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第261話:家族会議

 その日の夜。


 依頼から帰ってきたエリザ達を迎えたレウルスは、ドミニクの料理店で夕食を済ませてから居間に全員を集めていた。

 全員でテーブルを囲んで椅子に座り、卓上には水差しとそれぞれが愛用するコップを並べている。レウルスも椅子に座って背もたれに体を預けると、水を一口飲んでからエリザ達の顔を見回した。


「なになに? レウルスってば真剣な顔をしてるけど、これって何の集まりなの?」


 椅子をギコギコと鳴らしながらサラが尋ねる。その表情は気楽なものだが、それはサラの性格がそうさせるのだろう。

 エリザはレウルスの様子から何かしら察しているのか真剣な表情で、ミーアはどこか不安そうである。ネディはある意味普段通りに、無表情でぼーっと宙を見つめていた。


「家族会議だ……ん? 何かおかしいな……いや、おかしくないか?」


 レウルスは端的に目的を述べるが、少しばかり引っかかるものを覚えて首を傾げる。それでも間違いではないと自分を納得させると、再度エリザ達の顔を見回しながら口を開いた。


「コルラードさんとの訓練といい、ここ最近は勝手に動いて迷惑をかけたな……その点、まずは謝らせてくれ。すまなかった」


 そう言いつつ、レウルスは頭を下げる。これから話すこともそうだが、最近は以前と比べてエリザ達と過ごす時間が少なかった。

 その点に関してレウルスは詫びるが、内心ではどの口で言うのかと苦く思う。


(新しい厄介事を持ち込むってのに、前置きで謝るってのもな……嫌なもんだ)


 唾棄するような心境になりつつも、レウルスは現状を説明するためにも言葉を続ける。


「今日……というよりは二週間近く前からだが、姐さんから新しい依頼に関して打診を受けているんだ」

「新しい依頼?」


 レウルスの言葉を聞き、ミーアが不思議そうに首を傾げた。そんなミーアの隣に座ったエリザの眉が、無言のままでピクリと動く。


「ああ、新しい依頼だ。ただし、今回の依頼は色々と厄介そうでな……その辺りを含めて相談をしたい」


 エリザ達の意見を聞くためにも、レウルスは受けるつもりでいることは伏せる。最初にそう宣言してしまえば、受けることが前提で話が進んでしまいそうだ。


「ふーん」

「…………」


 サラは興味が薄そうに相槌を打ち、ネディは無言のままで宙に向けていた視線をレウルスに向ける。


「えっと……わざわざこうやって話す場を設けるってことは、大変な依頼……なのかな?」

「……そうじゃろうな。冒険者組合の受付であるナタリアから直接聞くのではなく、前もってレウルスが説明しようとするんじゃ。さぞ厄介な依頼じゃろうよ」


 ミーアは困ったように眉を寄せ、エリザはどこか刺々しい口調で言う。そんなエリザの反応に、レウルスは思わず苦笑してしまった。


「その通りだ。簡単に説明すると、今回の依頼は先日ヴェルグ子爵家でみんなも会ったルヴィリアさんの護衛だ」


 何はともあれ、まずは依頼の説明をしなければならない。そう判断してレウルスはエリザ達の反応を確認しながら話を進めていく。


「ルヴィリアさんを護衛しながらお隣の国のラパリまで行って、東の方にあるっていう大きな森まで行く。そしてそこにいると言われているユニコーンっていう魔物を見つけて、ルヴィリアさんの治療をしてもらう……それが今回姐さんから提示された依頼だ」


 簡単にレウルスが依頼の内容を説明すると、エリザ達の反応は二つに分かれた。相変わらず興味が薄そうなサラとネディ、そして驚きを露にするエリザとミーアの二つである。


「東の森……リルの大森林かなぁ。ボクも父ちゃんから話を聞いたぐらいの知識しかないけど、この町からだと一ヶ月以上かかるんじゃ……」

「子爵家の令嬢を連れて旅をする……じゃと? どこの馬鹿じゃ、そんなことを言い出したのは!」


 どうやらミーアは件の森に関して多少なり知識があるらしい。地名を口にしていることにレウルスは注目するが、それよりも先にエリザの険しい表情が気にかかった。


「やっぱり無謀だと思うか?」

「当然じゃ! 旅に慣れた者ならばともかく、あの御令嬢は体が弱……いや、その治療のため……むむ、それ以前に……」


 激しく反発するエリザだったが、言葉の途中から思案気な表情へと変わる。口元に手を当てながら何事かを考え始めると、十秒近く沈黙してからレウルスに半目を向けた。


「……色々と言いたいことがあるが、先に確認しておくのじゃ。この依頼を持ち込んだのはヴェルグ子爵家か? それとも“他の貴族”が絡んでおるのか?」


 そんなエリザの言葉に、レウルスは内心で感嘆の念を覚える。


 精霊であるサラやネディ、ドワーフであるミーアは人間社会に関して疎いが、エリザはそうではない。下手をせずともレウルス以上の知識を有しており、僅かな情報からでも何か気付くことがあったようだ。


「どこの貴族か詳しくは聞いてないけど、複数の貴族が絡んでるらしい。最初はヴェルグ子爵家の使者が手紙を持ってきたんだけど、報酬の兼ね合いもあって一度断った。そうしたら……」

「今度は使者が直接来て、依頼の報酬に関して条件を変えてきた……そんなところじゃろうな。報酬に関してはワシらが聞いても良い話なのか?」

「大金貨で三十枚。それが“俺達に”払われる報酬で――」


 レウルスがそこまで話すと、エリザは無言で右手を突き出して言葉を遮った。


「俺達に、か……それだけで十分じゃ。それ以上は聞かん……というか、聞くとまずいかもしれん。ナタリアからは事情を話しても良いと言われておるのか?」

「ああ」


 険しい表情で話すエリザに、レウルスは頷きを返す。依頼を受けるかどうか判断するためにも、どこまで事情を開示するかはナタリアから一任されているのだ。


「依頼に関して、他に情報は?」

「コルラードさんが協力……いや、同行してくれる。あと、ジルバさんからは旅の道中で精霊教徒を名乗って、旅の目的を精霊の『祭壇』を探すことにしておけば安全だろうって……」


 レウルスがそこまで言うと、エリザは音を立てながら机に突っ伏した。それはそのまま机に額を叩き付けそうな勢いで、レウルスは思わず腰を椅子から浮かせかける。


「おい、エリザ? 大丈夫か?」


 何があった、とは聞かない。今回の依頼が理由なのは明らかなのだ。

 エリザは突っ伏したままで体をプルプルと震わせたかと思うと、ゆっくりと顔を上げた。その顔に浮かんでいたのは、焦燥とも不安とも取れる感情である。


「国の騎士が同行して、子爵家の次女を連れて他国を旅する……しかも複数の貴族が絡んで、精霊教徒を名乗って……うぅ……」

「どしたのエリザ? おなかでも痛いの?」


 唸り始めたエリザに対し、サラが不思議そうな声をかけた。その呑気ともいえる声を受け止めたエリザは眼光鋭くサラを見返したが、すぐさま意味がないことだと悟って頭を振る。


「レウルス……一つ……うむ、一つだけ確認したいんじゃが……こうしてワシらの意見を聞いているということは、この依頼は断っても良いと言われたのではないか?」

「……ああ」


 サラの言う通り腹痛でも堪えているような、今にも冷や汗を流しそうなエリザの様子にレウルスは真剣な表情を浮かべながら頷く。


「さっきも言ったけど、一度は断ってる。その上でもう一度使者が来て報酬を釣り上げてきた。姐さんからは受けてくれると助かるとは言われてるが……」


 レウルスがそこまで言うと、エリザは深々とため息を吐く。そしてコップに入っていた水を一気に飲み干したかと思うと、頭を横に振った。


「最初に言っておくが、ワシは反対じゃ。大金貨三十枚? たしかに大金じゃが、これまでのことを思えば稼げない額でもない。生活に困っているわけでもない……」


 そんなエリザの言葉を、レウルスは当然だと思う。レウルスとて同じことを考えたのだ。


 ナタリアやジルバの話を聞いた限り、旅の道中もそれほど危険ではないかもしれない。ユニコーンが見つかるかという問題は依然として残っているが、それは現地に行ってみなければ確認もできないことだ。


 エリザの反応は当然のもので、引き受けるのは反対だと判断するのも当然のことで。


「――じゃが、この依頼は受けねばならんじゃろう」


 そう断言したことに、レウルスは目を見開いて驚きを示す。


「えっ? えっと……エリザちゃん、そうなの?」


 驚いたのはミーアも同じだったのか、不思議そうに首を傾げた。


(受ける、受けないじゃなくて、受けないといけない?)


 レウルスは首を傾げたいのを堪えつつ、内心で疑問の声を上げる。エリザの声色には妙に確信が込められていた。


「ワシはこの国の生まれではないし、貴族の生まれというわけでもないから間違っておるかもしれんが、これはおそらく断るとまずい類の話じゃ……いや、聞いた段階、巻き込まれた段階でまずいと言うべきかのう」


 そう言いつつ、エリザは意味ありげな視線をレウルスに向ける。


「それと納得がいったわい……レウルスがいきなり上級下位の冒険者になり、更に剣の修行が認められた……その時から疑ってはおったが、今回の件で確信が持てた。ナタリアは“そういう存在”というわけか」

「んー? なになに、ナタリアがどうしたの?」


 サラが不思議そうに尋ねるものの、エリザは答えない。レウルスから視線を外さず、真正面からじっと見つめる。


「……そういう存在ってのは?」

「この場で口にしてよいのか?」


 レウルスはとぼけるものの、エリザの返答に苦笑を浮かべてしまう。傍目から見ると険悪な雰囲気に映ったのかミーアがおろおろとしているが、レウルスとしては苦笑するしかないのだ。


(前々から思っちゃいたが、エリザは“この手の話”に強いな……面倒を見てたっていうおばあさんの教育の賜物か)


 グレイゴ教徒に殺されてしまったが、叶うならば一度会ってみたかった。レウルスは心の底からそう思いつつ、空気を入れ替えるようにコップを手に取って水を飲む。


「秘密らしいから伏せといてくれ……そこまでわかってるのなら俺も聞きたいんだが、どんな狙いがあると思う?」


 ナタリアが管理官――ラヴァル廃棄街を統治する者だとエリザが気付いた前提でレウルスは話を振る。


「情報が少ないからなんとも言えぬ。そもそも、この国の貴族の考えとなると……」


 しかし、エリザでも事態の全貌が見えないらしい。そのためレウルスは話せる限り、知り得る限りの情報を渡す。


「うーむ……護衛対象であるルヴィリア嬢が死んでも咎めないというのは、明らかにおかしいんじゃが……」


 そしてエリザが反応したのはその一点だった。腕組みをして頭を捻り、心底から怪訝そうにしている。


「レウルス君とエリザちゃんの話はよくわからないけど、それはボクでもおかしいってわかるかな」

「体を治すために旅するのに、死んでも大丈夫って言うんだもんね。まーおかしいわよねー」

「…………」


 ミーアとサラも同意し、ネディは話を聞いているのかいないのか、レウルスをじっと見るだけだ。


「死んでも大丈夫……死んだ方が都合が良い? いや、しかしそれでは……体が治った場合と死んだ場合で違う? それで貴族が複数絡んで……」


 眉間にしわを寄せながら真剣に悩むエリザ。レウルスはそんなエリザの様子を見守っていたが、エリザも考えがまとまらなかったのか大きく息を吐いた。


「とりあえず、裏に何かしらの思惑が潜んでいるのはわかったのじゃ……ワシとしては依頼を受けるのは反対じゃが、断れるとも思えんのじゃ」


 依頼を受けることに反対したいが、断れるとは思えないので消極的に賛成する――それがエリザの結論らしい。


「サラ達はどう思う?」


 レウルスはサラやミーア、ネディにも確認を取ってみる。


「ん? レウルスが行くならどこにでもついていくわよ?」

「……ついてく」


 サラはあっけらかんと、ネディは言葉少ないながらもしっかりと自分の意思を示す。レウルスはそのことをありがたく思いながらミーアに視線を向けると、ミーアは口元に手を当てながら何かを思考していた。


「んー……ボク達は良いんだけど、そのお嬢様はどうやって移動するの? ボク達だけの移動速度なら一ヶ月もかけずに目的地に到着できると思うんだけど……」

「……受けるってことで良いのか? あと、その辺りは姐さんに相談しないとわからないな」


 移動手段に関してはレウルスも失念していたことだ。

 ミーアの言う通り、レウルス達だけならば全員が『強化』を使って移動できるためかなりの速度を出せる。しかしそこに体が弱いルヴィリアを加えるとどうなるか。


(そういえばヴェルグ子爵家から頑丈な荷車をもらってたな。アレを改造してコルラードさんの馬に曳かせれば……って、まさか……)


 コルラードが同行するのなら、コルラードが所有する馬に荷車を曳かせれば良いのではないか。


 そこまで考えたレウルスだったが、今になって何故ヴェルグ子爵家が荷車を贈ってきたのか思い至る。


 城塞都市アクラでの一件で得た報酬を運ぶために譲られた荷車だが、もしかするとあの時点で今回の依頼に関して考えがあったのか。


(いや……まさか、な……)


 偶然だろう、とレウルスは思う。仮にそうだとすれば、一体どこまで考えて報酬を選別したというのか。


 ヴェルグ子爵家――ルイスが貴族としてどれほどのものかわからないが、他の貴族も同等の思考を持っているというのなら。


(ああ……エリザが言った、依頼を受けないといけないってのはこういう……)


 今更ながら、今回の依頼に関して先行きが不安になるレウルスだった。

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