第271話:旅路 その8
読者の方からのご感想を見て、気になったことがありましたので前書き欄をお借りいたします。
拙作『世知辛異世界転生記』の書籍版は1~2巻が発売中となっております。
1巻が2018年9月10日に、2巻が2019年1月10日に発売となっております。
後書き欄や活動報告にてお知らせしていましたが、御存知ない方もいらっしゃったようなので宣伝を兼ねて前書き欄をお借りしました。
それでは本編をどうぞ。
「……旅の精霊教徒だと?」
レウルス達を近くの『駅』らしき場所まで連行した指揮官の男は、さらにその上司となる男へと事情を説明していた。
レウルス達は兵士が見張っているが、手は出さないようにと厳命している。会話も聞こえないよう、『駅』の内部に造られた建物に入り、小声で言葉を交わす。
「はい。なんでも『祭壇』というものを探しているらしく、この国を通行したいとのことです」
「『祭壇』……ああ、精霊に祈りを捧げるための建造物か。そんなものを探すためにわざわざ旅をするとは……宗教者というのはよくわからんな」
上司の男は怪訝そうな顔をしていたが、目的自体は理解できた。
旅人や商人が街道を通って他の町や国に行くというのは珍しいことではない。魔物や野盗に襲われて命を落としても自己責任で、それらの脅威を退けられるだけの護衛を揃えることができなければ迂遠な自殺と変わりないが、そういった者達のためにも街道や『駅』が整備されているのだ。
「積み荷も確認したのだろう? 何か不審なところは?」
「食料や水、旅具の類や馬の飼い葉が積まれていたぐらいで、不審な点はありませんでした。筆記用具や紙といった“記録用”の物資もありません。ただ、応対した男二人以外に連れているのが年若い少女が四人、女性が二人と偏っていまして……」
指揮官の男の言葉に、上司の男は顔をしかめた。
「……まさか、精霊教徒を騙る奴隷商ではないだろうな?」
「私もそう思いましたが、子ども達は護衛と思しき男……精霊教の客人の男にとても懐いている様子でした。奴隷の線は薄いでしょう」
「ふむ……」
精霊教徒の名を借りた悪質な商人というのも、存在しないわけではない。ただし、精霊教徒を名乗って悪行を成していたと知られれば、他の精霊教徒がどんな行動に出るかわからない危険性もある。
「記録するための用具もなく、持ち物も旅をする上で必要なものばかり、か……判断に迷うところだな」
旅人や商人、あるいは宗教者を名乗って他国に侵入し、情報を集める間諜というものはどんな時代、どんな場所にでも存在する。それはラパリ側としても“お互い様”だが、間諜と判断するにはレウルス達は特殊なケースだった。
「精霊教は政治や権力から一定の距離を置きたがります。カーズを倒したあの護衛の腕は確かでしょうし、怪しまれないためにはグレイゴ教徒と名乗るのが自然なのでは?」
「そう思わせていて実は……などと考えればキリがないか」
上司の男はため息を吐くと、小さく頭を振った。
「純粋に旅人と言うには怪しい……が、怪しすぎて逆に怪しくないようにも思える」
「同意します。仮にマタロイからの間諜だとしても、あれでは目立ちすぎるでしょう。カーズを仕留める技量があるのなら、街道を通らず少数で侵入すれば良いですしね」
二人の男がそんな会話をしていると、一人の兵士が建物に入ってくる。そして指揮官と上司の男のもとへ駆け寄ると、少しだけ焦った様子で口を開いた。
「精霊教を信仰している兵士がいたので確認させましたが、身に着けている証は全て本物だそうです。ただ、『客人の証』を身に着けている者が問題でして……」
「なんだ? 抵抗でもしたのか?」
兵士の言葉に指揮官の男が眉を寄せた。喧騒は聞こえてこなかったが、暴れでもしたのかと疑問に思ったのだ。
「いえ、『客人の証』を他者に授けられるのは精霊教師か、精霊教徒の中でも限られた者にしかできないのですが、作った者の名前がジルバという精霊教徒になっていまして」
「ジルバ? 聞き覚えのある名前だが……」
「精霊教徒の中では特に有名な人物らしく、『膺懲』という名前でも知られているとか……グレイゴ教徒からは『狂犬』とも呼ばれているらしいです」
兵士の言葉を聞き、上司の男が眉を寄せた。
この場所はマタロイに近いこともあり、様々な情報が届きやすい場所である。そのため何かが引っかかったのだろうと記憶を探り、合点がいったように声を漏らした。
「ああ……強い魔物にしか興味がないと言われるグレイゴ教徒が、遭遇すれば必ず敵対すると言われる男か。本人ではあるまいな?」
「伝え聞く容姿とは似ても似つきませんし、名前も違いましたから……ただ、一団を率いていると思しき精霊教徒からはどこか狂信的なものが感じられました」
上司の男は深い溜息を吐くと、眉間を揉み解す。
「カーズに襲われた直後に、面倒かつ厄介なことだ……こちらが取り逃がした魔物が旅の精霊教徒を襲う? いくら無事だったとはいえ、他の精霊教徒に知られると騒ぎになるぞ」
怪しいところはあるが、相手が精霊教徒だと名乗っていてその証も所持している以上、問答無用で捕まえるわけにもいかない。
ラパリにも精霊教徒は存在し、あちらこちらの町に精霊教の教会も存在する。その上、精霊教は牧歌的な教義とは裏腹に信者同士のつながりが強いのだ。
どんな属性の精霊を信仰しているかは人によって異なるが、『精霊を信仰している』という共通点が団結をもたらすのである。しかもそれは人間だけに限らず、亜人にも通用し得るというのだから性質が悪い。
“この場所に訪れなかった”という形で処理しようにも、相手の戦力が不明である。少なくとも手練れが一人いる以上、無傷では済まないだろう。
「……隠密に長けた者を五名ほど選抜し、尾行させろ。問題があるようならば近隣の領主に要請して捕縛、本当にただの精霊教徒ならば引き上げさせろ」
結局、上司の男が下した決断は緩い監視に留めるというものだった。併せて、問題がなかった場合にも備えて手を打たなければならない。
「それと私も出向く。“こちらの不手際”に巻き込んだことを謝罪し、心地良く旅を再開してもらわねばな。旅の労をねぎらう名目で食料を渡し、魔物退治に協力してくれたということで金を渡せば後腐れもあるまい」
そう話す上司の男の顔には、面倒に巻き込まれたと言わんばかりに辟易とした感情が浮かんでいたのだった。
「――とまあ、おそらくはそういったやり取りがあったと思うのである」
『駅』の脇を通り、街道の先にあるという砦に向かって進みながらコルラードがそんなことを言い出す。
ラパリ側の兵士達に連行され、荷物や人相の確認を行うこと三十分余り。『駅』らしき場所にいた一番偉そうな男性から謝罪の言葉と魔物退治の協力に対するお礼を受け取ったレウルス達は、旅に戻って街道を進んでいた。
お礼ということでヒクイドリの生肉を所望し、それを聞いた兵士がやや引きつった顔をしていたがレウルスは気にしない。
「そうなんですか?」
「うむ。精霊教徒と名乗り、その証が本物だったのだ。まともな騎士階級の者ならば名目を飾って謝罪の品を贈り、そのまま泳がすであろうよ」
「たしかに、あの鳥の魔物を逃がしたのは向こうですしね」
コルラードの言葉を聞き、納得を示したレウルスは心中でサラに呼びかける。
『サラ?』
『はーい! えっとねー、なんか熱源が後ろをついてきてるわよ? 数は五で、街道脇の木々に隠れるようにして進んでるわ! 多分、振り返っても見えないぐらい距離を取ってる』
どうやらコルラードの予想通り、尾行している者がいるらしい。隠れて尾行しているようだが、熱源を探れるサラの前では隠れようがない。
「後ろに尾行者がいるみたいです。数は五人ですね」
尾行者の存在を告げてもコルラードの表情に焦りの色はない。少しだけたるんだ顎を手で撫でると、苦笑するように笑う。
「ふむ……なんとも便利な『加護』よな。それでは後ろは気にせず、これまで通り進むのである」
「それでいいんですか?」
「いいのである。これまでと違った反応をすると、向こうの疑いを深めてしまうからな。それに、こちらには探られて痛む腹はないであろう……いや、吾輩の胃はよく痛んでいるがな」
そっと胃の辺りを押さえるコルラードに、レウルスはかける言葉が見つからない。冗談なのか本気なのか、いまいち判断に困る言葉と表情だった。
「まあ冗談……半分は本気だが、吾輩達の目的はルヴィリア様を東の森まで護衛し、ユニコーンを見つけて体を治してもらうよう交渉することである。“余計なこと”をしなければ捕まることもあるまいよ」
「……そんなもんですか。俺としてはもっと厳しく確認をすると思ったんですけどね」
馬車に積んでいた荷物に関しては細かく確認されたが、蓋で隠してある収納スペースに関しては気付くこともなかった。ボディチェックも甘く、服を脱がされるといったこともなかったのである。
「こちらが全面的に協力したというのもあるが、精霊教徒と名乗ったからな。ヴェルグ子爵家のお膝元、アクラで何が起きたか忘れたわけではあるまい? 精霊教徒に手を出すと、団結して騒ぎになると思ったのであろうよ」
馬の手綱を引いて歩くコルラードと、馬車を先導するように歩くレウルスは視線を合わせずに言葉を交わし合う。
「政治とかになるべく関わらないようにしてるのに、騒ぐ時は騒ぐんですね」
「為政者としても扱いに困るだろうが、そうやって何が不満なのか表に出す分にはまだ可愛いものであろう。滅多にあることではないが、不満を隠して裏で動かれ、気付いた時には反乱の一歩手前だった……などということになっては笑えんのである」
信仰の対象である精霊や同じ宗教を信仰する者に手を出さなければ大人しく、むしろ協力的ですらあるのだとコルラードは言う。領地を治める者にとってはグレイゴ教徒よりは扱いやすいものの、軽く扱って良いものでもないようだ。
(なんだろうな……精霊教徒も人間や亜人だから仕方ないんだろうけど、領主ってのはその土地では絶対的な王様みたいなもんだと思ってたんだが……)
様々なパワーバランスが存在するのだろう。多数の国に跨る巨大な商家を為政者が無視できないようなものか、とレウルスは一人で納得した。
「それと、先ほどの場所だが……あれは『駅』ではないな。おそらくは砦を造るための物資の集積所といったところであろう」
そうやってレウルスは頷いていると、コルラードが声を潜めてそんなことを言い出す。
「……そうなんですか?」
「造るのは町や村かもしれんがな。空堀が大きく、周囲の柵も頑丈そうで、寝泊りするための家屋まで作っておったのだ。今回の魔物の襲撃はかなりの痛手であろうよ」
コルラードの話が本当ならば、ラパリでも色々と動きがあるのだろう。無事にラヴァル廃棄街に戻ることができたならば、その辺りのこともナタリアに報告しようと思考する。
「まあ、“そういったこと”は吾輩の領分である。お主はルヴィリア様の護衛に集中してくれればそれで良いのだ」
そう言いつつ、コルラードは遠くに視線を向けた。
「夕方にはラパリが管理している砦に到着するであろう。今我々が歩いている場所もラパリだが、砦を抜ければ“完全に”他国の土地である」
そんなコルラードの言葉に、レウルスはつられるようにして遠くを見た。この世界に生まれ、初めてとなる他国の土地である。
「戦い方で騎士と気付かれぬよう、吾輩は極力戦いには参加しない。それ故にお主の戦いぶりに期待するのである」
「コルラードさんにも色々と教わりましたしね……戦闘中の殺気の消し方は全然わかりませんけど、任せてくださいよ」
コルラードに向かって明るい声を向けつつも、レウルスの目は鋭く細められていた。
(マタロイとは別の国、か……)
旅はまだまだ途中で、目的地まで半分も過ぎていないだろう。到着してもユニコーンを探し出し、ルヴィリアの治療を頼むなどやることはいくつもある。
(……でも、少しだけワクワクするな)
それでも、まだ見ぬ土地の情景を思い、密かに心を躍らせるレウルスだった。