第263話:出発の日
そして、とうとう訪れた出発の日。
前日にナタリアから“予定通り”の出発だと告げられたため気にしていたが、幸いにも天候に恵まれ、徐々に明るさが増してきている空には数えられるほどの雲が浮かんでいる程度である。
旅の準備を整えたレウルス達は早朝から冒険者組合を訪れ、ナタリアと顔を合わせていた。普段と違う点があるとすれば、ナタリアと顔を合わせたのが冒険者組合の中ではなく入り口前という点だろう。
「準備は終わってるみたいね」
「ああ……ところで、“それ”は?」
これまでにない長旅になる可能性があるとはいえ、旅自体は既に慣れた。そのため長旅に対する不安はないのだが、レウルスとしては冒険者組合の前に鎮座する物体が気になってしまう。
「荷車以外の何に見えるというの?」
「うん、荷車にしか見えないのは確かなんだが……形が変わってないか?」
そう言いつつレウルスが視線を向けたのは、以前ヴェルグ子爵家から贈られたはずの荷車である。
車体の上部はアーチ状になっており、幌を張ることで雨風を凌ぐことができ、車体に『強化』の『魔法文字』を刻むことで耐久性を向上させ、馬に曳かせれば馬車としても使用できる代物だ――そのはずだった。
しかし、レウルスの言う通り形が変わっている。そもそも、大きさ自体が変わっている。
以前は大人二人が並んで寝転がれる程度の大きさだったが、横幅だけでレウルスが寝転がれるほどに大きくなっている。横幅は二メートル、長さは四メートルほどあるだろう。寝相にさえ気をつければレウルス達が全員寝転がれるほどの広さである。
アーチ状だった屋根部分は箱型になっており、なおかつ骨組みの形がおかしい。ところどころが“可動式”になっており、更に、レウルスの見間違いでなければ車体に連結した柱は取り外しができそうだ。
(なんだろうな、コレ……えーっと、そう、車体にテントがくっ付いてる……みたいな?)
よくよく見てみると、幌は二重になっている。レウルスは脳内で屋根部分の骨組みを移動させ、二重になっている幌を“伸ばして”みた。
(この長さだと……車体の横にテントが一つできそうだな。雨が降ってきた時に幌馬車の中以外でも雨宿りできるようにってことか?)
移動時は幌馬車として、夜営している時には夜露を凌げる即席のテントを追加で利用できそうである。
レウルスが荷車をジロジロと見ていると、ナタリアが苦笑を浮かべた。
「幌に使っている布には魔物の体毛を織り込んで強度を増してあるわ。脂を塗り込んで防水加工もしてあるし、遠距離からの弓矢ぐらいなら弾けるわね」
そう言いつつ、ナタリアは車体の中央部へ視線を向ける。
「それと、貴重品を隠せるようにもしてあるわ。荷車の中央に蓋があるでしょう? 開けてみてちょうだい」
「これか?」
レウルスは荷車に乗り込むと、底の部分にあるくぼみに指をかけて力を入れる。すると四方三十センチほどの蓋が取れた。中はこれまた三十センチほどの深さがあり、いくつかの小袋が入っている。
レウルスが小袋の一つを持ち上げると、硬貨が擦れ合うような音が響いた。どうやら旅の軍資金を用意してくれたらしいが、確かに金銭を隠すにはうってつけのスペースと言えるだろう。
(なんだこの隠れた収納スペース……ちょっと男心がくすぐられるな)
蓋を閉めて上に物を乗せておけば気付かれにくいに違いない。収納スペースの内部は何故か黒く塗られているが、何か意味があるのかとレウルスは首を傾げる。
「あと、その底の一部が二重底になってるわ」
「マジかよ……あっ、本当だ」
端の方に爪を引っかけて持ち上げると、底の一部分が更に開く。ほんの十センチほどのスペースだが、中には布で包まれた物体が詰め込まれていた。一体何かと思ってレウルスが中身を確認してみると、大金貨が十枚ほど出てくる。
「精霊教徒の看板を掲げていても、街道で兵士に会えば積み荷の点検ぐらいはされると思うわ。他国の人間だとわかればなおさらにね。何があるかわからないし、その大金貨も含めて旅の資金に使いなさいな」
「なるほど……用心に越したことはないよな」
隠し蓋を閉じたレウルスは荷車の内部を見回す。ナタリアが用意したのか食料や香辛料、水が入っていると思しき壺がいくつも置かれており、更には荷車を曳くための馬のために用意したと思われる干し草も大量に積み込まれている。
「これは馬用の飼い葉か……行く先々でその辺の草を食べさせるわけにはいかないのか?」
「ああ、それは馬用じゃないわ。ルヴィリア嬢のために用意したのよ」
「……え?」
まさか干し草を食べるのか、と戦慄するレウルス。さすがのレウルスでも余程空腹でなければ干し草は食べないだろう。干し草をわざわざ食べるぐらいなら、その辺りに生えている雑草を食べた方がまだ美味しそうだ。
「あなたが何を考えているのか、手に取るようにわかるわね……さすがに椅子や寝台を据え付けるわけにもいかないでしょう? だから干し草に布を敷いて即席の寝台にでもしてもらおうと思ったのよ」
「あー……そういった配慮も必要なわけか」
さすがのナタリアでも地面に転がって眠れとは言わないようだ。貴族が使うベッドのようにはいかないだろうが、地面や荷車の床で眠るよりは遥かにマシだろう。
「あなたやエリザのお嬢さん達は慣れているから大丈夫でしょうけど、貴族の御令嬢からすれば日中の移動だけでも辛いはずよ。少しでも疲労を回復させて体調が悪化しないように気を付けること……いいわね?」
「あいよ。その辺は注意しておくさ」
注意を飛ばしてくるナタリアに対し、レウルスは気軽に答える。そんな二人のやり取りにエリザが何か言いたそうな顔をしていたが、実際に言葉を発するよりも先に近づいてくる影があった。
「おはようございます、皆さん」
そんな挨拶をしながらにこやかな笑顔を向けてきたのは、ジルバである。レウルスは何事かと思ったが、見送りに来てくれたのだろうと判断して笑みを浮かべた。
「おはようございます、ジルバさん。俺達がいない間、この町を頼みますね」
出発までの期間で、可能な限りラヴァル廃棄街周辺の魔物を狩ってある。それでもいつ、どこから強力な魔物が移動してくるとも限らないのだ。
カルヴァンなどのドワーフも数名住んでいるが、いざという時にはジルバほど頼りになる存在もいない。
「精霊教徒としては約束しかねますが、この町の住民の一人としては協力を惜しみませんとも」
「そりゃあ心強いですね」
立場の兼ね合いもあるが、もしもの時は手を貸してくれるらしい。レウルスが安心していると、ジルバは懐から何かを取り出した。
「これは私からの餞別です。サラ様とネディ様にお渡しするのはおかしな気もしますが、精霊教徒として振舞うのなら是非お持ちください」
そう言ってジルバが手渡したのは、大精霊を象ったと思しき首飾りである。精霊教徒であることを示す代物だが、信仰の対象である精霊二人に渡すのは確かにおかしなものがあった。
レウルスは『客人』の証があり、ミーアは元々火の精霊を信仰している。そのためエリザとサラ、ネディが首飾りを受け取り、首元にかけた。
「よくお似合いです。それでは、皆さんに大精霊様のご加護がありますよう祈っております」
そうして、右胸に手を当てながら一礼するジルバと真剣な表情のナタリアに見送られ、レウルス達はラヴァル廃棄街を出発するのだった。
ラヴァル廃棄街を出発したレウルス達は、まずはコルラードやルヴィリアと合流するべくその足をラヴァルの東門へと向ける。
レウルスが荷車を曳いて歩いていくと、遠くに三つの人影が見えた。
一人はレウルスとしても見慣れてしまったコルラードであり、精霊教徒として旅をするからか金属製の鎧は身に着けていない。ラヴァル廃棄街を訪れる時のように、冒険者に近い身軽で旅に適していそうな軽装だった。
上下は長袖に長ズボン、靴は履き慣れたものを履き、防具は薄手の外套が一枚のみ。その腰元には長剣を帯びているが、外見だけで判断するならば騎士でも冒険者でもなく商人のように見える。
手には手綱を握っており、荷車を曳かせるための馬も一緒だった。ただし、荷車の改造を知っていたのか馬は二頭である。
そんなコルラードの背後には、二人の女性の姿があった。
一人は今回の旅で護衛を受けるルヴィリアであり、もう一人はヴェルグ子爵家で顔を合わせたルヴィリアの侍女――アネモネである。
(……へぇ)
ルヴィリアとアネモネの姿を見たレウルスは、内心で小さく感嘆の声を上げた。
さすがにドレスとメイド服で旅をするとは思わなかったが、二人の格好が予想よりも“しっかりと”していたのだ。
おそらくは歩きやすいようにと考えたのか、ルヴィリアは腰まで伸びる絹のような金髪を後頭部でひと房にまとめ、ポニーテールの形にしている。
服装も動きやすさを重視したもので、ズボンに長袖、足元は革靴と旅に賭ける意気込みが透けて見えた。
アネモネもルヴィリアと似たような格好である――が、腰の左右に短剣を帯びているのが大きな違いだろう。刃渡りはそれほど長くないが、戦闘にも使えそうなほど無骨な雰囲気が感じ取れる。
「これで全員集合であるな」
荷車を曳いてきたレウルスの姿を見るなり、コルラードが呟く。そして振り返ってルヴィリアに視線を向けたかと思うと一礼した。
「それではルヴィリア様、これより出発となりますが……よろしいですか?」
ルヴィリアの覚悟を確かめるかのように、コルラードが問いかける。ルヴィリアはそんなコルラードの問いかけに小さく頷くと、一歩前に出てレウルス達を見回す。
「お久しぶりです皆さん。ルヴィリア=ヴィス=セク=ド=ヴェルグです。今回はこの依頼を受けていただき、感謝いたします」
そう言って一礼するルヴィリア。その一礼があまりにも自然な動きだったためレウルスはそこまで気にしなかったが、エリザなどは目を見開いて驚きを露わにしている。
「色々と御迷惑をおかけすることもあると思いますが……アネモネ共々、よろしくお願いしますね?」
旅に対する不安を隠すためか、それとも本心なのか。にこりと微笑んで再度一礼するルヴィリア。
その腰の低い態度に何とも言えないレウルスだったが、頭を下げるルヴィリアを見ていたアネモネの表情が苦々しく歪んでいることに気付いた。
現状が気に食わないのか、それともルヴィリアが頭を下げていることが気に食わないのか――あるいは別の“何か”か。
「……依頼として受けた以上、こちらも全力を尽くします」
そのためレウルスも事務的に返答すると、コルラード達の荷物を荷車に積み込んでから馬をつなぎ、進路を東に向けるのだった。
どうも、作者の池崎数也です。
毎度ご感想やご指摘、お気に入り登録や評価ポイントをいただきましてありがとうございます。
気が付けば7章に入って20話が過ぎていました……長いよとツッコミをいただきそうですが、ようやく出発です。
多分ですが、7章は6章と同じかやや長いぐらいの話数になるかと思います。色々と書きたいネタもあるので、どんどん物語を進めていければと思います。
それでは、このような拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。




