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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
7章:貴族令嬢の初恋と一角獣の試練

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第289話:『首狩り』 その4

 『首狩り』の襲撃から一夜が明け、地平線から太陽が顔を覗かせ始めた刻限。


 レウルス達は再度の襲撃を警戒していたものの、『首狩り』が再び姿を見せることはなかった。


 アクシスが狸寝入りしていたことを警戒しているのか、先手を取られはしたが攻撃を受け止めて反撃することができたレウルスを警戒しているのか、それとも別の理由があるのか。それは『首狩り』にしか知り得ないことだろう。


 余談ではあるが、狸寝入りをして『首狩り』の襲撃を招いたアクシスにはレウルスが殴りかかったものの、容易く回避されてしまった。ジルバやセバスに手ほどきをしたという言葉に偽りはないらしく、徒手空拳では攻撃が当たりそうにない。


(爺さんが起きているなら『首狩り』も寄ってこない、か……これからは毎晩叩き起こしてやる……)


 拳を回避されたレウルスは、『首狩り』を仕留めるまではアクシスに不眠を強いる気でいた。その上でサラの力も借り、万が一にも奇襲を許さないよう備えるつもりである。


 『首狩り』と交戦した感想としては、夜間に戦っては勝機が薄いという点が真っ先に挙がるだろう。

 相手は夜目が利くのか平然と襲い掛かってきたが、レウルスはそうではない。ただでさえ暗闇に紛れやすい黒兎が、視界から消えるような速度で襲ってくるのだ。夜間に戦うのは下策でしかないだろう。


(できるなら日中、それも周囲に遮蔽物がない状態じゃないと厳しそうだな)


 夜目もそうだが、あの速度も厄介だった。『熱量解放』を使ってようやく反応し、追従できる速度である。速度という一点においてはヴァーニルすら上回っているように思われた。


(まあ、ヴァーニルの場合、空を飛んで魔法で薙ぎ払って終わるんだろうけど……それは無理だろうしな)


 ヴァーニルならば『首狩り』が斬れない威力の魔法を“連射”できるだろう。今になって喧嘩友達(ヴァーニル)の理不尽さを思い知るレウルスである。


 エリザやサラに魔法を撃たせても、ヴァーニルのようにはならない。ネディでも無理だろう。火龍であるヴァーニルだからこそ可能な力押しで、それはレウルスには取り得ない戦法だった。


(…………現実逃避はこれぐらいにしとくか)


 『首狩り』とどうやって戦うかを思考していたレウルスだったが、その意識を現実に向ける。『首狩り』を倒すのも重要だが、今は対処するべき事柄が存在しているのだ。


 レウルスは馬車の中に視線を向ける。すると、そこには就寝用の大きな布を被った奇妙な物体――もとい、布に(くる)まって隠れるルヴィリアの姿があった。

 その傍にはアネモネがいるが、布を被ったまま出てこようとしないルヴィリアの姿を見て困ったように眉を寄せている。


 『首狩り』の襲撃とは別に、昨晩発生した“事件”。それによってルヴィリアは馬車に引きこもってしまっていた。


 なお、こっそりとネディに協力を頼んだため“証拠隠滅”は完璧である。水分を抜き取って短時間で乾燥させるなど、精霊の力を以ってすれば容易いのだ。

 匂いに関しても『首狩り』の腐臭に完全に紛れていたため、事情を知っているのはレウルスとネディ、ルヴィリアとアネモネ、そして何かを察したらしきコルラードの五人だ。アクシスに関しては不明である。


(怖かったのは理解できるし、貴族の家に生まれたっていっても素人なんだから仕方ないとは思うんだけどなぁ……)


 様々な魔物と対峙してきたレウルスでさえ、『首狩り』の異質さは眉を顰めるほどのものだった。気圧されることはなかったものの、その魔力と殺気、そして何よりも外見を考えればルヴィリアの反応は正常である。


 ――ルヴィリアにとっては、何の救いにもならないだろうが。


「ルヴィリアさん? 日も昇り始めたし、そろそろ朝食にしようと思うんだけど……」

「っ!?」


 レウルスが声をかけると、布に包まったルヴィリアの体が大きく震えた。


 エリザかミーアに伝言を頼もうと思ったが、ルヴィリアの様子を見て心配しそうだと思ったのである。サラに関しては無遠慮に踏み込む可能性が高いため、最初から選択肢には含まれていなかった。


 アネモネに食事に関して伝言を頼んでも良かったが、『首狩り』と対峙したことで何か異変が起きてないかを確認するためにレウルスが様子を見に来たのである。

 一晩経ったことでルヴィリアも落ち着きを取り戻していればいいが、とレウルスは思うが言葉による反応はない。それを確認したレウルスは肩を竦めると、アネモネに世話を託してその場を離れようとした。


「うぅ……き、消えてしまいたい……です……」


 だが、絞り出すような声が聞こえてレウルスは足を止める。振り返ってみると、ルヴィリアが被っている布が僅かにずれていた。


 顔全体は見えないが、形の良い耳や頬は見える。そして、耳や頬はこれ以上ないほどに真っ赤だった。


「殿方に……あんな……あんな……うぅ……」


 穴があったら入りたい、あるいは自ら墓穴を掘って埋まりたいとでもいわんばかりの声色である。


「怖がらせる結果になって申し訳ない……アネモネさん、俺が殴ろうとしても避けるんで、あとで爺さんを殴っといてください。喜ぶかもしれませんが」

「わかりました、殴っておきます。喜んだら本気で殴っておきます」


 動きの変化で察知されるかもしれないが、最低限は伝えておけとレウルスは思う。それはアネモネとしても同感だったのか、レウルスの言葉に深く頷いていた。


「とりあえずルヴィリアさん、俺は気にしてませんから。怖かったのなら仕方ないですよ。錯乱して逃げ出さなかっただけ上等ですよ」


 言葉にした通り、レウルスは微塵も気にしていない。むしろルヴィリアが恐怖に屈して錯乱でもしていれば、事態が悪化していただろうとすら思っていた。


「で、ですが……あのような、は、恥ずかしいところを……」

(……こういう場合、謝れば良いのか励ませば良いのか迷うなぁ)


 一応、それなりに長い人生を生きているが、こういった状況でどんな言葉をかけろというのか。レウルスとしては両手を上げて降参したい気分だった。


「――レウルス?」


 そして、判断に迷うレウルスの背後から低い声が響く。振り返ってみると、そこには朝食を作るミーアを手伝っていたはずのエリザが立っていた。


 エリザはレウルスの顔を見つめたかと思うと、布に包まったままのルヴィリアを――正確には真っ赤に染まった耳や頬を見る。


「ルヴィリアさんに何をしたの? ねえ、何をしたの?」


 真顔で尋ねるエリザ。口調も素に戻っているが、その話し方だけを聞くとサラに似ているとレウルスは思った。あるいはサラが素のエリザに似ているのか。


「何もしてねえよ」

「疚しいことをしてないなら何をしたか言えるよね? ねえ、何をしたの?」

(あ、駄目だコレ……言葉は通じるのに理解はしてくれないやつだ)


 レウルスはエリザの不機嫌さを早々に察した。ついでに前世の記憶が軽くフラッシュバックしかけたが、頭を振ってすぐさま追い出す。


「アネモネさん?」

「はい……エリザさん、こちらに」


 こういった場合、冷静な第三者に託した方が上手く片付くこともある。そう判断したレウルスがアネモネに振ると、仕方ないと言わんばかりに立ち上がり、エリザの腕を掴んで距離を取る。


 アネモネならばそれなとなく伝えるなり、上手く誤魔化すなりしてくれるだろう。


「繰り返し言いますが、俺は気にしてません。だからルヴィリアさんも気にしないでくれると助かります」


 レウルスはそう伝え、その場を後にする。いくら気にしていないといっても、それを信じて飲み込むかはルヴィリア次第だ。


 今は『首狩り』の捜索に備えて食事を取り、体力を温存したいレウルスだった。








「昨晩の戦いを見ていましたが……認めるしかないですね。アレはわたしの手に負える相手ではありません」


 朝食を取り、昨晩の戦いに関して話をしているとアネモネが悔しそうな様子でそう言った。


「わたしもルヴィリア様の従者として相応に鍛えているつもりですが、『首狩り』の速度と攻撃力は脅威です。武器さえどうにかできれば防戦ぐらいはできそうですが……」

「吾輩も同意見である。筋力の差か魔力の差か、吾輩が『強化』を使った程度では到底追いつけないのである。斬りかかっても容易く回避されたが、あの爪がこちらに向けば防ぐのは不可能であろうな。受け流すことに徹して十合もつかどうか……」


 アネモネの言葉に追従し、コルラードが同意する。


「ワシも魔法を撃つ暇はなさそうじゃな……速過ぎるのじゃ」

「……ネディも、避けられた」


 『首狩り』と対峙したエリザとネディも言葉を述べるが、その内容はコルラードやアネモネと大差はない。


 ある程度ならば魔法を斬れるとは聞いていたが、斬るよりも先に回避してしまえる速度が『首狩り』にはある。その速度に『龍斬』以外で防げない攻撃力が加われば、凶悪の一言では済まない危険さがあった。


 ヴァーニルやスライム、『城崩し』といった他の上級の魔物に比べれば小柄で、接近戦に特化していると思しき『首狩り』。

 属性魔法を使わず軍隊を殺し尽くせるとは思っていなかったレウルスだったが、“アレ”ならばそれも可能だろうと考えを改めていた。


 兵士が身に着ける金属鎧でも、『首狩り』の攻撃の前では無力だろう。剣で防ぐこともできず、一方的な殺戮が繰り広げられるに違いない。

 時間はかかるかもしれないが、『首狩り』を行軍する軍隊のど真ん中に放り込めば最終的には全滅させることも不可能ではないように思えた。


「ジルバさんに張り飛ばされそうだけど、グレイゴ教徒が上級の魔物を狩りたくなるのが理解できる凶悪さだったな……アレを放っておくのは危険すぎる」


 世のため人のため、などと青いことを言うつもりはない。

 この世界に生きる者として、実際に『首狩り』の前に立った者として、可能ならば即座に殺すべきだとレウルスは強く実感していた。


 生きるために殺して喰らうわけでもなく、縄張りに入った外敵を排除するためでもなく、殺すことを楽しんでいるような手合いだ。そうでもなければ、わざわざ“戦利品”をたすき掛けにして身に着けているはずもない。


「ねーねー、やっぱりお爺ちゃんが倒した方が早いんじゃないの?」


 『首狩り』への敵意を噛み殺しているレウルスを他所に、サラがアクシスへと声をかけた。しかし、アクシスの答えは変わらない。


「向こうから襲ってくるのなら迎撃するんじゃが、儂を避けるように動かれてはのう……ま、“色々”とあるんじゃよ」


 苦笑してサラの言葉をかわすアクシス。レウルスはそんなアクシスの返答に少しだけ眉を寄せたが、今は『首狩り』の方が先決だと立ち上がった。


「それじゃあ行ってくる。向こうの方から姿を見せたのなら、案外すぐに遭遇するかもしれないしな」


 今回に限っては近くに仲間がいない方が良いだろう。一度だけだが、『首狩り』と戦ったことでレウルスはそう判断していた。


(問題は、日中に出てくるかどうかか……)


 『首狩り』が自分の外見を理解しているのなら、わざわざ日中に仕掛けてくるとは思えない。それでも待ち続けるのは得策ではないと判断し、レウルスは『首狩り』を探すべく歩き出した。


 だが、『首狩り』はそんなレウルスの考えを嘲笑うような行動に出る。


『キキキッ……』


 すぐには攻撃を加えられないよう百メートルほど距離を開け、木陰に潜むようにしてレウルス達の観察を始めたのだった。

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