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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
7章:貴族令嬢の初恋と一角獣の試練

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第291話:『首狩り』 その6

「本気……いえ、正気ですか?」


 翌朝、“とある提案”を口にしたレウルスに対して真っ先に反応したのは、言葉通り正気を疑うような眼差しを向けるアネモネだった。


 昨晩の襲撃で追い払って以降、『首狩り』は姿を見せていない。だが、サラが言うには姿が見えないだけで三百メートルほど離れた場所に動かない熱源があるらしい。


「あいにくと、正気を失ったつもりはないですね。昨晩の『首狩り』の行動を見た感じだと、他に手もないと思うんですよ」

「しかし……ルヴィリア様を囮にするなど……」


 レウルスの提案を言葉にしたアネモネだが、その表情にはどこか迷いの色があった。


 レウルスの提案は至極単純なもので、『首狩り』が執着していると思しきルヴィリアを囮に使って誘き寄せ、レウルスが倒すというものである。

 『首狩り』がルヴィリアに執着していて、なおかつレウルスが『首狩り』に勝てるという前提の話になるが、それ以外の手は思いつかなかったのだ。


 ないとは思いたいが、ルヴィリアに対する執着が薄れて『首狩り』が逃げ出せば捕捉は不可能に近いだろう。サラが熱源を探知できる範囲は広いが、『首狩り』の移動速度ならば数分とかけずに離脱できるはずである。


「『首狩り』がルヴィリアさんに執着しているのなら、囮になってもらって誘き寄せるのが一番手っ取り早いと思います……爺さん、一応聞いておくけど『変化』でルヴィリアさんと同じ姿に化けられるか? ついでに言えば、心から怯えたような表情を浮かべられると引っかかりそうなんだが」


 『首狩り』退治に関してレウルス達に依頼したアクシスだが、もしも『変化』でルヴィリアに化けられるのなら囮役ぐらいは手伝ってもらいたかった。そう思ってレウルスが問いかけるものの、アクシスは首を横に振る。


「できんとは言わんが、さすがに気付かれるじゃろ。勘が鋭そうじゃし」

「それでも可能性があるのなら……いえ、そうですよね。アクシス様だと気付かれたら、二度と近寄っては来ませんか」


 アネモネはレウルスが口にした『変化』の魔法に食いつきかけたが、失敗した時のことを考えて勢いを失った。

 アネモネから見ても、『首狩り』はルヴィリアに執着している。だが、アクシスという“逃げ回っている相手”が『変化』していたと気付いた場合、執着よりも身の安全を優先するのではないか。


「このままだとジリ貧……じゃない、体力と気力を削られる一方でしょう? それなら今の内に勝負を仕掛けるべきじゃないかと思うんですよね」


 そう言いつつ、レウルスは会話に参加してこないルヴィリアへ視線を向けた。


 『首狩り』が逃げた後も恐怖で眠れなかったのか憔悴した様子で、眠そうに目を瞬かせている。仮に今夜も『首狩り』が襲ってきた場合、ルヴィリアの精神がもつかわからない。


 アクシスがいる以上、『首狩り』も無理矢理襲ってくることはないとは思う。だが、世の中に絶対などない。

 加えていえば、徹夜が続き過ぎるとさすがにレウルスも疲労する。日中に仮眠を取ったとしても、徐々に疲労が蓄積されていくだろう。『首狩り』がいつ襲ってくるかわからない状態では熟睡もできないため、疲労は確実に蓄積する。


「あとは、ルヴィリアさんの“命だけ”を考えるなら爺さんの依頼を放棄するって手もありますけど……」


 レウルスはルヴィリアから視線を外し、リルの大森林を見た。木々によって視界が遮られているため目視はできないが、そこには『首狩り』がいるだろう。


「ルヴィリアさんの治療を諦めてこの場を離れたとしても、『首狩り』がついてくる可能性もあるんですよね。その場合、近くの町まで辿り着くまでもつかわかりませんし、仮に大丈夫だったとしてもアレを人が住む場所まで運ぶことになりかねません」


 人里に『首狩り』が現れた場合に何が起こるか――それは想像する必要もないだろう。


「しかし、それではここまで来た意味が……」


 アネモネはもどかしげに眉を寄せる。レウルスの言いたいことも理解できるが、それでは危険を冒して長旅をしてきた意味がない。しかしルヴィリアを危険に晒せるかといえば、答えに窮してしまう。


 アクシスが断言した通り、この場で『首狩り』に勝てる可能性が一番高いのはレウルスだ。それはアネモネも認めるところであり、レウルスが日中に見通しも足場も良い場所で『首狩り』と戦うならば十分に勝機があるのではないかと思っている。

 ただし、レウルスが“絶対に”勝てるかと問われれば答えは否だ。あくまで可能性が高いだけで、レウルスが敗れる可能性も十分にある。


 アネモネは二度『首狩り』が戦うところを見たが、口惜しいことに自身では勝ち目がないと見ていた。捨て身で相打ちを狙っても、仕留めることは叶わないだろう、と。


 速度の差、武器の差が大きすぎるのだ。試してはいないが、エリザやサラ、ネディの助力を得て遠距離から魔法で薙ぎ払おうとしても、事前に逃げるだろう。ある程度引き付けて撃とうにも、その場合は間合いを詰められて死ぬ。

 葛藤するアネモネの表情を見たレウルスは、小さく苦笑して肩を竦めた。


「まあ、この案も確実じゃないですしね。昨晩少しばかりアイツを斬った感触があったんで、俺がルヴィリアさんと一緒にいたら寄ってこないかもしれませんし」


 レウルスとしては、夜間よりも日中の方が勝てる可能性が高いと踏んでいる。戦闘の途中でリルの大森林に逃げ込まれても、日中ならば追いかけることもできるのだ。その場合は不利になるだろうが、仕留められると思えば迷わず踏み込むつもりである。


 アネモネと話すレウルスに、エリザ達は何も言わない。エリザとミーアは少しだけ不安そうにしているが、サラとネディは普段と特に変わりがない。レウルスが勝つと信じているのか、恐怖を覚えるような相手ではないと思っているのか。


「では、吾輩から修正案を出すのである。ルヴィリア殿が囮になり、レウルスが『首狩り』と戦うのは変わらないとして、侍女殿がルヴィリア殿の護衛につくのだ。それならばルヴィリア殿の不安も和らぎ、危険も減るのではないか?」


 この場にいる最後の一人、コルラードが顎に手を当てながら提案する。それはルヴィリアの安全に重点を置いた案だった。


「……アネモネさんもついていったら『首狩り』が寄ってこない可能性が上がるんじゃないの?」


 コルラードの提案を聞いたエリザが疑問を呈する。その表情には『首狩り』に対する恐怖というよりも、レウルスが『首狩り』と一対一で戦おうとしている現状に対する不安の色が宿っていた。


「その時はアレよ。レウルスの方からバーッと行ってザーッと斬る?」

「それができれば苦労しないんじゃないかなぁ……」

「……うん」


 サラが擬音混じりで言葉を紡ぐが、ミーアとネディにツッコミを食らう。

 そしてああでもないこうでもないと言葉を交わしていると、それまで沈黙していたルヴィリアが口を開いた。しかしすぐには言葉が出てこず、数度深呼吸をしてからレウルスを見つめる。


「……“それ”が、一番可能性があるんですね?」

「……絶対とは言えませんがね」


 恐怖と疲労を堪えながら尋ねるルヴィリアに対し、レウルスは言葉短く答えた。


 ルヴィリアが諦めないというのなら、『首狩り』と戦うというのなら。これ以上時間をかけず、今日中に片を付けたい。

 今ならばまだ、レウルスも万全に近い状態だ。ここ最近の“拾い食い”で魔力も豊富にあり、疲労と眠気を覚えてもいない。


 このまま日数が嵩んでいけば、徐々に勝ち目が薄くなっていく。それだけは確実だ。


 昨晩のように夜間に襲撃されれば、その対応に魔力を消耗する。今の状況では呑気に魔物を狩りに行って魔力を補充する暇もないだろう。故に、決断するなら早い方が良い。


 だが、レウルスとしても依頼主に無理強いするわけにはいかない。気を抜けば今にも倒れそうで、両足どころか全身を震わせているルヴィリアを見ていれば、決断ができなくても仕方がないと思う。


 それでもレウルスはルヴィリアの目をじっと見た。震えてこそいるが、その瞳には妙な力強さを感じる。


 恐怖はあっても、屈してはいない。凛とした眼差しには、確固たる信念が宿っている。


 そう感じ取ったレウルスは、それまでの空気を霧散させるように頭を掻いた。


「あー……まあ、なんだ……」


 ついでに口調を崩すと、少しでもルヴィリアを安心させようと背中の『龍斬』を軽く叩く。


「あとはアンタの決意次第だ、お姫様。魔物相手ならいつものことだが……」


 絶対に勝てると自信満々に断言できれば良かったが、レウルスはそこまで自惚れてはいない。だからこそ、自分ができることだけ口にした。


「――アンタが命を賭けるっていうのなら、俺も命を賭けるさ」


 上級の魔物だろうと、“敵”ならば斬る。命を賭けるのも今更過ぎて、覚悟を固める必要もない。


 必要なのは、ルヴィリアの協力だけである。


「…………」


 レウルスの言葉を聞き、ルヴィリアは小さく目を見開いた。そして数秒だけ沈黙すると、柔らかく微笑む。


「ルヴィリア=ヴィス=セク=ド=ヴェルグ……いえ、ただのルヴィリアとして、お願いいたします。わたしを助けてくださいますか?」

「任せろ」


 短く答え、レウルスは歩き出すのだった。








 エリザ達から離れたレウルスとアネモネ、そしてルヴィリアは、リルの大森林に沿うようにして歩く。


 コルラードの提案通り、アネモネがルヴィリアの護衛だ。もしもレウルスが『首狩り』に敗れても、時間を稼いでいる間にエリザ達が駆けつける予定である。


 ――レウルスが敗れた時点で、『首狩り』に対抗できる可能性は低いが。


(仲間の直接的な援護がない上に、後ろには戦えないお姫様か……初めてだな)


 レウルスは鞘から抜いた『龍斬』を右手に持ち、リルの大森林に意識を向けながら歩いていく。

 これで『首狩り』が動かなければお手上げだ。不利を承知でリルの大森林に飛び込み、『首狩り』と対峙する必要があるだろう。


 あとはアネモネも一緒についてきているのがどう働くかだが――。


『レウルス、相手が動いたっ! そっちに向かってる!』

『そうか……わかった。ありがとうな』


 そんなレウルスの危惧を覆すように、サラから『思念通話』が届いた。


 既にエリザ達から五百メートル以上離れているため、“もしも”の際の援護は望めない。円状に広がるリルの大森林に沿って移動しているため、木々が邪魔で視界も通らない。

 レウルスは足を止め、ルヴィリアを背中に隠した状態でリルの大森林へと向き直る。そして『龍斬』を構えると、目を凝らした。


『キキキキ……』


 風に乗って漂う腐臭と、小さな鳴き声。すぐには逃げ込めないようリルの大森林から百メートル近く離れているが、それを気にした様子もなく、『首狩り』が姿を見せる。

 遠目に見た限り、昨晩レウルスがつけた傷は見当たらない。浅くて毛皮に阻まれたのか、一晩で治ったのか。


(……ま、関係ないか)


 心中で呟き、『龍斬』を握る手に力を込める。


 傷を負っていようが、負っていまいが、やることに変わりはない。


『キキ……キャカカカカカカカカカカカッ!』


 レウルスの戦意を感じ取ったのか、『首狩り』が吠える。それと同時に地を蹴り、一目散に駆けてくる。


「オオオオオオオオオオオォォッ!」


 それに応えるように咆哮し、『熱量解放』を使ったレウルスが駆け出すのだった。

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