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第284話:ユニコーン その2

「……それで? 条件とはどのようなものでしょうか?」


 鼻の下を伸ばしながらルヴィリアの背中を撫でていたアクシスだが、それが数十秒に及んだところでアネモネが冷たい声をかける。

 ルヴィリアの背中を撫で回していたアクシスの腕を掴んで離させると、圧し折ってやると言わんばかりに力が込められた。


「痛い痛い、痛いわい……なんじゃ、もう少し撫でさせてくれてもいいじゃろ? ああ、お主も撫でてほしかったんじゃな?」


 そう言いつつ掴まれていない左手をアネモネに伸ばすアクシス。撫でると言いながら、その左手がアネモネの胸に向けられたのは偶然か、あるいは故意か。


 ビキッ、と音を立てそうな勢いでアネモネのこめかみに青筋が浮かぶ。ルヴィリアを治す手立てを持っているようだが、それはそれ、これはこれである。年若いアネモネが怒りを覚えるのも仕方がないことだろう。


「……それでは、“それ”がルヴィリア様を治していただく条件ということでよろしいのですか?」


 それでも怒りを抑え、ルヴィリアを治療するための対価として突き付けたのは主に対する忠誠心の賜物か。


「ん? 条件には関係なく儂が触りたくなっただけじゃぞ?」


 しかし、アネモネの言葉に対して心底不思議そうな顔でアクシスが答える。その返答にアネモネのこめかみに浮かんだ青筋の数が増えたようにレウルスは感じた。


「爺さん、悪ふざけはそれぐらいにしてくれよ。アネモネさんがキレたらさすがに止めないぞ」

「ほっほっほ。その時はその時じゃよ。むしろ正面から触りにいくわい」

「自由過ぎるだろ……」


 欲望に忠実なアクシスに、レウルスは何度目かになるかわからないため息を吐いた。そして、アクシスの両腕を掴んでいるアネモネがそのまま握り潰しても仕方がないかなぁ、と軽く現実から逃避する。


「目の前に見目麗しく胸の大きい女子(おなご)がおるんじゃぞ? そりゃ触りにいくのが男ってもんじゃろ? 触れんでも口説くのが男ってもんじゃろ?」

「同意しないでもないけど、アンタ、男っていうよりも雄なんじゃ……ん? エリザ?」


 どうすればアクシスを止められるのかと頭を悩ませるレウルスだったが、それまで黙っていたエリザに服の裾を引かれて視線を向けた。


 エリザはアクシスをちらちらと見ながら、心底嫌そうに口を開く。


「どうしようレウルス……おばあ様達を忘れないよう口調を真似てたけど、今ばっかりは真似したくない……」


 思わず“素”の口調で話しかけてくるエリザに、レウルスは何も言うことができない。ただ、アクシスの言動がエリザ達の教育に悪いのは間違いなかった。


「お、なんじゃなんじゃ? 儂に興味津々か? 見た目が幼いから儂の好みからは外れるが、全然構わんぞ?」


 そう言ってエリザに向き直って両手をわきわきと開閉するアクシスだが、それまでアクシスと向き合っていたアネモネは無言で驚愕した。

 しっかりとアクシスの両腕を握っていたはずだというのに、気が付いた時には“外されて”いたからだ。


「お爺ちゃんってあれね、色惚けね!」

「ほっ!? あ、貴方にそんなことを言われると、さすがに傷つくのう……」


 アネモネは瞠目してアクシスを見るが、当のアクシスはサラが笑顔でぶつけた言葉によって膝を突いていた。

 レウルスは無邪気に急所を抉りにかかったサラの頭に手を乗せると、膝を突いたアクシスを見下ろす。


「さすがに冗談はそれぐらいにしておいてくれ……それで、ルヴィリアさんの治療を受けるための条件っていうのは?」

「気が短いのう。茶目っ気溢れる挨拶みたいなもので……って、わかったわい。わかったから殺気を収めんか」


 これ以上脱線してくれるな、という意思を込めてレウルスが目を細めると、アクシスは膝についた土を払いながら立ち上がる。


「条件といっても、無理なことを頼むつもりはないから安心せい。魔物を一匹仕留めてほしいだけじゃ」

「……それだけ、ですか?」


 地面に膝を突いたままだったルヴィリアを立たせながら、アネモネが尋ねる。その声色に強い警戒の色が浮かんでいるのは、ルヴィリアの体を治療するに足る依頼が容易ではないと見抜いているからだろう。


「それだけじゃよ? 最近、この森に厄介な奴が“現れて”のう……そやつを仕留めることができたならば、そこのお嬢ちゃんを治療すると約束しよう」

「わざわざ依頼するってことは強いんだろうけど……どれぐらい強いんだ?」


 魔物を仕留めろと言われても、その魔物がヴァーニル並に強ければ勝ち目は限りなく薄いだろう。最初から『詠唱』しておいて初手でサラの全力の魔法を叩き込むぐらいしか勝機が見えない。


「強さは……そうじゃな。お主ら人間にわかりやすいよう言えば、上級下位といったところかの」

「上級下位……『城崩し』と同じぐらいか?」


 レウルスは過去に交戦したことがある、上級下位の魔物を頭に思い浮かべた。当時は苦戦し、一歩間違えば死んでいただろうが、戦力が増えた今ならばおそらくは容易に勝利を掴めるであろう相手である。


「『城崩し』……ああ、アレか。アレもたしかに上級の魔物なんじゃろうが、森に出た奴と比べたら雑魚もいいところじゃな」

「……嘘だろ?」

「本当じゃよ。相性が悪すぎてどうにもならんわい。例え『城崩し』が十匹いたとしても、傷一つ負うことなく殺せるじゃろうな」


 真顔で答えるアクシスを前に、レウルスは頬を引きつらせた。


「……上級下位?」

「上級下位」

「ヴァ……いや、ヴェオス火山の火龍と比べたらどっちが強い?」

「そりゃ火龍じゃろ。あの腕白小僧、強さだけで見れば世界を見回してもかなり上の方じゃぞ?」


 思わずヴァーニルの名前を出しかけたレウルスだったが、真顔で淡々と返答するアクシスに頬を引きつらせた。


「上級下位ってなんだっけ……」

「人間がつけた基準じゃから儂も詳しくはわからんが、単独で軍隊を殺せる程度だと聞いた気がするのう……そういう意味では、今回の依頼の相手は間違いなく上級下位の魔物じゃよ」


 先ほどまでのセクハラのように、冗談だと思いたい。しかし、レウルスの目にはアクシスが嘘を吐いているようには見えなかった。この場で嘘を吐いてどうするのか、という話でもある。


「……一応聞いておくけど、爺さんが自分で倒すわけにはいかないのか?」

「儂、そんなに強くないもん」

「もんってアンタ……」


 可愛いとでも思ってんのか、とツッコミを入れたいのを堪え、レウルスはため息を吐く。


(ユニコーンってのは魔物としては中級上位から上級下位……強さはキマイラの方が上だって姐さんは言ってたけど、この爺さんがキマイラより弱いとは思えないんだよな)


 レウルスは出会った当初にアクシスに斬りかかった時のことを思い出す。『熱量解放』も使っていない、本気の一撃とは言えない斬撃だったが、アクシスは容易く凌いでみせたのだ。


 強さの底が見えないという意味では、眼前のアクシスも決して侮れる相手ではない。


「まあ、勝てるか勝てないかで言えば、勝てるとは思うんじゃよ。これでも千年以上生きてるわけじゃし? 中々にすごい魔物なんじゃよ儂」


 自慢をするように胸を張るアクシスだが、すぐにその表情が真剣なものに戻る。


「ただ、向こうもそれを察してるのか儂が出向くと近寄りもせん……このまま犠牲が増え続けると、更に厄介な事態になりそうでなぁ。そこにお主らが来たわけじゃ」

「聞きたくないけど、厄介な事態ってのは?」


 知っておいた方が良いのかわからないが、知らずにいるよりも知っていた方が良さそうな気がしてレウルスが尋ねる。すると、アクシスは地面を指さした。


「この森は大国の間にあるわけじゃが、魔物を追い払って開拓しようとは思えないぐらい腕の立つ魔物が多い。森が広いこともあって、生息数もかなりのものじゃ……しかし、それが永遠に続くわけでもないというのはわかるじゃろう?」

「……まあ、な」

「あの腕白小僧ぐらい強い魔物がいるのなら話は別じゃが、そうでない以上、“火種”があれば即座に燃え広がりかねんのじゃよ。つい先日、森に足を踏み入れた者達が犠牲になったばかりでの」


 そう言いつつ眉を寄せるアクシス。それは死者を悼んでのことか、あるいは自身が住む森に悪影響が及ぶことを懸念してのことか。


「もしや、犠牲になったのがラパリかベルリドの兵士だったのでは……」


 アネモネが疑問をぶつけると、アクシスは首を横に振る。


「幸いと言っては可哀想じゃが、あれはグレイゴ教の人間じゃな。兵士とは思えん装備じゃった」


 眉を寄せながら話すアクシスだったが、レウルスは嫌そうに顔を歪めた。


「もしかして、今回の件にグレイゴ教が絡んでたりするのか? あいつら手練れが多いから面倒なんだが……」


 司祭までならばどうにかなるだろうが、司教が出てくれば勝てる見込みは少ない。特に、レベッカが出てくれば大惨事になる予感がレウルスにはあった。


「いや、おそらくは強い魔物を探しにきたんじゃろ。縁があって司教に一人知り合いがいるんじゃが、無害な儂を殺しに来たとも思えんしのう」

「女性にとっては無害とは言えないんじゃねえかなぁ……ちなみに、どんな奴か聞いてもいいか?」


 特徴だけでも聞いておけば、余計な戦闘も避けられるかもしれない。そう思ってレウルスが問いかけると、アクシスは目を細めて視線を宙に向けた。


「外見は年若い、将来有望な黒髪の美少女じゃった……ジパングの出身らしいが、家に縛られるのが嫌で家どころか国から飛び出したと言っておったな。出会ったのは今から五年ほど前になるんじゃが、あれほどの剣の才を持つ者は儂が知る中でもそう多くない……いや、五本の指に入るじゃろう」

(……グレイゴ教の司教で、剣の才がすごくて、黒髪で、年若い女性?)


 アクシスの話を聞いたレウルスは首を傾げる。周囲の様子をうかがってみると、エリザとミーアも首を傾げていた。


「もしかして、カンナって名前か? 二本の剣……いや、刀? を使って戦う……」

「なんじゃ、知り合いか?」


 レウルスが確認を取ると、アクシスは僅かに驚いた様子で頷く。


「知り合いというか、俺の知人と殺し合った相手というか……」

「ほほっ、相変わらず元気な娘じゃのう。じゃが、知っているなら話は早い。あの娘にも同じことを頼んで解決してもらったんじゃ」

「……同じことを頼んだ?」


 アクシスの言葉に疑問を覚えたレウルスが尋ねると、アクシスはやれやれといわんばかりに肩を竦めた。


「そうなんじゃ。スライムといい、“ああいった手合い”が定期的に現れての。今回はちと期間が短かったわい」

「……その魔物の名前は?」


 色々と気になることはあるが、敵の名前を聞いていなかったためレウルスが尋ねる。すると、アクシスは真剣な表情を浮かべて答えた。


「『首狩り』――そう呼ばれる魔物じゃよ」

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