第285話:ユニコーン その3
アクシスから詳しい話を聞く前に、日が暮れるからと夜営の準備を終わらせるレウルス達。
せっかくエリザ達が作ってくれたのだからとレウルスも風呂に入って汗を流し、食事をしながらアクシスの話を聞くことにした。
『駅』がないため常に襲撃に備えなければならないが、リルの大森林はアクシスの縄張りである。生息する魔物の強さと数、付近に町や村がないことからも野盗が住み着くはずもなく、襲ってくるとすれば魔物だけになるだろう。
だが、レウルスとエリザがいる以上に、アクシスが一緒にいるのだ。リルの大森林に棲む魔物だけでなく、件の『首狩り』が襲ってくる可能性も非常に低かった。
「少しばかり待っておれ。これから話すのに“丁度良い”ものがあるからのう」
そう言って姿を消したと思いきや、数分と経たずに帰ってくるアクシス。一体どこから見つけてきたのか、人間の姿を取っているアクシスを超える、巨大な物体を運んでくる。
――それは、首のない魔物の死体だった。
「っ……あの、アクシス様? それは……」
突然魔物の死体を運んできたアクシスに対し、ルヴィリアが少しだけ怯えたような声をかける。
命を落としてそれほど時間が経っていないのか、斬られた首の断面からは血が滴っていた。頭がないが、その魔物の造形が特徴的だったためレウルスはすぐさま表情を引き締める。
「ヒクイドリ……じゃない、カーズか。コイツを狩ったっていうんなら、『首狩り』ってのが上級下位なのも頷けるな」
アクシスが運んできたのは、首から上がないヒクイドリの死体だった。
「今の森は、これと似たような状態の死体があちこちに落ちているんじゃよ。傍迷惑な奴じゃろ?」
「……もしかして、『首狩り』が案外近くにいたりするのか?」
「いや、儂が近づいたら逃げるからのう……近くどころか、既に相当遠くまで逃げてるじゃろうな」
そして、逃げた先で再び人間や魔物を襲うらしい。目的があるのかすら不明なため、襲われた側にとっては天災が突っ込んできたようなものだろう。
「本当に傍迷惑な奴だな……ところでそれ、食っても良いか?」
だが、それはそれとしてレウルスはヒクイドリの死体をじっと見つめた。するとアクシスは僅かに頬を引きつらせる。
「本気かお主……って、ああ、そうか。そうじゃったな。それが力になるのなら儂は構わんよ」
「やったぜ、今夜は焼き肉だ」
硬くなる空気を解すように、レウルスは大袈裟に喜んでみせた。すぐさま短剣を抜いて解体に取り掛かると、ネディが小さく首を傾げる。
「今夜は……今夜も?」
「毎食でもわたしは構わないわ! さあ、焼くわよー!」
嬉々としてヒクイドリを解体していくレウルスと、何故かテンションを上げて焼く準備に取り掛かるサラ。いつも通りの光景ともいえるため、ネディの疑問にツッコミを入れる者はいなかった。
「レウルス、まずはその死体をよく見せてほしいのである……ふむ……」
だが、レウルスが解体を始める傍でコルラードが遺体の検分を始めた。特に首の断面を注視し、眉を寄せる。
「この切り口はかなりの手練れ……いや、切れ味が凄まじいだけ……か?」
「ほう……中々良い目をしておるのう。じゃが、儂の視界に入るでないぞ? 蹴り飛ばすぞ?」
「理不尽である!」
コルラードの呟きを拾ったアクシスが前半は感心したように、後半は突き放したように言う。その会話はレウルスからしても理不尽だと思ったが、アクシスはそんな生き物だと自分を納得させてコルラードに話を振る。
「そうなんですか?」
「うむ……傷を見ればおおよその技量を測れるのである。その点、これを成した『首狩り』とやらは技量はそこまでではないが、その割に断面が綺麗すぎるのだ。おそらくは武器……いや、魔物だから自身の体を使って斬ったのだろうが、かなりの切れ味がありそうである」
「魔法を使って斬ったってことはないんですか?」
「ないのである。首を刎ねたとなると風魔法で斬ったか、氷魔法で作った武器で斬ったかの二択になるが、そのどちらでも傷口に特徴が出るものなのだ」
これまでコルラードから色々と教わってきたレウルスとしては、その言葉を疑う理由もない。そのためヒクイドリの死体を捌きながら頷く。
「氷魔法を使ったのなら、傷口が凍っていたり傷口周辺が湿っていたり、何かしらの痕跡があるのである。時間が経つと痕跡が消えるが、中級上位に匹敵するであろう魔物の首を落とすとなると並の氷魔法の使い手では不可能でな。斬れないことはないが、傷口が潰れるのである」
「へぇ……そうなんですね」
「そうなのだ。それと、風魔法の場合は痕跡が見つかりにくいのだが……“その手の傷”は見慣れていてな。風魔法ではないと断言させてもらうのである」
そう答えるコルラードの背中は、何故か煤けて見えた。レウルスはそんなコルラードに敢えて触れず、アクシスへ話を振ることにする。
「爺さん、そうなのか?」
「ほほっ、悪くない見立てじゃよ。これで男でなければのう……」
「本気で理不尽である!」
残念そうに首を振るアクシスにコルラードが吠えるが、アクシスは聞こえなかったと言わんばかりにその視線をレウルスに向けた。
「その名の通り、『首狩り』は得物の首を落とすことに執着していてのう……属性魔法を使ってくることもない。精々『強化』ぐらいかの?」
「……そこまでわかってるなら、対処も簡単そうだけどな」
首を狙うということは、攻撃手段が限定されるということだ。レウルスがこれまで対峙してきた上級の魔物――『国喰らい』と呼ばれるスライムや、『城崩し』と呼ばれる大ミミズよりも対処は楽そうである。
だが、それで対処できるのなら上級の魔物に数えられることはないだろう。
「実際どうなんだ? 『国喰らい』とか『城崩し』なら被害の規模も想像できるけど、『首狩り』って聞くと規模では劣りそうなもんだが……」
「ほっほっほ。青い、青いのう。上級の魔物は最低でも軍隊を殺せると言ったじゃろう? たしかに被害の規模で言えば上級の魔物の中でも最低じゃよ。しかし、それが弱いことにはつながらんというわけじゃ」
「……そりゃあ、『城崩し』十匹と戦っても勝てるんなら強いどころの話じゃないんだろうけどさ」
実際に相対すれば相手の力量もわかるのだろうが、現状では想像することぐらいしかできない。
そんなレウルスの反応に、アクシスはこの場にいる全員を見回した。
「そこのお嬢ちゃんを治す条件として『首狩り』を倒せとは言ったが、儂も無駄な死人は出したくないんでのう……レウルス、お主が『首狩り』を倒すんじゃ」
「……なに?」
一人で『首狩り』を倒せと言われ、レウルスは眉を寄せる。
レウルスもこれまで多くの中級の魔物を倒し、上級の魔物に関しても『城崩し』と『国喰らい』を倒してきたが、単独で倒した数はそれほど多くない。
特に、『城崩し』と『国喰らい』に関しては仲間の援護があったからこそ倒せたのだ。上級の魔物を単独で倒すなど、それこそグレイゴ教の司教のように頭のネジが外れた連中にしか無理なのではないか、とレウルスは思う。
「正確に言うと、じゃ――お主以外が対峙した場合、ほぼ確実に死ぬぞ?」
だが、そんなレウルスの困惑を無視するようにアクシスが真剣な声で言う。その表情も真剣で、嘘を言っているようには見えない。
「……その根拠は?」
「儂の見立てでは、単純に速度が足りん。お主の次に勝ち目があるとすれば、黒髪のお嬢ちゃんじゃな……ところでお嬢ちゃん、名前を聞いておらんかったな。儂としたことが大失敗じゃ」
それまで真剣な表情をしていたというのに、瞬く間に助平爺の顔に戻ってアネモネに名前を尋ねるアクシス。その落差にレウルスは頬を引きつらせ、名前を尋ねられたアネモネはこめかみに青筋を浮かべる。
「……アネモネ=ティアーノと申します」
「ほほう、良い名前じゃのう。アネモネ……ティアーノ?」
だが、アネモネの名前を聞いたアクシスは不思議そうに首を傾げた。アネモネの名前に何か引っかかる部分があったのか、アネモネの顔をじっと見つめる。
「ティアーノ……ティアーノ……ああ、あやつの血縁かのう。これはまた、懐かしい名前じゃのう」
「わたしの家名に何か覚えが?」
思わぬアクシスの反応に、アネモネも不思議そうな顔をした。ただし、その心中では疑念が渦巻いている。口から出まかせで、アネモネの気を惹くためだけに嘘を吐いている可能性もあるのだ。
「別人かもしれんがの。昔、少しばかり手解きをしたことがあるだけじゃ。セバスの奴は元気かの?」
「っ!?」
祖父の名前が出たことでアネモネは驚愕の表情を浮かべる。セバスに関しては何も話していないため、その驚きは大きなものだった。
「それとレウルス。お主が首に下げているそれ……コモナの奴を模した像じゃが、薄っすらと知り合いの匂いがするのう」
「これか?」
視線を向けられたレウルスは首に下げていた『客人の証』を持ち上げてみせる。
「それじゃ。もしや、それはジルバの奴が作ったものかの?」
「そうだけど……爺さん、ジルバさんの知り合いか?」
アネモネほど驚くことはなかったが、それでも内心では不思議に思いながらレウルスは尋ねた。そして同時に、ラヴァル廃棄街を旅立つ前にジルバと会った時のことを思い出す。
(そういえば、あの時ははぐらかされたけど、ジルバさんはリルの大森林にユニコーンがいるって確信しているような口ぶりだったっけ……知り合いだったのか?)
名前を口にしたということは、レウルスやアネモネの反応を見て推察したわけでもないのだろう。
「知り合いというか、ジルバにも手解きをしたことがあるんじゃよ。懐かしいのう……」
「え? お爺ちゃんってば、相手が男なのに手解きをしたの?」
驚くレウルスとアネモネを他所に、サラが疑問をぶつける。しかし、その疑問を受け止めたアクシスは意外なことに苦笑を浮かべた。
「たしかに儂は女好きじゃし、男が嫌いじゃが、男だからと全てを嫌っているわけでもない……ほれ、レウルスには普通に接しているじゃろう? 気に入った相手ならば、多少手解きをするぐらいなら構わんわい」
そう言って肩を竦めるアクシスだが、これまでの言動のせいで周囲から向けられる視線は不信の色で染まり切っていた。
(……もしかして、ジルバさんとセバスさんの構えがそっくりだったのって、この爺さんに教えを受けたからか?)
レウルスも不信の目を向けていたが、同時に納得もする。レベッカが襲ってきた時はジルバを模した『魔法人形』とセバスが戦ったが、鏡写しのように構えが似ていたのだ。
「えー……ジルバとセバスの師匠なら『首狩り』ってのも倒せるでしょ? お爺ちゃん、レウルスにはもっと優しい依頼を出してよ」
ただし、そんなレウルスの驚きもサラからすればどうでも良かったらしい。そんなものは知ったことかといわんばかりに依頼の難易度を下げるよう頼み始める。
「儂が手を貸すにはそれぐらいの対価が必要と思ってほしいんじゃ。簡単に手を貸すと、それはそれで面倒を招きそうじゃからのう」
サラの言葉に苦笑を返すアクシスだが、レウルスに視線を向けたかと思うと、再び真剣な雰囲気に戻る。
「他にも手解きをした者はいるが、あの二人を知っているのなら話は早いのう。今はどうなっているかわからんが、“当時”の強さと伸びしろから考えて……『首狩り』はセバスでは勝てず、ジルバならおそらくは勝てる、といった程度かのう」
どうやら『首狩り』に関する話に戻ってきたようだ。それを察したレウルスだったが、アクシスの言葉に首を捻る。
「動きが速いだけなら、セバスさんの圧勝だと思うんだけど……」
「動きが速いだけで上級の魔物に数えられるのなら苦労はせんぞ? 『首狩り』の厄介な部分は攻撃力じゃ。そして、“それ”を防ぐか凌げる技術、あるいは速度と武器を持っているのがレウルスだけという話じゃよ」
そう言ってアクシスはレウルスではなく『龍斬』に視線を向けた。
「アネモネちゃんも悪くはないんじゃが、武器がのう……武器ごと斬られて死ぬことになりそうじゃ」
「……一応、『強化』の『魔法文字』が刻まれた魔法具なんですが」
ちゃん付けで呼ばれたアネモネは微妙な顔をしたが、激発することなく疑問を口にした。
「その程度ならあっさり斬りかねん相手じゃよ。その点、レウルスは持っている武器が良い。これならば『首狩り』の攻撃を防げるじゃろ」
そう言って笑うアクシスに、レウルスは曖昧な笑みを返す。
(それって、武器は良くても俺の腕が追い付いてなければ死ぬんじゃ……)
そう思ったが、わざわざ口に出すことはしない。
今レウルスにできるのはリルの大森林に来るまでの旅の疲れを癒し、件の『首狩り』と遭遇した際に全力で戦えるよう、休むことだけだった。
説明回は終わりで、(多分)次話から色々と動きます。