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第266話:旅路 その3

 ヴェルグ子爵家の次女、ルヴィリアを連れた旅は順調に進んでいく。


 ラヴァル廃棄街を出発して五日も経つ頃になると、当初は余所余所しかったルヴィリアやアネモネの態度も徐々に軟化し、レウルス達と打ち解けつつあった。


 レウルスとコルラードを除けば、残る全員が年頃の女性である。サラとネディに関しては“実年齢”が怪しいところだが、外見だけ見れば大きな年齢差はない。

 そのためレウルスからすれば肩身が狭いほどに、女性同士で仲良くなりつつあった。


 生まれた子供が全員女の子で、家族の中で男は自分一人といった父親の心境を味わうレウルスである。


(コルラードさんが同行していて良かった……)


 そんなことを思いながら、レウルスは馬車の先を歩くコルラードへ視線を向けた。


 アネモネは御者を務めることもできるらしく、現在はコルラードの代わりに手綱を握っている。ルヴィリアは休憩を取るために馬車に乗り込んでいるが、話し相手兼休憩を兼ねてエリザやミーアも馬車に乗り込んでいた。

 そのため馬車の周囲で索敵を行うのはレウルスとサラ、ネディとコルラードの四人になるが、サラの能力があれば一人でも十分だろう。


 それでもコルラードが先導するように歩いているのは、ひとまずの目的地である城塞都市マダロが近づいているからだ。マダロ周辺を巡回する兵士と出くわす可能性があるため、騎士のコルラードが先頭に立っているのである。


(しかし、マダロまでで五日か……やっぱり少し遅いな)


初めてレウルスがマダロまで――正確にはマダロ廃棄街まで足を運んだ時、一緒にいたのはエリザだけだった。当時はエリザもまだまだ体力が少なく、ジルバが同行して旅の際の注意事項などを手ほどきしてくれたこともあって移動速度が遅かったが、それでもラヴァル廃棄街からマダロ廃棄街までかかった日数は四日ほどである。


 途中で魔物や野盗に襲われることもなく、巡回の兵士と出会ってもコルラードが同行しているためそれほど時間を取られることもない。それでも五日もの時間がかかったのはルヴィリアを連れているからだろう。

 体力に乏しかった頃のエリザを連れていても、“寄り道”さえしなければ三日程度で踏破できたであろう道のりである。それだというのに五日もかかるのは移動速度が遅く、ルヴィリアの体調を考慮してこまめに休憩を挟んでいるからだ。


(……まあ、ルヴィリアさんの体調にさえ目を瞑れば焦る旅でもないしな)


 時間はかかっているが、レウルスにも大きな不満はない。

 以前発生したラヴァル廃棄街での水不足のように、一刻を争う事態というわけでもないのだ。ルヴィリアが体調を崩さないよう配慮しつつ、それでいて最高速度に近いのが現状である。


(それに、ルヴィリアさんも頑張ってるしなぁ……文句を言うのも筋が通らないか)


 移動速度が遅いといっても、ルヴィリアが手を抜いているわけではない。むしろレウルスが心配に思うほど必死である。

 子爵家に生まれ、花よ蝶よと育てられたであろうルヴィリアだが、今回の旅ではレウルスが驚くほどに懸命だった。


 歩き疲れても泣き言一つ零さず、それでいて自分の体調を考慮して無理せず馬車で休み、体力が戻ったら再び自分の足で歩く。単純かつ当然のことのように思えるが、我が儘に育っていればこうはいかなかっただろう。

 さすがに夜営をする際は不寝番をさせるわけにもいかず、食事を取ったらそのまま泥のように眠るが、それを咎めるつもりもない。運動不足だったのか朝起きたら全身が筋肉痛になってもいたが、顔を顰めるだけで筋肉痛に文句を言うこともなかった。


 長く歩くことに慣れていないからか靴擦れを起こし、足の裏には血豆ができもしたが、ぐっと唇を引き結んで痛みを口に出すこともなかった。


 もちろん、疲労はともかく靴擦れや血豆は痛みで歩けなくなる可能性があるため、アネモネによって即座に治療を施されている。アネモネが持ち込んだ魔法薬で傷を治し、大きな影響が出ないようにしたのだ。

 

 それらを総じてレウルスが感じたのは、ルヴィリアの今回の旅に賭ける思いの強さである。必死で、懸命で、何がなんでも成し遂げるのだという強い意志が感じ取れた。


(厄介事が飛び込んできたと思ったけど、依頼者としては……いや、“個人”で見るなら悪くはない、か)


 ナタリアとの話でルヴィリアには――ひいてはヴェルグ子爵家には何かしらの思惑があるのだろう。それはラヴァル廃棄街とヴェルグ子爵家のみならず、報酬に複数の貴族が関わっていると思われる点からも明白だ。

 それらの面倒事を取り払って見た場合、ルヴィリアの姿勢は好ましいものである。以前会ったことがあるため多少なり性格は知っていたが、護衛を行う上で問題にならないのは諸手を挙げて歓迎できるだろう。


(性格面ではアネモネさんの方が……いや、何も言うまい……)


 ルヴィリアの必死さを見れば、アネモネの態度も仕方がないとレウルスは思った。しかしそれを本人に告げるような真似はせず、レウルスはその視線を遠くに向ける。


 視線の先には、マダロを囲うように造られた城壁が見えつつあった。








 マダロの城門まで到達したレウルス達は、問題に巻き込まれることもなくマダロの城壁内へと足を踏み入れていた。


 レウルスが精霊教徒の『客人』の証を、エリザ達が精霊教徒の証を首から下げ、その上で騎士であるコルラードが身分を保証したため、通行税を取られるだけで通ることができたのだ。

 ルヴィリアとアネモネに関しては事前に通達がされていたのか、通行税を取られることもなかった。身分の確認を行っていた兵士が頬を引きつらせていたが、貴族の令嬢が僅かな数の護衛だけで旅をしていると知ればそれも当然のものだろう。


 微妙そうな顔の兵士達に見送られたレウルス達はマダロの城門を潜り、ほっと安堵の息を吐いたところでコルラードが言う。


「それでは、まずは宿を取ってしっかりと休むのである。出発は明日の予定だが、ルヴィリア様の体調次第では明後日に出発するかもしれんから注意せよ」


 時刻は昼を少しばかり回ったところで、今から宿を取ればかなりの時間眠ることができる。野営と違って魔物や野盗の襲撃を警戒することもなく、落ち着いた環境で休めるのだ。

 レウルスは護衛という立場上、夜営の不寝番の大部分を担当していた。三日程度ならば眠らずに活動できるため睡眠時間が短くても問題は少ないが、さすがに五日間の旅で不寝番をしていると多少なり眠気を感じる。


 だが、この場で最も疲労が濃いのはルヴィリアだった。弱音は吐かないものの、体力の差が大きいためそれも当然といえるだろう。そのためレウルスはルヴィリアの様子を確認しつつ、疑問を口にした。


「俺達も宿に泊まるんですか?」

「護衛なのだから当然であろう? もちろん部屋は別だがな……馬車は宿の者に預けるし、ここまでの旅で使った分の糧食も宿の者に頼んで手配してもらえば良いのである。ちと金がかかるが、今は金を惜しむよりも疲労を抜く方が先決である」


 顔には出さないが、コルラードも多少なり疲れているということだろう。貴族の令嬢を護衛して旅をするなど、その体にかかる負担は如何ほどのものか。

 コルラードの場合は胃の負担を心配するべきか、などと思いながらレウルスは頷いた。


「そういうことなら休ませてもらいます。ただ、護衛が必要ならエリザとミーアに頼みますけど?」


 レウルスがルヴィリアの部屋に踏み込むわけにはいかないが、同性ならば問題はないだろう。加えて、礼儀と性格に問題がないエリザとミーアならばアネモネも文句は言わないはずである。

 当然ではあるが、エリザとミーアに休むなと言っているのではない。ルヴィリアと同室で休めばそれで良いのだ。

 周囲の警戒などは軽く眠ってからレウルスが行うつもりである。


「町の中ですし、お気遣いいただかなくても大丈夫ですよ? レウルス様達もしっかりと休まれてください」

「わたしとしては、この土地の領主に挨拶をしなくても良いのかと不安なのですが……」


 疲労の色が顔に出てはいるが、それを感じさせないように微笑むルヴィリア。その傍らに控えるアネモネはといえば、マダロの領主に顔を通さなくて良いのかと悩んでいる。


「今回の来訪は正式なものではないし、向こうとしても対応に困るのである。門の兵士から報告が上がっているであろうから、一応吾輩が顔を出してくるが……侍女殿、貴殿らは領主殿に目通りできる服を持ってきているのであるか?」

「……ルヴィリア様の護衛はお任せください。レウルス殿達はルヴィリア様の御厚意通り、自分達の体を休めることだけを考えていただければ……」


 コルラードの指摘がもっともだと思ったのか、アネモネは納得したように矛先を下ろした。


「町の中だから安全……なんて考えてほしくはないんですけどね。廃棄街と比べれば安全で安心できるんでしょうけど、アクラでもグレイゴ教徒が潜り込んでたんですから」

「それは……いえ、そうですね。ですがご安心を。野外ならばまだしも、町中で主君を賊に襲わせるなど侍女の名折れですから」


 ついでにレウルスが注意を促すと、アネモネは反論を口にしかけてから納得を示した。それも態度の軟化が起因しているのだろうが、レウルスは内心だけで呟く。


(そうは言われても、ヴェルグ子爵家でいきなり襲われたじゃないか……いや、あの時はルイスさんが呼び込んだようなもんだけどさ)


 そう思うものの、グレイゴ教徒が狙うのは強力な魔物である。町中でグレイゴ教徒に襲われる可能性は少ないだろう。

 エリザやサラ、ミーアやネディを連れているレウルスは襲われる危険性があるが、少なくともルヴィリアとアネモネが襲われる理由はないはずである。


(……宿の部屋は多少離れた場所を取ろう)


 そもそも、精霊教の看板を掲げているとはいえ冒険者であるレウルス達が宿を借りることができるのか。それが気にはなるものの、レウルス達はひとまず宿に向かうのだった。








 そしてその日の晩。


 無事に宿を借りることができたレウルスは、宿に併設されている食堂へ足を運んでいた。

 マダロの城壁内にあるからか、国境がそれなりに近いからか、宿に泊まる者もそれなりにいるようである。商人やその護衛、あるいは旅人といった様相の者が多く、一見して冒険者だと思われる者はいない。

 宿も食堂も広く、ドミニクの料理店を何倍にも広げたような大きさだった。料理の味に期待できるかはわからないが、少なくとも繁盛しているようである。

 食堂だけを利用することも可能なため、宿に泊まる者だけでなく近隣の者が食事に来ているのだろう。


「それにしても、ここまで時間がかかったわねー。馬車じゃなくてレウルスがルヴィリアを背負って走った方が早く到着したんじゃないの?」

「…………」


 食堂で席を確保したレウルスの両隣に座ったのは、サラとネディだった。冒険者の格好をしているからか、あるいは二人の容姿がそうさせるのか、周囲からいくつも視線が向けられている。


 エリザとミーアは部屋で眠っている。レウルスが先に睡眠を取ろうとしたが、二人の方が疲労が濃かったため先に休ませたのだ。


「そんなことをやろうとしたら、背負う前にアネモネさんが襲い掛かってくるぞ……あとコルラードさんの胃が盛大に痛む」

「ああうん、それなら仕方ないわねー」


 アネモネが襲い掛かってくるから仕方ないのか、コルラードの胃が痛むから仕方ないのか。レウルスはどちらか気になったが、後者の可能性を考慮して聞かないことにした。


「ネディはどうだ? 疲れてないか?」

「うん……まだまだ平気……」


 サラはどう見ても元気なため、ネディの体調だけ確認するレウルス。サラは疲れている時は疲れたと騒ぐため、確認せずともすぐにわかるのだ。


「そうか……でも、疲れたらすぐに言うんだぞ?」


 レウルスが念を押すと、ネディは無言で頷きを返した。それを確認したレウルスはひとまず食事を済ませようと腰を浮かせる。

 席は確保できたため、あとは料理を注文して出来上がるのを待つだけだ。


(そういえば、マダロ廃棄街に行った時に炒飯があったっけ……ここならもう少しマシな味のやつが出てくるか?)


 どんな料理があるのかを聞き、もしも炒飯があれば再チャレンジしてみよう。そんなことを思いながらレウルスはサラとネディに視線を向ける。


「二人は何が食べたい?」


「――ふむ。我は肉で良いぞ」


 そして、サラとネディが答えるよりも先に、そんな声が背後から聞こえたのだった。

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[一言] さすがヒロインの風格、即座に肉をおねだりしてくるとは。
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