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第267話:旅路 その4

 背後からかけられた声につられてレウルスが振り返った先にいたのは、一人の人間だった。


 深紅の髪を背中まで伸ばしているが顔立ちは中性的で、男性か女性か判別ができない。

 服装は長袖かつ膝まで丈がある白い貫頭衣を着ており、足には革製の靴を履いていた。貫頭衣の布地は質が良く、ところどころに赤い糸を使って刺繍が施されている。

 身長はレウルスよりも高く、百八十センチを超えているだろう。身長だけを見ればドミニクやバルトロと同じ程度だが、ゆったりとした衣服を着ているからか体付きもよくわからなかった。


 いくら食堂に多くの人間がいて騒がしかったとはいえ、容易くレウルスの背後から近寄り、声をかけるまで気付かせなかったのは異常の一言に尽きるだろう。

 傍から見れば中々に目立つ容姿だが、レウルスもサラもネディも、その人物の接近には気付けなかった。レウルスからすれば魔力を欠片も感じ取ることができず、また、敵意も感じ取れなかったため反応が遅れたのだ。


 これで相手が“敵”だったならば致命的だっただろう。敵だったならば。


「……いや、お前何をしてんだよ」


 相手の顔を確認するなり、思わず素で尋ねるレウルス。そこには相手への遠慮も礼儀もなく、ただただ純粋な疑問だけがあった。


 相手――人間の姿に『変化』しているヴァーニルは、レウルスの反応に口の端を吊り上げてニヤリと笑う。


 レウルスも一度だけ見たことがあるヴァーニルが『変化』した姿。それは以前“喧嘩”をした際に、必中と思われたレウルスの斬撃を回避する際に用いてきたことがあった。

 数十メートルはある火龍の体が瞬時に人間大に『変化』して斬撃を回避するなど、当時はふざけるなと思ったものである。


「何を、とは冷たいではないか。我の縄張りに知った匂いが近づいてきたから、わざわざ顔を見に来てやったのではないか」

「んん? あれ、ヴァーニルじゃない。やっほー」


 両腕を広げながら尊大に来訪の目的を告げるヴァーニルだが、そんなヴァーニルに気付いたのかサラが呑気な声を上げる。そして椅子から立ち上がったかと思うと、ヴァーニルの背後に回って背中によじ登り始めた。


「なになに? 今日は何の用? レウルスに喧嘩を売りに来たのなら今度こそぼっこぼこにしてあげるわよ?」

「はっはっは。火の精――いや、サラよ。元気そうで何よりだが我の背中に乗るのはやめよ。本来の姿ではないとはいえ、我の背に乗るなど不遜も甚だしいぞ?」


 不快そうな言葉とは裏腹に、ヴァーニルの声は弾んでいる。似たような髪色のサラがヴァーニルの背中によじ登っているのは、傍目から見れば娘が父親にじゃれついているようにも見えた。


 レウルスはヴァーニルの言葉に焦って周囲を見回したが、誰も聞いていなかったのか何の反応もない。周囲の喧騒がそれなりに大きいため聞こえなかったのか、それともヴァーニルが何かしているのか。


「……いや、いきなりほのぼのした空気を醸し出してるけど、そう簡単に人の町に来たらいけないやつだろお前」


 レウルスとしては、前世で遊んでいたゲームで例えるならば、町の宿屋で休憩をしていたらボスキャラが訪ねてきたような心境である。


(周囲の人達もそこまで気にした様子がないし、『変化』ってかなり危険な魔法だよな……下手すると町中でいきなり上級の魔物が現れるんだし)


 その出で立ちと雰囲気から注目を浴びそうなものだが、何故かヴァーニルに注目している者はほとんどいない。見た目はともかく、魔力と威圧感を完全に隠しきっているからだろうか。


「む? 不思議なことを言うな……我は向こうから攻めてくれば応戦するが、率先して人間を襲うような真似はしておらんぞ?」

「……色々とツッコミたいところがあるんだが、まあいい。今回は喧嘩をしに来たわけじゃないからな?」


 たしかに会えれば会いたいとは思っていたが、こうして町中で会うのは予想外だった。もっとも、ヴェオス火山の近くを通る際に龍の姿で飛んでこられるよりはマシだろうが。


(そうなったらコルラードさん達の反応がまずそうだしな……)


 それを思えば、こうしてヴァーニルの方から顔を見せに来てくれたのは僥倖と言えたかもしれない。そう判断したレウルスはため息を吐くと、厨房の方へと足を向けた。


「とりあえず飯にするか……肉で良いんだな?」

「酒もつけてくれ。あとは適当に頼む」


 手慣れた様子で注文を行うヴァーニルに軽く頷くと、レウルスは厨房で忙しなく働いている料理人に注文を行う。そしてひとまず先に酒を受け取って席に戻ると、ヴァーニルがネディの隣に座って面白そうな顔をしていた。サラは相変わらずヴァーニルの背中にしがみ付いているが、レウルスは見なかったことにする。


「知らぬ匂いが複数あったからこうして忍んできたわけだが……相変わらず奇縁を紡いでいるようで何よりだな」

「…………」


 ネディの顔を見て興味深そうに笑うヴァーニルだが、それに対するネディは無表情かつ無言である。ヴァーニルはそんなネディの様子に一際破顔すると、その視線をレウルスに移した。


「最後に会った時にメルセナ湖に向かうとは聞いていたが、まさかこのような……相変わらず面白いことよ」

「ネディに手を出したら(なます)に……いや、戦うとなると喜びそうだしやめとくか」

「よくわかっているではないか。それにしても、ネディと言うのか。うむうむ、良き名前だ」


 何が楽しいのかしきりに頷くヴァーニル。レウルスはため息を吐いてからヴァーニルに酒瓶とコップを渡すと、元々座っていた椅子に腰を下ろした。


「…………」


 すると、ネディが無言で席を立つ。そしてヴァーニルから逃げるように、レウルスを挟むようにして椅子に座り直した。


「む……嫌われてしまったか。まあ、サラもそうだろうが、我とも相性が悪かろうな」

「……べー」


 納得したように頷くヴァーニルと、拒絶を示すように小さく舌を出すネディ。そんなネディの反応を珍しく思うレウルスだったが、ヴァーニルは幼子の癇癪でも見るように生暖かい目をしている。


「くくっ……水の『宝玉』を探すと言っておきながら、まさか精霊を連れて帰るとはな。それもこの気配……水と氷か。二つの属性を持つ精霊など希少にも程があるぞ」

「希少とかどうでも良いから、そのにやけ面をやめろって……ネディはネディだ」


 そう言ってレウルスはヴァーニルの酒瓶を奪い取ると、自分用に持ってきたコップに酒を注ぐ。そしてついでにヴァーニルのコップにも酒を注ぐと、荒っぽくコップをぶつけた。


「とりあえず乾杯、と……で? まさか本当に俺達の顔を見に来ただけってわけでもないんだろ?」


 レウルスは酒に口をつけてから尋ねる。相手は火龍――それこそスライムを超えるであろう、上級の中でも上位に位置しそうな強力な魔物だ。


 レウルス達が近くに寄ったからと、嬉々として会いに来たわけでもあるまい。


「ん? 顔を見に来ただけだが?」


 ――どうやら嬉々として会いに来たらしい。


「……前々から思ってたけど、もしかして暇なのか?」

「永遠とも思える寿命を持つ我にそれを聞くか? こうして面白い知り合いが近くに来たのだ。顔を見に行かねば損というものだろう?」


 ――どうやら暇だったらしい。


 レウルスは酒を一息に呷ると、疲れがこもったため息を吐き出す。


「そんなに暇ならこっちの相談に乗ってくれよ」

「相談?」


 案外寂しがり屋なのかもしれない、などと考えながらレウルスは言葉を続けていく。それは、もしもヴァーニルに会えたならば聞きたいと思っていたことだ。


「ああ……ユニコーンって知ってるか? 東の方にいるらしいんだが……」

「ぬっ……」


 カルデヴァ大陸で最も有名な魔物と聞いたヴァーニルならば、何か知っているかもしれない。そんな考えから尋ねたレウルスだったが、ヴァーニルは何故か顔を顰めてしまう。


「何故あの糞爺の名前が……いや、そういえばネディ以外にも知らぬ匂いが貴様と一緒にいたな……」


 ヴァーニルは何事かを考え込むように視線を逸らすと、数秒経ってからレウルスを見る。


「貴様はたしか、冒険者という職業に就いているのだったな……何か依頼でも受けているのか?」

「……そんなところだ」


 ヴァーニルからは以前、『人の営みに関わることはできない』と聞かされたことがある。こうしてレウルス達に会うべくマダロに忍び込み、食堂で酒を飲んでいるあたり怪しいものだが、何かしらの“線引き”がありそうな様子だった。


「ふむ……ユニコーンに会うとなると……」


 ヴァーニルはじっとレウルスの瞳を見る。そして僅かに思案すると、コップを傾けて酒に口をつけた。


「言い難い……いや、“言えない”ことなら言わなくて構わないぞ? 糞爺とか言ってたから実在するってわかっただけ儲けものだしな」


 ヴァーニルとの関係は一言では言い表せない。一番しっくりくるのは喧嘩友達だと思うレウルスだが、貴族の令嬢が絡む依頼でヴァーニルの力を借りれるとも思わなかった。


 語った通り、ヴァーニルの『糞爺』という言葉から実在するのがわかっただけでも儲けものである。少なくとも実在するかを疑いながら旅をするより精神的に楽だ。


 レウルスは返答を急かさず、食前酒のつもりで酒を再度呷る。そんなレウルスを見たネディがそっと酒瓶に手を伸ばそうとしていたため、レウルスはその手をやんわりと掴んで止める。


「……あの爺のことなら、人間にも知られているから別に構わんだろう。“用件”も予想できる。それに、我としては貴様があの爺と会えばどうなるか気になるところではある」

「というと?」


 用件――ユニコーンに会ってルヴィリアに治療を施してもらおうという目論見を見抜いたのだろうか。


 それでも止めないどころか興味を覗かせるヴァーニルに、レウルスは眉を寄せて疑問を呈する。


「あの爺は我よりも年上……それこそ千年以上生きていてな。あの爺よりも長く生きているものは数えられるほどに少ない。どんな目的があってあの爺に会うつもりなのかは聞かんが、貴様も覚悟しておくのだな」

「……俺、なんでいきなり脅されてるんだ?」


 千年という時間も想像がつかないが、それよりも先にヴァーニルの言葉が気になり過ぎてツッコミを入れるレウルス。

 ヴァーニルはそんなレウルスの疑問を意地悪げに笑って黙殺すると、その視線を周囲に向けた。


「吸血種の娘とドワーフの娘はいないのか? あの糞爺に会うのなら注意しておこうかと思ったのだが」

「……そこで何で今度はエリザとミーアの名前が出るんだ?」

「ん? 知らんのか? あの糞爺……というより、ユニコーンという種族全体に言えることだが、何故か生娘を好む性格でな。貴様が手を出してないのなら絡まれるかもしれんと思っただけだ」


 そう言って少しばかり真面目な表情を作るヴァーニルに、レウルスは頬を引きつらせる。


(そう言われてみると、前世でもそんな伝承があった……よう、な……?)


 ボロボロの記憶が刺激されるのを感じるレウルスだが、ヴァーニルがわざわざ注意を促すのならば本当なのだろうと納得する。


(……目的地まで行ったら向こうから接触してくる可能性があるって考えると、ありがたい情報……か?)


 ユニコーンが実在することがわかり、向こうの興味を引ける事柄についても知り得ることができた。そういう意味ではヴァーニルが会いに来てくれたのは嬉しいことである。


「ちなみに、ヴァーニルは病弱な人間を元気にする魔法とか知ってたりするか?」

「火龍に何を求めているんだ貴様は……」


 火葬ならできるぞ、と真顔で答えるヴァーニルに、レウルスはそれ以上何も言わなかった。

 







 レウルス達と話し、食事と酒を堪能したヴァーニルは満足できたのか上機嫌に立ち去った。そんなヴァーニルの背中を微妙な気分で見送ったレウルスだったが、ヴァーニルとすれ違うようにしてコルラードが姿を見せる。


「今、奇妙な御仁とすれ違ったが……知り合いか?」


 マダロの領主の元に顔を出してきたはずのコルラードだが、開口一番にそんなことを言い出した。そのためレウルスは真顔で空惚ける。


「いえ……奇妙というと?」

「いや、吾輩としても返答に困るのだが……妙に気配が凪いでいるものの、それでいて内側に重厚な気配があるような……」


 コルラードはしきりに振り返って背後を確認しているが、既にヴァーニルの姿は消えている。もしかするとコルラードの接近に気付いて姿を消したのかもしれない、とレウルスは思った。


「抽象的ですね?」

「返答に困ると言ったであろう? だが、そうだな……知り合いで例えるならばジルバ殿に近い……いや、超える? 自分で言っていても信じられんが、ジルバ殿やグレイゴ教の司教さえも容易く凌駕しそうな……」


 自分の発言が信じられないのか、コルラードは言葉が上手く見つからないようだった。そのためレウルスは誤魔化すように笑う。


「あっはっは。そんな“人間”がこんな場所にいるわけないでしょう?」

「……それもそうであるな。まだまだ大丈夫だと思ったが、吾輩も疲れているのやもしれぬ。食事を取って風呂に入ったらゆっくり休むとしよう」


 そう言って料理の注文に向かうコルラードを、レウルスは乾いた笑いと共に見送るのだった。











以前少しだけ登場したヴァーニルの『変化』について描写をしてみたり……。

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