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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
7章:貴族令嬢の初恋と一角獣の試練

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第287話:『首狩り』 その2

「森の連中にはお主に近づかぬよう知らせておこう。それでも近づいて襲ってくるようならば、返り討ちにして構わんぞ。儂等はお主が移動を始めてしばらく経ったら同じ方向に進むからのう。どうしても勝てないようなら助けを求めると良い」


 そんなアクシスの言葉を背中に受けながら、レウルスは野営地を出発する。


 目的地は特にない。リルの大森林の外縁部に沿って歩き、『首狩り』を探すだけだ。


 さすがに森の中に足を踏み入れるつもりはなかった。アクシスが動きが速いと評する上級の魔物相手に、障害物が多い森の中で戦おうと思えるほどレウルスは自分の腕に自信があるわけではない。

 レウルスの膂力と『龍斬』の切れ味があれば巨木も難なく斬れるが、僅かとはいえ時間が削られる上に見通しが悪くなる。森の中で戦うのは下策だろう。


 レウルスは常に周囲の気配に気を配りながらも、自然体を装いながら歩いていく。明らかに警戒している様子を見せれば、『首狩り』が近づいてこない可能性があるからだ。


 リルの大森林周辺は街道が整備されているわけではないが、足場も悪くはなかった。地面は背丈の低い草に覆われ、ところどころで地面が露出している。ここ数日は天候が良かったこともあり、泥濘に足を取られるということはなさそうだ。

 時折魔物の気配を感じて足を止めるが、アクシスが止めているからか、あるいは『龍斬』から感じ取れるヴァーニルの匂いが怖いのか、襲ってくることはない。


(一人、か……)


 右手にリルの大森林を眺めながら歩きつつ、レウルスは内心だけで呟く。


 正確に言えば、完全に一人というわけではない。エリザやサラとの『契約』による“つながり”は、今もしっかりとレウルスの中にあった。『思念通話』を使えばサラと会話することもできる。

 離れすぎると『契約』によるつながりも途切れてしまうが、アクシスが言った通り、エリザ達は距離を離した状態でレウルスを追いかけることになっている。


 これはレウルスが万全の状態で『首狩り』と戦うためだが、レウルスではなくエリザ達の元へ『首狩り』が現れた場合に備えるという側面もあった。


 アクシスは『首狩り』が自分を避けているとは言うが、それを完全に鵜呑みにするわけにもいかないだろう。そのため何かあってもすぐに駆け付けられるぐらいには距離が近いのだ。


 何も知らない者が見れば、呑気に散歩でもしているように見えるに違いない。


 だが、こうして異国の地で、下位とはいえ上級の魔物と戦うために一人で歩いている現状。それが、レウルスにはどこか現実味がなかった。


「しかし……中々遭遇しないもんだな」


 長閑と感じてしまいそうな空気を味わいながら歩き、レウルスはぽつりと呟く。


 歩き始めて既に三時間近くが過ぎ、太陽も中天を通り越してしまった。特に問題もないためサラと『思念通話』で話すこともなく、レウルスは大して変わり映えのしない風景を眺めながら歩き続ける。


 リルの大森林は非常に広いため、『首狩り』と遭遇するには時間がかかるかもしれない。本来ならばユニコーンを探して今のように歩き回ったかもしれないが、アクシスの方から出向いてきたため、こうして歩くだけで時間が過ぎていくのが勿体なく感じるレウルスである。


 いっそのこと、ヴァーニルのように向こうから飛んできてくれれば楽なのだが。


(……いやいやいや。楽ってなんだよ……相手は上級の魔物だぞ? 遭遇しないならそれに越したことはない相手なんだぞ?)


 自身の抱いた感想に、自分でツッコミを入れるレウルス。


 アクシスから聞いた限り、『首狩り』は下位とはいえ上級の名に相応しい難敵だ。そんな危険な存在を相手に、向かってきてくれることを望むなどどうかしている。

 しかし、である。この時自身の胸の内にあった感情は、現状に対する面倒臭さと請け負った依頼に対する義務感のみ。上級の魔物と対峙する恐怖心も、緊張も、ない。


 “そんな自分”に気付いたレウルスは、無言で愕然とした。


(おかしい、な……いや、おかしい……か?)


 この世界に生を受けて、既に十六年が経過している。前世を含めれば四十年を超える時を生きていたが、ここまで緊張しないというのはさすがにおかしなことだ。


 ――おかしいはずなのだ。


(戦うのが怖くなくなったのは……いつからだ?)


 シェナ村で農奴だった頃は、生きるだけで必死だった。

 冒険者になったばかりの頃は、角兎と対峙するだけでも恐怖を覚えていた。

 キマイラと戦った時など、気絶しなかった自分を褒めたいぐらい緊張した。


 ――ならば、それ以降は?


 敵と対峙すれば、躊躇なく剣を振るえる自分がいた。初めてグレイゴ教徒と戦った時も、相手が人間だというのに構わず斬り殺していた。

 平成の日本においては禁忌とされていたであろう殺人に対する躊躇を、『敵』という一文字で切り捨てた。


 自分の精神が擦り切れ、壊れているという自覚はレウルスにもある。そうでなければ、農奴時代を乗り切れていない。


(スライムに似ている、ねぇ……)


 アクシスとの会話を思い返し、レウルスは乱雑に頭を掻いた。

 色々と思うところはあるが、今は『首狩り』を探している真っ最中だ。“無駄なこと”に思考を割くぐらいなら、周囲の索敵に集中するべきだろう。


 レウルスはそう自分に言い聞かせ、僅かに乱れた己の心に蓋をして再び『首狩り』の捜索を始めるのだった。








 そうして『首狩り』を探し歩くこと三日。


 その日も空振りに終わったレウルスは夕方になるとエリザ達と合流し、夜営の準備を進めていた。


「影も形もねえ……いや、たまに首から上がない魔物が落ちてるから、近くにいるはずなんだけどな……」


 腕組みをしながら唸るレウルスだが、その足元には比較的新しい魔物の死体が三つほど置かれている。

 『首狩り』にも何か基準があるのか、それとも魔物を見つけ次第襲っているのか、レウルスが発見した死体はその全てが中級に属する魔物のものだった。


 化け熊が一匹に、ヒクイドリが二匹。完全に血が流れ出ていたわけではないため、殺してから長い時間は経っていないはずである。


 それほど遠くない場所に『首狩り』がいるのは間違いない。だが、それだというのにレウルスの前には姿を見せないのだ。


「もっと距離を取らんと駄目かのう……姿が見えない割にお主が進む先に死体が落ちてる辺り、用心深いのか挑発したいのか、判断に迷うところじゃな」


 死んで半日も経っていなさそうだ、という理由で魔物の死体を持ち帰ったレウルスに、アクシスがため息を吐きそうな様子で呟く。


「爺さんが離れるとエリザ達が襲われる危険性があるからなぁ……かといって離れすぎると俺の力が弱る……困ったもんだ」


 レウルスは手早く魔物の死体を解体しながら答える。新鮮とはさすがに言えないため、食べるのは自分だけにするつもりだった。


「こっちが精神的に参るのを待っている……なんてことはないのかな?」


 レウルスが魔物を解体する姿を眺めながら、エリザが声を発する。アクシスが近くにいるため素の口調だったが、最早レウルス達は気にしない。


「それはどうじゃろうなぁ。そこまで狡賢いとは言えんかったような……それにこやつを見れば、明らかに悪手じゃろ」

「おいおい爺さん。いつ上級の魔物と戦うかわからずに歩き続けるってのはけっこうきついんだぞ?」

「そう言いながら魔物の死体を集めて喰っておるじゃろうが……時間が経つのはお主にとって有利で、『首狩り』にとっては益がない……はずなんじゃが」


 『首狩り』の狙いが読めないのか、アクシスは首を傾げる。


 『首狩り』の捜索を始めて三日が経つ間にレウルスが発見した魔物の死体の数は十匹になる。それら全てが中級の魔物で、その希少さを考えればリルの大森林の“豊かさ”が垣間見えるというものだ。


 レウルスとしては魔力の補充ができ、満腹にはならないが腹も膨れて万々歳である。一ヶ月を超える旅の間で消耗した魔力を取り戻し、それ以上に貯めることができている状態だ。


「それってさー、レウルスに食べ物をあげて穏便に帰ってもらおうとしてるってオチはないの?」


 レウルスが魔物を捌くなり、手早く炎で焼いていたサラが冗談混じりに言う。


「そんな馬鹿な……いや、ないよな?」

「お主が背負っている武器の“格”を見抜いて警戒しているのかもしれんのう……ううむ。一度条件を出した以上、それを引っ込めるわけにもいかんし……困ったのう」


 サラの軽口に笑いかけたレウルスが思わず真剣な顔になると、アクシスも困ったように頬を掻いた。『首狩り』に確かめたわけではないため確証はないが、可能性がゼロとも言えないらしい。


「……とりあえず、もう少し続けてみよう。三日経ったけど、まだ三日とも言えるんだ。魔物の死体が見つかる以上、ある程度近くにいるはずだしな」


 そうは言いつつも、本当に『首狩り』が出てくるかはレウルスにもわからない。実際には試していないが、レウルスでさえ全力で走れば短時間で相当な距離を移動することができる。

 魔物や野盗への警戒を抜きにして、『熱量解放』なし、エリザとサラからの『契約』による補助ありという状態でも、一時間で数十キロは移動できるだろう。『首狩り』ならばそれ以上の距離を移動出来てもおかしくはない。


(何の考えもなく暴れ回ってて、偶然俺の歩く先に魔物の死体があった……なんてこともあり得るんだよな)


 思ったよりも長期戦になりそうだ。


 レウルスはそう思いながら、ひとまず魔物の肉で腹を満たすことにした。


 ――そして、結論からいえばその予想は間違いだった。








 その日の晩。


 日が暮れたため『首狩り』の捜索は一時中断し、レウルス達は夜を明かすために野営を行っていた。


 視界を確保するため、馬車を囲むようにして焚き火を三ヵ所に分けて設置し、レウルスとエリザ、ネディとコルラードの四人が不寝番として起きている。


 日中は歩くだけでそれほど疲労も溜まっていないが、『首狩り』と交戦することを考えてレウルスもしばらくしたら眠るつもりである。いくら眠気や疲労に強いと言っても、今ばかりは少しでもコンディションを整えておくべきだと思ったのだ。


 レウルスが眠る際は、馬車に忍び込もうとして蹴り出された挙句、臍を曲げてふて寝しているアクシスを叩き起こすつもりである。


 しかし、それもまだ二、三時間は後の話だ。


「そういえば、最近薬を飲んでませんよね? 胃は大丈夫ですか?」

「“飲む必要”がないのだ……いや、胃薬は必要な時に飲むがな」


 周囲を警戒しながらも、時間潰しに雑談を行うレウルスとコルラード。エリザとネディはレウルスに構ってほしそうな顔で両隣に座っている。


 そうやって時折言葉を交わしていると、馬車の方から動く気配を感じた。それに気づいたレウルスが視線を向けると、そこには申し訳なさそうな様子のルヴィリアが立っている。


「すみません……どうしても眠れないので、わたしもお話に混ぜていただいても良いですか?」

「そりゃ構いませんが……なるべく近くに座ってくださいね?」


 そう言いつつ、レウルスは立ち上がって少しだけ移動する。ルヴィリアを馬車の傍に座らせ、レウルスはルヴィリアをいつでも守れるよう備えているのだ。

 そして恐縮するように座ったルヴィリアの両隣にエリザとネディが移動し、挟むようにして座る。


「体は大丈夫ですか?」

「ええ……日中はレウルス様に合わせて歩くだけですから。これまでの旅と比べても楽なぐらいです」


 体調を確認するレウルスに対し、ルヴィリアは柔らかく微笑む。しかしその表情には疲労の色が滲んでおり、レウルスは眉を寄せた。


「そうはいっても、疲れが溜まっているように見えますよ? たとえ眠れなくても、横になって目を瞑るだけでも体が楽になりますから」

「いえ……横になっても眠気が訪れないのです。むしろ、緊張して疲れるばかりで……」


 そう言って弱々しく微笑むルヴィリア。どうやら上級の魔物を探している現状に心身が悲鳴を上げているらしい。


(貴族のお姫様が上級の魔物と関わる機会なんてないだろうしな……そりゃ緊張もするか)


 アクシスがいるため可能性は低いが、一秒後には『首狩り』が襲ってきてもおかしくはない。それを思えば、深窓の令嬢と思しきルヴィリアが不安に思い、眠れないのも納得できた。


(……いや、上級の魔物で、なおかつスケベな爺さんがいるしな。眠れないのもある意味当然か……)


 『首狩り』とは別の意味で厄介な存在が傍にいるのだ。年頃の乙女としては、恐怖に思っても仕方がない。


「そういう時はアネモネさんと一緒に寝たらどうです? 長い付き合いなら安心するでしょう?」

「それは……いえ、そうですね。たまには甘えてみるのもいいかもしれません」


 レウルスの提案を聞き、ルヴィリアは控えめに微笑む。


「そうですよ。それがいい……ん?」


 抱き枕にでもしてしまえ、とけしかけようとしたレウルスだったが、不意に言葉を濁した。


 得体の知れない――冒険者になってからは嗅いだことがないような、奇妙な臭いを嗅ぎ取ったからだ。


(……いや、どこかで嗅いだ臭いだ……これは……)


 鼻が曲がりそうな、耐えがたい臭い。まるで“肉でも腐らせたような”、醜悪な臭いだ。


 それに気付いたレウルスは、『龍斬』を静かに構える。


「……レウルス様?」


 急に『龍斬』を構えたレウルスの姿に、ルヴィリアが不思議そうな顔をした。だが、ルヴィリアの傍にいたエリザとネディがレウルスに倣うように身構えたのを見て、表情を強張らせる。


『……キキキッ』


 闇夜を裂くようにして、遠くからそんな声が聞こえた気がした。

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