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第262話:旅の準備

「そう……受けてくれるのね」


 翌日、ナタリアに依頼を受けることを伝えると、ナタリアは噛み締めるような声色でそう呟いた。


 他の冒険者には聞かせない方が良いだろうと昼前に足を運んだため、冒険者組合の中にいるのはレウルスとナタリアだけである。エリザ達は普段通り依頼を受けて行ったが、これからは旅の準備も進めていく必要があるだろう。


「ああ。エリザからも今回の依頼は受けないとまずいって言われてな」


 レウルスがそう言うと、ナタリアは表情を変えて苦笑する。


「あの子がねぇ……それなりに教育を受けているとは思ったけど、少なくとも騎士階級の出だったのかしら」

「話を聞いた感じだと、祖母や父親が町の有力者だったみたいだしな……それで? 俺達はこれからどう動けばいいんだ?」


 まさかヴェルグ子爵家までルヴィリアを迎えに行けとは言わないだろう。そこまでおんぶに抱っこな有様では、とてもではないがルヴィリアが長旅に耐えられるとは思えない。


「ラヴァルに滞在している使者に返事をして、それを持ち帰って……件のお嬢様がこの町に来るまで一週間といったところかしらね」

「一週間か……って、早くないか?」


 一週間程度ではどんなに急いでもアクラにたどり着くのが精々だろう。ラヴァル廃棄街と城塞都市アクラの間を往復するには馬を走らせても二週間はかかる。


 そこまで考えたレウルスだったが、ディエゴやカルロが使者として訪れるまで二週間という時間だったことを思い出し、あり得る可能性を述べた。


「もしかして、アクラじゃなくて別の場所……ラヴァル廃棄街に近い場所に滞在してるのか?」


 単純にアクラではなくもっとラヴァル廃棄街に近い場所に“待機”しているのか。そんな疑問と共にレウルスが尋ねると、ナタリアは良くできたと言わんばかりに微笑む。


「複数の貴族が絡んでるって言ったでしょう? その中にはヴェルグ子爵家と親交の深い貴族もいるわ。その貴族が治める町までの距離を考えると……ね」

(つまり、この依頼が“最終的には”断られないって判断してこっちに向かってたのか……)


 ナタリアの言葉からそう察したレウルスは、引きつったような笑みを浮かべながら両手を上げた。


「もう突っ込まねえよ……それじゃあルヴィリアさんが到着するのは一週間後として、何を準備すればいい?」


 長旅には食料や水、野営の際に使用する薪や炭、着替えや寝具、医療品等を用意する必要がある。近くに町や村があれば立ち寄って休むこともできるが、金がかかる上に毎日立ち寄れるほどの距離に町や村が存在しているとも限らない。


 レウルス達だけならば食料に関してはその場その場で魔物を狩り、水はネディに魔法で出してもらい、薪は拾ってサラに燃やしてもらえば良い。寝る時もサラかレウルスが起きていれば不意打ちは受けないだろう。

 本来薪などはその土地の領主や権利者に許可を取らなければ拾うこともできないが、旅の最中ならばその辺りの規則も緩い。そのため準備するものは普通の旅と比べて少なくなるが、今回の旅は貴族の令嬢が同行するのだ。


「ヴェルグ子爵家から贈られた荷車にコルラードの軍馬をつないで曳かせるから、ある程度荷物が増えても良いのよね……ああ、荷車はカルヴァンに頼んで色々と手を加えてもらってるわ」

「それも事前に準備してたってオチか? もう何も言わないけど、他に問題があるとすると……」


 荷車があるのならば、多少荷物が増えても問題はないだろう。それでも問題があるとすれば、それは。


「――貴族のお嬢さんって魔物の肉も食えるか?」


「待ちなさいレウルス。問題はそこじゃないわ」


 レウルスが真剣な表情で呟くと、同じように真剣な表情をしたナタリアが即座に止めた。そんなナタリアの反応に、レウルスは心底不思議そうに首を傾げる。


「え? 荷車に食料を積むにしても限度があるだろ? “現地調達”できなかった時に備えて、ある程度は用意するけどさ……ああ、もちろん焼くぞ?」


 塩も香辛料もあるぞ、とレウルスが言うと、ナタリアは頭痛を堪えるようにこめかみを指で叩く。


「だからそれは……いえ、もういいわ。その程度も我慢できないんじゃ長旅にも耐えられないでしょうしね……」

「……我慢?」


 魔物の巨体は食いでがあり、焼いて塩や香辛料を振ればそれだけで御馳走である。吸血種のエリザにも、精霊であるサラやネディにも、亜人とはいえ魔物に分類されることもあるドワーフのミーアにも大好評なのだが、とレウルスは首を傾げた。


「んー……まあ、そうだよな。貴族のお嬢さんにはちょっと刺激が強いかぁ……仕留めた直後なら内臓とか生で」

「やめなさい。コルラードはともかく、同行者が怒るわよ」


 三割冗談、七割本気で話すレウルスを止めるナタリアだったが、その言葉には引っかかる部分があった。


「コルラードさん以外で同行者がいるのか?」

「そりゃあいるわよ。貴族のお嬢さんを一人で送り出すと思う? 身の回りの世話をする従者がついてくるでしょうね」

「身の回りの世話ねぇ……ま、体調が悪化した時に俺達も困るか」


 ルヴィリアだけではなく、他にも同行する人員が存在するらしい。


「ただ、今回は依頼の内容が内容だけに、従者は一人か二人ってところでしょうね。監視も含めると二人、優秀な人員なら一人だけ……それぐらいかしら」

「監視っていうのは?」


 どこか不穏な響きである。それを警戒してレウルスが尋ねると、ナタリアは僅かに目を細めた。


「貴族のお嬢さんと一緒に旅をするのよ? 体は治ったけど“間違い”が起こりました、なんてことになったら意味がないわ」

「ああ……なるほど」


 要は異性への対策なのだろう。レウルスやコルラードが同行するため、そういった点に注意するのも当然と言えた。


(俺はともかく、コルラードさんは年齢的にもな……倍ぐらい違うかもしれないけど、この世界でも貴族なら歳の差なんて気にしないかもしれないし)


 そんなことを考え、納得したように頷くレウルス。ナタリアはそんなレウルスの思考を見透かしたのか、苦笑を浮かべる。


「向こうもそこまで警戒してないかもしれないけれどね。傍目から見た限りでは、あなたの好みに外れていると思いそうだもの。向こうも安心して送り出すかもしれないわ」

「俺の好み?」

「なんでもないわ。とりあえず、明日からは町の周囲の魔物退治に励んでちょうだい。あなた達が遠出している最中に魔物が近づいてこないよう、徹底的にね? あと、旅の準備はこちらで進めておくから気にしないでいいわ」


 そう言って誤魔化すように笑うナタリアに、レウルスは首を傾げながらも承諾の返事をするのだった。








 その後、冒険者組合を後にしたレウルスはその足をドミニクの料理店へと向けた。


 最短でも二ヶ月以上、長ければどれほどの期間になるかわからないほどの長旅が控えているのだ。

 家を留守にすることを伝え、可能な限りドミニクの料理を食い溜めしておきたかった。


「こんにちはー。おやっさん、いますか?」


 旅立つ直前に伝えるよりも前もって伝えておいた方が良いだろう。そんな判断から料理店を訪れて声をかけると、厨房の奥からドミニクが顔を覗かせる。


「レウルスか、まだ店はやってないぞ」

「そりゃ残念……いや、それ以外にも用があってですね。コロナちゃんは……」


 レウルスがそこまで言ったところで、階段を下りる足音が聞こえてくる。その聞き慣れた足音にレウルスが視線を向けてみると、そこには予想通りコロナの姿があった。


「あっ、レウルスさんっ!」

「こんにちは、コロナちゃん」


 レウルスの顔を見るなり、コロナは花が咲くような笑顔を浮かべる。思わずほっとして心が安らぐような、レウルスから見ても輝かんばかりの笑顔である。


「どうかしたんですか? お昼には少し早いですけど……わたしで良かったら何か作りますよ?」

「おお……そりゃありがたいな。でもさすがに申し訳ないし、今日は別件があってね」


 コロナの提案に心惹かれつつも、レウルスは目先の用件を片付けることにした。


「一週間ぐらい経ったらまた依頼で家を空けるんだ。それを事前に伝えておこうと思ってさ」


 だから不在の間は家の鍵を預かっていてもらえないか――そう続けようとしたレウルスの言葉は途切れていた。


「えっ……」


 レウルスの言葉が予想外だったのか、コロナが目を見開いて絶句したのだ。そんな思わぬコロナの反応にレウルスも続く言葉が出てこない。


「……今度はどれぐらいの期間だ?」


 レウルスとコロナが見合ったままで言葉を失ったため、ドミニクが疑問をぶつけてくる。それによって再起動したレウルスは気を取り直すと、コロナの様子をチラチラと確認しながら答えた。


「短くても二ヶ月で、長いと……もっとかな?」

「それは長いな……それほどの時間がかかるということは、目的地も遠そうだが」

「ああうん、遠いのもあるんだけど、多分同行する人の足に合わせないといけないんですよ」


 体が弱い貴族の令嬢が自分達と同じ速度で走れるとは思えない。むしろ同じ速度で移動出来たら軽いホラーではないか、などとレウルスは思う。


(あー……おやっさんとコロナちゃんは口が堅いし、家の鍵を預けるのに少しも事情を伝えないのは不義理か)


 特に、元上級下位の冒険者であるドミニクならば“自分と同じ立場”でもある。そう判断したレウルスは依頼の詳細を伏せて説明することにした。


「この前の依頼で関わった貴族から、新しい依頼が入りまして……貴族のお嬢さんを護衛しながら他所の国に行ってこい、なんて言われてるんですよ」

「なんだその依頼は……と、“そういうこと”か」


 ざっくりとしたレウルスの説明だったが、ドミニクはある程度納得できたのだろう。深くは追及せず、そのまま厨房に視線を移す。


「これから俺とコロナも昼飯でな……お前も食っていけ」

「それは……いえ、ありがとうございます」


 ドミニクの申し出を受けて反射的に遠慮しようとしたレウルスだが、それがドミニクなりの気遣いだと気付いて頷く。


(しまったな……これならエリザ達と一緒に来れば良かったか)


 レウルス一人でドミニクの料理を食べたと知れば、サラ辺りが拗ねそうだ。そんなことを考えつつも、レウルスはせめて準備だけは手伝おうと慣れた足取りで厨房に向かおうとした。


 言葉を失ったままのコロナにどう声をかければ良いか迷ったというのもある。そのためまずはテーブルでも拭きながら機を窺おうなどと思い。


「あっ……」

「っと?」


 不意に袖口を引かれ、何事かとレウルスは足を止めた。そして肩越しに振り返ってみると、そこには珍しく表情を曇らせたコロナの姿がある。


「えーっと……コロナちゃん?」

「っ……い、いえ、その……」


 レウルスが呼びかけると、コロナは我に返ったように目を瞬かせる。しかしその間もレウルスの袖口はコロナが握っていた。


 そんな普段と違うコロナの様子に、レウルスもどうしたものかと困ってしまった。コロナはレウルスをじっと見ていたが、僅かに間を置いてから囁くように声を漏らす。


「また……っ……」


 だが、すぐに言葉を途切れさせた。コロナの瞳は物言いたげに揺れており、レウルスは掴まれていない左手で思わず頬を掻く。


「その、なんだ……出発する時は、また家の鍵を預かってもらっていいかな? ちゃんと“帰ってくる”からさ」

「――――っ!」


 レウルスの言葉を聞き、コロナが大きく目を見開く。それでもすぐに表情をほころばせると、口元を緩ませながら言った。


「無事に……無事に帰ってきてくださいね?」


 そう言って、コロナはレウルスの袖口から手を離した。だが、すぐに手を持ち上げたかと思うと、レウルスに右手の小指を差し出す。


 それを見たレウルスは首を傾げ――破顔してコロナの小指に己の小指を絡めた。


「……約束ですよ?」

「ああ……約束だ」


 “かつてのように”指切りを交わすと、コロナは嬉しげに、頬を朱に染めて微笑むのだった。








 その数分後、レウルスはドミニクに厨房に引きずり込まれていた。


「お前が上級下位の冒険者になったことで、“何が起こっているか”はおおよそ理解できる……すまんな、レウルス。俺ではナタリアの力になることはできなかった。例え若い頃、冒険者として全盛期の頃でも、アイツが求めるほどの力は俺になかっただろう」


 包丁を片手にそう告げるドミニクは、とても真剣な顔をしていた。


「だが、お前には“それ”がある……アイツは強く、賢いが、その代わり頼れる奴がいない。少しでも良いから力になってやってくれないか?」

「おやっさん……」


 その声色もとても真剣なもので、レウルスも真剣に頷く。町の仲間としても、レウルス個人としても、ナタリアに助力するのは吝かではないのだ。


 そんなレウルスの返答にドミニクは真剣な表情のままで頷き。


「それはそれとして……」

「おやっさん?」

「元冒険者としては納得もするが――コロナの父親としては、一発ぐらい殴っても許されるとは思わんか?」

「おやっさん!?」


 表情を一変させたドミニクをレウルスは必死で押さえるのだった。

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