第28話:キマイラとの死闘 その5
2話分更新していますのでご注意ください。
「おおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉっ!」
レウルスは自分を鼓舞するように声を張り上げ、一直線にキマイラへと突撃をする。大剣を持ち上げることができたとはいえ、剣術など学んだこともないのだ。愚直に、馬鹿正直に、真正面から斬りかかることしかできない。
それでも、そこに爆発的な身体能力が加われば愚策とは言えないが。
『ガアアアアアアァッ!』
真っ直ぐ飛び込んできたレウルスに対抗するよう、キマイラが吠える。上半身を起こして二足で立ち、黒光りする外殻で覆われた前足を勢い良く振り下ろす。
正面から踏み込んだレウルスは、振り上げていた大剣を叩きつけるようにして振り下ろした。二足立ちになったことで、キマイラの方が高い位置から前足を振り下ろしている。その前足を迎え撃つよう、レウルスは正面から大剣を叩きつけた。
甲高くも重厚な、金属同士がぶつかるような音が響き渡る。体格と体重差、そこに高い位置からの振り下ろしという有利さを加えたキマイラの打撃。それを正面から迎え撃ったレウルスの斬撃は、互いに後方へ弾かれるという結果で終わる。
レウルスの斬撃はキマイラの外殻を切り裂けず、キマイラの打撃はレウルスが振るう大剣を弾き飛ばすことができなかった。
「シイイィッ!」
いくら身体能力が上がったとはいえ、大きな体格差があるのだ。それを理解していたレウルスは斬撃が弾かれても驚かず、即座にその場で体を捻る。
後方に弾かれた大剣を右手だけで保持し、引き寄せるように真横に回転。途中で左手を柄に這わせ、打席に立ったバッターのように大剣を真横にフルスイングする。
すぐさま反撃へと移ったレウルスとは対照的に、キマイラの反応は鈍かった。キマイラとレウルスの体格を比べれば軽く五倍近い差がある。ドミニクやバルトロと比べても大きな差があるだろう。
それだというのに、真正面からぶつかって引き分けたのだ。レウルスが振るう大剣とぶつかった前足は、よく見れば外殻にヒビが入っている。その事実が余計にキマイラを混乱させる。
『ガアアアァァゥッ!?』
故に、レウルスの反撃に反応が遅れてしまった。真横に薙ぐよう振るわれた大剣が、立ち上がったことで剥き出しになっていたキマイラの腹部を切り裂く。
レウルスの踏み込みが浅かったからか、胴体を両断することはなかった。それでも頑強なキマイラの毛皮を切り裂き、肉を斬り、派手に血が噴き出す。
その激痛にキマイラは絶叫し、咄嗟に尻尾を振るう。レウルスを追い払うよう、嫌がるように尻尾を叩きつけた。
だが、三本あった尻尾の内一本はドミニクが大剣を投擲した際に切断されている。残った二本の尻尾でレウルスを狙うも、それに気付いたレウルスは即座に背後へと跳んでいた。
打ち据えようとするキマイラの尻尾も、前足の外殻と比べれば遥かに脆いだろう。大剣で斬り付ければ切断できるだろうが、いくら身体能力が上昇しているとはいえ、鞭のように弧を描いて迫る尻尾を両断できる自信がレウルスにはなかった。
いくら尻尾の軌道を目で追うことができ、体がそれについてくるとしても、大剣を振るって動く目標を切断できる技量がないのだ。
それ故に距離を取って体勢を立て直すことを優先した。しかし、距離が開くということはキマイラにも体勢を立て直す時間を与えるということである。
キマイラは起こしていた上体を地面に下ろし、四足でしっかりと大地に立つ。そして双頭でレウルスを睨み、角を中心として紫電を発生させた。
もっとも、遭遇した当初と比べて雷の威力が落ちているように見える。キマイラは魔法の発現として雷を操っているのであり、さすがのキマイラといえど無尽蔵に魔力を持っているわけではないのだ。
――アレは斬れる。
威力が弱まった電撃を見たレウルスの脳裏に、根拠のない直感が過ぎった。それでもその直感を疑うことはない。普段ならば信じられないような身体能力を発揮しているのがこの現状なのだ。今更己の直感を疑う必要はなかった。
大剣の柄を両手で握り、右肩に担ぐように構える。その上で前傾姿勢を取るが、オーダーメイドで作られた靴はしっかりと地面を踏み締め、両足に込められた力を一切逃がすことがなかった。
己の直感に従い、全力で地を蹴る。それを見たキマイラが雷撃を放つが、躊躇することなく弾丸のように突っ込んでいく。
「ああああああああああああぁぁぁっ!」
突進の勢いを乗せたままで大きく踏み込み、絶叫と共に大剣を振り下ろす。踏み込みの力が強すぎたのか地面が軽く凹んだがそれに構わず、体重と勢いを全て乗せて迫り来る雷撃へと斬撃を叩き込む。
大きな衝撃と抵抗。両腕を通して僅かに痺れたもののレウルスは止まらない。振り下ろした大剣が雷撃を切り裂き、勢い余って地面へと叩き込まれる。
ドミニクの大剣は余程の業物だったのだろう。レウルスの膂力と相まって刀身のほとんどが地面に埋まってしまった。
「うううううう――らあああああああああああああああああぁぁっ!」
強引に、無理矢理に、周囲の地盤ごと引っくり返すつもりで大剣を引き抜く。その余波で土砂がキマイラへと降り注ぎ、突撃を仕掛けようとしていたキマイラの気勢を削いだ。
「ああっ、くそっ! ちゃんと動け! 動きすぎなんだよ!」
地面から引き抜いた大剣を肩に担ぎつつ、吐き捨てるようにレウルスは叫ぶ。
普段と比べれば動きの速さ、力の強さは雲泥の差がある。思考の速度も同様だ。しかし、その差異があまりにも大きすぎる。
雷撃を斬れるとは思ったが、そのまま地面まで切り裂くつもりはなかったのだ。もしも大剣が抜けていなければ手痛い反撃を受けていただろう。
何ができるのか、どこまでできるのかがわからない。冗談のような性能を発揮しているが、自分の体がどこまでもつかもわからない。火事場の馬鹿力のようなものだとレウルスは考えているが、そこまで長続きするとも思えなかった。
時間の経過は不利でしかない。そう判断したレウルスは再び前へと出ると、雷撃を放った直後のキマイラへと肉薄する。
いくらキマイラという強力な魔物とはいえ、首を刎ねれば死ぬはずだ。問題は頭が二つあることだが、それならば両方落とすだけである。
雷撃は切り捨てる。尻尾は切断する。体当たりは避ける。頑丈な外殻を用いて殴りかかってくるなら正面から弾き返す。レウルスにできることはそれだけだが、キマイラを殺し切るには十分だ。
先程の雷撃で魔力が底を尽いたのか、キマイラが再び雷を身に纏うことはなかった。その代わりレウルスを正面から迎え撃ち、外殻で覆われた前足を振るってくる。
再び二足で立ち上がり、左右から叩くようにして前足が振るわれる。いくら身体能力が上がっているとはいえ、金属並に硬いキマイラの外殻で左右から挟まれれば死ぬだろう。革鎧など意味を成さず、ひしゃげて圧死するしかない。
――それならば、当たらなければ良い。
左右からキマイラの前足が迫っていることを視界の端で捉えつつ、レウルスは更に前へと出る。風を切りながら迫り、固い金属同士がぶつかり合う轟音を背後にしつつ、レウルスはキマイラの懐へと飛び込んだ。
そしてそこから放つのは、掬い上げるような刺突。キマイラの前足の間を通し、レウルスの動きを見切ろうと観察していた右の頭部へと大剣の切っ先を突き込む。
『グルゥッ!? ガアアアアアアアアアアァァッ!?』
瓦を叩き割ったような感触に続き、柔らかい“何か”を突き刺したのが柄越しに伝わってくる。それはキマイラの頭蓋を突き割り、そのまま脳まで破壊した感触だった。
キマイラが悲鳴を上げている間にレウルスは大剣を捻りながら引き抜く。そして激痛から勝手に開いたキマイラの前足の右側、ドミニクが深く切りつけていた方へと大剣を振り下ろした。
キマイラの頭部から血飛沫が舞う中、レウルスが得たのは鈍い感触である。丸太のように太く、それでいて筋肉が詰まったキマイラの前足を断ち切ると、肉を斬った感触に眉を寄せながらキマイラから距離を取った。
片方の頭部を破壊され、右前足も失ったキマイラはその激痛から無作為に暴れ回る。その動きに釣られて二本の尻尾も縦横無尽に振るわれており、その様はまるで荒れ狂う暴風のようだった。
「っ……ふぅ……はぁ……」
一度距離を取ったレウルスは大きく息を吐く。暴れ回るキマイラは傷口から大量の血を流しており、周囲に血が飛び散っている。その飛び散る血で視界を潰されないよう注意しながら観察していると、キマイラはバランスを崩してその場に倒れてしまった。
片方の頭を潰され、右前足を失ったのである。その状態で暴れればバランスを崩すのも当然だろうが、倒れたからといって息絶えたわけではない。残った頭がレウルスを睨み付けており、その視線に気付いたレウルスは思わず苦笑してしまった。
手負いの獣というのは非常に危険だが、何よりも危険視すべきなのはこの状況でありながらキマイラが冷静さを残していることだろう。少なくともレウルスならば痛みに屈して地面を転げまわるだけで、敵の様子を確認する余裕などなかったはずだ。
本来キマイラはレウルスには太刀打ちできない魔物である。優勢な状況でもその事実がレウルスに慎重さをもたらしていた。
“限界”が近づいていることをレウルスは感じ取る。両手で握っている大剣が徐々に重くなっているように思えた。それに合わせて忘れていたはずの痛みが全身を苛み始め、レウルスは苦笑を深めてしまう。
「ああ……クソ、いってぇな……でも、これで“終わり”だ」
ギシギシと軋むように感じられる体を動かし、レウルスは大剣を肩に担ぐ。そして前傾姿勢を取ると、残った三本の足でレウルスから少しでも距離を取ろうとしていたキマイラを見詰めた。
そんなキマイラの姿に、レウルスの口から零れたのは感謝の言葉である。
目の前のキマイラはレウルスにとって恐怖の象徴だったが、同時に、自分に“自由”をもたらしてくれた相手でもあったのだから。
「お前には感謝してるよ。あの日、あの場所で、お前が馬車を襲ってくれなきゃ俺は今頃鉱山で鶴嘴を振ってただろうさ」
あるいは、既に死んでいたかもしれない。それを妨げたのは目の前のキマイラであり、ある意味恩人とすら呼べただろう。
だが、そのことに感謝はすれど容赦はしない。この場で逃がしても息絶えるだろうが、万が一生き延びれば厄介なことになる。
己の体に起こった奇跡が二度起こるかわからない。だからこそ、この場で確実に仕留めるべきだとレウルスは思った。
血を流し、体を引き摺るようにして距離を取ろうとしていたキマイラに向けてレウルスは駆け出す。その速度は先程までと比べて遅かったが、それでも十分だった。
苦し紛れに振るわれるキマイラの尻尾を斬り払い、大剣を振るうのに適した間合いへと踏み込む。大剣を振り上げ、キマイラの首に狙いを定める。
「ありがとう――じゃあな」
そう呟き、レウルスは大剣を振り下ろすのだった。
どうも、作者の池崎数也です。
キリの良いところで終わるべく2話分まとめて更新しました。1話分にまとめても良かったかもしれません。
毎度ご感想やご指摘等をいただきまして、本当にありがとうございます。執筆のモチベーションになっております。
それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。