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第256話:兆し その2

 ラヴァル廃棄街の大通りを進み、冒険者組合へと足を踏み入れたレウルス達。

 時刻は昼前のため、他の冒険者の姿はない。冒険者組合が混むのは依頼を受ける朝方と依頼の報告を行う夕方ぐらいのため、昼間は急用でもない限り冒険者組合に立ち寄る者はいないのだ。


 他者がいないのは都合が良いため、レウルスはコルラードと共に受付へと向かう。二人とも真剣な表情を浮かべているが、そんな二人の心境を知ってか知らずか、ネディは無言でちょこちょこと後ろをついて歩く。


「あら……こんな時間にどうしたの?」


 そんなレウルス達を出迎えたナタリアは、受付の机に積まれた書類に目を通しているところだった。そして真剣な表情を浮かべているレウルスとコルラードへ等分に視線を向けると、書類を机に置きながら口を開く。


「門のところに来ていた五人組が何かしたのかしら?」

「っ……なんでそれを?」


 ナタリアの言葉を聞き、レウルスは驚いたように目を見開いた。

 門を潜ってから真っすぐ冒険者組合に向かったが、その間に他者が報告をしたのか。そんな疑問を抱くものの、レウルスが知る限り自分達を追い越して冒険者組合に向かった者はいなかった。


「何か、という言葉で済ませるには難しいことが起こりましたぞ隊長……いえ、ナタリア殿」


 レウルスが疑問を覚えている中、コルラードはナタリアの言葉を当然のことのように受け止めて答える。そんなコルラードの反応に、ナタリアはどこか悪戯っぽく笑った。


「あら、もう隊長とは呼んでくれないのかしら?」

「私事ならば何度でも。ただ、今回ばかりは吾輩も無関係ではありませぬ故。貴女の従士だったコルラードではなく、コルラード=ネイトとして動く必要があります」

「ふむ……」


 コルラードの言動から事態の重要さを察したのか、ナタリアは表情を改めて真剣なものに変える。


「まあ、冗談はこれぐらいにしておきましょうか……それでレウルス、ヴェルグ子爵家からの手紙は?」

「……よくわかったな、姐さん」


 そう言いつつ、レウルスはディエゴから渡された手紙をナタリアへと差し出す。ナタリアはレウルスの言葉に小さく笑みを浮かべるが、何も答えずに手紙を開封して中身を確認し始めた。


 ナタリアが手紙を読み進めていくにつれて、冒険者組合の空気も徐々に重くなっていくような感覚があった。それはレウルスだけが抱いた錯覚なのか、あるいはコルラードも感じていることなのか。


「なるほど……中々に難題を吹っ掛けてくるものね」


 三分ほどかけて手紙を読んだナタリアの口から出たのは、そんな呟きである。その声色には感心したような響きも含まれていたが、表情はどこか険しい。


「使者は?」

「ラヴァルに泊まるそうだ。三日以内に返事が欲しいって言ってたんだが……」

「……そう」


 ナタリアはレウルスの言葉に頷くと、どこからともなく煙管を取り出した。それを見たコルラードが何故かびくりと体を震わせたが、レウルスには眼前のナタリア以上に気にする余裕はなかった。


「厄介事か?」

「そうね……厄介事と言えるし、好機とも言えるわ」

「……聞いたらまずいことなら、俺はネディと一緒に出ていくぞ?」


 ディエゴから受け取った手紙を見た際のコルラードの反応を思えば、レウルスも関係するのだろう。だが、気にはなるが、ナタリアの立場を思えば深入りして良いかもわからない。


「遠慮は無用よ。むしろ話を聞いて……いえ、あなたの意見も聞きたいわね」


 そう言って微笑むナタリアにレウルスは肩を竦め、『龍斬』を近くに立てかけてから椅子に腰を下ろす。


「ネディは?」

「いてもいいけれど、いなくてもいいわ」

「そうかい……ネディ、家の塩が少なくなってたから、買ってきてくれるか?」


 レウルスはネディを手招きすると、財布から銀貨を一枚取り出して渡す。すると、ネディは椅子に座ったレウルスをじっと見つめた。


「……守らなくていい?」

「ん? ああ、もう大丈夫だ。余ったお金は小遣いにしていいから、買い出しを頼むよ」

「……わーい」


 レウルスの身を案じるネディの言葉に小さく破顔し、頭を撫でてから送り出す。ネディは小遣いという言葉に反応して両手を上げるが、その表情は真顔である。おそらくはサラの真似でもしているのだろう。

 そうして駆け出すネディの背中を笑って見送ると、レウルスはナタリアへと向き直る。その表情は既に真剣なものに変わっており、それを見たナタリアはどこか満足そうに笑った。


「あの子、すっかり懐いたのね?」

「そうならいいんだがねぇ……ま、良い子だよ。それで姐さん、事情を聞いても?」


 椅子に背を預け、ナタリアに話を促すレウルス。ナタリアはコルラードに視線を向けて椅子に座るよう促すと、再度手紙に目を落とした。


「最初に……コルラード殿」

「はっ……」


 ナタリアが敬称をつけてコルラードの名前を呼び、コルラードも畏まった様子で姿勢を正す。そんな二人のやり取りにレウルスは何も言わず、事態の成り行きを見守ることにした。


「今回の一件には貴殿の協力も得られると書かれていますが……間違いありませんか?」

「肯定いたします。私個人としては些か……いえ、言葉を飾らずいえば無謀だと言いたいところですが、ヴェルグ子爵家からも正式に協力の要請が出ていますので」


 態度だけでなく、言葉遣いも畏まって話すナタリアとコルラード。そんな二人のやり取りを聞いたレウルスは新鮮に思う。


(姐さんもコルラードさんも普段と全然違うな……これが準男爵と騎士の“正式な”やり取りってことか?)


 ナタリアの立場を知った今となっては不思議ではないが、国の騎士であるコルラードを相手に面と向かってやり取りする姿は奇妙に映る。


「そうですか……」


 コルラードの言葉を聞いたナタリアは僅かに考え込んだ後、その視線をレウルスに向ける。


「こちらの戦力でこの依頼を達成できそうな力量を持った者……レウルスが依頼を受けなければ、この話は受けられません。これは絶対です」

「それは……いえ、そうでしょうな」


 コルラードもレウルスに視線を向けるが、二人から視線を向けられたレウルスとしては首を傾げるしかない。


「あー……コルラードさんの反応からわかっていましたけど、俺に関係することなんですか?」


 場の空気に合わせ、一応礼儀を保って話を振るレウルス。ナタリアはそんなレウルスの疑問を当然のものとして受け止め、小さく眉を寄せた。


「レウルス、あなたは“色々と”知識があるのよね?」

「その前振りには嫌な予感しかしないんだが……何もわからなくても文句は言わないでくれよ?」


 ナタリアの口調が砕けたのに合わせ、レウルスも言葉を崩す。もっとも、口調が砕けてもその内容はレウルスとしても到底無視できないものだが。


「それでもいいわ。一角獣(ユニコーン)と呼ばれる魔物がいるのだけど、何か知っているかしら?」

「ユニコーン?」


 ナタリアの言葉を聞き、前世の記憶を探るレウルス。ボロボロの記憶を必死に漁ってみるが、大した情報は出てこない。


「ユニコーン……ユニコーンねぇ。聞き覚えはあるんだが……」


 前世でも聞いた覚えがある言葉ではある――が、その詳細まで思い出すのは不可能だった。スライムなどと比べれば、その知名度は遥かに劣るのだろう。


「でかい角が一本生えた……えっと……馬?」


 必死に思い出してみても、それぐらいしか答えられなかった。だが、ナタリアとしてはそれだけで良かったのか、薄く微笑みながら頷く。


「わたしも伝聞でしか知らないけど、そんな姿らしいわね。今回の依頼に関わってくるのはそのユニコーンよ」

「倒してこいと?」


 それが依頼ならば請け負うが、と勢い込んで頷くレウルス。しかし、ナタリアは苦笑を浮かべる。


「倒しては駄目。これは絶対よ。倒せば“目的”を達せられなくなるわ」

「……その返答は、どうにも嫌な予感を掻き立てるんだが」


 これまで受けたことのある魔物退治の依頼かと思ったが、どうやら違うらしい。レウルスは続きを聞きたくないと思えるほど嫌な予感を覚えたが、聞かないわけにもいかないだろう。


「最初に断っておくけど、ユニコーンはそこまで危険な魔物ではないわ。魔物としての階級は中級上位から上級下位といったところだけど、戦闘力はそれほど高くない……単純な強さで言えばキマイラの方が上でしょうね。ただし、ユニコーンには特徴があるの」

「特徴?」


 魔物として中級上位から上級下位に数えられるというのに、その強さはそれほどではない。そのことにレウルスが疑問を覚えるが、ナタリアは話を続ける。


「ええ……ユニコーンの特徴は強力な治癒魔法が使えることよ。戦闘能力や魔力の大きさを除けば、その能力は白龍に匹敵するとも言われているの」

「白龍っていうと、魔物としては上級上位……だっけ?」


 以前そんな話を聞いた気がしたレウルスが尋ねると、ナタリアは真剣な表情で頷く。


「そうね。属性龍よりも更に上位の、魔物の中でも頂点に近いと言われている存在だわ」

「そんな物騒な存在に、部分的にとはいえ匹敵する魔物を相手に何をしろっていうんだか……」


 倒しては駄目だと言われているが、そうなると何をすれば良いのかわからない。レウルスは困惑の表情を見せていたが、その裏で思考を巡らせる。


(ユニコーン……強力な治癒魔法が使える魔物か。そんな魔物を相手に何を……いや、待てよ……この依頼を提示してきたのはヴェルグ子爵家だよな)


 今回依頼を持ち込んだ相手と、関わりになりそうな魔物の特徴。その二つを結び付けたレウルスは、脳裏に引っかかるものを感じた。


(怪我人が出たのなら治癒魔法の使い手に治してもらうか、魔法薬を使えば良い……ヴェルグ子爵家ならどっちでも可能だよな。そうなると、“通常の手段”では治せない何かを治そうとしている?)


 思考するレウルスの脳裏に過ぎったのは、一人の少女。今回の依頼を持ち込んだヴェルグ子爵家の中でも、ユニコーンなどという魔物の存在を引っ張り出す必要がありそうな存在だ。


「姐さん、一つ聞いておきたいんだが……そのユニコーンはどこにいるんだ?」


 そこまで考えたレウルスの口は、知らず知らずのうちに動いていた。ヴェルグ子爵家という、ラヴァル廃棄街と比べて人材も戦力も充実しているであろう貴族が、わざわざ依頼してくるのだ。そこには必然性があるはずである。


 真剣な表情で尋ねるレウルスに対し、ナタリアもレウルスが“察した”ことに気付いたのだろう。よくできたと言わんばかりに微笑むが、すぐさま真剣な表情で浮かべる。


「あなたはどこにいると思うのかしら?」

「……ヴェルグ子爵家っていう“貴族様”の手が伸ばせない、あるいは伸ばしにくい場所……マタロイ以外の国だ」


 二ヶ国との国境を預かるヴェルグ子爵家は、マタロイ国内でも精強で謳われている。レウルスが見たことがあるのはヴェルグ子爵家の邸宅に駆けつけた戦力だけだが、本隊は国境などの別の場所にいたのだろう。


 そんなヴェルグ子爵家が、わざわざラヴァル廃棄街に――冒険者という“正規でない戦力”を宛てにする理由など、そう多くはないはずである。


「正解よ。ヴェルグ子爵家の次女、ルヴィリア嬢を件のユニコーンに引き合わせて治療を受けさせてほしい……そんな依頼が回ってきたの。場所は……」


 そう言いつつ、ナタリアは引き出しから地図と思しき紙を取り出す。非常に大雑把で、大まかながらカルデヴァ大陸全土の国名などがわかる程度の代物だ。


「ラヴァル廃棄街から東に進んだ先にある隣国のラパリ……その中でも東側にある大規模な森にユニコーンが棲み付いているという噂があるの。問題があるとすれば、その森が大陸北東部に在る国家ベルリドと国境を接した位置にあるということかしら」


 そして、ナタリアの説明を聞いたレウルスは頬を引きつらせた。


 他国の土地を横断し、なおかつ二ヶ国の国境に位置する巨大な森に辿り着き、ユニコーンという魔物を探し出してルヴィリアに治療を受けさせる。


「……正気か?」


 話を聞いたレウルスは、奇しくもコルラードと同じ言葉を口にするのだった。

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