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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
7章:貴族令嬢の初恋と一角獣の試練

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第265話:旅路 その2

 パチパチと薪が爆ぜる音が響く。焚き火によって暗闇の中に仄かな明かりが生まれ、その周りを囲むようにしてレウルス達は休息を取っていた。


 ラヴァル廃棄街を出発したその日。既に太陽が沈んで周囲は暗闇に沈んでいる。空を見上げてみれば欠けた月が浮かんでいるものの、その光量は大したものではなかった。


「予想通りというべきか、予想外というべきか、実に迷うのである」


 そう言って首を捻ったのはコルラードである。


 コルラードはマタロイに属する騎士として幅広い知識を持つ。それに加えて兵士から従士に、従士から騎士へと昇進し続けていることから知識に見合うだけの経験も積んでいた。

 そんなコルラードが困ったように呟いたため、レウルスも同じように首を傾げる。


「何か問題がありましたかね?」

「いや……吾輩の予想よりも移動速度が遅かったのだが、それでも“この場所”まで到達できたことがな……」


 そう言われてレウルスは周囲を見回す。レウルス達が夜営の場所として選んだのは、街道の途中に設けられた『駅』と呼ばれる場所だ。

 木材を組んで作った格子状の柵を正方形に張り巡らせ、腰ほどの高さだが空堀を設けてある休憩施設である。レウルスも旅をする際は時折利用するが、『駅』の内側に籠れば即席の防衛陣地としても使えるため野盗や魔物も寄り付きにくい。

 二頭立ての馬車で入るためには柵の一部を移動させる必要があったが、夜営を行うにはうってつけの場所と言えるだろう。


「……ルヴィリア様は懸命に歩かれていましたが?」


 移動速度が遅かったというコルラードの言葉に、アネモネが表情を殺しながら尋ねた。おそらくはコルラードの発言が気に食わなかったのだろうが、表情を殺している分レウルスに対するよりも配慮しているのだろう。


「それは吾輩としても認めるところであるが、行軍速度が予想と異なるというのは兵を率いる者としては非常に困るのだ。速い分にはまだどうとでもなるが、遅いとなると糧食や水が足りなくなることもあり得るのでな」

「それは……いえ、ごもっともなお話ですね」

「うむ。だが、今回は行軍ではなく旅……吾輩もついつい騎士として考えてしまったが故の発言である。ルヴィリア様を侮辱する意図はないので許されよ」


 コルラードの言葉を聞き、アネモネの表情が和らぐ。レウルスはそんな二人の会話を聞きながら内心だけで苦笑した。


(コルラードさん、言い包めるのが上手いな。騎士として必要なのか、本人の性格なのか……)


 ルヴィリアの足が遅いことを認めつつも、その認識が必要なものだとそれとなく周知している。レウルスとしても感心するしかないが、今は他に気になることがあった。


「ルヴィリアさんの移動速度が予想よりも“少し”遅かったけど、それでもこの場所まで来れたのが予想外だったってわけですか」

「そうなのだ。吾輩の予想では、道中で魔物なり野盗なりの襲撃が最低で一回はあると思っていたのでな。それがなかったから結果的に予想通り進むことができた」

「街道を通っているのですよ? 魔物はまだしも、頻繁に野盗が現れるようでは領主の統治に問題があると思わざるを得ませんが……」


 アネモネが怪訝そうな顔をするが、その疑問は予想通りのものだったのだろう。コルラードは一つ頷いてから説明を行う。


「侍女殿はこれまで旅をしたことは? ああ、ヴェルグ子爵家の騎士団を伴わない状態で、という意味ですぞ」

「……そういう意味ではありませんね。わたしがアクラから出るとなると、ルヴィリア様の治療の供として動く時ぐらいですから」

「それが答えですな。魔物はともかく、野盗も襲う相手を選ぶというもの。精強で知られるヴェルグ子爵家の騎士団に襲い掛かるなど、愚かでしかない。発見した時点で逃げるでしょうな」


 焚き火の加減を調整するように木の枝を放りつつ、コルラードが言う。


「どれほどの善政を敷いていようと、野盗に身をやつす者は出る……そんな野盗からすると、吾輩達は格好の獲物に見えたはず。それだというのに襲撃がなかったのは不思議で仕方ないのである」

「何度かサラの索敵範囲に引っかかったし、斥候っぽいのが向かってきたんですけどね。すぐに引き返して逃げちゃいましたよ」


 不思議ですね、とレウルスが相槌を打つ。


 日中の移動でサラが異常を訴えたのは三回ほどあったが、その全てで戦闘にはならなかった。普段から街道傍の森に潜んで待ち構え、通る者を襲っていたのだろうが、レウルス達が野盗に襲われることはなかったのである。


 急ぎの旅というわけではないが、足止めは少ない方が良い。それを思えば戦闘がなかったのはありがたいものの、レウルスとしても腑に落ちなかった。

 だが、そんなレウルスの言葉を聞いたコルラードは白い目を向ける。


「いくら野盗が襲い掛かってこなかったとはいえ、魔物に襲い掛かるのはどうかと思うのである」

「進行方向にいたんで、つい……」


 そう言ってレウルスは背後へと振り返った。すると、視線の先にはレウルスが仕留めた角兎を焼くサラと、調味料を片手に味付けを行うミーア、そしてそれを物珍しそうに眺めているルヴィリアの姿がある。

 ルヴィリアの傍にはエリザとネディが護衛として控えているが、こうしてアネモネがルヴィリアの傍から離れる程度には安全が確保されていた。


「あっはっはー! 今夜は焼き肉よー! 良い感じに焼くわよー!」

「塩だけじゃなく、香辛料があると味付けの幅が広がっていいよねぇ」


 高いテンションで肉を焼くサラと、それに慣れてしまったのか平然と調味料を振るミーアの会話が聞こえてくる。


「……まあ、イーペルの肉は精が付くし、糧食の節約にもなるから良いのである」


 コルラードは肉を焼くサラの姿をじっと見つめていたが、やがて何かを諦めたように視線を逸らした。僅かに頬が引きつり、右手がそっと胃の辺りに添えられたのはレウルスも見ないことにする。


「おほんっ……とにかく、今のところは何もなくてなによりである。だが、今日限りの偶然ということもあり得るので気を抜き過ぎないこと。もちろん、気を引き締めすぎるのも問題である」


 コルラードの言葉に、今度はアネモネがそっと視線を逸らした。旅の途中でコルラードに注意されたことを思い出したのだろう。


「……言い訳をするようですが、野盗よりも魔物が襲ってくるのではないかと危惧していたのです。レウルス……殿は御存知でしょうが、グレイゴ教徒に操られていたとはいえ以前二頭のキマイラと遭遇したもので」

「敬称をつけて呼ばれるような身分じゃないんで、呼び捨てで良いですよ?」


 僅かに言いよどんだアネモネに、レウルスは気軽に告げる。ルヴィリアのように様付けされるのもむず痒いが、敬称抜きで呼ばれても特段気にならない。ルヴィリアの置かれた境遇を思えば、アネモネの態度にも納得ができるからだ。


 侍女としてはどうかと思わないでもないが、ルヴィリアの供はアネモネ一人。同行者は騎士とはいえヴェルグ子爵家からすれば“外様”のコルラードに、世間では最下層に近い身分である冒険者のレウルス達。


(アネモネさんからすれば、死んで来いって言われたようなものかもな……というか、ルヴィリアさんが死んでも咎めないっていう条件を知ってるのか? ジルバさんは絶対に死なせるなって言ってたけど、その辺りを知っててこの態度なのか……)


 気にはなるが、直接尋ねるわけにもいかないだろう。コルラードが間に立つことで改善の兆しが見えそうなこの状況が、一気に瓦解しそうである。


「……いえ、わたしはルヴィリア様の侍女ですから。それに、今回はこちらが依頼を持ち込んだ側です。協力してくださる方に礼を尽くすのは当然です」

「当然という顔には見えないのであるが……」

「っ……それはそうと! 今日一日だけの感想ですが、旅というのはここまで単調なものなのですか? ルヴィリア様の体調や野盗と思しき者達がこちらを避けたのは横に置くとして、ただ街道を歩くだけではないですか」


 コルラードがツッコミを入れると、アネモネは僅かに顔を赤くして話を逸らした。そのあまりにも強引な逸らしぶりに免じ、レウルスは何も言わずに沈黙する。


「あー……誤解がないよう説明すると、今回の旅は非常に楽なのである」


 そう言いつつ、コルラードはサラやネディに視線を向けた。


「火を熾す手間もかからず、水が減ったからと水源を探す必要もない。糧食の用意はあるが、魔物を見つけたら即座に狩ろうとする者もいる……うむ、やはり楽であるな」


 火が必要になればサラの火炎魔法で、水が必要になればネディの水魔法で確保できる。その気になればネディは氷を生み出すこともできる。旅先で何か必要になればミーアが作ることも可能で、エリザがいるおかげで下級の魔物が寄ってくることもない。

 コルラードの言う通り、様々な面で楽だといえるだろう。


「今日は会わなかったが、街道でどこぞの騎士や兵士が巡回していても吾輩が身分を明かせばどうとでもなるのである。ただ、楽ができるのはマタロイ国内……いや、国境近くまでであろうな」

「ああ……他の国だと身分を明かせませんしね」

「いや、それ以前に国境を越えるまでが問題である。極力安全かつ目的地まで時間をかけないように進むつもりだが、そのためにはヴェオス火山の近くを通る必要があるのでな」


 『ん?』とレウルスは首を傾げた。


「やはりそうなりますか……もっと大きく迂回しては?」

「そうなると、今度はラパリに入ってからの移動距離が長くなりすぎるのである。ラパリに入る直前から精霊教徒として動くが、こちらの素性を気付かれる可能性を少しでも減らしたいのだ」

「ルヴィリア様の体調を考えると、ある程度の危険を冒してでも旅の行程を縮めるべきですか……かの火龍が襲ってこないことを祈る他ありませんね」


 『んん?』とレウルスは首を逆方向に傾げた。レウルスの勘違いでなければ、“知り合い”が話題に挙がっているのだ。


(そういえば、最後に会ったのはメルセナ湖に向かう途中に立ち寄った時か。ヴァーニルならユニコーンについて何か知ってるかもしれないし、ネディの顔合わせも兼ねて会いたいところだが……)


 コルラードとアネモネの態度を確認してみるが、二人の表情には大小の差はあれど恐れの色が滲んでいた。


「えーっと……ヴェオス火山の火龍ってそんなに危険なんですか?」


 ヴァーニルの名前は出さずに尋ねてみると、コルラードとアネモネが信じられないといわんばかりの視線をレウルスに向ける。


「このマタロイと隣国のラパリ、それとベルリドの三ヶ国に接する場所で、何百年と生きている魔物なのだぞ? あのグレイゴ教徒でさえ極力関わろうとしないと言えば危険度がわかるであろう?」

「ヴェオス火山に接する三ヶ国が、過去に何度も討伐しようとしてその全てで失敗しています。カルデヴァ大陸では最も有名な魔物ですよ?」


 真剣な表情で二人に言われたレウルスは、そういえばそういう話も聞いたっけなぁ、と内心だけで呟いた。


 今でこそ喧嘩友達のような存在だが、初めて会った時は一回殴るので精一杯だった。『龍斬』を手に入れてから再戦した時も、ある程度傷を負わせたもののレウルスとエリザ、サラの三人がかりで完敗したのである。

 レウルス達がヴェオス火山の近くに寄ると向こうから飛んでくるが、本来はスライムと同等以上の危険な存在なのだ。


(コルラードさん達の反応からすると、姐さんは俺達とヴァーニルの関係を周囲に伝えていない? もしもそうなら黙っている方が良いか……)


 ユニコーンに関して話を聞きたいところだが、顔を合わせるのは難しいかもしれない。

 今回の旅は常に野宿をするわけではなく、なるべく町に寄ってこまめにルヴィリアの疲労を回復させていく予定である。そのため、ヴェオス火山の近くの町に立ち寄ることがあれば、こっそりと抜け出すのも手だろう。


(さすがのヴァーニルも、俺達に会うために町に突っ込んでくることはないだろうしな)


 ヴェオス火山の近くにはマダロという名前の町が存在する。レウルスが立ち寄ったことがあるのはマダロ廃棄街だが、ヴァーニルに会えるとすればその付近だろう。


(野宿しているところに飛んできたら……殿(しんがり)を務める振りをしてコルラードさん達を逃がすか)


 色々と先行きが不安になるが、まずはエリザ達に注意を促しておくべきだろう。コルラード達との会話もそこそこに、レウルスはそう決断し、背後のエリザ達へと視線を向けた。


「え? これ、生……ですよね? そもそもイーペルの内臓って食べられるんですか?」

「レウルスはいつも美味しい美味しいって言いながら食べるわよ! ほら、物は試しに――」

「何をしているんですかっ!? お嬢様も手を引っ込めてください!」


 そこにはルヴィリアに角兎の内臓を勧めるサラの姿があり、アネモネが慌てた様子で駆け出す。


 それを見たレウルスはため息を一つ零すと、ヴァーニルの話は後回しにしてサラを止めるべくアネモネに続くのだった。

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