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第257話:兆し その3

 レウルスが知るこの世界の地理に関する情報は、それほど多くない。


 自分が住んでいる国がマタロイと呼ばれる国で、カルデヴァ大陸という大陸に存在し、あとは実際に自分で歩いたことのある地名を知っているぐらいだ。


 それだけでも普通の人間――それこそ王都などに住む“一般市民”と比べても多くの知識を有していることになるのだが、この状況では何の慰めにもならないだろう。


(あのお嬢さんを連れて、他所の国を突っ切って、でかい森に“いると言われている”ユニコーンを探して、治療を受けさせる?)


 これまででてきた情報を心中で呟いたレウルスは頭を振り、もう一度同じ言葉を口にする。


「姐さん、もう一度言わせてくれ……正気か?」

「少なくとも、向こうは正気でしょうね。だからこそ今回の依頼を出したわけでしょうし」


 レウルスに答えるナタリアの表情も、普段と比べて険しい。それでも多少の余裕が感じられ、レウルスは小さく首を傾げた。

 そして、そんなレウルスの顔をコルラードが何故か訝しそうに見ている。


「ナタリア殿……ここからは普段通りで構いませぬか?」

「ええ。形式にこだわって必要な情報が伝わらなかったら問題ですものね……それでコルラード? レウルスがどうかしたのかしら?」


 コルラードの提案を聞き、すぐさま承諾するナタリア。レウルスとしても二人の態度に困惑する部分もあったためありがたいが、話の流れが変わっていることに気付いて眉を寄せる。


「では遠慮なく……こやつは何者ですかな? この場に同席していることもそうですが、話を聞いてすぐさま我輩と同じ結論に至った……知識が欠けているようですが、ただの冒険者とも思えませんで」


 そう言ってコルラードがレウルスをじっと見る。


 コルラードもヴェルグ子爵家からの手紙を受け取り、内容を確認し、様々な問題があることに気付いた。だからこそ正気なのかと疑ったのだが、レウルスも騎士であるコルラードと同様の結論に至ったのだ。


「稽古をつけている時も理解が早いと思いましたが、武芸……いえ、戦いに関してこやつに天性のものがあるだけかと納得できました。しかし、これは少々……」


 自分は他の騎士と比べると冒険者に対して隔意がなく、実際に何度も接しているため理解があるとコルラードは思っている。だが、レウルスがあまりにも“歪”なため気になって仕方がなかった。


「このラヴァル廃棄街に所属する上級下位の冒険者で、わたしが信頼する男よ。それで何か問題があるかしら?」


 コルラードの疑問を聞き、ナタリアは何故か上機嫌に微笑んだ。その微笑みはコルラードに向けられたものであり、よくぞ気付いたと言わんばかりである。


「……いえ、ありませんな。隊長がそう判断されたのなら、問題はないのでしょう」


 そう答えるコルラードにあったのは、ナタリアに対する信頼だろう。ナタリアがそう判断したのならばと疑問を飲み込み、目先の問題に矛先を向ける。


「こやつのことは置いておくとして……吾輩としてもこの依頼は引っかかるものがありますな。他国に赴くというのに、吾輩にも助力するよう要請が来ている辺り特に」

「うちのレウルスを指名する割に、マタロイの騎士である貴方に力を借りるのだものね……“わたしが知る以上のこと”を貴方が請け負っていなければ、の話だけど」


 そう言って微笑むナタリアに対し、コルラードは肩を竦めた。


「ないとは言えませぬ……が、同行者が知らない方が都合が良いものでしてな」

「ふうん……そう……ふふふっ、コルラードも一端の騎士になったのね」

「ハッハッハ……吾輩とていつまでも昔のままではありませんぞ?」


 笑顔で事情を探ろうとするナタリアと、同じように笑顔でそれをかわすコルラード。陽気に笑い合っているものの、コルラードの頬を冷や汗が滑り落ちていくのをレウルスはしっかりと目撃していた。


(姐さんの方が年下のはずなのに、とてもそうとは思えないな……)


 ナタリアとコルラードのやり取りを見ながらそんなことを思考するレウルス。準男爵と騎士、元隊長とその部下という立場の違いもあるのだろうが、コルラードにとってナタリアは頭が上がらない存在らしい。


「さて……“雑談”はこれぐらいにして話を戻しましょうか。まずはレウルス、あなたは今回の件で何が問題だと思っているの?」


 コルラードが何かしらの情報を抱えていることに目を瞑り、話を戻すナタリア。レウルスは振られた話について軽く考えをまとめ、口を開く。


「……全部? 貴族のお姫様が他国に行けるのかとか、そもそも長期間の旅ができるのかとか、そのユニコーンが本当にいるのかとか……」


 レウルス達だけならば、他国に侵入するのもそれほど難しいことではないだろう。兵士でも足を踏み入れないような深い森の中を進めば国境を超えることも可能なはずだ。

 エリザの“魔物避け”とサラの索敵能力があれば、大抵の危険は回避できる。それこそ火龍ヴァーニルのような規格外な存在でもいない限り、接近すらされないだろう。


(いやまぁ、森の中を歩いてたらうっかりとんでもない強者と遭遇することもあるけどさ……)


 レウルスの脳裏に過ぎったのは得体の知れない男女――シンとスノウの姿。


 ないと思いたいが、森を移動していたらグレイゴ教徒と遭遇することもあり得る。レウルスとしては本当に、心の底から遠慮したい事態だが、上級の魔物を探しているグレイゴ教の司教や司祭と突然遭遇する危険性もあった。

 もちろんそんなことを言い出せばどんなことでも起こり得るだろう。落雷を怖がって外を歩けないようなものだ。


 “そんな事態”よりも、貴族の令嬢が長期間の旅に耐えられるのかという根本的な問題も存在するのだが。


 ナタリアはレウルスの言葉を聞き、右手に持っていた煙管をくるりと回す。


「ふむ……当然の疑問ね。他には?」

「……依頼だっていうのなら、報酬は? この明らかに面倒しか起きそうにない依頼の報酬となると、かなりのものなんだろ?」


 請け負うかは別として、依頼というならば確認しておかなければならないことだろう。そんなレウルスの疑問に、ナタリアは口の端を僅かに吊り上げる。


「逆に尋ねる形になって申し訳ないのだけど……レウルスは何が欲しい?」

「ん? どういうことだ?」


 思わぬナタリアの質問に、レウルスは目を瞬かせる。何が欲しいかなど、これまでの依頼でも聞かれたことはない。精々、“前回の依頼”で報酬をどう分配するか相談したことぐらいだろう。


「今回の一件は、正式に言えばヴェルグ子爵家からラヴァル廃棄街への依頼になるわ。管理官であるわたしが、依頼の達成が可能と思える冒険者に要請する……ヴェルグ子爵家側としても、あなた達以外に達成できる戦力がいないと判断しているでしょうけどね」

「……つまり?」

「あなたとエリザのお嬢さん達以外に達成できる見込みがないから、向こうもあなたを指名してきた。わたしは管理官として“正式に”依頼を受けるか確認を取る……報酬に関しては、わたしを通してあなたに渡すことになるわ。だから何が欲しいか尋ねたの」


 普段のナタリアと比べ、どこか迂遠な話だった。そこに疑問を覚えたレウルスは眉を寄せ、ナタリアをじっと見る。


「向こうが提示した報酬は姐さん……この町の管理官向けで、依頼を受けた場合俺達に報酬を渡すのは姐さんの仕事ってわけか。そうなると、向こうが姐さんにどんな報酬を提示してきたのかが気になるんだが」


 話せないことならばナタリアも話さないだろう。そう判断してレウルスが問うと、ナタリアは薄く笑みを浮かべた。


「このラヴァル廃棄街が“独立”する際の、全面的な支援よ」

「――――」


 ナタリアの返答に、レウルスは思わず言葉を失った。


「以前坊やが持ち帰った手紙があったでしょう? あの手紙もそういった主旨でね。ルイス殿からヴェルグ子爵へ提案してみると、ヴェルグ子爵が承諾するなら詳細を記した手紙を持たせて使者を出すと書かれていたわ」

「……それが今回の報酬ってわけか」


 以前ナタリアが語っていた夢。その実現に必要なことをヴェルグ子爵家側が提示してきたということらしい。


(つまり、今回の依頼を達成すればラヴァル廃棄街が正式な町になれる……?)


 ナタリアにとっても、非常に魅力的な提案ではないか。今回の依頼を達成できれば、ラヴァル廃棄街の仲間達も平穏な生活を送れるようになるかもしれない。


 それは、本当に魅力的な話で――。


「鼻で笑った後、手紙を丸めて(かまど)に放り込んだけどね」

「って嘘だろ姐さん!?」


 非常に重要そうな手紙を鼻で笑って燃やしたと聞き、レウルスは現状を忘れたように叫んでしまった。

 そんなレウルスの反応に、ナタリアは頬杖を突きながら鼻を鳴らす。


「坊や、考えてごらんなさい。全面的な支援と言えば聞こえはいいけど、仮にそれを受けたらこちらは“下”になるわよ? 独立した町ではなく、ヴェルグ子爵家の領地の一つになりかねないわ」


 冷めた目付きでそう言い放つナタリア。そんなナタリアの態度にレウルスが目を見開いていると、コルラードが苦笑を零す。


「まあ、そうなるでしょうな。それに正規の使者に持たせたわけでもなく、冒険者に託した“私的な手紙”ですか……さすがに燃やすのはどうかと思いますが」

「精霊教の方々に渡されていたらさすがに正規の使者として扱わないといけないけれど、ね……向こうもこちらがどう反応するか確認したかったんでしょうね。放置してたら予想通りに次の手を打ってきたわ」


 言葉を交わすナタリアとコルラードだが、傍で聞くレウルスとしては気が気でない。


「……色々と言いたいことがあるんだが、本当に手紙を燃やして良かったのか?」

「“下書き”が送られてきたから処分しただけよ。今回、こうして清書されたものが使者付きで送られてきたでしょう?」


 ディエゴが持ってきた手紙をひらひらと振りながらナタリアが言う。


「俺が受け取って姐さんに渡しちまったんだが……ああ、使者がいるから内容に齟齬がないかわかるのか」

「そういうこと。向こうが提示してきた全面的な支援という報酬も、わたしからすれば必要というわけではないわ。あなたが受けられないと判断したのなら断ることができる……その程度の代物よ」


 言葉のインパクトに圧倒されていたレウルスだったが、ナタリアがそう判断したのならばと納得する。


「魔法隊にいた頃の伝手、このラヴァル廃棄街を四代に渡って治めてきた実績、そして現状の戦力……ヴェルグ子爵家からの報酬で必要なものがあるとすれば、全面的な支援ではなくこちらの統治に影響がない、限定的な支援ね」


 どうやらナタリアとヴェルグ子爵家――ルイスは、徒歩で何日もかかる距離を挟んで手を打ち合っているようだ。


(なんて面倒な……貴族ってのはみんなこうなのか?)


 話の全容を理解したわけではないが、レウルスとしてはそう思う他ない。同時に、ナタリアが以前話していたことを思い出した。


『ヴェルグ子爵家の跡取り息子は詰めが甘いようだけど、中々の打ち手ですこと』


 それはルイスに対するナタリアの評価だが、レウルスとしてはナタリアもルイスも大差がない。


 レウルスは狐と狸が化かし合っている最中に巻き込まれた気分になり、ため息を吐くのだった。











どうも、作者の池崎数也です。

毎度ご感想やご指摘、お気に入り登録や評価ポイントをいただきましてありがとうございます。


話が中々進まず申し訳ないです。書きたいことを書いていくと文字数が……ゆっくりとした進みですが、気長にお付き合いいただければと思います。


以前小説家になろう様にて実装された誤字報告機能にて何度も誤字脱字のご報告をいただいております。

入力された方の名前は表示されないので、この場を借りて御礼申し上げます。


それでは、このような拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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