第286話:『首狩り』 その1
「良い案を閃きました。わたしがレウルス殿の剣を借りて戦うというのはどうでしょう?」
「俺の剣を使おうとしたら焼け死ぬんで諦めてください」
アクシスと出会った翌日。
レウルスは『首狩り』を探すよりも先にアネモネの説得に追われていた。
「……冗談にしては性質が悪いですね」
「いや、この剣は俺専用の魔法具なんですよ。俺以外が握ると燃えるんで、試してもらうわけにはいかないですけど……」
レウルスも時折忘れそうになるが、『龍斬』には非常に物騒な盗難防止用の仕掛けが施されている。何も知らない者が盗もうとすれば、『龍斬』を握った瞬間に炎上するだろう。
ただし、『無効化』を使えれば“一応”大丈夫らしく、ミーアが『龍斬』の手入れをする際は特製の革手袋を嵌めることで対処していた。あとはサラのように燃えても問題がない者ならば『龍斬』を使えるだろうが、それは例外過ぎるだろう。
もちろん、レウルスもそこまでは伝えない。『龍斬』を自分以外に振るわせるつもりなどないのである。
「侍女殿、貴殿の主君に対する忠誠心は素晴らしいものだと思うが、慣れない武器で上級の魔物と戦うなど自殺行為も良いところであろう? ここはレウルスに任せるべきである」
レウルスとアネモネの会話を聞いていたコルラードが苦笑しながら仲裁する。
「それに貴殿の祖父、セバス殿の師に当たる方がそう判断されたのだ。それに異を唱えるのであるか?」
「そ、そう言われますと……」
コルラードの説得に、アネモネは渋々と引き下がる。仮にアネモネが『龍斬』を問題なく使えたならば、レウルスからもぎ取ってでも『首狩り』に挑んでいただろう。そう思わせるだけの気迫があった。
「ん? 儂は師と呼べるような存在ではないぞ? 手解きをしてやったとは言ったが、そこからどう育つかはセバス次第じゃ。儂がしたのは小さな“切っ掛け”を与えただけじゃよ」
しかし、そんなコルラードの説得を無駄にするようなことをアクシスが言い出す。コルラードではなくアネモネの有利になるよう口添えするのは、アクシスの性格がそうさせるのか。
「でも、結局はレウルスの剣を使えないことに変わりはないでしょう?」
「それはそうですが……ところでエリザさん、その口調は一体?」
すかさずレウルスに助け船を出すエリザだが、アネモネが不思議そうな顔で尋ねた。エリザはそっと目を逸らすと、アクシスから距離を取る。
「……触れないで……このお爺さんがいなくなれば、元に戻るから……」
「ん? 儂、何かしたかのう?」
エリザの反応を見てアクシスは首を傾げた。しかしすぐさま鼻の下を伸ばすと、意味もなく両手を開閉する。
「ところでお嬢ちゃん。まだまだ成長途中のようじゃが、どうじゃね? 儂が色々と手伝ってやっても良いぞ? 異性に揉まれると大きく」
「おっと手が滑った」
「ひょっ!?」
油断も隙もなくセクハラをしようとしているアクシス目掛け、『龍斬』が風を切って振るわれる。それに気づいたアクシスは上体を逸らすことで斬撃を回避するが、レウルスに殺気がなかったため割とギリギリのところで回避することになった。
レウルスとしてはセクハラぐらいで殺すつもりはなかったため殺気もなかったのだが、それが逆に不意を突く形となったのだ。
「爺さん、教育に悪いからやめろって。というか、育ってる方が好みだったんじゃないのかよ?」
「いきなり斬りかかるお主も教育に悪いと思うがのう……あと、自分で育てる楽しみというのもあるじゃろ? その点、お主は儂と同類」
「おっと盛大に手が滑った」
「ふぉおおぉっ!?」
ツッコミを兼ねて再度『龍斬』を振るうレウルスだったが、先ほどよりも力が込められたからかアクシスは紙一重のところで回避することとなる。横薙ぎに振るわれた『龍斬』に合わせて側方宙返りで回避するという、無駄に洗練された避け方をしたのも一因だが。
「その外見で機敏な避け方をされると、性質の悪い冗談みたいで引くな」
「儂は躊躇なく斬りかかってくるお主に引くわい……さて、冗談はこれぐらいにしておくかのう。ここからは真剣な話じゃ」
斬撃を回避して着地したアクシスは、言葉通り真剣な表情を浮かべた。
「レウルスよ。昨晩言った通り、儂はお主ならばこの面子の中で一番『首狩り』に勝てる可能性が高いと見ておる……が、“本当に”それで良いんじゃな?」
そんなアクシスの問いかけに、レウルスは無言で頷いた。
元々レウルスはルヴィリアの体を治すという依頼を受けてここまで旅してきたのだ。
ユニコーンが見つからなかったのならば仕方がないが、偶然なのか必然なのか、相手の方から近寄ってきてしまった。そして、難題ではあるがルヴィリアを治す条件を引き出したのだ。
ここで断ったのでは、何をしにきたのかもわからない。
(グレイゴ教徒に襲われたことといい、爺さんがセバスさんと面識があったことといい、断るとどう転ぶかわからないしな……)
レウルスは真剣な表情を浮かべながらも、内心では深い溜息を吐く。
アクシスのことを言い触らさないよう厳命されていたとはいえ、主家であるヴェルグ子爵家のためならばセバスはある程度情報を開示しているだろう。
少なくともリルの大森林にユニコーンが実在することは話しているはずだ。そうであるのなら、わざわざ冒険者であるレウルスに依頼を持ち込んだのも合点がいく。
(この爺さんの性格……いや、性癖を知ってたら打ってつけだもんな……ルヴィリアさんとアネモネさんだけでなく、エリザ達も同行するんだ。釣られて出てくると思ってもおかしくはない……か)
実際のところ、エリザ達に釣られて姿を見せたかと言われると怪しいところがある。
エリザ達には話していないが、ヴァーニルの匂いがする武器を持ち、なおかつスライムと似たような気配をレウルスから感じ取ったからこそ、姿を見せたと思えるようなことをアクシスは言っていた。
――真っ先に入浴を覗こうとしていたあたり、実際は色惚けていただけかもしれないが。
(今回の依頼には複数の貴族が絡んでるみたいだし、きな臭くて仕方がないな。グレイゴ教徒が襲ってきたのも、明らかに裏がありそうだったし……)
なんとも面倒で、厄介なことだとレウルスは思う。だが、ここまで来て断るという選択肢もない。
ユニコーンに会ったというのにルヴィリアを治すための条件を蹴ったとなると、明らかに不利益を被りそうだからだ。
せめて、きちんと依頼を達成して今回の面倒事に関する報酬を得なければ、ここまで旅をしてきた甲斐もないというものだった。
「覚悟は決まっている……いや、お主は覚悟と関係なく敵なら斬れそうな手合いじゃな。聞くだけ無駄というものか」
そう言ってアクシスはレウルスを見る。その視線がどこか悲しげに見えたのはレウルスの錯覚か。
「ところでお爺ちゃん、昨晩はレウルス以外だと相手の動きについていけない、相手の攻撃を防御できないって言ってたけど、前もって準備しておいて魔法を撃ち込めばいいんじゃないの?」
そんな疑問を声に出したのはサラである。『首狩り』と戦うこと自体は忌避していないが、レウルスだけで戦うことには反対なのだろう。
「普通に撃っても駄目なら、周囲を薙ぎ払えばいいと思うんだけど」
「ほほっ、過激な案じゃのう。妥当といえば妥当なんじゃが、『首狩り』は並の魔法なら斬ってしまうんじゃよ。貴女ならあるいは、と言いたいんじゃが……」
そこまで言って、アクシスは僅かに視線を動かした。その視線の先にいたのはネディである。
「……儂等の住処が燃やされそうじゃしな。それに、あやつは勘も鋭いんじゃ。普通の罠なら自分から食い破りに来るじゃろうが、危険と思えば平気で逃げ隠れする賢しさもある」
「ふーん……魔法を斬れるなんてレウルスみたいな奴ね!」
サラが全力で魔法を行使すれば、アクシスの言う通りリルの大森林が燃えてしまう可能性が高い。非常に広いため全焼することはないだろうが、世の中に絶対はないのだ。
(サラの魔法で森が全部焼けて、住んでいた魔物も死ぬか逃げ出して……そうなった場合、ラパリとベルリドの陣取り合戦がすぐさま始まりそうな気もするな……)
脳裏に浮かんだ考えをレウルスは否定できず、困ったように頬を掻いた。逃げ出した魔物が一番近くの町や村を襲う可能性もあるため、魔法による援護は難しいだろう。
「ある程度なら魔法を斬れて、強力な魔法を準備してたら出てこない……それでいて滅茶苦茶速くて攻撃力も高いってわけか」
「そうなるのう。手練れの魔法使いでも、目視できる距離で遭遇したらほぼ確実に死ぬぞい。魔法を撃ったら斬りながら近づいてきて、薙ぎ払おうと魔力を練っていたら撃つ前に首を斬られるからのう」
どうやら魔法による援護は本当に困難らしい。アクシスの話を聞いていたレウルスは『首狩り』の理不尽さにため息を吐きたくなった。
(ネディに地面を凍らせてもらって……それじゃあこっちも近づけないか。氷で囲んで逃げられないようにしても、破壊して逃げ出しそうだな。エリザの雷魔法……俺でも斬れる威力だから駄目か)
かといって、接近戦ができる者による援護も困難ときている。実際に遭遇していないため断言はできないが、アクシスが念押しするということは本当に速く、攻撃力も尋常ではないのだろう。
「強さに関してはわかったけど、外見はどんなやつなんだ?」
ないとは思うが、『首狩り』が人間に『変化』して徘徊していれば反応が遅れるかもしれない。それを危惧してレウルスが尋ねると、アクシスは困ったように眉を寄せた。
「さて……儂が近くにいるとすぐに逃げ出すから、外見がどうとは言えんのじゃよ。ただ、遭遇すればすぐにわかると思うぞい」
「何か特徴でもあるのか?」
上級の魔物ならば魔力で判断できるかもしれないが、特徴がわかっているだけでもありがたい。そう考えたレウルスに、アクシスは声を潜めて言った。
「狩った首を持ち歩いておるんじゃ。近くに寄れば、血の臭いでも気付けるはずじゃぞ」
「…………」
レウルスは思わず絶句する。予想外の特徴に言葉が見つからなかったのだ。
気分的に、巨大なスライムを初めて見た時の衝撃には及ばない。だが、それでも。
(……それらしい気配なり、血の臭いなりがしたら、即座に『熱量解放』を使わないと死ぬな)
未だ見ぬ『首狩り』に対し、レウルスは心の底から強くそう思うのだった。