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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
7章:貴族令嬢の初恋と一角獣の試練

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第282話:リルの大森林 その2

 今まで気配の欠片もなかったというのに、突如として頭上に現れた老人。


 一体いつからそこにいたのか、木の枝に立つその姿は極々自然体である。


 外見から判断するならば、初老をとうに超えて老境の域に突入しているだろう。男性としては小柄な体躯だが、背が曲がるということもなくピンと真っすぐに伸びている。

 それなりに長さがある、艶のある白髪を後頭部で括って茶筅髷(ちゃせんまげ)のような形にしているのが特徴的だった。


 服装は白一色の作務衣に似たものを纏い、足元は足袋に草履という出で立ちである。

 ところどころに皺が刻まれた顔立ちは好々爺というべきもので、柔和に下がった目尻がその印象を強くする。だが、“目尻を下げている理由”は到底好々爺とは言えないだろう。


「ほほっ、眼福眼福。うーむ、やはり若い娘は良いのう。善き哉善き哉」


 ――小川の傍に作った風呂に入っているエリザ達を眺めているのだから。


「――――」


 誰だとか、何故ここにいるのだとか。そういった疑問を覚えるよりも先にレウルスは動く。

 無言のままに『龍斬』を振り上げて魔力の刃を飛ばし、木の枝を根元から切断。突如として足場をなくして自由落下を始める老人目がけ、『龍斬』を構える。


 覗きを止めさせるのが先決で、刀身を返して峰打ちで済ませるつもりだった。

 レウルスとしても覗き程度で殺すつもりはない。小川があったからといって勝手に風呂を作り、勝手に入っているだけだ。それを覗いたからと殺すのは物騒に過ぎる。


 頭の中では冷静に思考するレウルスだが、体は感情のままに動いていた。自由落下してきた老人が間合いに入った瞬間『龍斬』を振るい――そのまま空を切る。


「っ!?」


 目の前で起こった現象に、レウルスは思わず息を呑んだ。


 それは一体如何なる技術によるものか。空中で老人が姿を消したかと思うと、レウルスが振り切った『龍斬』の腹に着地していたのだ。


「短慮じゃのう。カカッ、若い若い」


 そして歯を見せて笑う老人だが、そこに邪気はない。老人はレウルスが両手にかかる重さを認識するよりも先に宙返りしたかと思うと、足音を立てることもなく着地した。


「知り合いの匂いと一緒に妙な気配を感じると思って来てみれば、ずいぶんと妙な奴に出くわしたもんじゃなぁ。なんじゃいその姿は。お主らいつからそこまで芸達者になったんじゃ?」


 老人は自然な動きでレウルスから距離を取ると、腕を後ろに組んで首を傾げる。


「それにその武器。ヴァーニルの小僧の匂いがするが、あの小僧を殺しでもしたのかのう……そんな話は聞かないんじゃがなぁ」


 目の前の老人からは魔力が感じ取れない。だが、レウルスは警戒心を最大限に高めながらゆっくりと腰を落とした。


「……ヴァーニルが言ってたユニコーンの糞爺ってのはアンタか?」


 おそらくは眼前の老人こそがヴァーニルの言っていたユニコーンだろう。レウルスはそう思って問いかけると、老人は楽しげに笑う。


「カカカッ! 糞爺とはアヤツらしい物言いよ! ん? そうなるとお主、小僧を殺したのではなく知り合いか何かかの?」

「知り合い……いや……喧嘩友達ってところだ」

「ほっ! 喧嘩友達とな!? あの腕白で暴れん坊な小僧がのう……ま、お主なら務まるかもしれんなぁ」


 何が楽しいのか、しきりに頷く老人。レウルスは『思念通話』でサラに連絡を入れるべきか迷ったが、躊躇の末に控える。相手の態度が友好的だったというのもあるが、気になることを話しているからだ。


(この爺さん、俺を“知っているように”喋ってるが……)


 間違いなく初対面のはずだが、自身のことを見透かしたように話す老人にレウルスは困惑していた。『龍斬』を構えても警戒する様子もない。


「質問に答えてくれると嬉しいんだが……爺さん、アンタがこの森にいるっていうユニコーンで間違いないか?」


 もっと下手に出て尋ねるべきかもしれないが、眼前の老人の得体の知れない雰囲気がそうさせなかった。それに加えて、覗きを働いていたのもレウルスから礼儀を取り払わせる原因だった。


「如何にも。儂はユニコーンのアクシスじゃ。そういうお主は? わざわざこんな爺のところに何の用かの?」

「……レウルスだ。俺はユニコーンに会いたいって人を仕事の依頼で連れてきたんだが……」


 何故か親しげに話しかけてくる老人――ユニコーンのアクシス。


 しかし、レウルスの言葉を聞くと眉を寄せる。


「んん? 儂に会いたい? それは誰じゃ? まさか、あの金髪のお嬢ちゃんや紺の髪のお嬢ちゃんのことではないじゃろう?」

「…………?」


 不思議そうに尋ねてくるアクシスに対し、レウルスも不思議そうな顔をした。


「他のお嬢ちゃん……いや、吸血種のお嬢ちゃんとドワーフのお嬢ちゃんはともかく、精霊の“お二方”をそう呼ぶのは失礼か。誰が儂に会いたいと言ったんじゃ?」

「っ……爺さん、なんでエリザ達のことを……」


 思わず呆気に取られて尋ねるレウルス。外見だけで吸血種や亜人、精霊と判断するのは困難なはずだ。それこそサラが炎を纏って“全力”で戦っている時など、特徴的な姿を見せないとわからないはずである。

 そう考えて尋ねるレウルスに、アクシスは首を捻った。


「そんなもん、見ればわかるわい。ああ、見るといっても顔しか見とらんぞ? 布が邪魔じゃったし、儂、あの金髪のお嬢ちゃんぐらい育ってないと好みじゃないんでな」

「アンタの性癖は知らねえよ……ついでに答えると、会いたいっていったのはその金髪のお嬢さんだよ」


 げんなりとしながらもレウルスが質問に答えると、アクシスは眉根を寄せて頭を振った。


「いやいや、お主は何をしておるんじゃ? 遠目に見ただけじゃが、あのお嬢ちゃんはどう見ても王族か貴族の娘じゃろう? 人の営みに必要以上に関わるなという約定を知らんわけではあるまい? どこぞの恐ろしい姫君が飛んできて……んん?」


 何故か焦った様子でツッコミを入れ始めたアクシスだったが、その表情が怪訝そうに歪む。そしてレウルスを二度、三度と頭から爪先まで眺め、自信がなさそうに口を開いた。


「なんじゃ……お主。人間……人間? いや、人間……か?」

「初対面の爺さんにいきなり人間かどうか疑われたぞ、おい……」


 アクシスの発言を聞いたレウルスは思わず脱力し、剣を下ろしてしまった。もちろんいきなり襲いかかられても対処できるだけの警戒心は残しているが、アクシスの反応はレウルスの殺気を霧散させてしまう。


「……お主、人間か?」

「人間以外の何に見えるって言うんだよ」


 結論が出なかったのか、真顔で尋ねてくるアクシスに対してレウルスは投げやりに答えた。


 これまでも何度か疑われたことではあるが、今回はほとんど何もしていないアクシスに疑われたのだ。その分、レウルスの脱力具合いも酷かった。


「そう、か……いや、しかしこれは……ふぅむ……」

「人の顔を見ながら気になる反応をしないでくれるか?」


 アクシスはレウルスの顔をじっと見たかと思うと、興味深そうに頷く。


「人間の男が相手だと蹴り飛ばしたくなるんじゃが、お主からはそういった気配がないのう。“先祖返り”が強すぎるというわけでもなさそうじゃな……そもそもあやつらは分裂こそすれ繁殖なんぞせんしのう……」

「……さっきから何を言ってるんだ?」


 ほうほう、と呟きながらレウルスの周囲を歩き回るアクシス。背後に回って仕掛けてくるつもりかと警戒するが、アクシスは微塵も敵意を見せずに周囲を回り続ける。


「いや、なに。儂はてっきり、お主はスライムが『変化』した姿と思っとったんじゃがな? ずいぶんと知恵のある、芸達者なスライムだと感心していたんじゃが……こうしてきちんと確認すると人間っぽいのう」

「ぽいって……」


 人間だと断言されないことに頭を抱えたくなるレウルスだが、アクシスは不意に真剣な表情を浮かべる。


「人間っぽいとしか言えんわい。お主、スライムに似た気配がしとるぞ? 小僧の匂いもそうじゃが、その気配に惹かれてここまで見に来たんじゃ。いくら食べても満腹にならないとか、食ったものを魔力に変える『加護』とか持っとりゃせんか?」

「――――」


 アクシスに会って、二度目となる無言だった。ただし、それは先ほどのものとは違い、驚愕による絶句に近い。


「……あるし……大精霊の……コモナに、何でも飲み込む怪物の気配がする……なんて、言われたことはある、けど……」


 レウルスの口から辛うじて零れ出た言葉は、以前コモナにかけられたものだった。


「あん? コモナ? なんじゃ、お主アヤツとも知り合いか? というか、生きとったんかい」

「……知り合いというか、俺の知人が大精霊の『加護』を受けていて、時間制限付きで会話できる……みたいな感じだ」


 思わずエステルのことを話してしまうレウルスだったが、アクシスは何故か沈痛そうな顔になる。


「それは……また難儀な子じゃなぁ。お主とどっこいどっこいじゃな」


 どんな基準でそう判断したのかわからないものの、アクシスからすればそう思えるらしい。レウルスは混乱の極致と言って良い心境だったが、それでも浮かんだ疑問が口から出る。


「俺は……その、なんだ……大丈夫なのか?」


 ただし、出てきた疑問は非常に曖昧なものだった。何を指して“大丈夫”だと尋ねているのか、レウルス自身もわからない。


「ふぅむ……見た感じから言うと、特に問題はないと思うがの」


 断言というほど力強いものではないが、何かしらの確信を秘めた声色である。


 ヴァーニルよりも年上と思しきアクシスだからこその眼力なのか、それともユニコーンが持つ能力なのかはわからない。それでもかつて言葉を交わしたコモナよりもはっきりとした口調だった。


「何か“奇妙なもの”が混ざっておるが、お主はスライムではなく人間じゃよ。あれじゃな、コモナが言いそうな言葉で例えると、因果の糸が絡んだ結果というやつじゃ」

「……それで理解できれば苦労しないんだけどなぁ」


 初めてコモナと言葉を交わした時に、たしかに似たようなことを言ってはいた。だが、それで理解できれば苦労はしない。


 レウルスが思わずため息を吐いていると、アクシスはレウルスの姿をもう一度上から下まで眺めてから頷く。


「ふむふむ……そうじゃな。お主なら丁度良いかもしれんな」


 それまでの真剣さが嘘のように、空気を軽くしながら呟くアクシス。そんなアクシスの言葉を聞いたレウルスは頭を振ってから尋ねた。


「……何の話だ?」

「なに、これも一つの因果……いや、縁じゃと思ってな? お主を通してなら少しばかり干渉するのも悪くないと思っただけじゃ」


 そう言って、アクシスは呵々と笑う。


「とりあえず、あのお嬢ちゃん達を儂に紹介してくれんか? 見るだけじゃから、手は出さんから、な?」


 そして、急に好色そうな雰囲気を出すアクシスに、レウルスはこのまま連れて戻って良いのだろうかと真剣に悩むのだった。 

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