように『首狩り』が咆哮し、飛び掛かってくる。


 それを見たレウルスは『龍斬』の柄を両手で握ると、即座に迎え撃つ。




 ――そして、その身に起こった“変化”を強く実感することになるのだった。

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