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第295話:『魔物喰らい』と『首狩り』 その4

「い、一体何が起きているの?」


 レウルスと『首狩り』が戦いを繰り広げるその後方。


 間違っても戦いに巻き込まれないよう距離を取っていたルヴィリアは、レウルスの突然の行動に困惑の声を漏らしていた。


 ルヴィリアから見ればそれまで優勢に戦いを進めていたレウルスが、急に動きを変えたのだ。『首狩り』に斬りかかったかと思えば横へと動き、時には地面に転がるようにして無理矢理進行方向を変える。

 『首狩り』が四足で駆け始めた時も驚いたが、突如としてレウルスが“妙な行動”をとり始めたことも驚きだった。


 レウルスの表情は真剣なもので、僅かとはいえ焦りの色も見える。それを見ればふざけているとも思えず、何が起きているのかとルヴィリアは目を凝らした。


「……この距離ではわかりませんが、おそらくはレウルス殿の目には“何か”が見えているのでしょう」


 ルヴィリアを守りながらレウルスと『首狩り』の戦いを見ていたアネモネだが、ルヴィリアの疑問に確信を持てない様子で答える。


 アネモネの目から見ても、レウルスの行動は不思議なものだ。短剣を足に突き刺したことで動きに精彩を欠いている『首狩り』に対し、あと一歩踏み込めずにいる。


 レウルスの動きを見れば“何か”を避けているように見えるが、それが何なのかアネモネにもわからないのだ。

 レウルスの技量に関しては、アネモネから見ても予想以上という他ない。


 技量――剣術という括りで見れば、アネモネの方が優に勝るだろう。レウルスの剣術は付け焼き刃の領域を出ておらず、研鑽もまだまだ足りていない。


 だが、『首狩り』に追いすがれるほどの身体能力と『首狩り』を超える膂力を加えれば、それは十分な武器になり得た。

 そんなレウルスが突如として取り始めた奇行。それが何を意味するのか理解できないが、この状況でいきなり遊び始めるはずもない。


 ルヴィリアとアネモネは主従揃って困惑しながらも、レウルスと『首狩り』の戦いを見つめ続けていた。








「ぬ……この、くそっ!」


 傷が深かったのか一向に動こうとしない『首狩り』を攻撃しようとしたレウルスだったが、あと一歩というところまで踏み込んだ瞬間横に跳ぶ。

 小刻みに移動を繰り返して斬りかかる隙を探すものの、『龍斬』で斬れる距離まで近づくと『首狩り』の周囲の空間が“揺らぐ”のだ。


 物は試しにと魔力の刃を放ってみるが、空中に生まれた断層にぶつかると呆気なく霧散してしまう。


(何が俺なら大丈夫だ……アレは『龍斬』で斬りかかる気も起きねえぞ)


 一体如何なる技か、あるいは魔法か。切れ味が鋭いどころの話ではなく、仮に『龍斬』で斬りかかったとしてもまともに打ち合える気がしない。


 良くて弾かれ、悪くて『龍斬』がそのまま切断される。試すわけにもいかないため確認のしようもないが、レウルスとしては後者の気がしてならない。


 『首狩り』だけでなく身の回りの気配に意識を向けつつ、レウルスは『首狩り』の周囲を駆け回る。今のところ『首狩り』の周囲でしか発生していないが、足を止めた途端首を刎ねられる危険性もあるのだ。


 今のところ、レウルスが放つ魔力の刃のように距離が開いている相手に向かって使えるわけではないらしい。だが、いつ飛んでくるかもわからない。


 『首狩り』自身制御できているかも怪しいが――アレは本当に危険だ。


 どうしようもないほどに良くないものだ。気に食わないことに、“どこかで”覚えた感覚にも思える。


 しかし同時に、心が惹かれそうになるぐらい懐かしい感覚もあった。


(……懐か、しい?)


 なんだその感想は、とレウルスは頭を振る。


 空中に一筋の切れ目が生まれるその瞬間、心がざわめくのを感じた。あるいは心ではなく魂がざわめいているのか。

 その感覚が非常に不思議で――殺し合いの場には無用の代物だとレウルスは切って捨てた。


(とりあえず、あの爺さんは後で一発ぶん殴るとして……どうしたもんか)


 アクシスが情報を伏せていたのか、あるいはアクシスでさえも知らない能力を『首狩り』が持っていたのか。


 『熱量解放』に回している魔力はまだ持つ。さすがに目減りしているのを感じるが、それでも十分はもつだろう。


 問題は、魔力を使い果たすよりも先に『首狩り』を仕留められるかという点か。


 足に深手を負わせたため、撤退しようと思えば撤退できるかもしれない。しかし『首狩り』が追撃してこないとも限らず、また、逃げ出されれば二度と会えない可能性もある。


「一発じゃ足りねえな……爺さん、殴れる限り殴るからな!」


 アクシスへの愚痴を叫んで己を鼓舞し、レウルスは『首狩り』に向かって踏み込む。もっとも、その踏み込みはそれまでと比べてかなり温い。『首狩り』に動きがあれば即座に回避できるよう意識を向けているため、中途半端になってしまうのだ。


 空間が揺らぎ、一筋の線が引かれる。感覚でそれに気付いたレウルスはそれまでと同じように横に跳ぶ――と見せかけて瞬時に姿勢を低くした。そして『龍斬』を薙いで『首狩り』の胴体を横から両断しようとする。


「っ……チィッ!」


 踏み込んだ際に首を狙うばかりだからと斬撃の軌道を変えてみたものの、今度は『首狩り』の体を守るように“縦に”亀裂が走った。


 それに気付いたレウルスは膂力に物を言わせて『龍斬』を止めると、即座にその場から離脱する。


(狙って生み出せると考えていいかもな。ただ、少しだけタイムラグがある……か?)


 集中しているからか、『首狩り』は一向に動こうとしない。レウルスの動きに合わせて周囲の空間に切れ目を入れるだけで、レウルスに向かって直接爪を振るうこともなかった。

 冷静に情報を集めるレウルスだが、打てる手は少ない。『首狩り』が動かないのならば、エリザ達を呼び寄せて遠距離から魔法を叩き込むという方法も取れなくはないが。


(……どうにも、“それ”はまずい気がするな)


 勘が違和感を訴えてくる。それだけは避けろと、必死に叫んでいるような気がする。


 しかし、このままでは『首狩り』を倒す手段が非常に限られてしまう。レウルス単独でできることに限定すれば、手段は一つだろう。


 力で解決できないのなら、『首狩り』に勝っている技術でどうにかするしかない。

 具体的にいえば、フェイントをかけ続けて隙を作り出すのだ。どんな理屈で空間に亀裂を生み出すという離れ業を成し得ているのかはわからないが、タイムラグがあるのならばまだどうにかなる。


 剣の構えや踏み込み、目線の動き。それらで『首狩り』に“空振り”させれば攻め込む隙も生まれそうだ。本来ならばフェイントにかかりやすいよう、殺気をぶつけたり消したいところである。


(……身についていればの話だけどな)


 だが、殺気の出し入れに関してはコルラードから教わったが、いまだに身についていない。旅の途中も暇を見ては試していたが、体を動かすだけである程度は形にできる剣術と異なり、感覚的な部分が大きすぎるのだ。


 殺気をぶつけるだけなら得意だが、それを瞬時に収めて相手を幻惑するなどレウルスからすれば高度に過ぎる。高々数ヵ月の訓練で身に付くような技術ではなく、その取っ掛かりすら掴めていない状態だった。

 ぶっつけ本番で成功させるか、あるいは動きだけでフェイントを仕掛けるか。常に殺気が全開ならば『首狩り』も全ての攻撃を本気だと錯覚しそうではあるが。


「ふぅー……」


 『首狩り』から少しだけ距離を取り、レウルスは気息を整える。『熱量解放』を使っているため息が切れるほど疲れているわけではないが、『首狩り』に対して『今から行くぞ』とわかりやすく伝える意味合いもあった。


『…………』


 『首狩り』の瞳がレウルスを捉える。相変わらず殺気に満ち溢れたその視線が、今は少しだけ心地良いとレウルスは思った。


「――――」


 宣言もなく、レウルスは駆ける。『龍斬』を右肩に担ぎ、踏み込んで振るえば最高の一撃を繰り出せると言わんばかりに疾走する。


 『首狩り』は動かない。それまでの機敏さが嘘のように、レウルスを見据えて動かない。


 動かないのなら好都合だとレウルスは踏み込み――早速横に跳ぶ。


(一つ!)


 駆けながらも感じ取った違和感に従い、空中に生み出された亀裂をレウルスは回避する。それまでのように地面を転がるのではなく、草地の上を滑るように、体を真横にスライドさせる。


(二つ!)


 『首狩り』の真横に移動したレウルスはそのまま剣を薙ごうとしたが、空間が揺らぐのを感じ取って再び横へと動く。


(三つ!)


 感覚は鋭敏に、瞬きをする暇さえ惜しんで全神経を集中させる。音が立つ速度で剣を振っては手元に引き戻し、『首狩り』が放つ“断裂”を回避していく。


 四、五、六を超えて十へ。


 徐々にタイミングがずれ始め、『首狩り』が空中に亀裂を生み出す時間的余裕が削られていく。

 上手く一度のフェイントで勝負を決することができれば良かったのだろうが、レウルスにはそんな技量も研鑽もない。フェイントの回数を重ねて『首狩り』の余裕を奪い、最後の一撃につなげられるよう動くだけだ。


「ガアアアアアアアアアアァッ!」


 咆哮によって威圧し、溢れんばかりの殺気と共に『龍斬』を振るう。それは傍目から見れば一撃必殺を狙っているように見え、『首狩り』もそう感じたのか次々と空中に亀裂を生み出して防御を固めていた。


 そこまでしても『首狩り』は動かない。レウルスが負わせた傷が辛いのではなく、動けば空間の断裂は使えないのかもしれない。

 『首狩り』本来の速度で自由自在に動くことができ、なおかつ空間の断裂まで使えたのならば太刀打ちできる相手ではなかった。徐々に迎撃が間に合わなくなりつつある『首狩り』を見ながら、レウルスはそう思う。


 全ての攻撃がフェイントと思われないよう、殺気を込めながら『龍斬』を振るい続けるレウルス。もちろん、そのまま斬撃が届くようならば叩き付けるつもりである。

 そうして僅かな時間、それこそ三十秒にも満たないような短い時間で二十回ほどフェイントを仕掛けたレウルスは、完全に『首狩り』がついてこれていないことを確認して前に出た。


「シャアアアアアアアアアアアァッ!」


 この一撃で仕留めるべく力強く、それでいて必要最小限に踏み込み、レウルスは『龍斬』を振るい――『首狩り』の姿が消えた。


 それまで“迎撃”にばかり意識を向けていたレウルスの虚を突くような、その場からの離脱。その速度は非常に速く、じっとしていたことで『首狩り』に負わせた傷も治ってしまったのかもしれない。


 そして、離脱といっても『首狩り』が動いた方向にはレウルスがいた。すれ違うようにして互いに踏み込んでしまい、『首狩り』の爪が軽やかに振るわれる。


「あぁ……くそ、しくじった」


 レウルスはそう呟き――その首から血が噴き出たのだった。

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