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第278話:ルヴィリア その5

「しかし、この状況はどうしたものか……」


 心底困った様子で呟いたのは、コルラードである。


 襲撃してきたグレイゴ教徒達を捕縛したものの、被害はゼロではない。


 護衛対象であるルヴィリアはレウルスが庇ったことで無傷だが、代わりにレウルスが左腕に大きな怪我をしている。


 元々体調が悪かったアネモネも、雨の中で戦闘を行ったことで体調が悪化していた。雨に濡れて体温が下がったからか、休む前よりも辛そうな雰囲気で馬車に引っ込んでいる。

 濡れた衣服や体に関してはネディが水を操り、水気を取り除いたことで改善されてはいた。しかし、一度冷たい雨に濡れてしまった事実に変わりはなく、このまま一晩眠ったとしても体調が回復するかは怪しいところである。


 今は冷えた体を少しでも温めようとエリザが添い寝をしているが、下手すると数日は引きずりそうだった。


「向こうから襲ってきたんですし、殺した方が後腐れがないのでは?」


 防具を外し、アネモネと同様にネディによって濡れた体と衣服から水気を取り除いてもらったレウルスが当然のように言う。


 そんなレウルスの傍にはミーアが座っており、レウルスの左腕を抱きかかえて傷口の確認を行っていた。血を止めているため出血は少ないが、傷口は大きく、指が三本は入ってしまいそうなほどである。


「それができれば苦労はしないのである……はぁ……」


 レウルスの極端な提案にため息を吐くコルラード。こちらもネディによって衣服の水気を取り除いているため不快感はないはずだが、その右手が胃の当たりにそっと添えられていた。


「うわぁ……レウルス君、痛くないの? これ、骨まで見えてるんだけど……」

「はっはっは、正直に言うと滅茶苦茶痛い。気を抜くとぶっ倒れそうだ」


 そう言って笑い飛ばすレウルスだが、強がっているだけで本心である。さすがに金属片を取り除く際は『熱量解放』を使うが、準備を整えている最中は魔力の消耗を抑えるために切ってあるのだ。

 そのため常に激痛が走り、傷口に埋まった金属片が違和感を訴えてくる。


「…………」


 そんなレウルスを無言で見つめるのはルヴィリアだった。その両隣には護衛としてサラとネディが座っているが、それを気にする余裕もなくレウルスの左腕を注視している。

 レウルスが笑い飛ばしているのも、ルヴィリアに少しでも心配をかけないようにという配慮だった。レウルスとしては、馬車で眠るなりアネモネの看病をするなりしてくれれば良いのだが、と思うばかりである。


「焚き火だけだとちょっと見にくいかな……サラちゃん? いけそう?」

「あー、うん、だいじょぶだいじょぶ。ちょっときついけどだいじょぶ」


 頭をフラフラと左右に揺らしながらも、サラが空中に小さな火球を生み出す。それはレウルスの傷口を照らすためのもので、ミーアは窺うようにレウルスを見た。


「それじゃあ破片を取り除くけど……本当にボクでいいの? コルラードさんに任せた方がいいんじゃ……」


 少しばかり不安そうに尋ねるミーアだが、そんなミーアにレウルスは強がりではない笑みを浮かべる。


「コルラードさんは捕まえた奴らの監視をしないといけないし、ミーアが一番適任だと思ってさ……ま、仮にコルラードさんの手が空いててもミーアに頼むよ。俺の血で汚れちまうのが申し訳ないけどさ」

「う、ううんっ。それは気にしなくてもいいからっ! そ、それじゃあやるね?」


 ミーアは普段から持ち歩いている工具の中から細い釘を二本取り出す。ピンセットなどがないため、釘を箸のように使って破片を摘まみ出そうとしているのだ。


 ネディが生み出した水で洗い、焚き火で炙っているためある程度消毒もできているはずである。レウルスは『熱量解放』を使って痛みが薄くなったのを確認すると、ミーアに向かって頷いた。

 それを見たミーアは無言で破片を取り出し始める。レウルスが痛みを訴えないため気は楽だが、それでも少しでも早く終わるようにと手早く、それでいて丁寧に破片を摘出していく。


 そして三分とかけずに破片を取り除いたミーアは、ネディにレウルスの傷口を洗わせてから再度傷口を確認した。


「……うん。これで見える限りの破片は取り除けたはず……」

「よし……助かったよミーア。あとはもらった魔法薬をかけて、包帯を巻いて一晩休めば治るだろ」


 痛みが薄いとはいえ、自分の傷口に釘を突っ込まれるところを見ていたレウルスは大きくため息を吐いた。それでも手早く破片を取り除いてくれたミーアに礼を言うと、ミーアははにかむように微笑む。

 だが、そんなミーアの頬に傷口から飛び散った血が付着していることに気付き、レウルスは右手を伸ばした。


「っと、悪いな。俺の血がついてる」

「わわっ……」


 慌てるミーアに構わず、レウルスは指で血を拭った。ミーアの柔らかい頬がレウルスの指の形に沈むが、すぐに拭ったからか血の跡が残ることもない。

 それを満足そうに見ていたレウルスだが、コルラードのため息が聞こえてそちらに視線を向けた。


「いくら魔法薬を使うといっても、明らかに一晩で治る傷ではないのだが……お主に関していちいち驚いていては吾輩の胃……ではなく、身がもたんな」

「いつもご迷惑をかけてます」


 今回の旅ではコルラードも“巻き込まれた側”だが、文句を言いながらもしっかりと務めを果たしている。そのためレウルスは感謝と共に頭を下げるが、コルラードの視線はレウルスではなくグレイゴ教徒達に向けられていた。


 少しでも不審な動きをすれば、即座に制圧できるように警戒しているのだ。

 ただし、グレイゴ教徒達はボディチェックをした上で全ての武器を取り上げており、両手を後ろに回した状態で縛り上げている。それでいてあぐらをかかせて両足も縛り、更にはそれぞれの縄を連結させているため、逃げ出すのは困難だろう。

 縄が解けないようにと両手の親指同士を縛り、身動き一つ取るのが難しい状態にして濡れた地面に座らせてあった。せめてもの情けとして雨避け用の布を頭にかぶせてあるが、そこまで効果があるとは思えない。


「ところで、あっちの連中は猿轡……あー、舌を噛んで自決しないようにしなくて大丈夫なんですか?」

「舌を噛んだらすぐにわかるのである。それに、舌を噛み切ったからといって即死するわけでもあるまい。窒息まで時間がかかるから、いくらでも助けられるのである……まあ、吾輩としては再び雨に濡れるのが面倒だからそんな真似はしてほしくないがな」


 そう言いつつ、コルラードはジロリと険のこもった視線を一人の男に向けた。レウルスが交戦した男で、敵の一団の指揮を執っていたと思しき男である。


「ああ、そっちの話は終わったかい? それならこっちの話も聞いてほしいんだがね」


 身動き一つ取れないよう縛られているというのに、男は飄々とした様子でそんな言葉を投げかけてきた。


 男以外の六人、コルラードとアネモネが気絶させて連れてきた者達は未だに目覚めていないが、男は焦った様子もない。あるいは焦っているのかもしれないが、それを表に出さないようにしているのだろうか。


「話、だと?」

「ああ。色々と気になることがあるんじゃないか? 何故俺達がアンタらを襲ったのか……とかさ」


 男はそう言って片眼を瞑る。そんな男の物言いにレウルスとコルラードは眉を寄せたが、情報が欲しいのは確かである。どうしたものかと思案したが、レウルスとコルラードが動くよりも先にサラが動いた。


 サラは男に鋭い視線を投げかけたかと思うと、右手を一閃させる。すると次の瞬間、座り込んだ男の眼前に火柱が出現した。

 降りしきる雨を物ともせず、触れた雨粒を即座に蒸散させるほどの火力。それでいて威嚇のためか、男は火傷一つ負っていない。


「うっさいわね……なにか“歌いたい”ならさっさとしなさい。次は燃やすわよ?」


 かつてないほど不機嫌に言い放つサラ。普段のサラと比べると殺伐としており、殺せば後腐れがないのではと考えていたレウルスでさえも思わず冷静になってしまう。


「……サラ?」

「……なんでもない」


 レウルスが名前を呼ぶと、サラは頬を膨らませて顔を背けてしまった。レウルスだけでなく、ネディも怪訝そうな様子でサラを覗き込んでいる。


「雨に濡れた体には温かくて良いねぇ……っとと、冗談だ冗談」


 眼前に火柱が発生したというのに、グレイゴ教徒の男は顔色一つ変えずに笑ってみせた。レウルスはそんな男の反応に少しだけ感心するが、サラが本当に燃やしてはまずいと判断して声をかける。


「それで、話っていうのは?」

「お、聞いてくれるか? だが、その前に一つ確認させてほしいんだが」


 そんなことを言える立場か、と思ったレウルスだが、無言で続きを促す。


「坊主……いや、レウルスって言ったか。俺としちゃあ外れていてほしいんだが、レベッカって名前に覚えは?」


 男が出してきた名前にレウルスの表情が変わる。誰の目から見てもはっきりと、嫌悪で表情が歪んだのだ。


「あるみたいだな……ああくそっ、止めたは良いが最悪に近いなおい……」


 レウルスの反応を見て確信を得たのか、男が頭を振る。その顔には先ほどの戦闘中にも浮かんだ恐怖に近い色が浮かんでいた。


「……あの女の知り合いか?」

「知り合いというか、部下というか……こっちは司祭であっちは司教。命令されたら従わざるを得ない……そんな関係だ」


 どうやら男はグレイゴ教の中で司祭の立場にあるらしい。レベッカ直属の部下なのか、あるいはカンナとローランのような関係なのか。


「一応名乗っておくが、俺は司祭のキース。後ろの奴らは俺の部下で、助祭が二人とあとは信徒だ。そっちのおっさんが予測した通り、他に伏せてる戦力はいねえ」


 男――キースは突如として自分達の戦力について話し始める。


 レウルス達は怪訝そうな顔をしたが、キースはそれに構わず言葉を続けた。


「こっちの目的はそっちのお嬢さんだ。引き渡してくれるなら一番穏便に片付くが、そのつもりはないよな?」

「ないな。というか、ずいぶんと口が軽くなったじゃないか。何か企んでいるのか?」


 レウルスは周囲を警戒しながら立ち上がり、右手だけで『龍斬』を握る。キースが注意を引いている間に新手が来ないか警戒しているのだ。


「この状況で何を企めっていうんだ? 俺は無駄死にしたくないからこうしてるだけさ」

「……今の状況で死なないと思う根拠が知りたいところであるな」


 コルラードが尋ねると、キースは口の端を吊り上げる。


「“そっちの事情”はある程度知ってるが、俺達をこの場で殺してどうするんだ? この雨じゃあさすがに気付かれないだろうが、この国の兵士が監視しているんだろう? 街道で人殺しとなると、そっちもまずいんじゃないか?」

「……ふむ」


 キースの言葉を聞き、コルラードは相槌を打つに留めた。だが、レウルスは首を横に振る。


「殺して森の中に置いとけば魔物が勝手に処理してくれるだろ? 希望があるなら火葬か土葬でもいいぞ」

「おっかねぇこと言い出すな、おい……」


 隠蔽すればそれで解決である。そんな考えを述べるレウルスだったが、キースは吐いた言葉とは裏腹に怯えた様子もない。


「チッ……そういうことであるか」


 キースの反応を見ていたコルラードは何かに合点がいったのか、舌打ちをした。そんなコルラードの反応にレウルスは眉を寄せる。


「コルラードさん?」

「おそらく、尾行者の中にグレイゴ教徒が混ざっているのだ。こいつらを上手く“処理”したとしても、何かしら文句をつけてくるに違いない」


 マタロイと違い、ラパリでは精霊教だけが信仰されているわけではない。グレイゴ教もそれなりに浸透しており、協力者がどこにいるかわからないとコルラードは見ていた。


「だが解せんな。それほどの好条件を揃えておきながら、ずいぶんと諦めが良いようだが?」


 レウルス達の戦力を見誤ったことに関しては言い訳のしようもないが、捕まってからの反応が大人しすぎる。コルラードがそう指摘すると、キースは皮肉そうに笑った。


「無駄死にしたくないって言っただろう? そっちのお嬢さんを殺したかったが、よりにもよってあの司教様の“お気に入り”が同行してるんなら話は別だ。俺だって死ぬのなら人間としてきちんと死にたいからな」


 何も知らない者が聞けば、何を言っているのかと訝るだろう。だが、レベッカの能力を知っているレウルス達からすれば笑うことすらできない。 


「俺達グレイゴ教徒は強さを貴ぶ……が、あの司教様は話が別だ。何を仕出かすかわからねえ。“司教様の命令”と失敗しても良い仕事なら、前者を選ぶさ」

「……一応聞いとくけど、アンタの部下の中にあの女に操られている奴は? あと、命令ってのは?」

「いないはずだ。レベッカ様と顔を合わせたことがあるのは俺だけだからな。それと、命令に関しちゃ予想ができるんじゃないか?」


 レウルスの言葉にキースは頬を引きつらせながら答えた。


(あの女のことだ……ロクでもない命令を出してそうだな)


 自分以外が手を出したら殺す、などと命令してもおかしくはなさそうである。


「そこで、だ……交渉をしたい」


 レウルスがレベッカの顔を思い出して苦虫を嚙み潰したような顔をしていると、キースがそんなことを言い出す。


「今回の一件、こちらは手を引かせてもらう。逃がしてくれるのならあんた達には“気付かなかった”ことにするし、これ以上狙わない。それでどうだ?」


 そんなキースの申し出に、レウルス達は顔を見合わせるのだった。




感想欄で大量のツッコミをいただいたので、前話の修正前を読まれた方向けに修正のお知らせです。


Q.ルヴィリアが潜んでた敵を気絶させて引きずってきたの?

A.アネモネでした。修正しました。ルヴィリアさんごめんなさい。


Q.ボ〇ガンって登録商標だけど作中に出して大丈夫?

A.クロスボウに修正しました。登録商標とは知りませんでした……。


それでは、このような拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。


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