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第255話:兆し その1

 複数の馬が駆ける音を聞きつけたコルラードに従い、レウルスはネディを連れてすぐさまラヴァル廃棄街へと戻ってきた。


 面倒事が起きていた場合、戦力は少しでも多い方が良いだろう。また、今ならば騎士のコルラードも一緒である。冒険者を装った服装をしているため相手が信じない可能性もあるが、コルラードの知識は非常に頼りになるはずだ。

 相手が友好的ならば良い。だが、可能性は低いが他国の斥候という可能性もある。ラヴァル廃棄街はマタロイの中でも南に位置するため、可能性はゼロではないのだ。


 仮に斥候だった場合はどう対処するべきか。そのまま斬りかかってこの場に“来なかった”ことにしても良いのか、などと思考するレウルス。

 ラヴァル廃棄街に近づいたため、エリザとサラの『契約』もつながって魔力が流れてくる。今ならば手練れが相手でも遅れは取らないだろう。


 そんなことを考えながら疾走するレウルスの行く手に、ラヴァル廃棄街の南門が見えてきた。普段ならば門番のトニーが常駐している場所で、遠目に騎乗した複数の人影が映る。

 数はコルラードが聞き取った通り五人。それぞれが金属製の鎧に身を包み、手には槍を持っている。


(あー、なんか既視感が……)


 以前、似たようなことがあった気がするレウルスである。しかし“以前”と違って剣呑な空気は漂っておらず、先頭に立っていた人物が馬から降りてトニーに何か話しかけているのが聞こえてきた。


「この町に住んでいるレウルス殿、あるいはジルバ殿。その二人がいないのならばエステル様にお会いしたいのだが」

「そうは言いましてもねぇ……どこのどなたかは知りやせんが、いきなり来て町の仲間に会わせろと言われても頷けませんぜ」


 風に乗って聞こえてくる会話にも、剣呑なものはない。下馬して用件を話す男性に対し、トニーも一応の礼儀を守って応対しているようだ。


「これは失礼をした。私はヴェルグ子爵家の騎士、ディエゴ=ネイト=アルバーニだ。どうにか取り次ぎを願えぬか?」


 男性――ディエゴの名乗りにレウルスは眉を寄せる。そしてそのままコルラードへと視線を向けるが、コルラードも不思議そうな顔で首を傾げていた。


「いや、吾輩は何も聞いておらんが……」

「……そうなんですか? ヴェルグ子爵家の名前出してますよ?」


 とぼけているのか本心なのか、コルラードの表情からは判断できない。これまでの付き合いから、何だかんだで腹芸の一つも平気でこなせるとレウルスは思っているのだ。


 コルラードがラヴァルに駐在していることといい、ヴェルグ子爵家が――ルイスが何かしらの考えを持って動いているのではないかと疑うのは当然の帰結だろう。


「そんな目で見るでない……吾輩は本当に知らんのだ。そもそも吾輩がここにいるのも、吾輩のためになるからいるのだぞ? それに貴様の……いや、なんでもない」


 言葉の途中で何かに気付いたように視線を逸らすコルラード。どうやらレウルスに関係ある“何か”を口走ろうとしたらしい。

 そのためレウルスは視線を強くするが、コルラードは逃げるようにディエゴの元へと歩み寄る。


 レウルス達の接近に気付いていたのか、ディエゴ以外の兵士と思しき者達が警戒したような目をすると共に馬首を向けた。だが、コルラードの顔を確認するなり慌てた様子で馬から降りる。


「ディエゴ殿」


 コルラードが声をかけると、ディエゴが訝し気な顔をしながら振り返る。そしてコルラードの顔を見るなり笑みを浮かべた。


「コルラード殿ではないですか! お久しぶりです!」


 コルラードの服装に関しては何も言わず、純粋に再会を喜んでいると思しきディエゴ。しかしコルラードの後ろに立つレウルスに気付くと、目を見開いた。


「おお、レウルス殿も! 久しいですな!」


 ディエゴは僅かに驚いた様子を見せたものの、すぐさま親しげな笑みを浮かべて喜色を露にする。


「お久しぶりです、ディエゴさん」


 レウルスも社交辞令として笑顔を浮かべて応対するが、その内心では警戒心が首をもたげていた。


(俺かジルバさん、もしくはエステルさんに用事……か? 一体何だ?)


 わざわざディエゴがラヴァル廃棄街を訪れるなど、厄介事の臭いしかしない。コルラードに思い当たる節がなさそうなのが余計にレウルスの警戒心を高める。


 そうやって内心で警戒するレウルスを他所に、コルラードがどこか呆れたような顔でディエゴに近寄った。


「吾輩としても貴殿がこの町を訪れた理由を聞きたいところではある……が、まずは一つ教授しよう」

「拝聴いたします」


 同じ騎士階級だというのに、コルラードに対して一歩譲った姿勢のディエゴ。それを疑問に思ったレウルスだが、思考を巡らせて納得する。


(ああ……コルラードさんは国の騎士だけど、ディエゴさんはヴェルグ子爵家の騎士だからか)


 国に――国王に直接仕える形になっているコルラードと、ヴェルグ子爵家に騎士として仕えるディエゴ。直臣と陪臣のように立場が違うのだろう。


「貴殿の格好は廃棄街を訪れるには相応しくないのである。場所に合わせた格好をせねば警戒されるのも当然というものだ」


 そう語るコルラードは、レウルスの目から見ても冒険者だと言われれば納得できる格好である。“余所者”という点にさえ目を瞑れば、ラヴァル廃棄街に足を踏み入れようとしても問題はないほどだ。


「ふむ……なるほど、これは不勉強でした。馬と槍、あとは鎧を部下に預ければ良いですかな?」

「あとは剣も相応に……と言いたいところではあるが、主家より賜った剣を一時とはいえ変えろというのも無礼であるな。できれば吾輩のように冒険者の服装を真似てもらえると無用な警戒も招かないのだが……」


 何やらディエゴに対する指導が始まったため、レウルスはトニーのもとへと足を運ぶ。すると、トニーはどこか安堵した様子で口を開いた。


「正直なところ助かったぜ……以前の騎士様みたいな奴も困るが、礼儀正しいのに武装したまま馬に乗ってこられても困るってもんだ」

「礼儀正しいだけでも駄目なんだな……」

「冒険者ならともかく、馬に乗ってる上に明らかに武装している奴はなぁ。門番としちゃあ通せねえよ」


 トニーとしても対応に困っていたらしい。すぐさま戻ってきて正解だったとレウルスがため息を吐くと、ディエゴが近づいてくる。


「急な来訪で申し訳ない。そちらの門番殿にも無用な心配をかけたようだ」

「いえ……それで、用件を聞いても?」


 門の前で騒ぎすぎるのも良くはないだろう。そう判断したレウルスが本題を切り出すよう促すと、ディエゴはレウルスに目配せをして歩き出す。そして門からある程度離れ、コルラードやトニーにも話が聞こえないよう声を潜めながら懐に手を入れる。


「ヴェルグ子爵家からラヴァル廃棄街の管理官殿へ宛てた手紙を預かっています。レウルス殿には管理官殿への仲介をお願いしたく」

(……そこで俺が指名されるあたり、ルイスさんも色々とやばいな。俺が管理官が誰かを知っている……いや、ラヴァル廃棄街に戻ってきてから“知らされる”って見越してたのか?)


 ジルバやエステルに仲介を頼んだ場合はどうなっていたのか。そんなことを考えるレウルスだったが、ディエゴの言葉に違和感を覚える。


「ヴェルグ子爵家から……ですか? ルイスさんではなく?」

「はい、ヴェルグ子爵家です」


 そこにどんな違いがあるのか、レウルスも即座にはわからない。ただ、厄介さが否応にも増している気がしてならなかった。


(家名を出すってことは、この手紙は個人じゃなくてヴェルグ子爵家の“総意”で出したってことか? 俺は顔を合せなかったけど、ルイスさんの親父さん……ヴェルグ子爵も一枚噛んでる?)


 管理官とは何のことか、と空惚けて手紙を突き返したい。だが、それをやれば余計に厄介な事態に陥る気がするレウルスである。


「それと、コルラード殿にも手紙が……」


 手紙を受け取ったレウルスは内心で葛藤していると、ディエゴがコルラードを呼んで手紙を手渡す。コルラードは訝しそうに眉を寄せたが、手紙を受け取るなりその場で確認を始めた。


「…………」


 無言で手紙を読み進めるにつれ、コルラードの表情が険しくなっていく。盛大に眉を寄せ、苦虫でも噛んだように口元が引きつり始める。


「……本気……いや、これは正気か?」


 そして口から出てきたのは、手紙の差し出し主の正気を疑う言葉だった。処世術に長けていると思しきコルラードにしては珍しい、直球での暴言である。


「手紙に記されている通りです」


 手紙の内容を知っているのか、コルラードの言葉を聞いてもディエゴが激高することはなかった。真剣な表情で頷き、コルラードの疑問を肯定している。


「……そうか……正気か……」


 手紙をたたみながら、何故かレウルスを見るコルラード。その視線に気付いたレウルスは嫌な予感がますます強まるのを感じた。


「……そこでなんで俺を見るんですかね?」


 自分に何か関係するのか。そんな疑問を込めてレウルスが尋ねると、コルラードは大きくため息を吐いた。


「いや……可能性はゼロではない。むしろこやつの存在を知れば、こういった手を打つこともあり得る、か……」

「意味深なことを呟きながら一人で納得しないでもらいたいんですが……」


 事情を説明してほしいが、コルラードは頭を振って口を閉ざす。レウルスはディエゴから受け取った手紙に視線を落としてみるが、しっかりと封がされており、内容が透けて見えることはなかった。


(ちっ……内容が気になるが、まずは姐さんに渡す方が先か……)


 レウルスの勘はこの場で燃やしてしまえと囁いているが、ヴェルグ子爵家の名前を出された以上は自重するしかない。


「とりあえず、この手紙は受け取りました。この町の管理官に渡せばいいんですね?」


 観念してレウルスが請け負うと、ディエゴは嬉しげに微笑んだ。


「そうしてもらえると助かります。我々はラヴァルにて宿を取りますので、三日後に返事をいただければ、と……」

「ああ、その仲介は吾輩が請け負うのである。吾輩ならばラヴァル廃棄街とラヴァルの両方に足を踏み入れられる故な」


 どこか疲れた様子で仲介を買って出るコルラード。それを聞いたディエゴは少しばかり驚いたようだったが、すぐに納得しように頷く。


「お頼みします。それではレウルス殿、我々はこれで失礼しますが、機会があれば一緒に食事でも」

「ええ……機会があれば」


 ディエゴの言葉に頬を引きつらせながら答えるレウルス。以前ラヴァル廃棄街の門前で暴れた騎士――カルロと比べればマシなのだろうが、下に置かない態度を取られるのも困るものがあった。


 レウルスはディエゴ達がラヴァルの方へと去っていくのを見送ると、コルラードと顔を見合わせてため息を吐き合った。


「今から森に戻って訓練を再開します?」

「現実から逃げたいのはわかるが、今はやるべきことがあるであろう?」

「ですよね……」


 レウルスは頭を掻くと、ディエゴから受け取った封筒を懐に突っ込んだ。そしてナタリアの元へと向かうべく、ラヴァル廃棄街の門を潜る。


「騒がせたみたいで悪いな、トニーさん」


 その際、トニーに一声かけるのを忘れない。今回は相手がディエゴだったため穏便に済んだが、門番としては気疲れしただろうと思ったのだ。

 トニーはレウルスの言葉に苦笑しつつ、肩を竦める。


「気にすんな、これも門番の仕事だ。でも、まあ、なんだ」


 トニーはレウルスの顔をじっと見たかと思うと、数秒経ってから馬に乗ったディエゴ達が駆けて行った方向へと視線を移す。


 そして、どこか感慨深そうに呟いた。


「……なんつうか、色々と変わってきてるのかねぇ……」


 そんなトニーの呟きが、やけにレウルスの耳に残るのだった。

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