第277話:ルヴィリア その4
いつの間に『駅』の外に出ていたのか、二人の人間を引きずりながら近づいてくるコルラード。木の柵の傍まで歩み寄ると、引きずっていた二人を両肩に担いで跳躍し、外見に見合わぬ身軽さで『駅』の中へと戻ってくる。
着地の音は非常に重々しかったが、二人もの人間を担いでいる以上は仕方がないだろう。その重々しい着地音は、むしろレウルスと対峙していた男の心境に近いのではないか。
男はレウルスに視線を向けたままで半身を開き、コルラードが動いても対応できるようにと短剣を構える。しかし、その顔には焦りに似た感情が浮かんでいた。
武器を構えていないコルラードに斬りかかれば現状を打破できるかもしれないが、コルラードの技量が読めず、なおかつレウルスに背中を向ければ即座に斬られかねないのだ。
「……それなりに距離を取らせておいたはずなんだがねぇ」
「あまり舐めないでもらおうか。そう何度も矢を撃ち込まれれば射手が潜んでいる場所は予想できる。あれほどの威力の矢となると、そこまで距離があるはずもない」
コルラードは担いでいた人間二人を地面に放り捨てると、腰の裏に手を伸ばす。
「だが、予想よりも距離があったのは事実である。ずいぶんと質の良い武器を使っていたようだが……はてさて、一体どこから手に入れたのやら」
少しばかり揶揄するような口調だったが、コルラードの声色は真剣なものだった。位置的にレウルスからは見えなかったものの、コルラードは敵が使っていた武器を縄で縛り、腰に括り付けていたようだ。
そうしてコルラードが取り出したのは、小型の弓に“色々と”付け足された物体である。
矢を設置する木製の台座に、握るための取っ手と引き金。台座の側面には『魔法文字』が刻まれており、淡い輝きが見て取れる。
(あれは……なんだっけ? 銃じゃなくて……く、クロスボウ? でもあんな形だったか? 矢も形が違ったような……)
眼前の男に殺気を叩き付けながらも、レウルスは自身の記憶から該当しそうな名前を引っ張り出した。
レウルスが思い出せた記憶では、外見や構造から判断する限りクロスボウが近い。しかしどうにも確信が持てず、疑問を抱くに留めた。
「夜間、それも雨が降っている状態ならば奇襲には最適であるな。しかもただの弓とは違い、雨や風の影響を受けにくそうな武器を用意したその手腕……貴様ら、最初から我々を狙っていたな?」
「……さて、ねぇ」
男はとぼけるように口の端を吊り上げる。焦りもあるが、この状況でも余裕を残しているように見えるのは何か秘策でもあるのか。
コルラードに意識を向けている間に斬ってしまっても良いのでは、などとレウルスは思考したが、コルラードがわざわざ情報を聞き出そうとしているのだ。油断は欠片も見せず、いつでも男を斬れるようにしながらレウルスは『龍斬』を構え続ける。
「馬二頭に荷車曳かせて、外見が整っている女ばかりを連れてるんだ。狙い目だと思うけど?」
「なんとも嘘が苦手な奴であるな。その“外見が整っている女”を真っ先に狙っておきながら、出てきたのがソレでは信じようがあるまいて」
「あー……俺も言ってて無理があるなぁって思ったよ」
言葉だけは親しげに、雰囲気は張りつめたものを漂わせながら言葉を交わす二人。
「じゃあ、こういうのはどうだい? 有り金を全部置いていくんで、見逃してくれよ。こっちはケチな野盗でね。兵士に引き渡されたら縛り首になっちまう」
この状況で軽口を叩けるのは大した度胸だとレウルスは感心する――が、どう考えても通用しないであろう嘘を口走る男に、レウルスは冷たい殺気を向けた。
「おいおい、さっきと言ってることが違うじゃあないか……嘘を吐くんならもっとマシな嘘を吐けよ」
「戦闘中だからねぇ……緊張しちゃって自分が何を言ったのかも――」
言葉を遮るようにレウルスが踏み込み、男が反応するよりも先に『龍斬』を振るう。そして男が握っていた短剣を強引に弾き飛ばすと、剣の一振りで即死させられる距離まで間合いを詰めた。
「こちらの質問には嘘偽りなく答えろ。次は首を落とすぞ、グレイゴ教徒」
「……物騒だねぇ。あと、どうして俺がグレイゴ教徒だとわかったんだい?」
否定はせず、理由を問いかける男。レウルスは男の質問に鼻を鳴らすと、『龍斬』を握る手に力を込めた。
「アンタと似た戦い方をするグレイゴ教徒に覚えがあった……それだけだ」
「何だと? いや、待て……暗くてよく見えなかったが、まさかアンタ……」
目を見開き、レウルスをじっと見る男。その視線が頭から爪先、更には『龍斬』に向けられる。
「赤毛で年若い冒険者……それだけなら珍しくはないが、真紅の大剣に司教に近い腕……」
何故か男の表情が強張っていく。それはグレイゴ教徒がジルバに遭遇した時の反応に似ていたが、違いがあるとすればレウルス本人ではなく“他の何か”が男に恐怖をもたらしていることだろう。
そんな男の反応をレウルスが訝しんでいると、コルラードが少しだけ視線を外した。
「色々と興味深いが、時間稼ぎはそこまでにしておくのだな。貴様の手の者も全員捕まったようだぞ」
男はレウルスの容姿に気を取られていたが、コルラードの言葉で我に返った様子で視線を巡らせる。
その視線の先にあったのは、先ほどのコルラードと同じように複数の人間を引きずるアネモネの姿があった。コルラードとの違いは、襟首を掴んで引きずっている数が四人と倍になっていることだろう。
「飛んできた矢の数……いや、“射線”の数から射手の数は絞れるのである。射手と矢の装填の担当で一組。それが三組と貴様で七人だな。装填を担当する者以外で射手の護衛が見当たらなかった以上、外れてはいまい?」
「……チッ」
確信を持ったコルラードの言葉に男が返せたのは、小さな舌打ちだけである。それでも悪足掻きをするかとレウルスが身構えていると、男は残っていた短剣を地面に落とし、その場に座り込んだ。
「あー……負けだ負け。降参だ」
意外と、というべきか、あっさりと降参を認める男の姿に、レウルスは腑に落ちないものを感じる。それでも男を縄で手早く拘束していくコルラードの姿を見て、ため息と共にひとまず疑問を飲み込むのだった。
コルラードとアネモネが連れてきた男達の数は六人。そしてレウルスが相手をしていた男と合わせて七人。それら七人の敵を縄で縛り上げ、ひとまずの決着を見た。
それでも他に敵が潜んでいる可能性は捨てきれないが、今回不意打ちを許したサラが必死になって周囲の熱源を探り、僅かな違和感とて見逃さないよう精査していく。
普段と異なり、周囲に存在する熱源を探るのではなく周囲と比べて“不自然に”温度が異なる場所がないかを探るという、離れ業を駆使してまで索敵に注力したのだ。
その結果、他の敵が潜んでいる可能性は極めて低いという結論に落ち着いた。普段と比べて索敵にかける労力が大きすぎたのかサラはフラフラとしていたが、グレイゴ教徒が潜んでいないのならば問題はない。魔物ならばレウルスが気付けるため、サラは休ませることにしたレウルスである。
「とりあえず襲撃は凌げたわけだが……レウルスよ、腕は大丈夫であるか?」
「正直に言うと、大丈夫じゃないです」
コルラードの気遣わしげな視線に対し、レウルスは首を横に振った。
グレイゴ教徒の男が所持していた解毒剤を飲んだため、毒に関しては問題ない。元々毒には耐性があるため、解毒剤がなくても死にはしなかっただろう。
だが、左腕に穿たれた傷口が厄介だった。手甲を貫通した矢がそのまま刺さったため、砕けた手甲の破片が傷口に入っているのである。
戦闘時は『熱量解放』を使っていたため平気だったが、魔力の消費を抑えるために今は切ってある。そのため左腕には常に激痛が走っている有様だった。
エリザとの『契約』により、多少の傷ならばすぐに治る。仮に深手を負ったとしても、一晩寝ればある程度回復するだろう。だが、傷口に入り込んだ金属片などは勝手に排出されるわけではない。
傷が塞がっても体の中に残り、少し動くだけで激痛をもたらすだろう。
(太い血管に破片が入ってそのまま心臓に……なんて事態になったら洒落にならん……)
そう考えたレウルスは、戦闘が終わるなり二の腕をきつく縛って止血を施した。大丈夫だという保証はないが、破片を取り除きさえすればある程度安心ができるだろう。
「携行している魔法薬を使えば傷口は塞がるが、その前に破片を取り除かねばな」
「その辺りも全部勝手にやってくれれば楽なんですがね……」
そう言いつつも、さすがにそんな効能はないだろうとレウルスは諦める。傷口の破片もそうだが、血を止めているためなるべく早く処置しなければ腕が壊死してしまいそうだ。
「光源がないと危険だが……サラ嬢がいるからその点は問題ないな。問題は誰が破片を取り除くかだが……」
「それはミーアに頼みますよ。一番手先が器用ですし、俺も命を預けられます」
レウルス達よりも先に眠りについたエリザとネディだが、さすがに襲撃が起こるなり目を覚ましていた。そんな二人だが、馬車の外で行われていた戦闘よりも驚くことがあった。
それまで馬車で眠っていたはずのアネモネが姿を消していたからだ。襲撃を察知する前に目を覚まし、レウルスが暴れて目を引いている間に敵の射手を潰しに行ったのである。
コルラードもレウルスが暴れている間に『駅』から抜け出して敵の射手を潰しにかかったわけだが、二人が取った行動がレウルスにとある疑念をもたらしていた。
(もしかすると、コルラードさんとアネモネさんは敵の襲撃があるってわかってたのかもな……)
そう考えると、アネモネが体調を崩したことも納得ができた。
(アネモネさんが体調不良で馬車に引っ込んだのも、相手を釣り出すための演技だったってわけか……)
本当に体調が悪そうに見えたが、敵をおびき出すために一芝居打ったのだろう。そして実際に釣られたグレイゴ教徒が襲ってきたわけだが、レウルスの実力だけは信用していたのか、ルヴィリアの護衛を任せてアネモネは敵を仕留めにかかった。
馬車の中にいたエリザとネディが気付かないほどの隠形である。レウルスは感嘆すると共に、捕縛したグレイゴ教徒達に雨避け用の布をかぶせるアネモネへ視線を向けた。
「……それでは、わたしは馬車で休ませていただきます……すみません……」
だが、アネモネは顔を赤くしながらフラフラとした足取りで馬車に向かっていく。どうやら演技ではなく本当に体調が悪いらしい。
「…………」
事後をコルラードに託して馬車に戻るアネモネの姿をレウルスは無言で見送る。
案外抜けているのだろうか、という感想は口に出すことはなかった。